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「ねえ。いつ必死になんの?」 3



~白崎side~



「今日は天気がいいなぁ」


体育祭の今日。目がさめてカーテンを開けると、空は青一色。雲はオマケ程度しかない。


持ち物を確かめて、ふ…とスマホを見るとメールの着信を知らせるマークがあった。


「どうせ、ちーだろ?」


なんて言いながら操作していくと、予想通りでメールの送信者はアイツだ。


『おはよ。眠れたか? 今日、動くんだろ? 体育祭が終わったら。今日の賭けには、勝てたらいいな。応援してる。ついでに俺のことも応援しろよ?』


読んでから小さくため息をつく。


「僕って…ひどい奴なのにな。なんでこんなにいい奴なんだよ…ちーは」


僕の頭からつま先まで、変わらずに先輩のことばっかりなのに。


こんな僕のことを好きだと伝えてくれた、ちー。


応えてほしいだなんて思ってないだの、変わらず友達でいてくれだの。ちーにメリットなんかないはずなのに、それでいいって何度も言われてる。


「お前を甘やかすのは、現段階で俺が最有力候補ってことで! あの先輩以外にも、甘えるのナシな?」


その座は渡さないと言うんだ。


付き合えない。心を返せない。何度も何度も僕がそう言って、やっぱり距離を置いた方がいいんじゃ? と思い直して提案したって即答で却下される。


――小鳥遊は僕のことが好きなのに、こんな関係でいいの? って罪悪感で胸がいっぱいになって一時期小鳥遊を見れなくなったことがある。


けれど、それもたった三日ほどで半ば強制的に関係を戻された。


「お前は自分の口で自分の言葉で、あの先輩に告白したいんだったよな? 俺がいろいろ根回ししてもいいんなら、俺を避け続ければ? …ああ。でも(りん)は知ってるよな? 俺がどんなことを嫌がるかってさ。…鈴が嫌がることをするの、心底嫌だって…」


一人で弁当を食べようとした時に、学食で買った年二回だけ販売される特別なクロワッサンサンドを二つ持ってきて、一気にまくしたてるように吐き捨てた。


顔は笑顔で、怒ってるようには見えないのに感じた空気の中にマイナスの感情が含まれてる気がしたんだ。


「鈴は、俺自身がやりたくないこと…させたい? 鈴が嫌がることをしてさ…俺が見たくない鈴を俺が見るハメになってさ。ね……、どう思う? そういうの」


そう言いながら差し出された、クロワッサンサンド。しかも、僕が好きな具材の方。


それでなくても競争率高かったはずなのに、涼しい顔をしてこれを二つも手にしてさ。その片方を僕にって…バカでしょ。


こんな風に小鳥遊の方に向き直させられると思っていなかった。


彼の言葉には、僕への愛情が変わらずあって。それを盾に取引をしようよって言われたようなもんだ。


「…勝てないなぁ、もう」


なんて呟きながら、彼の手からパンを受けとって。


「こっち、弁当もあるんだからね? ちょっと手伝ってよ。あと…そっちのも、味見させて?」


留めてあるテープをはがして、パンの端っこにかじりついて。


「そのミートボールと、なんか緑のやつ。…ゴマ和えか? それ。食わせてよ。…あーん」


こんな口調で話してくれるのだって、彼の優しさだって知ってる。


「はいはい」


だから僕もそれに応えなきゃ。


――――たとえ、気持ちに応えることが出来なくても。


(こんなにひどいことをしているのに、それでもいい…なんて。本当にバカだよ)


僕のことを好きになったキッカケを、いつまでも彼は明かしてくれない。内緒って言いながら、ウインクでごまかす。


そんな風に過ごしてく中で起きた、僕が先輩から距離を置こうと思った出来事。


あの日は、もっと先輩に僕を意識してもらいたくて普段とは違うことをやってみようかなとか、そのついでで思いつきでコッソリ賭けをして。


(でも、結局のところ…賭けがあの後の展開に影響出ちゃったもんな)


