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残響詩篇  作者: 宗一郎
序章:綴られぬ者達の夜明け
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第19話:理水裂く風の外典

【1】


切り裂くような風の音と、水の奔流の衝突が、

灰の塔内部に響き渡る。


カズヤとセイルは、螺旋階段を駆け上がりながら戦っていた。


階段を蹴るたび、石床がひび割れ、

壁に叩きつけられた水が霧となって宙を漂う。


セイルの両手には、水流が蛇のように絡みつき、

エーテル紋の輝きと共に刃へと変化する。



カズヤもまた剣のエーテル紋を輝かせ、意識を集中させる。


災厄の一端に触れて向き合う。

風の音、悲鳴、脳裏に広がる惨状を一目だけ見る。

震える心を抑えて静かに、抱きしめるように。



「〈災厄の残響〉――風をここに綴る」



風を書き起こす。


急ごしらえではあるが、日々の練習の成果。

“残響から少しずつ力を引き出す方法”を実践できるようになっていた。



セイルが振るう水刃を、カズヤの風がかき消す。

カズヤが起こす風の刃を、セイルの水流が飲み込む。


互いの残響の力が拮抗する。



セイルの眉がわずかに上がった。


「ほう……安定しているな。何か掴んだか」


カズヤは息を切らしながらも笑った。


「お陰様でな。

あん時はわけ分かんねえままぶっ飛ばして悪かったな!

――今度は正々堂々、あんたに勝つ」


「チッ……外典が…」


セイルは露骨に不快な顔をした。



垂直に落ちてくる水流の槍を、風を振るって押し返す。

風が爆ぜ、階段に散らばる水滴を巻き込んで渦を作る。


水が床から噴き上がり、円を描くように階段の半分を飲み込む。



カズヤは手すりを蹴り、風を利用してそのまま上階へと跳んだ。




【2】


二人の戦いは、螺旋階段を駆け上がり――



やがて塔中枢の機構が集まる調律階層へと突入した。


巨大なエーテル導管が天井へ走る。

そこは、灰の祭典に合わせて、祈りをもって塔そのものを鳴らすための聖域。

下層から上層へとエーテルを流す為の“要”。


荘厳な祈りの仕掛けと、無数の機械が混じり合い、

空間そのものが低く、重く、まるで工場のように唸っていた。



水流が鋭利な槌の形を取り、

塔の設備を這うようにカズヤへ襲いかかった。


カズヤは舌打ちしながら回避する。


「周りに水がある時だけ使える残響かと思ってたが……。んなこともねえようだな!」


「楽になるかどうかの差に過ぎん。

無ければエーテルから書き起こすだけだ」


彼の声は冷たく簡潔。

それが余計に戦慄を呼ぶ。



カズヤは足元の水を踏み、風を呼び込んで跳躍しようとする。


その瞬間、セイルが軽く手を振る。

水刃が床を滑り――八の字を描く奇妙な軌道で、カズヤの足元を切り裂きに来た。


「ッ……!」



回避のたび、巨大なエーテル導管に水刃が衝突し、青白い火花が散る。

金属音とともに導管が一本、床へ崩落した。


「塔をぶっ壊す気か!?」


「必要とあらばな。

正典を守るため、全てはその副次だ」


「――アマネも同じかよ」


「……世界が認めていない存在ならば、排除するほかない」


セイルの声には、哀悼も迷いもなかった。

ただ、筆聖の命令を律儀に遂行する静かな刃。


その言い分に、カズヤは奥歯を噛み締める。


水刃がうねりを変え、巨大な“水蛇”となって一直線に襲いかかる。

その水蛇を一閃、カズヤは強烈な風の刃で砕き伏せた。



戦いながら、カズヤはセイルに問う。


「あんただって納得いってねえんだろ!

なんであの日、俺の前に来た!

