第16話:灰の祭典
【1】
朝日がフォーンシティ上層の赤壁を黄金色に染める。
鐘の音が空に響き、街のあちこちで色とりどりの布が翻った。
今日は年に一度の“灰の祭典”。
上層の住民達は晴れ着をまとい、浮かれた様子で塔の方角へ向かっていた。
市場には果実酒の甘い香りが立ちこめ、踊り子が軽いステップで通りを彩る。
子供達は灰を模した紙吹雪を、笑い声とともに撒き散らす。
塔前では祈祷官達が忙しなく動いていた。
儀式用の灰、布、灯火、祭具――それらを慎重に運び入れ、
外郭に整然と並べていく。
塔の最上部、塔周辺を一望できる“記録の間”。
そこに立つのは――筆聖グレース・ユルスナール。
白金の装束をまとい、民衆へ向ける微笑みは凛として穏やか。
その立ち姿は、まさに筆聖としての象徴そのものだった。
「――今年もこうして祈りを捧げられること。
世界の綴りに、感謝を」
喝采が上がり、拍手が塔の壁面に反響する。
彼女の瞳には迷いや焦りは微塵もない。
ただ、管理者としての冷たいほどの責務だけが静かに宿っていた。
(今日もまた――世界の綴りに従い、成すべきことを成すのみ)
グレースは民衆へ微笑みを向け、次の祝詞へと淡々と進んだ。
⸻
【2】
夕刻。
祈祷官が掲げた灯火が、灰の塔に大きな火の輪を描いた瞬間――
街全体が深い静寂に包まれた。
峡谷の周囲にも焚き火が灯り、
フォーンシティ全体が巨大な赤い焚き火のように揺らめく。
「――祈りを。灰と大地に、豊穣と安寧を」
祈祷官の声が静かに空気を震わせる。
白いフードを被った民衆は、一斉に胸に手を当て、深く頭を垂れた。
祈りの波が塔の根元を包み、街は息を潜めるように沈黙した。
そして――祈りの始まりから数刻経った後。
ドンッ!!
ガシャァンッ!!!
市街地の方角から、地面を揺るがす爆音が轟いた。
静寂が砕け、悲鳴と混乱が波のように広がる。
「な、何だ……!?」
「爆発!?!?」
瓦礫の煙が上がる中。
アイン率いる協力者達が姿を現した。
「派手にいくぞォ!
今夜だけは、全員好きに暴れていい!
クソみたいな祭りをぶっ壊してやれ!!!」
爆裂音。火薬煙。倒れた荷台。
怒号と悲鳴が混ざり、街の住民は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
アインらは建材を投げ、壁を崩し、わざと大きく音を響かせた。
同時に――ヴァージニア直属の警備隊が一斉に走り出す。
「全隊、前線へ!
炎上区域を封鎖して、避難誘導を急げ!!」
塔から警備が離れ、その周辺は見る間に手薄になっていった。
騒ぎの中、祈祷官が叫ぶ。
「祈りを続けよ!乱されるな!
祭典を止めてはならぬ!!」
祈りは崩れ、塔前の広場はざわめきの渦に飲まれていく。
市街地で警備にあたっていたヴァージニアは、
怒りを含んだ声で部下を叱咤していた。
「誰が、どこで暴れているの!!」
部下が叫ぶ。
「報告!武装集団が多数出現!
市街地で破壊工作を行っています!!」
「武装集団……!?」
ヴァージニアの表情が凍りつく。
そしてふと気づく。
(!…アマネ・チャペック……彼女の反応は!!)
導灯が光を放ち、塔の方角を鋭く指した。
「……塔の内部……!まさか――」
ヴァージニアがそう感じた瞬間、“彼女はいなくなった”。
それは存在の消失。
彼女の消失を皮切りに、
ひとり、またひとりと、街から人が消失し始めていた。
そして、祈りの中に生じた混乱。
フードを深く被った三つの影が、塔裏手の勝手口へ向かい――
内部へと侵入していた。
⸻
【3】
灰の塔内部――。
外の喧騒が嘘のように、そこには音の死んだ空間が広がっていた。
一歩踏み込んだ瞬間、足音すら吸い込まれるように沈む。
灰色の大理石の床、高く反響する天井。
中央には、塔の中心を突き刺す巨大な螺旋階段。
地上から上は催事で使用する部屋や、
フォーンシティの各種観測を行う機関室がある。
そして、地上から下へ降ると――
「下っすね。
《綴るくん》の反応はそっちっす」
カムイは手に持つ装置を見ながら下を指差す。
(《綴るくん》って名前なんだ)
アマネは心で呟いたが口には出さなかった。
「……」
カズヤは立ち止まって周囲を警戒している。
何かの気配に囚われていた。
下り始めていたアマネとカムイの背に向かって、
カズヤは声をかける。
「二人とも、先に降りててくれ。俺はここで待つ」
「どうしたの……?」
――塔の温度が数度下がったように感じた。
秩序を引くように、同じ歩調で近づいてくる足音。
階段上から、冷えた声が降る。
「来たか」
黒の外套、掻き上げられた金の髪。
手には水の走る双刃。
セイル・オーウェル――監査局、第七課監査部隊の隊長。
セイルが片手を軽く振り下ろした。
次の瞬間――轟音とともに、螺旋階段の中央へ水流が走った。
水流が十数の搥となって階段を一直線に走り、砕いて裂き、
上下の道を意図的に分断する。
「――ッ!?」
崩れ落ちる石段。
カズヤは咄嗟に上階側へ跳び退き、
アマネとカムイは下の段へ弾かれる。
舞い上がる石粉と水光。
三人の距離は、一瞬で届かないほど遠く隔たった。
アマネとカズヤが互いに叫ぶ。
「カズヤ!!」
「行け!地下に“綴り”があるんだろ!
俺も追いつく!!」
アマネは僅かに躊躇ったが、すぐに向かうべき方向へ足を運んだ。
カムイも続いて叫ぶ。
「先で待ってますから!気をつけるっすよー!!」
「ああ!頼んだ、カムイ!」
カズヤはニッと笑って二人を見送った。
そして上へと視線を戻す。
「律儀に待っててくれてありがとよ――“水野郎”」
「来い――“災厄の外典”」




