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第十三話「王国最強の騎士達は、その男が欲しい」

 ————さすがに疲れた。


 怪物を一匹斬ったので、帰って寝る。

 俺としては、そういう予定だった。


「王都へ向かいます。円卓への報告が先ですから」


「じゃあ、首、持ってくればよかった? あれ置いて帰っちゃったけど」


「必要なのは貴方です。討伐した時の状況を、直接お話しいただきます」


 せっかく手土産を用意したのに、俺まで包まれている。


「さあ、いよいよ円卓と対面です。行きますよ、八咫烏さん」


 まあ、手土産は本人が渡すのが鉄則だろう。


 馬車はよく揺れた。尻が痛い。

 向かいでは膝に書類を広げるニア。誠に勤勉だ。

 勤勉なニアの手元の、小さな結晶が光った。


『ニア様。ご帰還の途上に失礼いたします』


「セバチャン? 屋敷で何かありましたか」


 なんか久しぶりに声を聞いた気がする。


『いいえ。サクサ様が、どうしてもご連絡をと。討伐成功の知らせは届いておりますが……』


「もう知ってるのか?ついさっきだぞ」


『おや。八咫烏様もご一緒でございますね。伝令部から、通信魔法で各地へ報道されています。今頃、王国中がこのお話をしておりますよ』


 俺の帰りより、俺の噂の方が速い。

 そっちに乗せてもらえないだろうか。


『サクサ様が、お伝えしたいことを書いていらっしゃいます。少々お待ちを』


 紙をめくる音がした。続いて、何かが机にぶつかる音。


『大丈夫ですよ、お嬢様。まだ繋がっております。順番にお読みいたしますから』


「魔力見えてもぶつかる癖は治んねえか」


 向かいでニアが口元に手をやり、笑った。


「きっと、ようやく連絡できるから、とあたふたしているのでしょうね」


 セバチャンは、サクサの書いた文字を読み上げ、


『————お一人で倒されたと聞きました。お怪我はありませんか。痛むところはありませんか』


「ないない。元気。あ、尻は痛いな」


 紙が激しく鳴った。


『サクサお嬢様!なりません!紙は貴重なのです!』


「馬車! 馬車のせい! そういう椅子だから!」


「余計な心配を増やさないでください」


「痛いところを聞かれたから正直に答えたのに」


 ニアが結晶を引き寄せる。


「サクサ。お医者様にも診ていただきました。八咫烏さんは無事です。私が保証します」


『……本当は、痛いのを隠していませんか、と』


「ニア。お前の保証、効いてないぞ」


「普段の行いですね」


 この姉妹、血は繋がっていないくせに、

 俺を問い詰める手順だけはそっくりだ。


 一緒に暮らすと、こういうところから似るのだろうか。

 できればもう少し、俺に都合のいい部分が似てほしかった。


『ニア様も、お怪我は』


「私も大丈夫です。二人とも、ちゃんと帰りますから」


 今度は、紙の音が止まった。


 さっきまで、ずいぶん急いで書いていた。

 声を出せないあいつには、

 こっちが返事をするまでの間も長いのかもしれない。


『……お二人のお食事を、残しておいてもいいですか、と』


「最高」


『だ、そうです』


