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「ねえ。いつ必死になんの?」 2



~黒木side~



佐々木からタオルを受け取って、ひたいににじむ汗をぬぐう。


「そのまま、テントに戻るのやめときなよ」


佐々木が軽い口調でそう言いながら、俺の方に腕を回す。


「暑いっての」


ボソッと吐き捨てつつ、その腕を手のひらで払った。


「妬いてるの、丸わかり」


離れ際に囁かれた言葉の意味が分かった瞬間、顔に熱が集まる。


「悪かったな…」


とか言いながらも、視線はアイツを探していた。


「顔、洗ってくる」


「付き合うよ、暇だし」


「…あ、そ」


水飲み場に行って、手で水を掬い取って顔に…と思ったはずなのに。


「……咲良?」


佐々木の声が少し遠くで聞こえてくる。


頭っから水をかぶりながら、うつむいた先で目の前を髪を伝って排水溝へと流れていく水を黙って見送る。


キュキュキュッと耳のすぐそばで音がして、水が止められた。


「ほら、タオル。髪、短いってもこんなにしたら、ビチャビチャだろうが」


そして、バサッと遠慮なしにタオルが頭に掛けられる。


拭いた方がいいってわかってるのに、体を礼でもしているように折り曲げたままで起こす気になれない。


「あぁ、もう。…さっさと動けよ、バカ咲良」


「…悪ぃ」


単純に頭を冷やしたかった→物理的に冷やそうとした…という流れに他ならない。


「シャツの襟も濡れちゃってんだろ? 予備は?」


「教室にあるかな」


「お前、この後は体育館への応援か、委員会の方の応援か?」


「あー…そうだな。リレーまでは時間もあるし」


「なら、教室行って着替えろ。とりあえず、クラスの連中に言っとくから、先に行け」


「…はあ」


「なんでお前がため息ついてんだよ。つくなら、俺の方だろうがよ」


「…悪ぃ」


タオルで頭をガシガシと雑に拭きながら、生徒玄関から入ってく。


外から競技のアナウンス。体育館に繋がっているだろう廊下からは、かすかに応援の声が風に乗って流れてくる。


俺だって参加する側なのに、その声を無視するように教室へと向かう。何ともいえない気持ちになる。


別の世界にいるみたいな、不思議でいて、どこか寂しくて。


「冷てぇっ」


濡れたシャツは、時間が経ってみれば思ったよりも冷たく。それと、脱ぎにくい。


「んんっ…めんどくせぇことしちゃったなー、俺」


濡れたシャツをどうしたもんかと思いながら、ひとまずまだすこし濡れている体と髪を拭いてから着替えるのに、替えのシャツを取り出す。


窓の方に行って、下に誰もいないのを確かめてから。


「…おぉ。思ったより濡れてたな、これ」


シャツを絞ってみれば、窓の下にポタポタと水が絞ったシャツから落ちていった。


上着掛けのとこにある余分なハンガーに掛けて、さっきのタオルで冷えた肩のあたりもさっと拭く。


そのまま頭にタオルをのせて、窓からの風に吹かれながら遠くを眺める。


(今頃白崎は何をやってんのかな。あのタカナシってのから、俺と一緒に走ったとか聞いて何か思ってくれたのか)


なんて考えはすれども、それを本人に聞けるだけの勇気がどこにもない。


そもそもで、さ。


白崎とこんな距離間になって、思ったよりも時間が経ってて。こんなにも話しにくくなっちまって。


俺が中学を卒業した直後に、俺のやらかしで連絡が取れなくなって距離があいた時よりも近くにいるはずなのに。


「なのに…なんでこんなに遠い存在になっちゃったんだろうな。白崎と…俺」


白崎を怒らせたか悲しませた俺。その原因をちゃんと理解できてない俺。


告ってたのを俺が知ってて知らないふりして、白崎の俺への感情を軽く見たみたいな感じに取られたのかな。


そんなつもりはなかったのに、結果だけでいえばそう取らせたってことか?


けど、俺のことが好きだってことを俺が知ってたって部分だけの話で、他の部分に関しちゃ影響ないと思ったんだよな。あの時期の俺は。


「俺のことをアイツが好きだって知ってたことが、そこまで影響あることだったのか?」


ポツリと言葉にしてみて、長いため息をつく。


「それか……自分の口で告白してからの方がよかったとかいう、順番が問題視されてるのか?」


とか考えてみて、つくづく思う。


数だけ経験してても、本当に恋愛ってものに向き合ってなかったんだなぁと。


白崎には見えてて、俺には見えてないもの。どっちが先に好きになったとかそういうものでもないよな?


