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アタシ(私)はひまわり(月) ~Find Me Again~  作者: 南馬一六三
【巡逢編】 第五章 新たにひまわりが咲く場所

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第三十三茶番 詰めの甘さ

 夏の午後。

 特務隊筆頭室には、いつもの面々が揃っていた。


 窓から差し込む陽射しは強く、感情素子式の空調が室内を一定の温度に保っている。外では蝉が鳴き、机の上には書類が積まれ、ソファではゆかりが我が物顔でくつろいでいた。

 そして、その中央。

 ヒロは正座していた。


「陽主様」

「はい」

「もう一度、確認いたします」


 ユウカは眼鏡の位置を直し、手元の端末へ視線を落とした。


「陽主様は、カヨナさんを追うために大型ダンプカーを使用しました」

「したな」

「その後、警察の制止を振り切りました」

「急いでたからな」

「港へ到着後、既に出航していた客船を追跡するため――」


 ユウカの指が止まった。


「紫色の競泳用パンツ一枚で海へ飛び込みました」

「そこは重要か?」

「極めて重要です」


 即答だった。

 ソファから、ゆかりの笑い声が飛んでくる。


「ゲハハハハ! 紫ブーメランパンツ筋肉ォ!」

「うるせぇ」


 ホシは窓際で腕を組んだまま、深いため息を吐いた。

「……続けろ」


「はい。その後、常識では説明困難な速度で客船を追跡。途中で一度通過し、最終的には何故か船上へ到達されました」

「間に合っただろ」

「普通は間に合っておりません」


 先日も聞いた。

 ヒロは僅かに目を逸らした。

 その様子を、カヨナはソファの端から不思議そうに眺めていた。黒いポニーテールが、小さく揺れる。

 あの日、一度は遠ざかっていった場所へ、カヨナは戻ってきた。

 誰かに引き留められたからではない。


 自分で帰ると決めたから。


 だから今、こうしてこの部屋にいる。

 ただし、どうやら帰ってきた早々、目の前の筋肉は怒られているらしい。


「そして」

 ユウカが端末を机へ置いた。


「客船上でカヨナさんを無事に引き留め、その後、私が手配したヘリコプターで帰還されました」

「そうだ」

「大変結構です」

「おう」

「では――」


 眼鏡の奥の瞳が細くなる。


「本来の目的は?」

「……」


 沈黙。


「陽主様?」

「……」


 ヒロの眉間に皺が寄る。何かを思い出そうとしている。

 ゆかりが身体を起こした。ホシもヒロを見る。カヨナも見る。

 全員が見ている。

 やがてヒロは、ゆっくりと口を開いた。


「……何だっけ?」


 ユウカのこめかみが動いた。


「採用試験です」

「あ」


「あ、ではありません」


 冷たい声だった。


「そもそも陽主様がカヨナさんを追われた理由は、感情保安庁の採用試験を受ける意思があるか確認するため。そして――」


 ユウカがヒロを見る。


「カヨナさんへ、居合についてお話しするためでしょう?」

「ああ」

 完全に思い出した顔だった。


「忘れてた」

「でしょうね」


 あれだけ走り、あれだけ泳ぎ、あれだけ飛び、船まで追いかけた。

 そして、本来の用件を忘れた。

 詰めが甘いにも程がある。

 もっとも、あの時のヒロにそんなものを思い出している余裕があったのかは、また別の話である。


「えっと……」


 カヨナがおずおずと手を挙げた。


「アタシ……採用試験を受ける予定だったんですか?」

「予定じゃない」


 ヒロが正座したまま答える。


「受けないかって聞く予定だった」

「なるほど!」


 分かったらしい。

 たぶん。


「それで、どうする?」

「どうする……」


 カヨナは少し考えた。

 感情保安庁。特務隊。

 自分がこれまで生きてきた場所とは、何もかも違う。

 ここへ帰ってきたいとは思った。みんなと、もう少し一緒にいたいとも思った。

 けれど、ここで働くかどうかは、また別の話だ。


「……まだ、分かりません」

 カヨナは素直に答えた。


「そうか」

 ヒロも、それ以上は言わなかった。急かすことも、説得することもない。

 その返事にホシが僅かに頷き、ユウカも何も言わなかった。

 決めるのはカヨナだ。

 ただ、それだけだった。


「でも」

 カヨナが顔を上げる。


「居合っていうのは……ちょっと気になります」

「そうか」


 ヒロが立ち上がり、部屋の隅に立て掛けてあった祢々切丸を手に取った。


「なら、見てみるか?」

「はい!」


 返事は早かった。


「お前、二本の剣を使ってただろ」

「はい。瑞鶴と翔鶴です」


 一瞬だけ、カヨナの声が静かになった。

 もう、ここにはない二振り。

 けれどヒロはそこへ踏み込まず、そのまま話を続けた。


「あの戦い方を見てて思った。お前は力で押し切る剣士じゃない」

「そうなんですか?」

「速い。身体も柔らかい。それに、最初の一歩がいい」

「最初の一歩?」

「ああ。動き出す瞬間に、ちゃんと力を溜められてる」


 カヨナは自分の足元を見る。

 そんなことを考えて戦ったことなどなかった。ただ生きるため、勝つために、身体が覚えたまま剣を振ってきた。


「だから、お前は居合に向いてるかもしれない」

「……居合」


 聞いたことはある。だが、まともに見たことはない。


「難しいですか?」

「難しい」

「強いですか?」

「使う奴次第だ」

「かっこいいですか?」

「かっこいい」


 即答だった。

 カヨナの目が輝く。ヒロも僅かに口角を上げた。


「剣士なら、一度は憧れるものだ」


 そして、妙に自信満々に言った。


「まさに――浪漫だ」

「ロマン……」


 カヨナが目を丸くする。

 そして何かを理解したように、大きく頷いた。


「ロマンはロマンスです!」

「……」


 ヒロが止まった。

 ホシが目を閉じた。

 ユウカが眼鏡を押し上げた。

 ゆかりだけが笑った。


「ゲハハハハ! 嬢ちゃん、何言ってんだ!」

「えっ!? 違うんですか!?」

「知らねぇよ! 筋肉に聞け!」

「ヒロさん!」

「俺にも分からん」

 誰にも分からなかった。

 それでも、興味を持ったのなら十分だった。


「行くぞ」


 ヒロが扉へ向かう。


「どこへですか?」

「道場だ」


 カヨナが立ち上がる。その黒いポニーテールが、嬉しそうに跳ねた。


「居合、見せてくれるんですか?」

「ああ」

「ロマンですか?」

「たぶんな」

「ロマンスですね!」

「それは知らん」


 二人の声が廊下へ遠ざかっていく。

 残された三人は、しばらく黙って扉を見ていた。


「……大丈夫でしょうか」


 ユウカが呟く。


「何がだ」

「色々とです」


 もっともな心配だった。

 こうしてカヨナは、また一つ知らないものへ足を踏み出した。

 まだ、特務隊へ入ると決めたわけではない。ここで生きていくと決めたわけでもない。

 ただ、見てみたい。知ってみたい。

 その程度でいい。


 未来というものは、案外そんな小さな好奇心から動き始める。

 そしてこの日、カヨナは初めて――鞘の中に眠る剣と出会うことになる。

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