「それは通訳しなくても聞こえるだろ」


 ニアは手元に結晶を寄せ、


「これから円卓へ報告に参ります。遅くなるようでしたら、また連絡しますので。サクサを待たせすぎないようにしてください」


 その言葉に、向こうでまた紙が鳴った。


『お嬢様、それは先ほどもお伝えしましたよ』


「何だって?」


『早く帰ってきてください、と』


「王様だか偉い人だかに言ってくれ。俺だって帰りたいんだから」


「私の前で面会を嫌がらないでいただけますか。お忘れかもしれませんが、私も円卓の騎士です。偉い人です」


「はいはい。そんじゃあまたな、サクサ。セバチャンも」


 通信が切れるまで、ニアは結晶を置かなかった。


     ◆


 王都へ着いた頃には、門の前でさえデザームの名が聞こえた。


 荷車の男が声を張り、門番が頷く。

 俺たちの馬車が通ると、その門番が慌てて背筋を伸ばした。

 顔が割れているのかと思ったが、見ているのは馬車の紋章らしい。


「本当に広まってんだな。じゃあ報告いらなくない?」


「噂を書類に記すわけにはいきません。それから、八咫烏さん」


 ニアが書類を揃え、こちらを見た。


「円卓の方々は、少々……いえ、かなり癖のある方ばかりです。何か言われても、その場で安請け合いはしないでください」


「俺より癖ある?」


「比較しづらい方向にあります。全体的に話が通じません」


 嫌な答えだった。


「急な報告ですので、全員は揃っていないと思いますが」


「揃うと何が起きんの」


「私が爆発します」


 それは気になる。


     ◆


 ちなみに、この頃の屋敷の様子は、後でセバチャンから聞いた。


 通信が切れても、サクサはしばらく結晶の前を離れなかったらしい。

 窓へ歩きかけては戻り、紙に何かを書いて、また消す。


 ようやく差し出した紙には、こうあったという。


『円卓の方たちも、八咫烏さんに来てほしくなりますか』


「そうですな。中位モンストロをお一人で仕留められたのです。ぜひ手元に、とお考えになる方は多いでしょう。争奪戦になっても、不思議ではありません」


 サクサは紙を引き戻し、すぐに書き足した。


『ここにも、お部屋はあります』


「ええ。お食事も、お嬢様もお待ちです」


 それを聞いて、紙を胸元へ抱えたそうだ。


 王国の英雄などという話は、あいつにはあまり関係なかったらしい。

 それより、早く帰ってきてほしい。


 俺もまったく同意見だった。早く帰り、惰眠を貪りたかった。

 

 残念ながら、その時の俺はまだ、帰れなくなる理由へ、自ら近づいているとは知らなかった。


     ◆


 王宮の廊下は広い。

 しかも、ニアの隣を歩いているだけで勝手に道が空いた。


 衛兵は敬礼し、書類を抱えた役人は壁際へ寄る。

 俺は何もしていない。少し眠そうにしているだけだ。


「便利だな、お前。買い物の時とかもそうなる?」


「そういう目的でお連れにならないでください。それと、ここから先は私語を慎んで————」


 大きな扉の向こう。恐らく円卓の騎士達がいる大部屋なのだろう。

 その中から扉越しに、大きな笑い声が聞こえた。


 私語厳禁とは??

