4-39 弟子の役目
第四章
七賢者編
第三十九話
剣聖アベルの亡骸が静かに横たわる。
神殿には誰一人として声を出せなかった。
執行者だけが、その場を見下ろしている。
「育成者。愚かな選択だ。任務終了を確認。」
感情のない声だった。まるで一本の報告書を読むように。
グラムはゆっくりと立ち上がる。剣を握る手が震えていた。怒りではない。悲しみでもない。
その二つが混ざった、言葉にならない感情だった。
「……師匠。」
返事はない。アベルはもう動かない。
グラムは静かに目を閉じた。
幼い頃。
何度倒されても立ち上がった日々。
剣を振るたびに笑ってくれた男。
「もっと速く。もっと前を見ろ。お前なら届く。」
その言葉だけを信じて。ここまで来た。
ゆっくりと目を開く。執行者を見る。
「一つだけ。」
静かな声だった。
「弟子として。」
大剣を構える。
「やらせてもらう。」
炎が燃え上がる。今までで最も静かな炎だった。
激しく燃えているのに、不思議と揺れない。
セレスが前へ出る。
「グラム!」
グラムは振り返らない。
「来るな。」
ガイアスが叫ぶ。
「馬鹿野郎!一人で勝てる相手じゃない!」
「分かってる。」
「だったら!」
グラムは小さく笑った。
「最後くらい。弟子でいさせてくれ。」
その一言で。誰も動けなくなった。
執行者が剣を抜く。黒い刀身。静かな殺気。
「格の違いを見せてやる。」
その瞬間グラムが消えた。
爆炎。一直線。神殿を貫く炎の軌跡。
「焔帝流。」
「――終ノ型。」
巨大な炎が執行者を飲み込む。轟音。
神殿全体が揺れた。煙が晴れる。
執行者は立っていた。傷一つない。
「終わりか。」
その一言だけだった。
グラムは笑う。
「やっぱり。強ぇな。」
再び踏み込む。
一撃。二撃。三撃。炎が乱舞する。
歴代最強。誰よりも速く。誰よりも重い。全てを懸けた剣。
それでも執行者には届かない。
黒い剣が一度振られる。
ギィンッ!!
グラムの剣が弾かれる。
二度。グラムに向けて振られる。肩が裂ける。
三度。振られる。腹を斬られる。
それでもグラムは前へ出た。
「まだだ。まだ。俺は。師匠を。超えてない!」
炎が爆発する。過去最大の魔力。全部。剣へ流し込む。
「見てろ。師匠。これが。俺の最高の一太刀だ!」
渾身の一撃。
執行者は初めて。両手で剣を握った。
黒い斬撃。炎。
正面からぶつかる。世界が白く染まる。
静寂。次の瞬間。
グラムの身体がゆっくりと止まった。
胸を黒い剣が貫いていた。
「……っ。」
誰も声が出ない。
執行者は剣を引き抜く。
グラムが膝をつく。血が床を染める。
セレスが走ろうとする。グラムが手を上げた。
「……来るな。」
笑っていた。不思議なくらい穏やかな笑顔だった。
「師匠。」
アベルへ視線を向ける。
「届かなかったよ。」
少しだけ笑う。
「でも悔いはない。」
ゆっくり。仲間達を見る。
ガイアス。アイリス。セレス。バルド。
最後に。ノア。
「聞け。」
全員が顔を上げる。
「師匠は。俺達を強くするために戦った。そして託した。」
一度咳き込む。血が零れる。それでも続ける。
「だから。俺達は。その先へ行かなきゃならねぇ。」
静かな声。
「一人じゃ無理だ。だから託す。」
ノアを見る。そして全員を見る。
「俺じゃ届かなかった場所へ。みんなで行け。」
「師匠を。……越えてくれ!」
その言葉を最後に。焔帝グラムの身体が前へ倒れる。
動かない。静寂。
執行者は黒い剣を納めた。
「執行完了。」
その瞬間。ノアが静かに前へ出る。
剣を抜く。境界の刃が静かに鳴いた。
執行者は初めてノアを真っ直ぐ見る。
「境界。」
ノアは短く答える。
「ああ。ここからは。俺達全員でお前を倒す。」
神殿に再び殺気が満ちる。
五人。
いや。
四人の英雄と、一人の境界者。
その視線は。
初めて同じ敵へ向けられた。