ちーじゃないけど、僕をそれまでとは違う形で意識してもらう告白をしようと思ってた。


からかいもあるかもしれなくても、好意を持ってくれていると思えていたからの賭けをしたんだ。


晴れたら、気持ちを伝える。雨なら、関係を変えない。でも、先輩の気持ちは知っておきたい。


”ただの後輩”の関係から、半歩でも一歩でも近づけられているのかどうかって。


その取っ掛かりの話をしようと思っていたタイミングで、話の前に先輩がキスをしていいかって聞いてきて。


内心、嬉しさ半分戸惑いすこし、それから冷静になれって言い聞かせる自分もいて。


キスの話をされた一瞬で、いろんなことを考えちゃった僕に時間的な余裕をくれない先輩。


いくつかの会話をしていく先で、聞きたくなかった事実を聞くことになるなんて思ってもいなかった。


先輩がポロッと漏らしたあの言葉は、僕があの雨の日にコッソリしていた告白を先輩に知られていたってことにつなげていいんだよな? 僕の考え、間違ってないよな? 聞き間違いじゃないよな?


また一瞬でいろんなことを考えるハメになってみて、先輩の態度と言葉とで僕は自分が思っていたよりもショックを受けているって知らされたんだ。


ジワッと涙がにじむ。こぼれないようにと、奥歯を噛む。


先輩が漏らした言葉で、気づきたくないことに気づかされてしまった。知りたくなかった。


(もしかしてじゃなく、先輩が僕に好意を向けてくれているのは…僕が先輩のことを好きだって知っていたから? だから、好意を持ってくれた? ……じゃあ、僕が先輩のことを先に好きだって態度で示していなきゃ…あの夜に告白していなきゃ……好きになってもらえなかった? 僕が先輩のことを好きだっていう前提で、好きだと思ってる? もしも…もしもそれが本当なら、僕のどこが好きですか? って聞いても、先輩は答えられない?)


先輩の性格を考えると、本当に悪意なく素直にそっちへと気持ちが向かっているんだろうな。僕の方へ。


でもさ、やっぱりそれはどうなのかなと不安になる。


そんな始まりの先輩の僕への恋心を、二つ返事で受け入れることなんか出来ない。きっとあのまま受け入れていたら、その先は今までよりももっと不安で不安定な恋愛になっていた気がしてならない。


僕のことを、ちゃんと見てほしい。


僕って人間を、後輩を、男を……知った上で好きになって欲しい。


先輩のことを僕が好きでもそうじゃなくても。


虚しくなった気持ちを抱えたまま、小鳥遊という呼び名からちーという呼び名にまだ慣れていないアイツへと連絡を入れて。


その日は僕の家に泊まりに来てくれて、ずっと僕の話を彼は聞いてくれて。


(こうやって思い出せば出すだけ、どれくらいちーに甘えてきたんだろう。傷つけてきたんだろう)


やっちゃいけないことと思っているのに、僕が黙って距離を置こうとしても、ちーは気づけばそばにいて笑ってる。


「俺を突き放しても、いっこもいいことないから」


とか、自信満々に言うんだから。なんで振った側がこんな気持ちになってるのか、僕とちーの関係は説明が難しいな。


「あの先輩が、お前のことを想って想って想って……とことん気持ちに向き合えるまで待たせてやろうぜ。だってよー、昔はお前の方が待たされてたんだろ? 理由はそれと一緒くたにすんなって内容かもしれなくても。この際だ。お前が近くにいない状態で、どんだけお前を好きでいるのか…試してみたらいいんじゃねえの? それでもしも気持ちが離れたその時は」


ちーの言葉に、その瞬間を容易に想像できてしまう。先輩に好かれ続けるなんて、想像出来ないんだから。きっと、他に誰かに愛されてしまう。その誰かを好きになってしまう。


――――先輩は、流されやすいところがあるから。


「いいか? 鈴。俺とは距離を置くな。が、あの先輩とは距離を置け。あえて、な?」


「距離を置く、か」


避ける。とかいう言い方だとわざとらしく感じちゃうけど、距離を置くって言い方にすれば少しは違うだろうか。


「そ。距離を置く、だ。逃げてるわけでもない。互いに考える時間も持てるし、なんなら相手の動きもみられるかもしれないだろ? お前主導で動いた時の反応ばかりみてるんじゃなく、相手が先になにか…今までとは違うことをしてくるかもしれないだろ? それに、今までグイグイいってた相手が行かなくなったら、どうして? って相手のことだけじゃなく自分のこれまでだって振り返るかも……しれない? って、あの先輩に限ってそういうの無いとか、言う?」