 ニアの方を向き、無言で聞く。


「……できる範囲で、結構です」


 早くも基準が下がった。


 扉が開くと、中にいた連中が一斉にこちらを向いた。


 五人。思ったより少ない。


 大きな円卓。高い天井。人の数より多い椅子。

 そのどれより先に、部屋を満たす力が目につく。


 ————全員、魔力が多い。


 あの大規模作戦に参加した後なので、比べる相手には事欠かなかった。

 数の話をしていたはずなのに、こいつらを見ていると、兵士を一人ずつ数えるのが馬鹿らしくなってくる。


 特に、正面奥の席で微笑んでいる金髪の優男。


 次に、その近くでぬいぐるみを抱え、脚を揺らしている少女。


 あの二人だけ、別格のように魔力量がある。真っ青だ。

 人は見かけに寄らないという言葉の真髄が、大変よく分かる部屋だった。


「八咫烏! あなたが八咫烏だよね!」


 最初に来たのは、桃色の髪をした、やたらと顔の可愛い男だった。


「アタシの名前はラヴィ!第十席! 結婚しよう!」


 聞き間違いかと思った。隣でニアの溜息が聞こえる。


「ねえねえ!結婚しようよ!私、料理出来るよ!お金も————」


「待て待て待て、順番を二十個くらい飛ばしてない?」


「あとで全部やろうよ! アタシ、お金も屋敷もあるし、あなたが何もしなくても養えるよ!」


「最後のとこ、詳しく聞くよ」


「八咫烏さん」


 ニアに睨まれ腕を取られた。

 ラヴィに右を。ニアに左を。


「ニアちゃん、いま大事なお話してるの。アタシ、この人のこと、すっごく好きになれそう!」


「まだお名前しか確認していませんよね。ご用件は報告の後にお願いします」


「分かった。じゃあ、その間だけ手を繋いでてもいい?」


「離してくださいと言っています」


 ニアは俺を引き抜き、ラヴィとの間に入った。


 働かなくてもいいという話は、俺の人生にとって極めて重要なのだが。


「————いやはや」


 横から、また別の女がひょいと顔を出した。


「災難だねえ。あたしはカンパネラ。十二席の、一番か弱いお姉さんです」


 片手を振りながら、空いた方の手で俺の袖を摘まむ。取り回しのいい荷物みたいに扱うな。


「きみの名前、本人からも聞いていい? さっき、ちゃんと名乗れてなかったでしょ」


「八咫烏。名字か何かは知らんけど、それで通してる」


「じゃ、やたくん。よろしくね。ところでさ、今回の報奨金の話、もう誰かとしてる?」


「まだ。出んの?」


「出させるの。その辺、あたしに任せてくれれば…………」


「カンパネラさん。手数料の説明が先ではありませんか」


「やだ、ニアちゃん。いきなりお金の話なんて、いやらしいなあ」


「最初からお金の話でしたよね」


 また引き剥がされた。


 結婚相手の次は金の仲介人。俺の袖には、まだ紹介を待っている職種があるのだろうか。


 ようやく円卓まで辿り着き、用意された椅子へ座る。

 ニアが隣へ腰を下ろして、小さく息を吐いた。


「今日は比較的、強烈な方々がいなくてよかったです」


「今の二人、何で選考落ちしたの?」


「声を落としてください」


 落としたところで、納得はできない。


 この場にいる円卓の騎士は、ニアを含めて六人。

 残り六人が来たらどうなるのかは、もう考えないことにした。


「騒がしく迎えてしまって、すまないね。アルド・ロンドールだ。第一席を預かっている」


 正面の優男が言った。

 整った顔に、気負いのない笑み。さっきから一番、目につく魔力の持ち主である。


「ロンドールって、国の名前じゃなかった?」


「僕の家の名前でもあるんだ。第二王子、と言った方が分かりやすいかな」


「それ早く言えよ。今、普通に座っちゃったじゃん」


「構わないよ。そのままで」


 助かる。今から立って頭を下げても、どうせ遅い。

 その隣に座る少女が、ぬいぐるみの手をフリフリとさせ、


「コクリコ・クランケット。ココは第二席。さっきから見てたよね、こっち」


 バレている。一人称がココなのは……愛称なのだろうか?


「子供が混ざってる、って思った?」


「いや。ちっこいのに、すげえ魔力だなって」


「………ココの魔力を…見ただけで……?」


 しまった。魔力を見れるというのはまだニアが伏せてくれているんだった。

 ニアに睨まれる。今日はよく睨まれる。

 ぬいぐるみを抱き直したコクリコは、


「なるほどね、デザームを単独撃破したってのも、ただのまぐれじゃなさそう」


 揺れていた脚が止まった。

 少ししてから、また揺れ始めた。

 先ほどより機嫌がよさそうに見えるのは、気のせいではあるまい。


「グリムファー・グリゴリオ。第三席だ」


 低い声の男は、姿勢を崩さずに俺を見た。

 年は三十をいくらか過ぎたくらい。


 きっちり整えた襟元と、机にまっすぐ置かれた手袋。

 俺の座り方だけで、既にいくつか注意したそうな顔をしている。


 いちばん苦手なタイプだ。


「事前の報告には目を通した。まずは帰還を喜ぼう。結果だけが届いても、当人が戻らんのでは話にならんからな」


「生きてるだけで褒められるなら、毎日来てもいいな」


 フン、と鼻を鳴らす。

 本当に苦手なタイプだ。すると、アルドと名乗った金髪の優男が手を挙げた。


「あまり客人を待たせるのも悪い。ニア、報告をしてくれるかい」


「はい」


 ニアが書類を開く。

 さっきまで人を引っ剥がしていた手が、紙の端を綺麗に揃えた。


「第十二次デザーム討伐作戦。対象モンストロの撃破、及び砂漠化結界(デザートランド)の消滅を確認しました。決定打を与えたのは、こちらの八咫烏さんです」


「そうかい……じゃあ、ラズビ旧市街は開放されたんだね」


「はい。残されたものは殆どありませんが、砂に埋もれた廃墟ではなくなりました。植林も可能でしょう」


「何よりだね、デザーム討伐に収まらず、国土を取り戻した英雄、というわけだ」

 