たしかに白崎の方が先に好きになったけどよ。俺のことを…。


外からアナウンスが聞こえてきて、もうすぐで昼休憩になると伝えている。


「このまま、アイツらを待ってた方がいいか」


なんとなくシャツを着たくなく、肩にタオルを掛けたままで廊下の方へと顔を出した俺。


たまたま、だった。


「……黒っっ、木…」


顔を出した瞬間、ギリギリ髪に触れるかどうかの距離に人の気配。通り過ぎようとした誰か。


「…っっ、は?」


驚きすぎて、一瞬…声が出なかった。


ここんとこ近くで聞くことが叶わなかった声。


「白崎…?」


ランチバッグを腕に抱えて、軽く小走りをしてたタイミングだったようだ。


すこし視線を上げると、パチッと目が合った。


(逃したくないのに、手を伸ばしていいのかわかんねぇ)


「あ…」


あの時に、コイツがしようとした話も、あの日に話そうとしていたこともわからないまま。


(そりゃそうだろ? 話す機会すらなかったんだから)


「べ」


「はい?」


「弁当、か」


かろうじて口に出来たのが、腕に抱えているものの話。まるでアレだな。話題がなくて、天気の話を振ってくる奴。


「あ、はい。図書室の方で食べてもいいってなったので…そこで集合というか」


集合。ということは、白崎以外の誰かが来るということ。


「アイツか」


タカナシ。思い浮かんだのは、アレだけだ。


「あ、はい。まあ、そうですね」


もじもじとランチバッグの持ち手を指先で弄っている白崎。視線は廊下の向こうを何度か向いてて、俺のことじゃなくてアイツのことを優先して気にかけているようで面白くない。