先輩との交流がさほどなかったちーからすれば、予想と違う動きを先輩がするかもしれないと思ったんだろうな。


「わかんないや。最近の先輩見てたら、若干暴走しつつあったからさ。僕を見ているようで、見てくれてないような?」


「…キスのこととかか?」


そう言葉にされてみて、先輩とのキスを思い出した。それだけで顔が熱くなって、恥ずかしくなって。


「すっげー顔…真っ赤」


ちーに言われるまでもなく、自覚できるくらいに顔が熱い。


「そんなにすごかったの? あの人のキス」


「ちょ…やめてよ。思い出さないようにしてるのに!」


顔の熱が引かない。その姿を、ちーに見られているのも恥ずかしいし。


「そんなすごいキスするような人なんだな、あの先輩」


真っ赤になる俺を更に困らせるようなことを口にするちーに、僕は言い返す。


「そういうことじゃなくて、好きな人とキスしたってだけでそういう気持ちになるだろ? 上手い下手の問題じゃないんだってば」


「あ、じゃあ、下手なんだ」


「そうじゃなくて」


「え? じゃあ、比較対象があったら、わかりやすいか?」


なんて言葉に「へ?」と顔を向けた刹那、ちーの唇がふにゅ…と触れた。


互いに至近距離で見つめあうようにしたキス。


まばたき数回する頃に、ゆっくりとその顔が離れていった。


「え? え? なん…? ちー?」


動揺して上手く言葉が出てこない。


「嫌だったか? 俺がしたキスは」


「嫌じゃないよ? 嫌じゃない。でも…このキスは…」


「あ! そういうことか。上手いキスったら、もっと深いやつか。…よし。評価をつけてもらわなきゃだよな?」


深いやつと言われて、あの花火の後のキスが脳裏によみがえる。


さっきとは違って、ちーの手が僕の頬にあてられてゆっくりと顔が近づいてきた。


――――避ければいい。


そう思うのに、避けなかった僕は卑怯だ。ズルい。


ふにゅんと触れるだけのキスから、唇を割るように彼の舌先で撫でられて。薄く唇を開けば、するっと歯を割って入りこんできた。


「ん…っ、ふ、ぁ」


思わず息が、声が、もれてしまう。恥ずかしいよ、すごく。


――ちーのキスは、優しい。


あの時の先輩のキスは、本当に食べられそうだった。


僕が今されているのは、ゆっくりと、僕の反応を確かめながら怖がらせないようにって感じのキス。


ちーと僕の距離感というか、関係そのままみたい。


「ん…っ」


最後にもう一回だけ、唇の先で触れるだけ触れて。名残惜しそうに、まっすぐ僕を見つめながら離れていくちー。


その視線ですら、ちーの僕への気持ちと性格を表しているみたいだ。


照れくさくて、僕は顔を赤らめて横を向く。


「すこしだけ深くしてみたけど…」


その声に視線だけ横に向けると、多分僕以上に照れている。耳だけじゃなく、首までも赤いもん。


「う…上手かった、んじゃ…ない?」


正直ドキドキした。


(…けど)


心の中でそっと謝る。


(それだけだった)


キスをして離れがたくなることも、心臓が壊れそうになることも、もっと心を持って行かれそうになることもなかった。


(そこがきっと、先輩とちーとの境界線(ボーダー)


こんなことを許すこと自体、ちーの心を弄んでいるみたいじゃないか。僕…こんなことが簡単に出来るような人間だったのか? こんな僕で…いいの? こんな僕が、先輩を好きなままでいても?


キスの余韻を少しずつ消化していく中で、そんな思いが頭の中を占めていく。


「……いいんだって、それで」


僕の迷いを知っているかのような返しに、涙がにじむ。


「なんのこと?」


声が震えてしまう。


「……してみて、見えたものもあったんじゃねえの?」


そう言ってから、まるで投げキッスのように人差し指を唇に当ててから僕へと指先を向ける。


言葉に詰まっている僕を見て、左の口角だけを上げて微笑んだ。


「俺はお前と念願のキスが出来て得だったわけだしさ、お前はいろいろ気づけたなら損ばっかじゃないだろ? …って、俺としたの大損だった? 気持ち悪かったか? ごめん!」


どこかふざけた口調で一気にまくしたてて、最後には両手をあわせてごめんと頭を下げるちー。


その頭にポンと手をのせて、「いーよ、別に」と言いつつ撫でる。


ちーが顔を上げたのを見てから、また顔をそらして呟く。


「別に…さ。気持ち悪かったとか、損したとか……微塵も思ってないのに。…そっちの方がひどくない?」


わざと拗ねたようにそう言えば、ちーが「マジかー」と笑ったのが視界に入った。


「もう二度としないから。俺だけの思い出にする。大事に…しまっとくわ。うん。だから、たとえ気持ち悪くなかったとしても、今さっきしたキスは忘れていいから。お前は…先輩がくれたキスだけ胸にしまっとけ」


