065 エピローグ
パリ共和国ハート州の州知事であるマリア・ハートは、自身の執務室にて秘書である一人の女性から報告を受けていた。
「あなたって思ってたよりも使えるわね。てっきり男性を誘惑するくらいしかできないのだと思っていたわ」
「これでも学院を卒業しておりますので…。そう言えば、首都で行われる結婚式の招待状が届いておりましたが、如何なさいますか?」
「もちろん出席するわよ。だってローレン警部とケイト様のご結婚ですからね。もしかしたら会場で懐かしい顔に会えるかもしれないし…」
白髪ではあるものの、まだ年若い秘書はその言葉を聞いて微笑んだ。ちなみに白髪とは言っても、頭頂部の生え際には元々のピンクブロンドだった色がほんのりと色づいていた。
秘書の名はマリーナ・ベイサンズ。前世の満里奈から採った名であり、家名のほうは自身で勝手に付けたものである。
アリエルやエルビスであればシンガポールの統合型リゾートかよ!…などとツッコんでいたかもしれない(正確には、あちらはマリーナベイ・サンズだが…)。
「スペード兄妹があなたを連れてここへ来たときには驚いたわよ。私の親友であるアリエル様にとっては憎き仇だったしね。まぁ、一緒に提示されたドラド警部の手紙で事情を把握しなければ、早々に放り出していたところだけど…」
「雇っていただけたことには感謝しております。もちろん、ドラド警部にも…」
「聖女の死を民衆に信じさせるため、警部というキャリアを捨てたわけだものね。実際には死んでないとしても、汚名をかぶって死んだことにされたわけだし」
そう、あのとき橋の上から濁流の中に落下したアリエルだったが、『聖女』の死と共に自身(市民革命の『英雄』)の死をも偽装したのである。
…
パリ共和国の大統領執務室では、重厚な執務机に座るロベスピエール大統領とその前に立つローレン警部が二人だけで対峙していた。部屋の中に大統領補佐官が同席していないことから密談であることが推測できる。
「貴族の残党を中心とした反政府組織ですが、今回なんとか一網打尽にできましたぜ。尋問した結果、やはり地下牢で暮らす王族連中が奴らの心の拠り所になってたみたいですな」
「うん、そろそろ元・王族たちを公開処刑したほうが良いかもしれないな。エル君がいれば反対するかもしれないがね」
「ですなぁ。それにしても俺たちが帝国へ行く前には、すでに警部殿と大統領閣下で打ち合わせ済みだったとはねぇ。なんですか、あの機械。中身は空っぽだったらしいじゃないっすか」
アリエルの『空気生成』能力を封じた機械のことだ。あのとき、能力を発現できないという焦りを見せた彼女の姿はただの演技だったのである。
「たとえ市民革命の英雄だとしても、要人暗殺に多く携わった人物というのは平和な世では存在してはならない。彼はそう言っていたよ。一理あると思ったね」
「血糊袋の準備とか大変でしたぜ。まぁ、警部殿の場合、水の中でも呼吸できるらしいんで、川に落ちても心配いらないんですがね」
ラルフが短刀で刺したのはアリエルの脇腹に仕込んだ血糊袋だったのである。
あと、水の中では自分自身の肺の中に空気を生成し、それを吐き出せば良いだけなので、決して溺れることはないのだ。風呂場で湯の中に潜水しながらみっちりと練習した成果である。
二人は顔を見合わせてにっこりと微笑んだのであった(大統領の方はともかく、ローレン警部の微笑みについては子供が泣き出しそうなものではあったが…)。
…
ハート州の中ではあるが、州都からはかなり離れた片田舎の一軒家に一人の女性が住んでいる。
彼女はレイ・フブキと自称しており、実はその名は三つ目のものだった。
本当の名前はアリエル・ラルーシュ。もはや存在しないラルーシュ侯爵家のご令嬢である。
そして、二つ目の名前はエル・ドラド。パリ共和国の成立に深く関わった市民革命の中心人物にして、大統領府の特別捜査官でもある。いや、『だった』と言うべきか(すでに罷免されているので)。
