057 作戦会議再び
帝国における『主戦派』の中心人物三名の中で最も頭脳労働に秀でた者、それがネザール子爵らしい。
爵位は低いものの、実質的に『主戦派』のナンバー2であり、トップであるべストール侯爵を支える参謀役なのだ。言うなれば魏の司馬懿、呉の周瑜、蜀の諸葛亮といったところか。
彼がパリ共和国にとって最も恐るべき人物であることは間違いない。謀略の面でも、戦争指導の面でも…。
したがって、アリエルによる暗殺対象者候補としては第一位の人物となっている。
「エル君、ネザール子爵には政敵が多いらしくてね。これまで何度も暗殺されそうになったそうだよ。実際、暗殺が成功したこともあったそうなんだけど、その翌日には元気な姿を見せたらしい」
「はぁ?まさか『不死』の能力者なの?サンジェルマン伯爵かよ!てか、そんなの反則じゃん」
「いや、そうじゃない。どうやら何人も影武者を用意しているみたいなんだよな。まったく用心深いことだよ」
「武田信玄かよ!うーん、それじゃ本物を見極めるにはどうすれば良いんだろう?」
「絶対に本人が出席しなければならない場所へ出向くときを狙うしかないだろうね。例えば、皇帝陛下への拝謁とか…」
ただ、これも絶対というわけではない。これまでの暗殺者も同じことを考えて、登城時の馬車を襲撃したりしたそうだ。その際、影武者の暗殺には成功しても、本人の暗殺には尽く失敗しているとのこと。
「めちゃ厄介な相手だね。いや、だからこそパリ共和国にとっての脅威とも言えるのか…」
「おそらく『主戦派』トップのべストール侯爵を狙うほうが簡単だと思うよ。ただ『穏健派』への報復を行わせ、内戦に持ち込むには、直情的な侯爵を残しておいたほうが良いのは確かだね」
「むー、私って頭の良い相手は苦手なんだよね~」
ここで同席していたラルフが発言した。
「警部殿。これまで戦ってきた相手が馬鹿ばかりだったってのは確かだが、警部殿の智謀も大したもんだと思うぜ。バストサイズと頭の良さは反比例するって俗説もあるしな。はっ!ちょ、ちょっと待て。俺はあんたを褒めたんだぜ。殺気を振りまくのは止めてくれ!」
一言多いラルフだった。
…
「とりあえず現状で分かっていることは以上だね。そうそう、帝国側の動きとは関係ないんだけど、『聖女』の動向についての報告がある。彼女は教会による保護を拒否したらしい。人違いだ、私は『聖女』ではないと言い張ってね」
「えええ?どういうこと?あいつは確かに『聖女』だったよ。この私が見間違えるはずが無いっ!」
「うん、彼女はマリーナと名乗っていて、『聖女』エルザであることを否定しているらしいんだよね。エル君を疑うわけじゃないけど、本当に『聖女』で間違いないのかい?」
「そう言われると自信が揺らぐけど…。まぁ、良いや。とにかくまずはネザール子爵だよ。そっちが片付いてから『聖女』の件については再検討しよう」
アリエルとエルビスの会話を大人しく聞いていたケイトがこのタイミングで提案を行った。
「エルちゃん、彼女のことは私が見守っておくよ。本当に『聖女』なのか、そうじゃないのかは分からないけど、あの子は悪い子じゃない気がするんだよね。単なる勘だけど…」
「あぁ、妹の勘はかなり精度が高いと思って良いよ。能力ってほどじゃないけどね、多分…」
「へぇ~、だったらケイトお姉さんにネザール子爵が本物かどうかを見極めてもらうってのはどうかな?勘でも良いからさ」
「うーん、暗殺に関与させるのはなぁ。僕と違って、この子は人を殺したことが無いからね。直接的にも間接的にも」
ケイトは『治癒』の能力者であり、それは殺しとは真逆の能力なのだ。兄としてのエルビスの心配も当然のことだろう。
結局、アリエルとしてもケイトに暗殺への助力を強制することは憚られたのである。
…で、最終的に、今回の作戦会議における結論は以下の通りとなった。
・ラルフは反政府組織と反社への支援を引き続き行っていく。
・アリエルはラルフのお手伝い(不特定多数の貴族暗殺は一時的に中止する)。
・エルビスはネザール子爵に関する情報収集(特に外出の予定を)。
・ケイトはマリーナと名乗る奴隷(聖女の疑い有り)の動向を注視。
「出征準備が整うのは、この分だとおそらくは二週間後くらいだろう。その前に皇帝陛下の御前で最終的な話し合い、いわゆる御前会議が開かれるはずだ。そのときにはネザール子爵も意見を述べるために登城すると思うよ。もちろん、影武者じゃなくて本物がね。それが最後にして最大のチャンスだと思う」
「そっかぁ。さすがは情報収集に長けた斥候職のエルビスお兄さんだね。ほんと頼りにしてるよ」
「エルビス殿、俺からも頼んますぜ。祖国の命運はあんたにかかってるって言っても過言じゃねぇ」
アリエルとラルフの賛辞を聞いて、肩をすくめながらもエルビスはこう答えた。
「僕なりに全力を尽くすよ。祖国であるパリ共和国がこの帝国によって蹂躙されるような事態は避けたいからね」
実際、彼がこの場に居るということ。そしてアリエルに協力しているということこそが、帝国と共和国の運命を決定づけたのである。
後世の歴史書でも、彼こそが共和国を帝国の脅威から守った存在として特筆されることになったのだが、それも当然だろう。それだけ彼の貢献度は大きかったと言える。




