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敗者の街 ― Requiem to the past ― ※旧版  作者: Roderick Anderson (訳:淡月悠生)
最終章 After Resounding Requiem
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73. ある医者の追憶……そして、憧憬

『グリゴリー。僕が死んだら、葬儀にくらいは来てくれる?』

『……場所による。ヨーロッパでも、まあ……フランスまでならなんとか……』

『故郷、カナダなんだよね。モントリオール』

『あ、じゃあ行ける。今ケベック住んでるから』

『そっか。……じゃあ……来てよ。友達なんだしさ』


あのメールが届いたのは、2016年の夏頃……いや、夏の終わり頃だったか。

……その日、カミーユは死んだ。頭も、脚も、腕もない死体だったけど……写真を見て、ムカつくくらい美形だと思った。


思えばカミーユと知り合ったのは、些細なことがきっかけだった。

Skipeでチャットが飛んできて、最初はすっかり騙されて女性だと思っていた。

そんでしばらくして、ネタばらしされた。「友達がネット恋愛に挑戦したいって言うからアカウント作ったんだけど、飽きたらしくて……。ごめん。本当は男なんだよね」……と。


まあ、それでも何やかんや仲良くなった。画面越しでもあいつと話すのは楽しかった。


パリに住んでる画家だってこと、弟絡みで悩んでる……みたいなことも、ちらほら聞いていた。

ある日、弟について聞いて……途端に申し訳なくなった。

……俺は、あいつを救えなかった。……いや、むしろ、傷つけた1人だったから。


それを知って、メールに思うよう返信できなくなって、そんなに時間はかからなかった。


『グリゴリー。僕が死んだら、葬儀にくらいは来てくれる?』


冗談だと、思ったんだよ。

冗談なら、どれほど良かったか。

冗談であって欲しかったよ。


モントリオールで、ブライアンと再会した。病院に託してそれっきりだった彼は、背丈は伸びても表情は前に見た時と同じだった。……うつろな、空色の瞳がぼんやりと世界を映していた。

脳も、神経も、肉体も、なぜ機能しているのかわからない……、と、説明された。様子を見て……実験体、みたいな扱いだと思った。


「……にいさん、レヴィ……置いていかないで……」


月明かりの下、誰もいない教会に立ち尽くして、静かに泣いていたのを見てしまった。

……壊れた心の残滓が、確かに悲鳴を上げていた。


「あの、この子、しばらくウチで預かっていいですか? ……いや、故郷の近くのが……えっと、何か、糸口になるかもですし……」


保護しようと思ったのは、贖罪のためか、同情か、……その涙の透明さが、あまりにも綺麗だったからか。

俺にもまだ、よくわかっていない。

そこから色々怪奇現象が起こり出して、俺はしばらく傍観するだけだった。……ブライアンの壊れた心の破片を、その中身を知って行くたび胸が痛んだ。




カミーユ。……お前さ、本当は無念だったろ。置いて逝きたくなんてなかったんだろ。だから、「過去の清算」なんて、しようと思ったんだろ。

狡いよなぁ。もう死んだお前と会って、話して、バカみたいなやり取りもして、……余計に、「もっと話したい」って、思っちまったよ。


なぁ、カミーユ……。本当に、もう、逝っちまったのか?





祈るような気持ちで。メールを送る。……すぐ近くの机の上で、着信音が鳴る。

たぶんプリセットの着信音だけど、ノエルにせっつかれてカスタマイズした音だろう。……そんな気がした。


「……これ、僕と……レヴィ……」


誰もいない廃墟(アトリエ)に、その絵は置いてあった。積もったほこりと剥がれ落ちた壁紙、崩れたコンクリートに似つかわしくない、真新しい絵。痛んで金具の錆びた木製のスタンドも、置かれて数時間も経っていないように思える。

画布を捲ると、「Sang」のサインとともに、過ぎ去った日々の一コマが浮かび上がる。

溢れんばかりの愛情と、激励が込められていると感じた。

もしそこに未来があったなら、ひょっとしたら俺も……なんて、ばかげたことも思ったりした。


ふと、傍らの「挨拶」に気付く。


「……なぁにが幸運を祈る(Bonne chance)、だよ。キザ野郎」


机には落としすぎて画面もひび割れ、塗装もボロボロな携帯電話と、木彫りの人形。……そして、何通かの手紙。ブライアンに宛てたもの、俺に宛てられたもの、庵に宛てたもの、アドルフに宛てたもの、ロバートとローザに宛てたもの、ロデリックとローランドに宛てたもの……あとは、そのほかの「生者」宛てだ。


ロバートがまず自分宛てのを取り、ローザに見せる。そして、ローザがロデリックとローランド宛てのをカバンに仕舞う。思い出したように、アドルフ宛てとその他宛ても仕舞った。

庵もパッと自分宛てのを取り、ブライアンに渡す。

最後に残されたのは、俺宛ての手紙。……なかなか手に取れなかった。これで終わりだと、どこかで認めたくなかった。


糊付けもされていない封筒を開き、中身を取り出す。



Cher Grigori,


C'est la vie.(まあ、こんなものだよね) 

mais Merci.(でも、ありがとう)


Camille




シンプルに、それだけが書かれていた。

……いつもメールでやり取りしていたぐらいの分量が、やたらと沁みた。


ブライアンは、読み終わった手紙を取り落とすほど手を震わせて、膝を折った。

俺と違って、たくさんの文字がそこに書き遺されている。……取り消し線や書き直しの跡も、遠目からでも目立っていた。


「う……うう、うぁ、うあああああああああん」


声を上げ、ブライアンは泣いた。手紙を抱き締め、兄の絵を前に、子供のように泣きじゃくっていた。

それは慟哭でも、悲鳴でもなく、嘆きでもなく……

強いて言うのなら、「感謝」が、近いような気がした。


「グリゴリー、さん」


掠れた声が、俺を呼ぶ。

そっちを向いて、俺も、自分が泣いていることに気づいた。


「……なんだよ、ブライアン」

「ぼく、がんばる」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべて、空色の瞳はしっかりと俺を映していた。

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