038 パリ共和国
国名が変わった。
アリエルの名付けた『パリ・コミューン作戦』から採って、『パリ共和国』という名称へと変わったのである。彼女は内心「いや、それ都市の名前…」と考えていたのだが、口には出さなかった。同じ転生者であるエルビスも何か言いたげな顔でアリエルのことを見ていたが、こちらも特に反対意見を述べることはなかった。
懸案事項としては、いくつかの貴族家領地では独立の機運が高まっており、共和国から離反するような動きを見せていることが挙げられる。しかし、それはごく少数に留まっていた。アリエルが事前に貴族家領主たちを殺しまくっていたおかげである。
最大の問題は、国家運営のための知識が民衆(革命軍)にはほとんど備わっていなかったことだ。
しかし、アリエルには為政者としての知識もその手腕も備わっている。王太子妃教育とは未来の王妃を育てる教育でもあったからだ。しかも、馬鹿な王太子を補佐するためという名目で、本来であれば国王の所管事項までもが未来の王妃としてのアリエルに対して教育されていたのである。
厳しい王太子妃教育だったが、その知識が無駄になることは無かったということだ。何が幸いするか分からないものである。
「三権は異なる部署に分割して、一か所に集約しないようにしよう。権力は腐敗するものだからね」
「エル君、さんけんって何だ?」
「立法権、行政権、司法権の三つだよ。法律を作ったり改正するための立法府、政を行う行政府、公正な裁判を担う司法府を分けて、それぞれに長官を任命しよう。三権分立だね」
革命軍の指導者だった人物に対して、将来の国家体制についての講義を行うアリエル。
実は、彼女としてはそんなことに時間を割きたくはなかった。なにしろ、行方不明である聖女を捜索しなければならないのだ。
市民革命を成功に導いた立役者の一人という立場で会議への出席を請われた際、きっぱり断るべきだったのだ。いや、その会議の中で何もしゃべらなければ良かったと言うべきか。つまりは自身の持つ知識(前世の知識を含む)を会議の中で披露してしまった彼女の自業自得だろう。
…
『パリ・コミューン作戦』から一か月も経てば、それなりに国家体制のほうも整ってきた。これほど早期に政府が稼働し始めることができた要因としては、アリエルの存在が大きかったことは間違いない。
そして、『パリ共和国』の初代大統領に選出されたのが革命軍の指導者だったマックス・ロベスピエールである。年齢は40歳を少し超えたくらいで、がっしりとした体格に似合わず、温和な表情が特徴の、人当たりの良い好人物であった(その内心は大きく異なるが…)。
余談だが、平民であるマックスには元々家名など無かった。ロベスピエールという姓は、アリエルの名付けた王城襲撃作戦『ロベスピエール作戦』から採ったものである。
反社である三大ファミリーの構成員たちもファミリーごと国家体制に組み込まれ、治安維持のための警察組織へと移行した。犯罪に手を染めていた彼らが犯罪者を取り締まる側になったというのは皮肉なものである。
また、騎士団に所属していた騎士たちの処遇であるが、貴族家出身者以外はそのまま国防軍士官として再就職することになった。周辺国の軍事的介入が懸念されるため、国防体制の充実は喫緊の課題だったのである。なお、反社の破落戸たちの中には、警察組織ではなく国防軍への就職を希望する者も多かった。
その周辺国なのだが、王国や帝国などの絶対君主制国家しか存在しない。したがって、この国で発生した市民革命についてはかなりの脅威を感じていることだろう。自分の国に飛び火するおそれがあるためだ。
彼らが軍事行動による内政干渉を試みる可能性を否定できないため、国家体制の早期整備が求められたのである。
…
「エル・ドラド及びラルフ・ローレン。両名には大統領府直属の特別捜査官としての任務を与える。階級は警部及び警部補である。ドラド警部、ローレン警部補、最初の任務として、行方不明である『聖女』の捜索を命じる。…これで良いかな?エル君」
「はい。謹んでその任を承ります。ラルフおじさんもよろしくね」
アリエルの偽名である『エル』にも家名が付けられたのだ。てか、勝手に名乗っている。
本名はアリエル・ラルーシュなのだが、彼女がこの名を使う日はもはや来ないだろう。ラルフの家名もアリエルが命名してあげたものだ。かなり適当な名付けではあったが…。
「エル坊、いや警部殿。まさか俺が警察官になって、しかも警部補だなんて驚きだぜ。マックスさん、じゃなかった。えっと、ロベスピエール大統領も元・反社の俺なんかがそんな立場になって良いのかい?」
「もちろんだとも。『ロベスピエール作戦』における君の活躍は誰もが認めるところだよ。エル君と共にこれからもより一層の活躍を期待しているからね」
にこやかな顔でエルとラルフに対峙しているロベスピエール大統領は、この国の最高権力者となった喜びを噛みしめていた。もちろん、揮うことができるのは行政権だけではあるが…。
ただ、本来であれば、このエルという少年こそが大統領になるべきだったのだ。今回の革命において、この少年の果たした役割はそれだけ大きい。
大統領の思惑としては、政府中枢からこの少年をできるだけ遠ざけておきたいということである。将来的に自身の政敵になるおそれがあるからだ。
しかし、それはアリエルとしても望むところである。両者の思惑が一致したのは大変喜ばしいことであった。