「…………なあ、白崎」


普通の会話をしているようで、やっぱりどこか重い空気がキツイ。


「俺さ」


と言いかけて、聞きたかったことを飲み込む。


借り物競争で、どんなくじを引いたんだ? と聞けたなら。そう思うのに、その言葉がすべり出てこない。


「…はい?」


俺さと言いかけて黙り込んだ俺を、不思議そうな顔つきで見下ろす白崎。


「午後から…出るんだ。リレー」


代わりに出てきたのが、それかよ。と、自分へツッコむ。


「…あぁ」


知ってたのか、それとも予想でもしてたのか。アレですね? みたいな感じで相槌を打ってきた。


「二年間、ずっと断ってきたんだけどよ。最後だし…思いきり走るから。その…応援してくれとか言わねえから、見てて…ったら、どうなんだ?」


言ってる言葉が、なんかぐちゃぐちゃだ。


「あー…」


俺の頼みにも近い問いかけに、困ったように呟く白崎。


「まあ、はい。…見てますよ、うん。……頑張ってください、ね?」


あはは…と小さく笑んで、そう言った。――たったそれっぽっち。


曖昧な返事の中の、愛想笑いつきのそれ。


それでも、頑張ってくださいと言ってくれた。


「…っっ、嘘でも…嬉しいもんだな」


たとえそれが白崎の本音じゃないかもしれなくても。


頭の中で呟いたと思ってたそれが口をついていたなんて知らず、白崎が「え?」と目を見開き、何か驚いたような顔をしていた。


「…白崎?」


どうしたのかと声をかけると、「あ…の………えっと、行きます。俺」と急に話をぶった切られる。


そういえばずっとこんな風に話が出来る状態になってなかったもんな、俺たち。こんなに話せたのが奇跡だ。


白崎の中で俺への気持ちがまだあるのか、もうないのか、あの時のことだって答えをもらえないままなのに、以前と同じように話せるはずがなかったんだよな。


多分、勝手に心のどこかで期待してた。あの頃のまでとはいかなくても、話が出来るんじゃないかって。


「あ、悪かった…な。引き留めて」


俺がそう言うと、ランチバッグを思いきり抱き締めて視線を俺から外し、首をゆるく振った。


「メール…」


したら、返してくれるか? と聞きたい気持ちが、勝手に口からもれた。


「え…っ」


聞き漏らされることなく、たった数文字は白崎の耳に入っていたよう。戸惑いの色が濃くなったのがわかった。


「なんでも……ねえ」


好かれていなくても、嫌われたくはない。


そして、俺も白崎から顔をそむけた。


わずかな沈黙の後、懐かしいあの言葉が耳に入る。


「…先輩」


心臓がドクッと強く脈打ち、反射的に顔を上げる俺。期待なんかしていいはずないのに。


「リレー…もしも、一位取ってくれたら」


「リレー、か?」


見上げた先で交差する視線は、すこしはにかむあの懐かしさを感じるもので。


「…はい。一位取れたら、メール…していいですか」


白崎からの謎の提案。けど、それを断る言葉が俺の中にはない。その選択肢もない。


「いい! で、でも…よ。俺から…してもいいか?」


俺がもらう立場でいいのか? と思ったのと同時に、メールの相手をしてもらえるなら先に聞きたいことや言いたかったことを伝える権利が欲しくて。


そう思ったのに、白崎の返事は無言で微笑みながら首を振るだけだった。


「…それじゃ」


「あ…っ」


白崎からのメールを待て…ということなんだな、これは。


遠くなっていくアイツの背中を見送り、小さく息を吐く。


何の変化も作れなかった今までから見れば、大きな前進だ。ズルズルと壁に背を預けた格好でしゃがむ。


「よかっ……たぁ」


嬉しさに胸の中があたたかくなった。心が躍った。


「リレー…か」


二年間断ってきたツケだななんて、どこかで思ってためんどくさいことのはずなのに。


「ご褒美つきなら…単純かもしんねぇけど、手ぇ抜く理由なくなった!」


こぶしをギュッと握って、自分へと引き寄せる。よっしゃ! って感じで。


自然と顔がゆるむ。


…と、体がブルッと震えて、自分が上半身なにも身に着けていないことを思い出した。


「シャツ着るの忘れてたな」


慌てて立ち上がり、シャツを頭からかぶって勢いよく裾を引っ張って一気に着替えた。


シャツの裾をクイッと引っ張って、今更気づく。


「アイツと話してる間もずっと、上半身あの状態だったのかよ。俺」


いろいろ抜けてるなと、改めて思う。風邪ひくっつーの。


「さくちゃーん」


廊下の遠くの方から、アイツの声が聞こえる。


「…んな遠くから叫ぶな、人の名前を」


見るとその姿は思っていたよりも遠く、階段を上がり切ったあたりのところから叫んでいたらしい。


さっきまで人の気配は少なかったのに、一気に人の気配が増えていく。


「弁当、どこで食うのさ」


緑が眠たそうに背伸びしながら教室へと入ってくる。


「さあな。今日は普段閉めてる教室も開放してるから、どこ行っても食えるだろ?」


アイツによって上げられた気分は、勝手に鼻歌を口ずさませるほどだ。


「…機嫌いいな、咲良」


佐々木がランチバッグを指先にぶら下げて、俺を見下ろす。


「あー…うん。まあ、な」


まだ話したいことも何も話せていないのに、キッカケを作るチャンスをもらえたってだけでこれだ。


「ふぅ…ん」


「さくちゃん、さくちゃん。あそこいこ、あそこ。音楽室」


「あそこ、暑いだろ」


「窓あけりゃいいじゃん」


「まあ、そうだけどよ」


「ほーら、行こ、行こ。赤井もすぐに来るって言ってたから、メッセージ送っとくわ。俺」


「腹、大丈夫か。アイツ」


「休んだら大丈夫じゃない? 多分。午後からの競技は、赤井にそこまでストレスかかるものじゃないし」


「あー…」


各々ランチバッグや登校時に買って来た菓子パンだのを手に、ぞろぞろと廊下を歩いていく。


(今頃は白崎も、タカナシと一緒に食ってんだろうな。飯)


