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二章 第14話:白界に嗤う異物

【1】


白。


音も、温度も、距離すら曖昧に溶けた空間。

二つの椅子だけが、向かい合うように置かれている。



その片方に座るアマネの視線の先、もう一つの椅子にまたがるフードの人物。



顔は見えない。

だが、その奥にある視線だけは、はっきりと感じ取れる。

試すような、あざけるような、そしてどこか楽しんでいるような気配。


わらっている。



「どーだったよ。俺が用意した世界」


軽い声が静寂を破る。


「良いかんじだったが……最期はちょっと()()()()()()

お前が斬って欲しかったのによぉ」




アマネは反応しない。


「…………」


大切にしているものを、踏みにじられた音。


真っ直ぐにその存在を見据える。

ただ一つの感情だけが、冷たく沈んでいる。




「あなたが憎くて仕方ない」




その言葉を受けてもなお、フードの人物は笑う。

肩を揺らし、まるで軽口でも叩かれたかのように。


「んな怖い顔すんなよ」


わざとらしく両手を軽く広げる。


「仲良くしようぜ? 俺ら同類なんだからよ」



その一言が、わずかに空気を変えた。

アマネの眉が、ほんの僅かに動く。


「……同類?」


その反応を楽しむように、フードの人物はゆっくりと指を一本立てる。



「――同じ、“世界の異物”」




【2】


その言葉は白に沈む。

否定は、すぐには出てこなかった。


その響きだけが、胸の奥に引っかかる。



アマネは視線を逸らさないまま、淡々と問う。


「あなたは誰?」


フードの人物はあっさりと答える。


「シオリ。名前だけ教えといてやる」




――シオリ。




それだけ。


あまりにも軽く、あまりにも意味を持たない響きとして発せられた名前。

だが、そこに含まれる“何か”は確かに存在していた。



(男の人? でも……)


一瞬戸惑う。

声はどこまでも中性的で、男女どちらとも取れない曖昧さを含んでいる。


輪郭もまた同じだった。


フードの奥にある存在は、形を定めきれないまま揺らいでいるようにも見える。



その思考を見透かしたように、シオリと名乗った人物は笑う。


「お前が男だと思えば男、女だと思えば女。

外側なんて、好きに思っとけよ」


煽るように、わざとらしく首を傾げた。




アマネはその言葉を受け流すように、視線を戻す。

余計な感情を切り捨て、さらに問う。


「全部、あなたのせい?」


ただ確認する為だけの冷たい声。



シオリは一切のよどみなく答える。


「ああ」


そこには罪悪感も、言い訳も、何もない。


「元々はな、日が変わる度に適当な残響に“楔”を打って、そっから異常を弄ってたんだ」


片手をひらひらと動かしながら、まるで雑談でもするかのように続ける。


「世界なんざクソどーでもいいが、完全に崩れたらつまんねえだろ?

だから“適当に固定する”、っつーかんじで遊んでた」



軽い言葉。

だが、その内容はあまりにも歪んでいる。



「で、そこにお前が来た。綴りの影響を受けない例外。

そーなると、今までのじゃ制御が効かなくなっちまってよ。

だから面倒臭えけど、やり方変えた」


指先が、まっすぐアマネを指す。

アマネは動じずに黙って視線で刺すが、シオリもまた意に介さない。




フードの奥の気配が、濃くなる。


「今度はお前を中心に楔を打った。

ある場所でお前が()()()を言えば、楔が出てくる。

あとはそいつをぶっ壊せば、遊びも終わりってわけだ」


口元が歪む。


「宿と、あの挨拶、んでお前ら自身。

“今日も良き綴りを”――殺してんの、見てて面白かったなぁ」




白い空間の中で、生々しく嘲笑が響いた。




【3】


――パキリッ


わずかに割れて、軋む音がした。



シオリは何もない天井を見上げる。


「ま、この場も保たねえし、こんなとこだな。

ネタばらしの時間はここまでだ。

会えて嬉しかったぜ?」



目の前の存在――シオリは、まるでその終わりすら退屈だと言わんばかりに肩を揺らす。


綴りの異常に乗じて、世界を歪めて、アマネ達をもてあそんだ。


明確な目的は見えない。

いや、目的や意味はあったのか、それともただ遊んでいただけなのか。




今はどうでもいい。



アマネの中に強く煮えたぎる意志は、ただ一つ。


「あなたには、必ず報いを受けさせる」


確定した未来を告げる重さを持って、突きつけた。




シオリの肩がわずかに震え、次の瞬間には堪えきれないように笑いが溢れ出す。


「ヒャ、ハハ……ッ、はははははははは!!!!」



座っていた椅子を荒く蹴っ飛ばし、アマネの方へ近づく。


「どこまでも気が合うなぁ、おい! 俺もおんなじ気分だ!!」


アマネの顔前で、暗いフードが覗き込む。


「さっきから我慢してやってたけどなぁ!

てめえの! その黙ってキレてる顔がクソムカつくんだよッ!!」



唾がかかる距離で吐き出されるその言葉には、怒りと愉悦。


「報いだぁ!? 甘っちょろいこと言ってんじゃねえ!

殺したいですって素直に言えよ!!!! ああッ!!?」



アマネは表情を変えず、ただその罵声を聞き流す。


(この人……何で……?)


怒鳴りたいのはこっちのはずなのに、なぜ。

内心、豹変したその気配に、アマネは困惑を隠せなかった。




シオリは、わずかに目を細めた気配を見せる。


「ま、いいや。どうせどっかで交わる」




剥き出しの本音を収め、嘲笑だけを再び浮かべる。



「いつか……仲良く殺し合おうぜ。

お互い楽しみができて、幸せでいっぱいだなぁ?」




【4】


その時だった。




――バリィィィンッッッ




ガラスの割れるような音と共に、空間の上側が裂けた。

白一色だったはずの空間に、亀裂のような黒い歪みが走る。



そこから無理やり押し広げるように、別の“層”が割り込んできた。



アマネもシオリも、予期せぬ出来事を見上げた。


「!?」


「あ?」




その裂け目から一人の影が降る。


それは見慣れた姿。


黒と銀が混じる髪と眼鏡。

紋章の入った白銀の外套。





――アトラシア筆聖ひっせい、オルフェン・グラート。






「ひ……筆聖!!??」


思わずアマネの声が漏れる。




オルフェンは白の宙で軽い笑みを浮かべ、二人を見下ろした。


「や。邪魔するよ」

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