043 伯爵家襲撃①
伯爵家の屋敷への襲撃は深夜0時過ぎ、家人が寝静まったころに実行された。もちろん警備の騎士たちは24時間体制で勤務しているため、まずは彼らを排除せねばならない。
正門の脇に設置されている詰所のような小さな建物の中では、三人の騎士たちが退屈そうにあくびをかみ殺していた。二人は裏門に、五人が屋敷の中にいることは事前の調査で判明している。
アリエルとラルフの二人は黒いローブをまとっていて、頭についてもフードを深くかぶっていたため、その姿は完全に暗闇の中に溶け込んでいた。
余談だが、この世界にも月が存在している。ただ今日は新月であり、さらに空が分厚い雲で覆われていたため、星明りすらないという状況だった。
足音を殺して正門へとゆっくり近付いていく二人。人数の多い正門のほうから始末していくつもりなのだ。
「誰だ!?」
誰何の声が一人の騎士から発せられたが、その次の瞬間には胸を押さえて倒れ込んでいた。アリエルの即死攻撃である。
奥で寛いでいた二人の騎士が慌てた様子で詰所の建物から外へと飛び出してきたものの、アリエルとラルフの二人によって即座に殺された。一人は空気塞栓症で、もう一人についてはラルフの持つ短刀が心臓付近を貫いていた。
どうやら防具すら身に着けていなかったようだが、これはあまりにも気を抜き過ぎではないだろうか。まぁ、そのツケを自らの命で支払ったわけだが…。
「退路を確保するために、先に裏門の二人を倒しておくよ。警備の人数を確実に減らしていくことこそが、この襲撃作戦を成功へと導くポイントだからね」
「了解だ。警部殿」
正門から屋敷の敷地内へは入らず、塀に沿って裏門のほうへと移動し、そこにいた二人の騎士を同様の手順で始末したアリエルとラルフであった。
屋敷の厨房へと通じる勝手口の鍵はかかっていなかった。これは料理人の一人を金貨で買収して、襲撃日の夜には勝手口の鍵を開けておくように指示しておいたからである。
さらには当主である伯爵の寝室の位置、伯爵が不在でないこと等もその内通者によって把握済みであった。
気配を殺してゆっくりと廊下を進む不法侵入者である二人。
二階にある伯爵の寝室へは階段を使わなければならないが、その脇には警備の騎士たちが待機している部屋があった。現在二人が巡回中のようで、部屋の中には三人が残っていた。
ハンドサインでラルフと意思疎通を行うアリエル。どうやら殲滅するつもりらしい。
部屋の扉が常時開け放たれているせいで、中の状況は筒抜けだった。そこへラルフを盾にして、アリエルが後続する形で部屋の中へと入っていった。
「何者だ?ここの使用人の一人か?」
屋敷で働く使用人の人数は多く、その全員の顔を騎士たちが把握しているわけではないらしい。
「ああ、俺たちはパリ共和国政府のGメンだ。降伏するなら良し。歯向かうならば殺す」
「何ぃ?じーめんってのが何かは分からんが、共和国などという不逞の輩に従う我らではないわ!総員、抜剣!」
上司(と思われる人物)の号令で、全員が一斉に剣を抜いた。
なお、GメンのGは政府の頭文字だ。つまりは政府の役人ということである(アメリカではFBI特別捜査官を指す言葉)。パリ共和国大統領府特別捜査官であるアリエルとラルフが名乗っていてもおかしくはない。
騎士たちは剣を構えたまま、ゆっくりと移動しながら半包囲の態勢を取ろうとしていた。しかし、これは悪手だった。
アリエルの能力で一人ずつ心臓を停止させていくには十分な時間だったのである。
三人が一斉に斬りかかってきた場合、事態がどう転んだかは分からない。しかし、結果的に騎士三人の死体が転がっているという状況になったわけである。
「警備の残りは二人か…。警部殿、どうする?伯爵の寝室へ向かうか、先に残りの騎士を片付けるか」
「うーん、ここで待つというのも一つの手だね。どうせ巡回中の二人はこの部屋へ戻ってくるはずだし」
「ああ、そうすっか。それにしても、ここまでは怖いくらい順調だな。まぁ、警部殿の能力あってのことだが」
たしかにアリエルの能力はチートと言っても過言ではない。ただ、アリエルがラルフの存在を心強く感じているのも確かなのである。決して口には出さないが…。
「おーい、戻ったぞ。異常なしだ。ああ、なんか起こらねぇかな。退屈で仕方ねぇ」
「おい、そんなこと言ってると隊長にどやされるぞ」
どうやら巡回に出ていた二人が戻ってきたらしい。
二人の騎士は部屋の中へと入った瞬間、ギョッとした様子で立ちすくんだ。死体三つが放置されたままなので、当然の反応だろう。
そして、即座に死亡した。もはや声をかけても意味が無いと判断したためだ。どうせ降伏勧告を彼らが聞き入れることは無い。
こうして警備の騎士10名は全て殲滅されたのである。襲撃開始から一時間も経っていない間の出来事であった。