音楽室について早々、緑が赤井を待ちきれずにパンの包装を思いきり開いた。


「だーっっ! 腹減った、ずっと腹減ってた。待てーん!」


とか言いながら。


「ま、いいんじゃない? 待たれてると、赤井が気にしそうだしさ。先に食べてようよ、さくちゃんも」


「あー、うん」


弁当箱の蓋を開け、玉子焼きから頬張る。


モゴモゴと口を動かしていたら、不意に佐々木が聞いてくる。


「お前がそこまで機嫌いいの、久々じゃないか?」


その言葉の裏には、さっきまではあんなに機嫌悪そうだったのになという言葉がある気がする。


俺が情けなく嫉妬して頭から水をかぶってたのを、佐々木だけが見ていたからな。


「んー…うん、まあ、そう、か?」


あいまいに返す俺。


そんな俺を横目に、佐々木が言葉を続けた。


「どうせ、あの子だろ? お前の機嫌をあげられるったら、一人しか浮かばねえ」


その視線はどこか呆れたようにも見えて、なんだかいろいろ見透かされているようでもあって俺は視線を外す。


「…やっぱりか。ほんと、わかりやすいよな? 咲良は」


「んぐっ」


早速でバレた。思わず口に入れていた肉巻きをのどに詰まらせる。


「げふっ…! ごほ…ゲホッ」


「あーあ、もう…何やってんの? さくちゃーん。飲み物は? …ほら、これ飲みなって」


教室に飲み物を忘れたらしい俺に、紫藤が自分のお茶のペットボトルを差し出した。


片手で感謝の仕草をして見せてから、ゴクゴクと二口ほど飲めば息苦しさはストンと落ちていなくなった。


「…で? さくちゃん。何があったのか、白状してみなよ」


俺からお茶のペットボトルを受け取りながら、紫藤にニヤリと笑いつつ聞かれて言葉に詰まる。


「ぐ…っ」


あれっぽっちの会話で浮かれている自分に気づいてる、さすがに。それをこのまま話して、笑われそうだ。


単純だよな? って。


まあ、本気でバカにするような奴はこの中にはいないけど。


「白崎と…話せた、んだ」


まずは、それだよな。


「あ、そうなんだ。よかったじゃん! って、言っていいの? これ」


紫藤が笑ってんのか困ってんのかわかりにくい表情を浮かべている。そういう複雑な状況にしたのは、俺なんだけどな。


「ま、うん。ひとまずはよかったって感じ。……やっと話せた」


さっきの会話を思い出しながら、心底安堵しつつ頬をゆるめる俺。


「何、話したのさ。久々の会話でまたやらかしてないか?」


佐々木が唐揚げを箸で摘まみながら、口角だけを上げて呟く。またやらかしてんじゃないか? って思われていそうだ。


「知らねえよ、やらかしたかどうかは。まだ。…でも、一つだけ約束かわした」


と、俺が言えば緑が「約束? なんの?」と三個目のパンの包装を開きながら聞いてくる。


その約束自体を、かんたんに教えることは出来る。でも、なんでか言いたくない。


「…………俺、リレー…頑張るわ」


リレーでアンカーの俺。だからこそ可能な約束。白崎は俺がアンカーだって知ってたのかな。俺一人だけの競技じゃないのに、一位取ってとか…普通に考えたら厳しいだろ。誰かが最下位だったら、その時点でおしまいだからな。


「さくちゃんにしては珍しくやる気になったね。…後輩ちゃんのおかげ、かな?」


紫藤にあえて言葉にされてみると、なんだか気恥ずかしい。


と、佐々木が食い終わった弁当箱を片しながら、「なあ、咲良」と肩先で小突いてくる。


「なんだよ」


俺も食べ終わって、バンダナで弁当箱を包みながら言い返す。


「どんなご褒美があるのか知らねえけどよ」


ボソッと低めの声で呟いてから、「チャンス…逃す気、ねえんだろ?」と続ける。


「まあ、うん」


照れながらそう返す俺に、今度は紫藤が呟く。


「さくちゃん」


「ん?」


「本気でやんなよ?」


「まあ、言われるまでもなく頑張るけど」


ちゃんと言葉にするってのは、こんなにも恥ずかしい。だから、どうしても曖昧な感じになっちまう。


「…じゃなくてさ、さくちゃん」


そんな俺を、今度は紫藤が見透かしたように目を細めて見つめてから。


「ねえ。いつ必死になんの? さくちゃんって。がむしゃらになったこと、これまであった?」


必死になったことあるの? と不意に問われて、ゴクッと唾を飲む。


「それがたとえ、学校行事のリレーだって……なってみりゃいいじゃん。ご褒美が待ってるなら」


緊張感が高まった俺に、さっきまでの口調とは違ってやわらかな口調と笑みで、紫藤が俺を見ていた。




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