 ニアは順を追って説明した。

 兵の損耗と、ラズビの復元については、現在も調査中だという。


 俺は窓の方へ目をやった。

 同じ話が王国中へ届くとして、兵士の名前は何人分ついていくのだろう。

 俺の名ばかり大きくなって、ゴルネフとの奢りの約束まで流されては困る。

 あれも立派な、俺の取り分である。などと考えていると、アルドが、


「八咫烏君。十年だ」


 声をかけてきたので、顔を戻す。


「十年かけても取り戻せなかった街を、君が帰してくれた。ありがとう。ロンドール家の者として、礼を言わせてほしい」


 王子が頭を下げた。


 周りを見る。

 誰も驚いていなかった。こういうことを、普通にする男らしい。


「では、次は報酬だね。君の希望を聞こう」


「話が早い。長生きしろよ、お前」


「貴方は相手がアルド殿下でも、そうなのですね……」


 ニアの声は小さかった。もう諦めたのかもしれない。


「再生を許さず、あの巨体の首を断った。その技量は認めざるを得ん」


 グリムファーが続ける。


「吾輩なら、帰還後に貴様のような顔はできんだろう。己の戦い方に、よほどの確信があったと見える」


「途中からだ、最初は勘」


「作戦規律を無視するとは、肝が座っているではないか。見上げた無謀さだ」


 褒め言葉の裏に、補習の気配がした。

 今度はコクリコが、こちらに身を乗り出し、


「ねえ。結界に残れって、誰かに言われたの?」


「いや。俺が勝手に残った」


「じゃあ、本当にあなたが考えて、あなたが倒したんだね」


「作戦の後半は、そうなるな」


「ふーん。いいね。ココは、命令した人が一番偉かったことになる話、嫌いだから」


 なるほど。この子供は話が分かる。

 俺より身分の高い大人が大量にいそうな場で、それを言ってくれるのはありがたい。


「さて。希望を聞く前に、僕からも一つ、提案させてくれないかな」


 アルドが両手を組んだ。


「君に、その力を振るう場所を用意したい。暮らしも身分も、僕が責任を持とう」


 おや。

 ようやく、人間らしい待遇の話になってきた。


「是非、君を、僕の次席(じせき)にしたい」


 その目は、まるで獣のようだった。


「端的に言えば、君が欲しいんだ。八咫烏君」


 ……ジセキ??分からないでいると、隣にいたニアの指が、書類の上で止まった。


「殿下が、次席をとられるのですか……」


「ああ、彼なら、申し分ない」


 いや、空気が変わったのはニアだけではない。

 

 グリムファーが目を細め、カンパネラは笑顔のまま椅子を引き寄せる。ラヴィに至っては、もう立ち上がっていた。


 俺だけが、話についていけていない。


「次席って、何? 二番目? あの子いるじゃん」


「ココの席とは違う。勝手にどかさないで」


「そうなの? じゃ、何の次?」


「円卓の騎士が、自ら育成し、後継として推薦する者です」


 ニアが答えた。


「弟子、と考えていただければ。直ちに円卓へ入るわけではありませんが、いずれその席を継ぎ得る者として認められます」


「お前ら、自分で次の奴を育てんの?」


「はい。国を守る力を次代へ繋ぐことも、私たちの務めです。優れた次席を育てるのは、大きな名誉であり、功績になります」


 俺は、もう一度部屋を見回した。


 ああ。

 偉い奴らが揃って、急に人を見る目を変えた理由が、少し分かった。


「ちょっと待ってよ!アルド殿下が次席を見つけたのはとっても素敵なことだけど!でも最初に話しかけたのアタシだよ!」


「ラヴィ、君は求婚しただろう。次席の話なら、別だと思うけれど」


「じゃあ両方にする! アタシの次席になって、結婚もすればいいよね!ねえねえ、八咫烏さん!欲しいもの、全部買ってあげるから!尽くしてあげるから!だから私のとこに来て!」


「ラヴィだっけ。お前のとこ、弟子としては何もしなくていいの?」


「隣にいてくれればいい!」


「うーーん、魅力的」


 太ももに激痛が走った。咄嗟に振り向くと、指先に魔力を集中させたニアが笑っていた。


「八咫烏さん、冗談もほどほどに」


「痛い痛い!わかった、わかったって!」


「此奴(こやつ)は、吾輩の次席に迎えるべきだ」


 グリムファーが、二人の話へ割り込んだ。


「腕はある。だが、自分の技を説明できず、生還の根拠を勘で済ませる。誰かが、その穴を埋めてやらねばならん」


「余計なお世話だっての」


「貴様ほどの腕を、一度の判断違いで失うのは、国家の損失だ」


 言っていることは、たぶん真面目だ。

 俺の生活が楽になる気配は、一番なかった。


「やたくん。こういう時は、一番下にいる人のお話も聞いておいた方がいいよ」


 カンパネラが机へ肘をついた。


「あたしの次席なら、偉い人への挨拶も、面倒な書類も、ぜーんぶあたしが引き受けてあげる。やたくんは得意なことだけしてくれればいいの」


「ちなみに、お前の得意なことは?」


「得意な人にお願いすること!」


 隠す気すらなかった。

 俺を置いた後の、自分の休暇まで計算していそうだ。


「待ってください」


 隣のニアが声をあげる。


 書類を閉じる勢いは、バタン!という音がする程で、不機嫌を隠そうともしない。

 

