百十四話「旅行一日目 スイカ割り」
「仁志ー、右よ、右」
「騙されるな、左やで」
「もうちょっと前の方ですからそのまま進んだ方がいいと思います」
「いえ、もう通り過ぎてしまっているわ。振り返って後ろに進みなさい」
「……どっちに行けばいいんだよ!!」
夏の海に響く誘導の声。
それに加えて、目隠しをして棒を持った仁志を見ればスイカ割りをしているのはすぐに分かることだった。
日焼け止め騒動の後、風野藤一郎と美佳が持ってきたスイカでスイカ割りをしようということになった。もともとそのつもりで海にやってきた二人は目隠しや棒などもきちんと準備していた。
「しかし、みんな今日会ったばかりだというのに馴染んでいるようだな」
パラソルの下、元気にスイカ割りをする子供たちを見て風野藤一郎は言った。
スイカを持ってきたのは風野藤一郎だったが、元から参加するつもりは無かった。……まあ、五十にもなろうおっさんが学生に混ざってスイカ割りをするのも想像しにくい画なのだが。
「みんな個性は強いですけど、良い人ばかりですからね」
パラソルの下には他に、スイカ割りより風野藤一郎と会話する方が有意義だと考えている美佳と、
「人を騙すようなやつが良い人って言えるのか?」
日焼け止め騒動のせいで妙に興が削がれた彰が休んでいた。
彰が言っている人を騙すというのは、現在行われているスイカ割りに対してである。
由菜、火野、恵梨、彩香が右に、左に、前に、後ろにと誘導しているが、既にスイカは仁志の足下にあった。
「あれは間違った誘導をするのも遊びの一つだろう。……とはいえ誰も正解を言ってないのは可哀想な気がするが」
風野藤一郎は苦笑する。
「火野、おまえを信じるからな!」
仁志はそう言って左に進み、どんどんスイカから離れていった。
「あー、騙されたみたいね」
かわいそうに、と美佳がつぶやく。
「それにしてもよくもあんなに白々しく嘘をつけるよな。俺だったらちゃんとおまえの足下にあるぞって言ってやるのに」
「どの口が言うのよ、どの口が。……それに彰がそんなことを言ったらますます仁志は足下にないと思うでしょうね。いつも彰に騙されたりしているから」
「それが目的なんだろうが。後から俺はちゃんと本当のことを言ってたんぞって威張ったときの仁志の顔面白いだろうな」
「……あんたが一番性格悪いわよ」
「誉め言葉だな、それは」
調子が戻ってきたのか軽口を叩く彰。
結局、仁志は見当違いなところを叩いて失敗したようだった。選手交代で彩香が目隠しを付け始める。
「そういえばさっき彰はあの三人に対してうまく誤魔化したわよね」
「誤魔化した、って何だよ?」
さっきの風野藤一郎と同じことを美佳にも言われる。
「だってそうじゃない。彰が彩花さんの身体を褒めたのは違う意味だったけど、彰が彩花さんの身体に欲情したことは事実なんだから」
「………………」
前半の理屈はよく分からないが、後半の指摘が彰にとって致命的なのはすぐに分かった。
「……俺は彩花の身体に欲情何かしてないぞ」
「本当に?」
ポーカーフェイスで答える彰だが、ニヤニヤ笑う美佳の手にはスマートフォンが握られていた。
画面に映っているのは顔を真っ赤にしながら彩花の身体に日焼け止めを塗っている彰が映っ
「…………このっ!」
「おっと、危ないわね」
彰はその映像の持つ危険性にスマートフォンを奪取しようと即座に動いたが、それを予期していた美佳はすぐに手を引っ込めた。
「やっぱり動画撮ってたんじゃねえか!」
「そうよ。そしてこれを取っても無駄よ。すでにバックアップは取っているわ。諦めなさい」
「くそっ……」
彰が歯ぎしりする。
「大体、身体を褒めていた意味が違ったからって、彰は彩花さんに欲情していたんだから落胆なんかする必要ないのよね。それなのにあの三人妙に勘違いしちゃってるし。だからこの事実を三人に教えれば」
「季節のフルーツをたっぷり使ったフルーツパフェ」
「……まあ教える必要もないかしらね」
あっさりと言葉をひるがえす美佳。
彰の言った季節のフルーツをたっぷり使ったフルーツパフェとは、放課後にときどき立ち寄る喫茶店――由菜と放課後デートでも使ったことがある――の人気メニューだ。
つまりそれを奢るから、秘密にして置いてくれということである。
(口封じのためとはいえ結構高くついたな……)
親から多めに生活費は送ってもらっているが、恵梨と同居をしているため自分の小遣いはそこまで余裕がない。とはいえこれをばらされたら明日から生きていけないのでしょうがなかった。
「交渉成立だな」
「そうね。……まあ、実際バックアップなんて取ってなかったから危なかったんだけどね」
「取ってなかったのかよ!?」
「大体どうやってバックアップ取るのよ。そんな都合良く他の記憶媒体なんて持ってないし、家のパソコンに送るにも動画なんて送ったらデータ通信料が大きくなりすぎるし」
「じゃあなんでさっきバックアップを取ってるって言ったんだよ!?」
「だってそう言うのがお約束でしょ」
悪びれもせずに言う美佳。
「……嘘ついたり、強請ったりおまえのほうがどう考えても人が悪いな」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
少し前の自分と同じ返しをされて、彰はがっくりとうなだれた。
「ここよ!」
ブルン!!!
