百二十二話「旅行二日目 夏祭り騒動1 台風の目」
「くそ、人が多いな」
高野彰は人の流れに乗り、時には逆らって歩きながら悪態をつく。
歩いている両脇にはいろんな出店が並んでいる。おいしそうなにおいを届ける焼きそば、たこ焼き、おこのみやきなどの屋台、祭りといったらお馴染みの金魚すくいや射的の屋台など出店の種類は様々だ。
「はぐれないようにしないといけませんね」
さっきまで隣を歩いていたはずの恵梨が、流されたのか少し後ろの方にいる。
「あれ? 仁志がいないような気がするんだけど?」
「あのバカ、勝手にどっか行ったってわけ?」
「そういえばふらふらとフランクフルト屋の方に向かうのが見えたぞ」
「タッくん、見ていたなら止めようよ」
「そうしたかったが、あいにくこの人の流れに逆らえなくてな」
彰達がいるのは夏川市の中心から少しはずれた場所にある神社。
今日はそこで夏祭りが行われていた。
地図にない島から砂浜に戻ってきた彰が見たのは、中世に存在しただろう西洋の豪奢な城であった。
といってももちろん本物ではなく、彰と由菜が漂流している間も美佳、彩香、仁志、火野の四人が作っていた砂製のものだ。
あまりに本格的過ぎたため、観光スポットと勘違いした人たちが群がっていた。
窓や城の細かい意匠まで再現されているのを見て、彰は唖然とした。確かにこれなら恵梨と一緒に船に乗って、俺たちを助けにくる余裕もなかっただろうなとも思った。
そして昼過ぎ、早めに海から引きあげた彰たちは、夕方から夏祭りに来ていた。
この地方では一番大きな祭りのため、地元の民はもちろん、少し離れた地域の住民まで来ていたため会場はとても混み合っていた。
そのため彰達は一回流れに流されるままに歩いた後、少し離れた混んでない場所で一息ついていた。
「だからあれだけ注意したでしょう! 人が多いのだから、まとまって動きましょうって」
「しょうがないだろ。フランクフルトおいしそうだったんだよ」
「理由になってないわよ!」
集団行動を無視した仁志に美佳が注意しているが、仁志はフランクフルトをくわえながら、美佳が焼きそばを食べながらなのでどうも締まりがない。
「そこらへんにしとけよ。祭りの夜にあまりガミガミしても面白くないだろ」
「……そうね。私もちょうどバカらしく思えてきたところだったわ」
彰がたこ焼きを食べながら止めにはいると、美佳も締まりがないと思っていたのか素直に引いた。
たこ焼きを食べ終えた彰は、買っておいたイカ焼きを取り出した。
「それにしても祭りの屋台の食べ物ってどうしてこうもおいしいんだろうな?」
「そんなの雰囲気よ、雰囲気」
「キャンプ場で作るカレーがおいしいのと同じ理屈よね」
「値段が高い割には量が少ないですからコストパフォーマンス的には最悪ですけどね」
まあそんな無粋なことを言っても仕方ないですね、と付け足す恵梨の服装は浴衣である。
夏祭りに出かけるにあたって女性陣は浴衣に着替えていた。(男性陣はそのような風情など気にする人種じゃなかったので皆私服である)
恵梨の浴衣は水色にアサガオがプリントされたものだ。長い黒髪をまとめ上げているのも合わさって新鮮な印象を与える。何というか日本的な美貌を持つ恵梨なので、非常に和服が合っている。
由菜の浴衣は紺色の地にヒマワリが咲いていた。由菜の元気なイメージと合っていて、なかなかにチョイスが良いと彰は思った。
彩香の浴衣は淡い赤色をバックに紅葉が降っていて美しい浴衣だった。剣道をしているためか姿勢のいい彩香は浴衣がよく似合っていたが、それを抜きにしてもよく似合っているけど何故だろう? と考えてたら、火野が「貧乳だからよく着物が似合っヘブッ!!」と答えを言って殴られていた。……危ない、危ない。
光崎さんはあやめが描かれた落ち着いた浴衣、そして美佳は紺色の無地だった。地味な浴衣だな、と美佳に率直な感想を言うと「まあ、私は見せたい人がいるわけじゃないからね」と意味不明なことを言われた。
「……さっきからじろじろと人の浴衣姿を見てどうしたのよ」
浴衣のことを考えていたら無意識の内に近くにいた由菜の方に目が吸い寄せられていたようだ。