「報告にあげた通り、八咫烏さんには、まだこの国での生活にも慣れていただく必要があります。力の扱いも、体調も、引き続き私が確認すべきです」


「では、君も、彼を次席として迎えたいと?」


 アルドが質問する。ニアは少し俯いて、


「……私では、力不足です。まだ、姉上の足元にも及んでおりませんから」


「では、次席として迎えた者の場所で、王国のことは知ってもらえばいいじゃないか」


「…………」


 正論だったのだろう。押し黙る彼女を前に、再び議論が始まる。

 アルド、グリムファー、ラヴィ、カンパネラ達が円卓越しに話を進めていると、ニアは細い声で、


「私も、八咫烏さんを次席、したいです」


 その発言に全員が向き直る。唯一議論に参加せず眠そうにしていたコクリコも、


「さっきと言ってること違わない?」


「さっきと考えてることが変わりました」


 さすがの俺も驚いた。長い付き合いでは無いものの、前言撤回を、こんな短期間にするタイプとは思わなかった。


「お前もそっち側になるんかい……」

 

「私なら、貴方のできることと、まだ分かっていないことを把握しています。今さら別の方に、一から同じ説明をなさるおつもりですか」


「それは面倒だけど。お前、俺の弟子入りについて一回も話してなかったよな?」


「今、お話ししています」


「その理論無敵だろ」


 ニアがこちらを向いた。

 少し顎を引き、それでも目は逸らさない。


「では、貴方にも。八咫烏さん、私の次席になってください」


 いつもの、命令に近い頼み方ではなかった。

 断られることまで承知で、それでも言い返す用意をしていそうな顔だった。


 それを見て、思い出す。

 こいつは俺を売れば、姉を起こす手がかりを得られたかもしれなかったのだ。


 それをやめて、ここまで連れてきた。

 だから恩に着ろ、と一言くらい言えばいいものを、こういう時にも負けん気が先に立つらしい。


 ……まあ、知った顔のところにいる方が、飯の味で失敗はしない。


「ちなみに、朝は早い?」


「必要があれば」


 これが一番嫌だった。


「今のところ、結婚の奴が一番条件いいんだよな」


「はいはい!アタシです!カンパネラ!名前覚えてね!」


「カンパネラが一番条件いいんだよな」


「言い直さないでください。それに今は、その条件を決めるためのお話です」


「————ねえ、ちょっといい?」


 コクリコが口を挟んだ。


「みんな、もう本人が誰かの次席になるのは決まったつもり?」


 この場で唯一、俺を引き取ると言っていない少女である。

 ようやく話の分かる奴が、と思ったら、俺を指さした。


「ココは、まだいらない。勝手に結界へ戻っちゃう次席、面倒見きれないもの」


「俺だって子供に叱られるために生き残ったわけじゃねえよ」


「もうニアに叱られたんでしょ?」


「……そこまで報告してんの?」


 ニアはそっぽを向いた。

 こいつめ。報告っていうか、殆どチクリじゃねえか。

 

 アルドは、そんなやり取りまで楽しそうに眺めていた。


「僕としては、競争相手が多い方が張り合いはあるけれどね。君が頷く条件を、きちんと揃えたい」


「アルド殿下。八咫烏さんも疲れています、今は一度私の屋敷に戻らせるべきです」


「だからアタシのお屋敷で休んでいけばいいよ! ベッド、大きいのあるから! ダブル超えてキング超えてゴッドだよ! 気になるでしょゴッドベッド!」


「あたしのお部屋だって空いてるよ? ねえ、やたくん。十二席の後釜でも、損はさせないからさ」


「貴様ら、待遇ばかりで釣るな。まずは技量と課題を正しく————」


 帰れる気がしない。


 怪物扱いをやめさせるために、怪物を斬ってきた。

 その結果、今度は国で一番強い連中が、俺の住まいと仕事と将来について揉めている。


 助けを求めるようにコクリコを見る。


「そんな目で見ても、助けないからね。ココも巻き込まれたくないし、自分でなんとかして」


 非情なロリだった。


 俺はまだ、何も承諾していない。

 向こうでは、とっくに部屋の広さまで争点になっていた。


 なるほど。


 たいへん、嫌なモテ方をしているようだ。

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