新型量産機編7
翌日は朝から『アスク』の動作検証を行った。明日からは『アスク』を『ロンバルディア』に乗せて通商破壊活動を兼ねた実戦が始まる。タイトなスケジュールだが、『アスク』を一日も早く仕上げなければ<ルナ>の状況は好転しない。クリストフもルナ・ラグランジュ・ポイント3でパイロットの育成を頑張っているはずだ。
基地の中で出来る一通りの動作検証を行って『アスク』の挙動で気になるところをアリサ中尉と整備員たちとで課題共有のミーティングで報告した。
アリサ中尉は通商破壊活動には同行はせず、工廠で『アスク』不具合対応や『スルト』からのフィードバックパーツの開発に注力する。『ロンバルディア』には工廠ほどの設備がないからだ。細かい調整など整備員が対応できる部分は『ロンバルディア』内で対応予定だが、どうしても不具合対応やパーツの交換などは開発期間を含めて時間が掛かってしまう。
一応半年の期間を貰っているが、時間はいくらあっても足りないだろう。良い物に仕上げるためには、効率的に問題点を見つけ出し潰して行く必要がある。
今日感じたことを『へーニル』や『クロウ』と比較して述べていく。そして俺が乗りやすい方へセッティングして貰う。本来はクリストフと相談しながら進める方が良かったのだろうが、ここには彼は居ない。居ない以上俺が責任を持って仕上げるしかないのだ。
しかしアリサ中尉は俺の方を見ないし、俺と話をしない。俺の発言でも必ずヴァレリー経由で話をする。昨日もそう言えば話した記憶がない。あれ? 俺嫌われてる?
試しにアリサ中尉をじっと見つめてみた。視線に気づいたのかアリサ中尉は俺を見てふっと視線を逸らせた。これはやはり嫌われているのでは・・・。作業期間がタイトであるのにコミュニケーションに問題があるのはマズい。
俺はミーティング終了後、アリサ中尉に話しかけようとしたが、上手く避けられてしまった。由々しき事態だ。俺は食堂でヴァレリーに相談した。
「ヴァレリー。俺、アリサ中尉から避けられている気がするんだけど。」
「そうですね。避けられていると思います。」
ヴァレリーは、ド直球で返してきた。そっかー。やっぱりそうかー。
「『アスク』の調整のためには、アリサ中尉とのコミュニケーションが必要だと思うんだけど。」
「確かにそうですね。アリサ中尉がキーマンと言っても過言ではありません。」
「だよなぁ。なんとかしないと。」
「アリサ中尉は極度の人見知りなので、そのうちアリサ中尉がグレンに慣れますよ。」
「え? あれが人見知りなの?」
完全に嫌われて避けられていると思っていた。拒絶の壁が高すぎる。ヴァレリーは大きく頷いて肯定した。
「はい。昔からアリサ中尉は人見知りで、知らない人とは視線を合わせようともしないです。」
「そうか・・・。まぁ嫌われていないならいいか。」
「あまり良くはないですね。」
ヴァレリーはそう言うと考え込む仕草をした。そして
「私が世間話をしに行くので隣に居て下さい。過去の事例から考えて見慣れるところからが重要です。」
と応えた。
「わかった。」
見慣れて貰うため徐々に慣らしていこうという考えらしい。とりあえず俺たちは工廠へ行くことにした。工廠に着くと『アスク』は整備員たちが調整を行っていてアリサ中尉の姿はなかった。整備員に話を聞くと『スルト』のところか工作室に居るのではないかと言うことだった。
『スルト』の側も探してみたが居なかった。『スルト』はいっそう分解が進んでおり、見るも無残な姿となっていた。
「大分バラされてるな。」
「そうですね。研究が進んでいるといいですね。」
「あぁ。」
『スルト』は目下月面最大の難敵だ。こいつの攻略が勝敗を左右すると言っても過言ではない。弱点などの研究が急務なのだ。
工廠の隣にある工作室の制御室にアリサ中尉は居た。制御室の向こう側には何かしらの部品を作成している工作機械が動いていた。
「アリサ中尉。」
ヴァレリーが呼びかけるとアリサ中尉はこちらに振り向いた。
「ヴァレリー。どうかした?」
「お忙しいでしょうが、お話できればと思って。」
アリサ中尉は後ろの様子をちらりと見て
「この作業が終わるまでは大丈夫よ。」
と応えた。
「これはなんですか?」
「これは『スルト』の部品で使えそうなものを『アスク』用に造っているの。」
アリサ中尉の後ろで工作機械が自動的に部品を組み立てていく。
「もう『スルト』の解析が終わったんですか。さすがです。」
「まだ全部じゃないけど、『スルト』で良さそうな部品はあと1箇所ぐらいだよ。月面に特化して造られているからね。」
『スルト』は月面特化の機体だったのか。月面が戦争の舞台である以上、その考え方は理に適っている。
「一番の特徴はバーニアの形と推進剤タンクだね。かなりエネルギー効率を重視した造りになっている。それを拝借しようと思ってね。」
確かに『スルト』は継戦能力に優れていた。6対1でもエネルギー切れを起こしてはいなかったからだ。
「継戦能力が高まるのは歓迎です。推進剤切れは死活問題ですし。」
「もう1台の『アスク』に取り付けてテストしておくよ。戻ってきたら次はそちらで出撃してテストだ。」
2台を効率よく回して行くらしい。それはいいが毎回乗った感触が変わるのは俺が大変かもしれない。話をしていると工作機械が止まった。どうやら作業終わったようだ。
「ヴァレリー、ごめんね。続きをしなくちゃ。」
「はい。お忙しいところありがとうございました。また来ます。」
「えぇ、ヴァレリーならいつでも歓迎よ。」
そしてまた俺は会話に1度も参加することなく、アリサ中尉の元を去ることになった。