なんで今日、わざわざひとりで待ってた!!」



セイルの眉が、初めてかすかに揺れる。

だが返ってきたのは冷たい言葉だった。


「……貴様は危険な存在だ。生かしてはおけん。

自らの手で貴様を殺すのが、私の正義だ」


カズヤは目を細める。

そして、僅かに嘲笑するように口角を上げる。



「――はっ。誤魔化すなよ。

あんた、理由が欲しかっただけだろ」



セイルの背に、理解不能な寒気が走る。

怒りか、羞恥か、動揺か、自分でも判別できない。

ただ、ひとつ分かる。



この男の言葉は許せない。



「……外典風情が。舐めるな!」



カズヤがほくそ笑む。


「人間味ねえやつだと思ってたが…やっと良い顔したな!」




【3】


戦いはさらに上階へと雪崩れ込む。


カズヤが風の力を利用して宙を跳ぶ。

セイルが手で指し示し、水刃がその軌跡を追うように走る。


風と水がぶつかるたび、塔の内部に雷鳴のような音が響く。

塔全体が二人の戦いを吸い込みながら震えていた。



やがて――


二人は広大な空間に辿り着く。

そこは塔を貫く巨大な円環の吹き抜け。


足元には幾重にも交差した細い橋が網のように張り巡らされている。


壁一面には、儀式用の道具・巨大なエーテル紋が、鈍い光を受けて静かに佇む。


天井近くの光孔から差し込む白光は、まるで氷のように冷たく、

空間全体に神聖さと不気味さの両方を漂わせていた。



その光景に、カズヤは思わず息を呑んだ。


「……ここは……」


セイルの表情からは、もはや挑発も余裕も消えていた。

純粋な“決着への意志”。


「“記録の間”。

重要な祭事で使われる、灰の塔でも最も神聖な空間だ。

本来であれば、外典である貴様が足を踏み入れていい場所ではない」


「ああそうかよ。良かったな。

塔の侵入者、祭りをぶっ壊したならず者、神聖な場所に立ち入った外典。

理由は選び放題だ」


「ふん……貴様の軽口もどうでも良い。

――ここで終わらせる」


セイルは静かに、刃を構える。


そして、残響が――深く、深く、塔に響く。



「〈理水の残響〉をさらに綴る――出力最大」




【4】


セイルが低く告げた瞬間――


床が、震えた。

ただの揺れではない。



水の根が地中から這い上がってくるような、圧のある震動。


重い轟音とともに、広間の下層から水柱が噴き上がり、

天井まで一気に駆け上がって滝の壁となる。


交差する橋の下へ、横へ、斜めへ。


記録の間はそのまま――

“水が支配する聖域”へと書き換えられた。



カズヤは即座に風を纏い、迫る圧力を全身で押し返す。


だが水は、もはや場の支配者だった。



セイルを中心点として円環状にうねる水流。

彼は無表情のまま、指をひとつ軽く折る。


その瞬間、水が――曲がった。



カズヤは剣を構え、一拍遅れて身をそらす。

だが遅い。

水が死角から噛みつくように跳ね上がり、肩を深く抉った。


「――ッぐあ!」


水圧は刃。

風で受け流そうとするたび、腕に焼けるような激痛。



次々と迫る水の軌跡は直線、曲線、螺旋。

その全ての動きの“起点”は――セイルの手。


彼の指がほんの一瞬、ほんのわずかに傾くだけで、

水は方向を変え、速さを変え、形を変えて襲い来る。



橋の上に跳び逃れても――

這うような水流が橋桁を伝って迫り、足元を奪う。


「っ……!」



カズヤは風で跳ね退くが、すぐ背後の壁にぶつかり、血を散らす。

だが歯を食いしばり、セイルを見据える。


(……指折を一回…)


渦巻く水と風が激突し、空間が震えた。

カズヤの腕にはさらに深い傷が走る。


(……渦を巻く…一直線…)


胸にも、冷たい刃が抉るような痛み。

カズヤが逃れた先の橋まで追い、這うように足元から噴出する水。



血の混じった水が橋に飛び散った。

それでも、傷付きながら冷静に、カズヤは()()()()


(橋に沿って……パイプに沿って……)



思い出されるのは昨夜。

残響行使の練習をしていた際の、アマネとのやり取り。


『風って見えないものでしょ?

カズヤはどうやって操ってるの?』


『いや、無理。

複雑なコントロールはできねえ。

目の前を吹かせるとか、剣に合わせて風を起こすとか、そんくらい』


『なんか……分かる気がする。

いざやれって言われても、イメージできないもん』



荒い呼吸が整っていく。

胸の奥が、再び熱を帯びた。


「やっぱりな……アマネと話した通りだ」


迫る水流を正面で受け止めながら――



「……見えたぜ、水野郎……」



水に押しつぶされそうな体勢のまま、

カズヤの目には、確かな光明が宿っていた。

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