余談だが、レイという名は前世の名である『麗子』から名づけたものだ。そしてレイと言えば家名はアヤナミだろうと思い、それを名乗ろうとしたのだが、同居人から強硬に反対されてしまった。そう、言わずと知れたアレのことだ。
結局、綾波が吹雪級駆逐艦の一隻であることから、家名をフブキにしたという経緯がある(なんとも適当な名付け…)。
「レイ、今日の分の開墾は終わったよ。今から森へ行って晩飯の肉でも獲ってこようかと思ってるんだけど、僕がいなくても大丈夫かい?」
「私を誰だと思ってる?たとえ野盗が襲ってきたとしても返り討ちにしてやるよ。心配せずに行ってこい」
「いやまぁ、そうなんだけどさ。それでも今の君は随分と女の子らしくなってるからね。心配くらいさせてほしいよ」
かつては中学生男子といった雰囲気だったレイの現在の容姿は、髪も長く伸び、薄く化粧も施されている。胸の辺りは残念なままだが、ワンピースを着た姿はとても可愛らしいものだった。
レイと会話しているのは同居人であり、Sランクの冒険者だった人物である。この国では珍しい黒髪が特徴的な若い男性だった。
彼はマリア・ハート州知事の計らいでこの地を開墾する権利を貰い、今や広大な荒れ地のほとんどを肥沃な農地へと変えていた。なにしろこの男には『身体強化』の能力があるのだ。開墾作業などお手のものである。
…
夕食時、レイと同居人がテーブルについていた。ちなみに、料理はレイの担当だ。元・侯爵令嬢が料理?いやいや、前世では家庭科の授業で料理を習っているし、家でも簡単な料理くらいはしていたのだ。
「妹のケイトから手紙が来ているよ。僕と君宛てにね。結婚するから式には必ず出席するようにってさ。どうする?もちろん行くよね?」
「うーん、私が行っても良いのかな?今の姿なら死んだはずのエル・ドラドだとは思われないだろうけど、行方不明のアリエル・ラルーシュじゃないかって勘違いされるかもしれない…」
「いや、本人だろ。勘違いじゃないよ。まぁ、そうなったら他人の空似で押し通そう。今の君はレイ・フブキなんだからさ」
軽い口調で話しつつ、レイの瞳をじっと見つめるエルビスはどうやら折れる気が無いらしい。レイとしてもラルフおじさんとケイトお姉さんを祝いたい気持ちはあるのだ。
「それじゃ共和国首都へと行きますか。往復で一か月はかかるだろうけど、移動手段はどうするつもり?」
「僕が君をお姫様抱っこして走っていけば、多分三日くらいで到着するよ。それなら往復で一週間程度で済むかな」
「あほか!このチート野郎。私が恥ずか死ぬわ」
彼女は赤くなった顔を隠すように、そっぽを向いたのだった。ちなみにこの二人、同棲しているにもかかわらず男女の関係にはなっていない。
エルビスが彼女に対する好意を隠すことはないのだが、レイのほうが戸惑っているというのが現状である。なにしろ彼女は前世でも今世でも男性とお付き合いをしたことがない。今世、王太子殿下の婚約者としての交流は多少あれど、それは義務的なものであり、恋愛感情など全く無かったのだから…。
「それにしても、私と同居するために冒険者を辞めるなんて馬鹿な男だよ。Sランクなんて、そうそうなれるもんじゃないだろうに」
「そんなの全く後悔してないさ。君と二人で穏やかな日々をすごせることこそが僕の幸せだからね」
「かぁ~、元・日本人なのによくそんなくさいセリフを吐けるものだよ。このキザ野郎が!」
悪態をつきつつも口元がにやけているせいで、全然説得力が無いレイだった。
どうやらこの二人が結ばれるのも時間の問題らしい。
これにて完結です。
なんとかハッピーエンドと言っても良いのではないでしょうか。
当初の構想では主人公を破滅させるつもりだったのですが、結局はこんな形になっちゃいました。
結末には賛否両論ありそうですけど、私としてはラストが胸糞悪いのはちょっと…。
最後になりましたが、長期のご愛読ありがとうございました。
できればご評価いただけると嬉しいです。
それではまた。