それが本音かどうかを、僕に聞くことは許されないはず。


ちーがくれた優しい嘘に乗っかって、僕はうなずく。


ちーには内緒で、先輩のキスとは別のどこかに、ちーがくれたキスも忘れずにしまっておきたいって思ったんだ。


(ああ……やっぱズルいんだろうな、僕って)


応えてくれなくてもいいと言い続けてくれる彼に寄りかかって、先輩の気持ちをちゃんと知るまでの時間を過ごそうとするなんて。


きっと一人じゃ無理なその時間を、僕を好きだと言ってくれる彼に支えられながら……。


「さっきの話だけどさ」


話をキスの前の話題に戻す僕。


ちーも、表情がキュッと引き締まって元に戻る。


「距離…置いてみる。そう言い方にするとさ、罪悪感が薄まるみたいな気になるしね。……なんて、ただの言い訳だけど」


踏み出せなかった一歩を踏み出してみよう、自分に言い訳をしながら。


「言い訳したっていいじゃねえかよ。別に誰かに咎められるわけでもないだろ? 俺から言わせれば、お前はちっとも悪くない。俺が証明してやる」


なんて胸をとんと手のひらで叩いて、任せておけと言わんばかりにまた口角を上げた。


「じゃ…さ。距離置くのに、助けてくれる? 僕が挫けて、また前の距離に行こうとしないように。ちゃんと次の場所に行くためにしようとしてることが、無駄にならないように」


そう言いながらも、また僕は心の中で同じ言葉を繰り返す。


(卑怯者だ、僕は)


「何言ってんだよ、鈴。他の誰にも出来ない役割だろ? 俺だけだ。俺にしか出来ない役割。だから……お前の望みが叶うまで、俺のそばにいていいよ。間違って戻りそうになったら、ちゃんと襟っ首ひっぱってよ。そんで、連れ戻してやる」


話しながら、自分の襟をグイッと引っ張って見せ、こんな感じでな? と笑う彼。


(あぁ…ダメだ。やっぱりこうなっちゃうのか)


泣かないようにしていたのに、ポロッと涙がこぼれてしまう。


「ご、めん。……傷つけて、ばっか」


彼が俺に協力することは、俺と先輩との恋が成就するようにってこと。そして、彼の恋が終わること。


「好きなのに……大事なのに、ちーのこと」


本音だ。


恋愛には昇格しないけれど、ちーのことは好きで大事なんだ。


「大切にしたいのに……俺のことばっかで、ちーを…傷つけ、て」


涙が止まらない。


俺のそんな姿をまっすぐに見つめてから、ちーは腕を広げた。


「んなこと、どーでもいいからさ。…来いよ」


小さな子どもみたいに、素直にその腕の中に飛びこむ。


「バカだな、鈴は」


って言いながら、俺の頭を優しく撫でてくれる。時々、リップ音がする。頭にキスをしてるんだ。


「俺はこの距離でいいんだって。……だってよ? 考えてみ? 結婚しても、恋人になっても……別れたらオシマイだろ?」


その言葉に、ドクンと胸が鳴る。


「親友枠がな、一番長くそばにいられるってこと、俺は知ってるんだよ。だから……いさせろよ。お前の一番の親友にならせてくれ」


言葉を結んだ時、ギュッと強めに抱きしめられた。


ちーのシャツの胸元をギュッと握って、無言でうなずく。


(そうか。……恋人になったら、別れた後も友達…ってわけにはいかないもんね)


彼が教えてくれたそれに、胸がざわつく。


けれど、そこでどうしようと思ったところで、きっともうどうしようもないんだ。僕と先輩は。


もう、来るところまで心が動いてしまったのだから。俺も、先輩も。


そんな話をして、何日先輩と話していないか、メールをやり取していないか…数えるのをやめた頃。


初めての体育祭当日になったわけで。


さっき送られてきたメールをもう一度開いて、短く息を吐く。


「体育祭が終わったら……」


くだらないかもしれない賭け。今度は勝ちたい。


そう祈るようにして、ちーの言葉に背中を押され、向かったはずの学校で。


(まさか、こんな展開になるなんて)


チャンスが向こうからやってきた。


昼休憩。ちーとの待ち合わせ。ランチバッグを抱えて廊下を小走りで進みながら、誰もいるはずのない先輩の教室が目に入り胸をキュッと甘く痛ませていた時。


息を飲んだ。心臓が止まったかと思った。夢の続きかと思った。


(黒木先輩っ?!)


