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アタシ(私)はひまわり(月) ~Find Me Again~  作者: 南馬一六三
【巡逢編】 第五章 新たにひまわりが咲く場所

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第三十四茶番 新たな剣

 特務隊の道場へ向かう途中、カヨナは先ほど掛けられた言葉を思い出していた。

 ホシからは、「頑張れ」と一言だけ。

 ユウカからは、「分からなければ、分かるまで一緒にやりましょう」。


 そして、ゆかりからは――。


「終わったら肉だ!」


 最後だけ何か違う気がした。

 けれど、三人とも自分を応援してくれている。それだけは分かった。


「……うん」


 カヨナは小さく頷き、少し前を歩くヒロの背中を追った。


 ◇


 特務隊道場。

 板張りの広い空間に夏の陽射しが差し込み、壁際には木刀や訓練用の武具が整然と並んでいる。感情素子式の空調から流れる冷気が、熱を帯びた道場を静かに撫でていた。


「広いですね!」

「まあな」


 ヒロは祢々切丸を壁際へ立て掛けると、木刀の並ぶ棚へ向かった。


「まず、これ持て」


 放られた二本の木刀を、カヨナは危なげなく受け取った。

 左右の手に一本ずつ収めた瞬間、表情が変わる。ほんの僅かに腰が落ち、肩から余計な力が抜け、二本の木刀が身体の延長のように自然な位置へ収まった。

 ヒロの目が細くなる。


「……やっぱりな」

「何がですか?」

「いや」


 ヒロは道場の中央へ歩いていく。


「構えろ」

「筆頭さんは?」

「これでいい」


 手にしているのは一本の木刀だけだった。


「一本だけですか?」

「ああ」

「アタシ、二本ですよ?」

「見れば分かる」

「ずるくないですか?」

「何がだ」

「二対一です」

「剣の本数で数えるな」


 よく分からなかった。

 だがヒロは、木刀を肩へ担いだだけで動こうとしない。


「来い」

「……本気でいいんですか?」

「ああ」

「お前の剣を見せてくれ」


 カヨナの瞳から迷いが消えた。

 床を蹴る。

 一歩目から身体が低く沈み、その反動を使って一気に間合いを詰める。右の木刀を振り抜けば、ヒロは僅かに頭をずらして躱す。空を切った時には、もう左が脇腹へ迫っていた。

 ヒロは半歩だけ下がる。

 届かない。


「……!」


 それでもカヨナは止まらない。

 左右の斬撃を上段、横薙ぎへと繋ぎながら足を運び、絶えず角度を変えていく。一本を避ければもう一本。一撃を防げば、その死角から次が来る。

 二本の剣を別々に振っているのではない。右が左を生かし、左が右を生かしている。

 ヒロはほとんど反撃せず、その剣を見続けた。

 速い。

 それ以上に――。


「……柔らかい」

「え?」


 返事をした瞬間、ヒロの身体が沈んだ。


「わっ!?」


 木刀が横薙ぎに走る。

 カヨナは咄嗟に二本を交差させた。

 バァンッ!!


「ぬぇっ!?」


 身体ごと吹き飛ばされ、床を滑って数メートル先でようやく止まった。


「いったぁ……」


 尻を押さえながら身体を起こす。


「何ですか今の!?」

「普通に振っただけだ」

「普通じゃないです!」

「そうか?」

「そうです!」


 断言された。

 ヒロは木刀を肩へ戻し、床に座ったままのカヨナを見る。


「軽い」

「……」


 カヨナは自分の腕や腹、脚へ視線を落とし、少し不満そうに頬を膨らませた。


「アタシ、そんなに軽くないですよ?」

「お前じゃない」

「はい?」

「剣だ」

「……剣?」


 ヒロは頷き、木刀を短く振った。ただそれだけで風が鳴る。


「お前の剣は軽い」

「弱いってことですか?」

「違う。俺みたいに、力で押し切る剣じゃないってことだ」


 カヨナは黙って聞いている。


「速い。身体も柔らかい。それに、二本持ってても重心がほとんど崩れねぇ」

 ヒロはカヨナの足元を指した。


「特に最初の一歩だ」

「一歩?」

「ああ。踏み込む前、一瞬だけ身体が沈むだろ」


 カヨナは首を傾げた。意識したことなどない。


「そこで力を溜めてる。溜めたもんを、前に出る速さへ全部変えてる」

「……そうなんですか?」

「自分で分かってないのか」

「はい!」


 胸を張るところではない。

 ヒロは頭を掻いた。


「まあ、いい」

「いいんですか?」

「身体が先に覚えてるなら、それでいい」


 カヨナは二本の木刀へ目を落とした。

 確かに、考えて剣を振ったことなどほとんどなかった。生きるため、負けないために何度も振り続け、気づけば身体が勝手に動くようになっていた。


「だから、お前は居合に向いてるかもしれない」

「これが?」

「ああ」


 カヨナは自分の足を見る。昨日まで何とも思わなかった一歩が、急に違うものへ見えてきた。


「面白いですね!」

「だろ?」

「はい!」


 先ほど吹き飛ばされたことなど、もう忘れている。

 ヒロはそんなカヨナを見て、僅かに笑った。


「ちょっと待ってろ」

「はい?」


 道場の奥へ向かったヒロは、やがて一振りの刀を手に戻ってきた。

 カヨナの目が、自然とそこへ吸い寄せられる。

 深い紫の鞘。光を受けて鈍く輝く金具。華美ではない。それでも、静かな存在感を持つ刀だった。

 ヒロはそれを差し出した。


「姫鶴一文字」

「ひめづる……」

「使ってみろ」

「いいんですか?」

「ああ」


 カヨナは二本の木刀を床へ置き、両手で姫鶴一文字を受け取った。

 ずしりと、木刀とは違う重みが掌へ伝わる。

 柄を握り、親指を鍔へ添える。

 誰かに教えられたわけでもないのに、その動作は驚くほど自然だった。

 僅かに押す。


 カチッ。


 小さな音とともに鯉口が切れ、鞘から覗いた刀身へ夏の光が一筋走った。


「……綺麗」


 カヨナはゆっくりと刀を抜いた。

 細身でありながら、頼りなさはない。真っ直ぐで、静かで、どこか優しい。


「……」


 カヨナの指が、柄を握り直す。

 その瞬間、胸の奥に不思議な感覚が広がった。

 初めて見る刀で、初めて握ったはずなのに、妙に手に馴染む。重さも嫌ではない。むしろ、どう持てばいいのか、どこへ重心を置けばいいのか、刀の方から教えられているような気さえした。


「どうだ?」


 ヒロの声で我に返る。


「……変です」

「何がだ?」


 カヨナは刀身を見つめた。

 分からない。理由なんて、一つも思いつかない。

 それでも、胸の奥に浮かんだ言葉だけは、はっきりしていた。

 もう一度、柄を握る。


「アタシ、この刀……初めてなのに、懐かしいです」


 夏の光が、姫鶴一文字の刀身を静かに滑っていく。

 ヒロは何も答えなかった。

 カヨナも、それ以上は言わない。

 ただ、失った二振りとは違う新しい一振りを、その手の中で静かに見つめていた。

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