風切り音を鳴らしながら彩香が棒を振り下ろす。さすが剣道熟練者という動き。
しかしその棒の軌道は微妙にスイカからはズレていて、当たりはしたもののスイカは割れなかった。
「あー惜しかったね、彩香さん」
「あれで殴られたら痛そうだな」
「事実痛いんやで……」
「そうですよね……」
彩香と試合をしたことのある火野と恵梨がそのときのことを思い出して少し震えた。
交代で火野が目隠しをつけるのを見ながら彰は風野藤一郎に話しかけた。
「それにしても今日は誘ってくれて、それもあいつらまで一緒に誘ってくれてありがとな」
そういえば礼を言ってなかったことを思い出して、彰は改まって口にした。
「どういたしまして。……とはいえ私が必要だと思ったからやっただけだ」
「? ……由菜や美佳、仁志を追加で誘うことも必要だったのか?」
「ああ、必要だ。彩香が彰くんの友達と仲良くなっておくことはいずれプラスに働く」
……プラスに働くのか? 俺には風野藤一郎の考えてることがよく分からない。
「つっても五人分の宿泊費に、ハイヤーを手配したりと結構金かかっただろう」
「気にする必要はない。その程度はした金だ」
すげえ。本当の金持ちにしかいえない台詞だな。俺も一生に一度でいいからこんな風に言ってみたい。
「それに未来の息子のために使っているとすれば全く気にならんよ」
「……………………えーと」
こういうときはどう返せばいいんだよ。
能力者優勢種主義である風野藤一郎は、娘の彩香と彰に結婚して欲しいと、この前の能力者会談の時に公言している。
「その、俺、彩香と結婚するって決めたわけじゃないですので」
「そういえば、まだ、だったな」
『まだ』の部分にアクセントを置かれた。……何かプレッシャーでものすごく怖い。
「そういえばさっき話してたときに、彰のことについて度々聞かれると思ってたけど、娘の結婚相手にと考えてたのね」
横で聞いていた美佳が納得する。
「………………って、結婚!?」
いや、納得してなかった。
「彰は彩香さんにもフラグをしっかり立ててもう攻略済みだっていうの!?」
「……言ってる意味がよく分からないが、風野藤一郎が勝手に言っているだけだぞ」
「何でもっと嬉しそうにしないのよ!? 大企業の社長に認められるってよっぽどのことよ!?」
「……でも学生なのに、結婚とか考えるのまだ早いと思うけどなあ。俺だけなのか?」
「それともあんなきれいで、真面目な彩香さんに不満があるとでも言うの!?」
……駄目だ。こっちの話聞いてねえ。
「ゆくゆくは私の後を引き継いで社長になって欲しいとまで思ってるのだが、いつも学校生活を見ている美佳さんの目から見てどう思うかね?」
風野藤一郎の一言に、ヒートアップしていた美佳は鎮静化した。
「彰が社長? ……うーん、えーと」
そして言葉を探し出す。
「たぶんきちんと教育していけばやっていけると思いますね。要領もいいですし、弁も立ちますし、考えもそう固くありませんし。……時々羽目を外すというか、ふざけたりするときもありますけど、彩香さんのような真面目な人が傍らでたしなめてくれればさらに安泰だと思います」
いつもは茶化してばっかりの美佳だが、尊敬する風野藤一郎に対してはそれを引っ込める。それだけに高評化の連発で彰は背中がかゆくなってきた。
それにしても彩香と結婚した場合の未来についていろいろと言われると、その気になってくるというか、その未来に誘導されているというか……風野藤一郎によって外堀を埋められていっている感は否めない。
「でも、結婚となると一番大事なのは二人の仲ですけどそれはどうなんですか?」