いきなりの遭遇、現れた先輩の格好、会いたくてたまらなかった焦がれた相手。


咄嗟に出たのは、「……黒っっ、木」先輩とつけずに、それだけ。


でも、ここまでいろんな言葉を飲み込んできた自分を思い出して、動き出したい気持ちを律する。


(変じゃない程度の笑顔。声のトーンも、うわずらないように。それから…)といろんなことを言い聞かせる。


油断して、思わず声に出さないように気をつけて。


先輩からは、素直な驚きの声があがった。


(ああ……先輩の声がこんなにも近くに)


ドクドクと心臓が強く鳴りはじめてしまう。もしもこの音が聞こえてしまったなら、いろんなことがバレてしまいそう。


他愛ない、なんでもない話をいくつかして、どこで弁当を食べるのか程度の返事をして。


これ以上ここにいたらマズイなと思いはじめたあたりで、先輩がこんなことを言いだした。


体育祭のメイン競技にあたる、選抜のリレー。それに先輩が出ることは、ちー経由で聞いている。


応援してくれって言わないから見ててくれってさ、先輩が。そんなの、もちろん見ているに決まってるのに。


それでも以前と同じ言い方にならないように、ぎこちなくも笑みながら頑張ってくださいねと言った僕。


その言葉に、先輩の口からこんな呟きがこぼれた。


「嘘でも、嬉しいもんだな」


って。すこし驚きを含んだような感じに聞こえた。それに思わず、「え?」ともらしてしまう。


失敗だと思って、慌ててその場を去ろうとした僕に、「メール…」と言いかけた先輩。


けれどその先に続く言葉は、僕が思っていた言葉にはつながらなくて。


思ったよりも時間が空いてしまった、僕と先輩。キッカケは先輩がくれた。…なら、こっちから当初の予定だった次のキッカケを作ってもいいんじゃないのか?


一つの提案をする。


先輩と僕の関係をどうするか、どうなるか…を決める日にするために。


ただし、どうなるかの最終決定は、先輩の脚にかかっている。


選抜リレーという、先輩だけで結果が出るわけじゃない競技なのを承知の上で、一位を取ってくださいと願った。


そして、一位を取ってくれたら、僕からメールを送らせてくださいと。


先輩は自分から送りたそうだったけど、今回はどうしても譲れない。


先輩に背を向けて、廊下を走っていく。


たどり着いた先にいたちーが、ドアを開けて息を切らせている僕を見て。


「…………おつかれ」


って、微笑んでいた。


見ていたのか、それとも僕の顔にいろいろ出まくっているのか。


「さ。午後からは、俺の競技がまたいろいろあるからな? 誰かさんの応援だけじゃなく、ちゃんと俺の応援もしてくれるんだろ?」


ちーがさりげなく、自分の横のイスを引く。


そこに腰かけながら、「当たり前だよ!」と言いこぶしを握った。


「…元気そうで、なによりだな? 鈴」


「…ん」


どこまで話していいのかわからないけど、これだけは報告しなきゃ。


「僕ね…、先輩がリレーで一位取ったら……メールする」


それが先輩と約束をしたからとかは言わずに、決意表明みたいに告げる。


「そっか。…がんばれよ? 応援してる」


とか言いながら、興味なさげな顔をして、玉子焼きをパクつくちー。


「でもその前に、ちーの応援がんばるよ。一位取ってね! 約束だよ?」


まるで子どもみたいだななんて思いながら、小指を立ててみせる僕に。


「お子ちゃまだよな、鈴は」


って言いつつも、どこか嬉しそうに微笑んでから箸を置いて。


「これで約束…な?」


小指を絡めて、数回上下に振って、最後に絡めた小指に力を込めてからそのまま手をちょっとだけ掲げた。


「一位、お前にくれてやるよ」


そう呟き、絡めた小指に小さくリップ音を立ててキスをした。


真っ赤になった僕は、絡めた指をほどくことも出来ないまま、どこか楽しげに笑うちーの顔を見ていた。



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