表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
68/69

一章 第35話:孤荒と天衡 - 交わる詩篇

【1】


残響詩篇ざんきょうしへん”――



それは己が宿す残響を、ありのまま世界へと書き起こす行為。

生まれた瞬間から抱えてきた“自分以外の何かの記憶”を、物語として綴り、解き放つ。



単独で発動された場合、それはそのまま“世界”となり、相手へと押し付けられる。


理解できなければ、呑み込まれる。

受け入れることができなければ、存在は失われる。



――しかし。



残響詩篇が同時に発動した場合、

互いの物語は世界へ書き込まれながら、綴り合い、上書きし合い、侵食し合う。



そこでは、力の大小は意味を持たない。


問われるのは、どれだけ深く己の残響を理解しているか。

そして、相手の残響をどこまで受け入れられるか――。



さらに、そこで問われるのは残響だけではなく。

生き方や選択、後悔。失われたものや、守り続けたもの、世界に遺したもの。


それら全ても物語となり、残響詩篇の“深さ”を決める。



より深く、より濃く、己を世界に刻み込んだ者ほど――。




【2】


メキースとヴァリウス。

二人の強者による“残響詩篇の同時発動”。




最初に見えたのは、メキースの世界だった。


地平の果てまで、何もない。

山も、街も、川も、森もない。あるのはひび割れた大地と、焼けた風だけ。



影すら薄い荒野。

誰の声も届かない場所。

ただ一人、歩き続ける背中だけがあった。


水はなく、休息もない。救いもない。

それでも、その背中は止まらない。



倒れた者の名を覚えながら、救えなかった顔を胸に刻みながら。

次こそは、と何度も何度も言い聞かせながら。


誰にも縋らず。委ねず。

ただ、自分の足で進み続ける。


それは――孤独の記憶。

誰にも預けなかった人生の風景。



孤荒ここう〉は、メキースそのものだった。




そこに、もう一つの世界が――天から逆さ吊られるように覆いかぶさる。



そこには、分岐があった。

無数の分かれ道。


空へ伸びる光の線と、地へ沈む影の線が、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。


一つ選べば、もう一つが消える。

一つ救えば、もう一つが死ぬ。


選択の連続。逃げ場のない天秤。



道の中央に、独りの王が立っている。



燃える街と、守られる要塞。

泣く子供と、飢えた兵士。

隔離される患者と、守られる都市。



どちらも正しく、どちらも間違っている。



だが――選ばねばならない。



彼は迷わず剣を振るい、命令を下して線を引く。

選ばれなかった側が、嘆きの声と共に、次々に闇へ沈んでいく。



それがヴァリウスの宿す――〈天衡てんこう〉の原風景だった。




【3】


二つの残響詩篇がぶつかり合う、その中心。


孤荒と天衡。


メキースとヴァリウスは剣を交えていた。



鋼が鳴る。

だが、それは単なる金属音ではない。


剣が触れる度に、世界が軋む。

重なった物語が擦れ合い、悲鳴のような音を立てていく。



斬撃。受け流し。

互いの一動作ごとに、風景が書き換わる。

メキースの剣が走れば、地平が乾き、影が伸びる。

ヴァリウスの剣が振るわれれば、分岐が生まれ、光と闇が裂ける。



二つの世界が、互いを呑み込み合おうとしていた。





――違う。




互いを“理解しよう”としていた。



メキースは斬り結びながら、向き合っていた。


無数の分岐。

選ばれなかった未来や、背負い続けた沈黙の街。


(……そうか。

君は……ずっと、決め続けてきたんだな)


誰かに任せず、逃げずに正しさを選び続けた先に、独りとなった。



一方、ヴァリウスもまた向き合っていた。


果てのない荒野。


誰にも頼れず、誰にも縋れず、それでも歩き続けた足跡を。

折れそうな背中、崩れそうな意志、それでも進んだ無数の夜を。


(馬鹿な。なぜ、そこまでして……)




永遠にも続くような剣戟。

互いの剣が弾かれ、世界がさらに重なっていく。


荒野の砂が、分岐の街に降り積もる。

選ばれなかった者達の声が、乾いた風に混じる。



互いの理解が、強く溶け合い始めていた。



その光景を、遠くからカズヤとアインは見つめていた。

言葉を失い、呼吸すら忘れたまま。


全て、理解を超えた場所でぶつかり合っている。


「夢じゃ、ねえんだよな……。こいつは……」


アインの言葉に、カズヤは答えられなかった。

ただ目の前の“現実”を、目に焼き付けることしかできなかった。




【4】


その時。



――違和感。

ヴァリウスの胸に微かな軋みを走らせた。



(何だ……?)


大剣をメキースに叩きつける。

だがはっきりと、まるで世界から否定されるように押し返される。


荒野が押し返してくる。



「っ……なぜだッ!!」




その瞬間、理解が閃いた。


――物語の“深さ”。


ヴァリウスはメキースを見る。




メキースは――微かに笑っていた。



「やっと……気づいたか」



剣を構えたまま、言う。


「私は……もう、終わりに近い」


血が落ち、砂に染みる。


「……“最期の物語”だ。

それは何よりも深く、世界へ刻み込む力になる」



ヴァリウスの目が見開かれる。

それが、狙いだった。


最初から。


勝てないとメキースは悟っていたのだ。

“綴り”と同化したヴァリウスには、()()()()()()()()と。

だから己を削り、死の縁まで歩いた。




死に際は、物語を極限まで輝かせる瞬間、その一つ。




「――お前……お前はッ!!!!!」


言葉が、続かない。



荒野が、激しくうねる。

乾いた風が、叫ぶように吹き荒れる。


それに応じるように、ヴァリウスの世界が――軋み始めた。


分岐が歪み、光の線が乱れ、天秤が傾く。

これまで微動だにしなかった〈天衡〉が、初めて悲鳴を上げる。



メキースの物語。

命を削って綴られた孤独が、ヴァリウスの世界を上書きし始めていた。


荒野が広がり孤独が満ちる。

後悔も焦燥も、歩み続けた年月が全て一つになって、世界を覆う。



崩壊の中、ヴァリウスはただ、剣を握り締めるしかなかった。



「……これがお前の生き様か……メキース」



目の前の男は今この瞬間。

世界の誰よりも深く、誰よりも強く、己の存在を世界へ刻み込んでいた。



ヴァリウスの世界が、大きな音を立てて軋み、崩壊していく――。



メキースの“最期の物語”は克明に綴られ、確かに、ヴァリウスの“物語”を上回った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