029 嵐の前の静けさ
王宮では国王と宰相が善後策を協議していた。
「ラルーシュ侯爵夫妻も殺されたそうだぞ。王都を逃げ出して領地へ戻る途中だったらしいがな。密告制度もあまり効果を発揮しておらぬようだが、そのほう、どう責任を取るつもりだ?」
宰相は思った。密告制度を始めたのは貴様ではないか、と。
しかも現在の王都は火が消えたような状態だ。要するに、経済活動が停滞しているのだ。
これは無実の商人が密告によって多数捕縛されていることや、王都民が自宅で息を潜めるように生活していることなどが原因である。つまりは国王の失政ということだ。
「密告の制度はお止めになったほうがよろしいかと存じます。このままでは今年度の税収にも影響を及ぼしかねません」
「それは困るぞ。税の取り立てについては、例年通り厳しく行うようにせよ。民衆が餓えようが一向に構わん。王侯貴族は民の上に君臨し、民は王侯貴族のために存在するのだからな」
こいつは馬鹿なのか?民衆の不満が高まれば暴動が起きるぞ。
宰相は内心でそう思ったが、当然のことながら口には出さなかった。わざわざ不興を買うこともない…。
…
一方、アリエルはSランク冒険者パーティーである『巨大魚』の動向に気を配っていた。
『パリ・コミューン作戦』の障害となる可能性があったからだ。
そう、彼らが王族からの依頼で王宮の護衛任務に就いた場合、(一般民衆にとっては)かなりの脅威になるだろう。いくら荒事に慣れている反社の破落戸どもがいたとしても、そもそもの戦闘力が桁違いなのだ。
もちろん、革命軍の前に必ず立ちはだかると決まったわけではない。逆に、彼らが民衆側につく可能性もある。
あのカイルという金髪野郎はムカついたので殺したが、残りのメンバーについてはアリエルの観察対象となっていたのである。つまり、味方になるなら何もしないが、敵になるなら殺すということだ。
ただ、できれば同じ転生者であるエルビスという男は殺したくないし、彼の妹だって同様だ。アリエルの殺人行動に関する指針なのだが、『相手が善人である場合は殺さない(できれば殺したくない)』という自分なりの基準を持っていたからだ。
もっとも、騎士たちを殺したときのように『悪に与する者は悪とみなす』という判断基準も持っているのだが…。
要するに、エルビスや妹のケイトがアリエルの復讐を邪魔するようであれば、たとえ善人であっても躊躇わずに殺すということだ。そう、これは優先順位の問題なのである。
…
その『巨大魚』には、冒険者ギルドを介して王宮からの指名依頼が入っていた。
現在、その案件について、ギルドの受付嬢がパーティーの新たなリーダーであるロブに対して説明していた。
「『巨大魚』の皆様に王宮警護の依頼が入っております。具体的には王城への侵入者を排除すること。警護期間はとりあえず一年間で、働きぶりによっては延長有り。明日から毎日の勤務で、基本的に休みは無しです。報酬は月に金貨100枚ですが、これはパーティーとしての報酬なので、四等分するなら一人当たり金貨25枚ずつとなります。指名依頼ですが断ることもできます。どうなさいますか?」
「おいおい、たったの金貨100枚って俺たちをなめてんのかよ。一人当たり金貨100枚だ。だったら受けてやると依頼人に伝えておけ」
先方から提示された報酬額の四倍をふっかけたわけだ。ここから妥協点を探っていくことになるのは、このような交渉事の常道とも言える。
「承知しました。ただ、仕事としては『ただそこにいるだけ』なので、王宮の一画でぼーっと過ごすだけですよ。その状態で一年間も過ごせるなんて、できれば私が代わりたいくらいです」
王城を襲撃する者など絶対にいない。そう確信している様子の受付嬢の発言だった。
「とにかく報酬の増額を交渉しろ。受けるか受けないかはそれ次第だ」
ロブの思惑としては、報酬が二倍くらいになれば御の字というものだった。つまりは月に金貨200枚ということである。
このあと数回のやり取りの結果、月に金貨240枚という報酬額で依頼を受注した『巨大魚』であった。
「リーダーであるこの俺の交渉術を見たか。エルやケイトには到底無理だったに違いねぇぜ。ウルド、どうよ」
「ええ、素敵よ。等分すれば一人60枚だけど、私の分はできれば少し多めにしてもらえないかしら?」
以前はカイルに懸想していたウルドだったが、最近ではロブに好意を抱いているように見える。リーダーという肩書き、いや権力が好きなのかもしれない。もしくは金か…。
ただ、この決断が彼らの運命を決定づけてしまったのである。そう、死出の旅立ちという運命を…。