「今年のGWに初めて会ったばかりだが、メールのやりとりもしているようなのでこれからだろう」
「メールだけですか。……こうやって会えるのも長期休暇だけとなると仲を深めるのは難しいですね」
「それに関してはすでに対策をしてある」
当人を置いて、話を進める風野藤一郎と美佳。
(俺の話のはずなのに、俺置いてかれてるな。……まあいいけど)
彰としてもこういう話に加わることは苦手だったので、ボーッとスイカ割りの方を見ていた。
「たぶんこのへんやな」
どうやら今の番は火野のようであった。
火野は嘘の誘導にも惑わされず、何とかスイカに近づけていたようだった。
「よし!」
声を上げながら棒を振り上げる火野。
そして勢いよく放たれた棒は、しかしスイカのちょうど横の地面を叩くこととなった。
(惜しかったな。後少し右なら、割れたのにな)
「まだや!!」
しかし、空振りした火野が叫んだ次の瞬間。
バゴン!!
スイカが割れた。
「は?」
思わず間抜けな声を上げてしまう彰。
今どう見ても火野は空振りしたように見えたのだが、……目の錯覚
「じゃねえな!!」
火野が倒れているのを見て、遅ればせながら彰は理解した。
あの馬鹿が!
あわてて倒れている火野の元に駆けつける彰。由菜たちが近くにいる手前、小声で彰は怒鳴った。
「おまえ今、能力使ったな!」
そう。今の現象は火野の能力『炎の錬金術』によるものである。
『炎の錬金術』の発展技。『念動力』
錬金術を火、つまりエネルギーを扱うものとして捉え、エネルギーをそのままぶつける方法。強力な代わりに魔力を多く使うため、一度使用すると疲労困憊する。なので火野は倒れたのだった。
「見た……か、『念道力・改』。移動エネルギーじゃなくて打撃エネルギーへの変換が可能になったんやで」
体を起こしてくれた彰にドヤ顔を決める火野。
「おまえそんなこと言ってる場合か! 能力者じゃないやつらの目の前で能力を使うなよ!」
「………………あ」
この馬鹿、どうやら能力者ではない仁志や由菜がいることをすっかり忘れていたらしい。
「ねえ今、棒がスイカに当たってないのに割れなかった?」
「そうだったか?」
懐疑的な由菜に対して、仁志はよく見えなかったようだ。
「何か空ぶった次の瞬間に割れたように見えたんだけど……彩香さんはどう見えた?」
「い、今のは火野の懇親の一撃だったわ! あまりにきれいに入ったから遅れて割れたように見えたのよ!」
「そ、そうですよ! きちんとスイカの中心に棒が当たったの私見ましたよ!」
「こんなにきれいに割れるなんてさすが火野、できる男だ!」
彩香と恵梨も今能力を使われたことを分かっているようで全力で誤魔化す。彰もあわてて続いた。
「えーー………………でも、まあ二人がそう言うなら私の見間違いなのかな。…………そういえば何で火野くん倒れてるの?」
「全力を出したせいで足がつったみたいだ。ちょっと旅館まで連れて行ってくる」
すらすらと嘘をつき火野の体を支えながら、彰は逃げるようにその場を後にした。
火野をえっちらおっちらと旅館まで運んだ彰。
「あー、面倒臭かった」
重い、暑いの二重苦の再来をどうにか耐えた彰は海に戻るために歩を進めて、
「本当、面倒臭い仕事を増やしてくれるね~」
さっきまで誰もいなかったはずなのに後ろから響く声。
その現象にも、声にも覚えがある彰はうんざりしながら振り向く。
「アロハ~」
「ラティス様、ここは日本ですよ?」
「気分だよ、気分。誰でも海が近くてこうも暑かったら言いたくなると思うけど~?」
「思いません。それより早く用事を済ませましょう」
異能力者隠蔽機関の三人がそこにはいた。