「いや、こんなことなら俺も浴衣着てみるんだったな、って思ってたんだ。そっちの方が祭りの雰囲気をたのしめただろうにって」
「そうよ。何事も面倒臭がらずに挑戦してみるべきよ」
「だな」
そのとき雷沢が立ち上がった。
「それで一回り目はとりあえず腹ごしらえということだったけど、この後はどうするか?」
「俺は射的をするつもりだな」
「おっ、いいやないか。どちらがたくさん倒せるか競争するか?」
「その勝負乗ったぜ」
仁志と火野が早速火花を散らしている。
「私は金魚すくいをしたいですね」
「恵梨って金魚すくい得意よね。本当どうやったらあんなにたくさんとれるのかしら?」
「へえ、そうなの? 私も恵梨のテクニック見てみたいわね」
「コツを教えますから二人も一緒にやりましょう」
「そうね」
「賛成」
どうやら恵梨、由菜、彩香の三人は金魚すくいがやりたいようだ。
「私はわたあめを買いたいな~。さっき歩いてた方の反対側に店があったから買えなかったの」
「私もフランクフルトを食べたいですね。……あのバカ、なんであそこまでおいしそうに食べることができるのか」
光崎は食後のデザートを美佳は仁志がフランクフルトを食べているのを見て自分も食べたくなったようだ。
「………………」
何故かそれを静かに見つめる彰に、雷沢は声をかけた。
「それで彰君は何をしたいんだ?」
「あっ、俺ですか。……えっと」
まとめ役の雷沢を除いて他はみんな自分の意見を言い終わっている。残りは彰だけだ。
「俺は………………特にしたいってことも思いつかないので、一緒に回っている間に見つけることにします」
「どうしたの? 彰が遠慮なんて珍しいね」
「何か悪いものでも食べましたか?」
「……今日はそういう気分なんだよ」
「「?」」
心配する由菜と恵梨に彰はそう言った。
二回り目の前にトイレに行ってくる、と彰が立ち上がると火野と雷沢もそれに連れだった。
じゃあここで待っているわね、と由菜が声をかけた。
トイレはちょうど今いる位置の反対隅にあるようで、結構歩く必要がある。
「それでどうして君はあのとき何も主張しなかったんだい?」
歩きながら雷沢が彰に訪ねる。
「あのときって、さっきのどこに行きたいのかと聞いたときか? そんなの何も思いつかなかったからやないのか?」
「火野くん、君はもうちょっと人の心の機微というのを学んだ方がいい。それだけじゃないんだろ、彰くん」
「……雷沢さんはどうしてそんなに察しがいいんですか?」図星の彰は苦笑いだ。「まあ、大したことじゃないんですけどね。ただ、楽しいなって思っただけですよ」
火野が怪訝な顔つきになる。
「楽しい? そんなの当たり前やろ」
「そうだな。……当たり前だな」
自嘲のようなつぶやき。
「……詳しい背景は聞かないが、平凡な、しかし大切な日常を噛みしめているってことでいいか」
「そんなところです」
この旅行に来てからいろいろあった。
異能力者隠蔽機関からは黄龍なんて組織が近くにいるって説明をされるし、風野藤一郎からは科学技術研究会が日本の公式な機関だと明かされるし、由菜と得体の知れない地図にない島に漂流までした。
そういう不穏な状況が周りにあって、それでも彰達の日常は平和なままだ。
だからあのときふと思ったのだ。
こんな感じの日々が続けばいい。……いや、続かせてみせる。
願うだけで叶うならこの世はどれほど簡単なことか。だから彰は自らへの誓いを続けた。
その誓いはかなり固いのだろう。
すでに文化祭の時、彰は自分を犠牲にして日常を守った実績があるのだから。
「かなり混んでるな」
「俺、漏れそうなんやけど」
「我慢だ、火野」
ようやくついた男子トイレの前は、彰達と同じように祭りに来た人で長蛇の列が形成されていた。
その誓いはすぐに試されるだろう。
彰達の日常はちょうど台風の目にあって無風な状態が続いているだけだから。
すぐに不穏な状況という嵐によって大荒れになるのは決まっているから。
コードネーム『ささやき女』は某所で命令を下す。
各員配置につくように、と。




