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056 聖女の事情②

~・~ 聖女視点 ~・~


 自分自身で教科書を破り、それを悪役令嬢の取り巻きがやったことにする。

 自ら冷たい池へとダイブし、それを突き飛ばされたと言い張る。

 階段の上からジャンプして着地に失敗することで足首を(ひね)るという、スタントマン顔負けの荒技を繰り出す。もちろん、悪役令嬢から突き飛ばされたことにした。

 なお、本当に捻挫した(痛かった…)。


 (くそ)馬鹿王太子には色仕掛けで近づき、豊かな胸を押し付ける。ただし、一線は超えていない(性行為はもちろんのこと、キスすら拒否!いや、断固拒否!キモイ…)。

 ちなみに、バッドエンドではこれらの自作自演がばれたことで貴族令嬢への誣告(ぶこく)罪が適用され、死罪となるのだ。だったら、何もせずに大人しく過ごせば良いのか?いやいや、その場合は『聖女』を(かた)った(つまりは偽聖女)という罪で死罪になるという(くそ)シナリオとなっている。

 王太子を攻略できなければ死、攻略すればこの(くそ)男と結婚という地獄である。そう、私の人生は完全に詰んでいた。そもそも将来の王妃に成れるような能力なんて持ち合わせていないし、王太子妃教育だって受けたくもない(そういう意味ではアリエル様を尊敬していた私である)。


 こうしてついに運命の卒業パーティーの日を迎えたのだ。引きつった笑顔を無理やり顔面に貼り付けた私は、王太子にエスコートされて会場入りした。

 すぐに私の目論見(もくろみ)通り(いや、ゲームのシナリオ通り)、王太子はアリエル様に向けて婚約破棄を宣言したのだった。さらに国家反逆罪によって一般牢への投獄を指示し、複数の騎士によってアリエル様が連行されていくのを無言で見守るしかなかったのである。

 私は王太子から新たな婚約者として指名され、めっちゃ憂鬱な気分となった(表情だけは嬉しそうに取り(つくろ)っていたけど…)。

 ようやく終わった…。そう、ここまでがゲームシナリオであり、これ以降はエンディング曲に合わせてスタッフロールが流れるだけなのだ。


 …


 その知らせが舞い込んできた瞬間、王城内は騒然となった。誰もが驚き、嘆き、王太子と私に対して王城で働く多くの人々から非難の視線が集中した。

 そう、アリエル様が誘拐されたのだ。

 しかも、詳細に行われた調査により王太子への殺害未遂、つまり国家反逆罪については冤罪とされた。私の自作自演までが明るみになったわけではないけど、もしかしたらその件に関しても再調査が行われるかもしれない。


 しかし、私の思いとしては、そんなことは些末(さまつ)なことと感じていた。なによりも驚愕したのは、シナリオ通りに事態が進まなかったことなのだ。

 アリエル様は牢内で何者かによって凌辱され、それを苦にして自殺する。それが本来のシナリオなのである。誘拐?どういうこと?

 ゲームシナリオの強制力がそれほど強くないのか、それともゲームがエンディングを迎えたことで強制力の発現が終了したのか…。


 理由は不明だけど、私はこの機(王城内の混乱)に乗じて独自の行動を()ることにした。

 気持ち悪い(くそ)馬鹿王太子から逃げるのである。

 まず、私は王太子の婚約者という立場を使って侍女へ命令し、彼女の制服を借りた。そして、ドレスから侍女服へと着替えた私はこっそりと王城を()け出し、冒険者ギルドへと向かったのである(帝国へ向かう旅の護衛を依頼するためだ)。


 今まで貯め込んできた金貨はそれなりにある。これは王太子からプレゼントされたそこそこ高価なモノ(主に、服や文房具)をこっそりと換金しておいたからだ。

 もちろん同じプレゼントでも、大きな宝石の付いた指輪やネックレス等の宝飾品はそのまま持っている。換金しづらいものだし、ドレスを着るときには身に着けないと怪しまれるからだ。


 冒険者ギルドへの依頼内容は以下の通りとした。


・乗合馬車で帝国の首都である帝都へ向かう。

・護衛として雇いたいのは女性の冒険者である。

・パーティーでも構わないが、その場合は一人以上の女性を含んでいること。

・人数にかかわらず、報酬は金貨20枚である(前金で10枚、帝都に着いたら残りの10枚を渡す)。

・翌日には王都を出立する予定である。


 ギルド側から良さげな女性冒険者に声をかけてもらって、すぐに一人の冒険者(Dランク)が依頼を受けてくれたのは本当に助かった。

 ぐずぐずしていると王宮から追手がかかるかもしれない。

 このあと、私は服屋と雑貨屋を訪れ、目立たないワンピースと下着類、カバンなどを購入した。

 王宮から逃げ出した当日は宿屋に泊まり、翌日の早朝、乗合馬車乗り場の前で依頼を受けてくれた冒険者と待ち合わせたのである。こうして何の問題もなく王都を脱出できたのだった。


 …


 国境を越えて帝国入りしたところまでは極めて順調だった。

 私は偽名としてマリーナという名を使い、『聖女』であることは誰にも明かしていない。余談だけど、前世の名前が満里奈(まりな)だったので、それをモジったのだ。

 帝都まであと一日というところまで来た私たちは突然大勢の男たちに囲まれた。

 護衛は女性冒険者が一人だけ。多勢に無勢であることは火を見るよりも明らかだった。そして彼女は私を置いて逃げ去ったのである(仕事しろや、おいっ!)。


 ただ、幸いなことに彼らは盗賊団ではなく、奴隷商が街道上で定期的に実施している奴隷狩りだった。もしも盗賊団だったら間違いなく犯されていたことだろう(処女であることは奴隷の商品価値を高めるので、彼らはそういう行為を控えているそうだ)。

 なお、このような違法行為が官憲による取り締まりを受けていない理由は、この奴隷商がとある(・・・)貴族の庇護下にあるせいらしい(王国も腐っていたけど、帝国だって同じように腐っているみたい)。


 私は奴隷となったことで、帝国の変態貴族にでも買われるのかと暗澹(あんたん)たる気持ちになったんだけど、ここで幸運の女神は私に微笑んだ。そう、私を買ったのは帝都でも名のある商店であり、純粋な労働力として購入されたのだ。もちろん奴隷になったこと自体、とても幸運とは言えないけど、これが最悪の境遇というわけでもない。

 こうして奴隷の首輪をつけられた私は、その商店で商品の在庫補充を行うという仕事に()くことになったのである。

 なお、上司から(むち)で手の甲を頻繁に叩かれる日々だったけど、それは私への罰だと思っている。そう、アリエル様の境遇に比べれば天国と言えるだろう。

 こんなぬるい罰では、とても彼女への贖罪とならないのは分かっている。でも、アリエル様への仕打ちを忘れたことは無いし、だからこそ奴隷という境遇が私には相応(ふさわ)しいのだと思っている。


 そんな毎日を過ごしていた私だけど、ある日一人の中年男性が目の前に現れた。

「聖女のエルザ様ですね?お迎えにあがりました」

 彼の制服の胸元には、聖職者であることを示すブローチが燦然(さんぜん)と輝いていた。それはこの方が教会の中でも高位の人物であることを示すものだった。


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