士官学校附属高校編5
翌日の放課後がやってきた。こっそり帰ってしまおうかとも考えたが、どう考えてもクリストフを敵に回すのが躊躇われたのでシミュレーター室にやってきた。
スペース・トルーパーのシミュレーターは人気なので予約を取るのが難しい。クリストフこそコネを使っている気がする。しばらくするとクリストフとアルベルト達がやってきた。
「逃げ出さずにやってきたようだな。」
さっそくアルベルトに絡まれた。正直アルベルトは扱いやすい気がする。俺に興味をなくせば絡んでこないだろう。なので今日の勝敗は負けた方が良い気がするんだよなぁ。下手に勝つとライバル認定とかされてめんどくさそうだ。
「さて始める前に何か賭けないか? その方がやる気が出るだろう?」
おいおい急に何言いだすんだクリストフの奴。
「いい考えだな。今年度分のデザートの権利でどうだ?」
アルベルトがそう言いだした。デザートは週に1度程度夕食についてくるのだが、甘いものはあまり出てこないので心のオアシス的存在だ。それを今年いっぱい自由にできるのか。結構いい話かもしれないな…。
「僕はそれでいいけど。」
クリストフがニコニコしながら同意した。腕に自信があるのだろうか。
「俺もそれでいい。」
「じゃあ決まりだ。」
アルベルト達は自分たちが有利なのでもう勝った気でいるのだろう。余裕を感じる。
「では始めよう。」
シミュレーター室内には更に個室が並んでおり、それがシミュレーター用のコックピットとなっている。
「僕が1番を使ってマスターもやらせて貰うよ。グレン君は2番ね。アルベルト達は3から6番を好きに使ってくれていいから。」
「わかった。」
それぞれが指定された番号のコックピットに入った。中にはイヤフォン型通信機と椅子があるだけだ。着座式のコックピットのようだな。席に座ってイヤフォン式通信機を付ける。しばらくするとクリストフから通信が入った。
《規定は50分制限。弾数と推進剤はデフォルト量通りで開始するよ。》
《異議はない。》
《勝利条件は相手チームを全滅させるか、制限時間内で残ってる人数が多い方が勝ちということで。》
《それも異議はない。》
アルベルトチームは有利だからな。
《試合開始後はチーム内だけでのみ通信可能とします。》
《了解した。》
「了解。」
《では開始します。》
強制的にコネクト状態になり、俺は宇宙空間に浮かんでいた。
《ちょっとやる気がなさそうだったからやる気が出るおまじないを追加させて貰ったよ。》
クリストフから通信が入るが、こいつは本当に性悪だ。
「別に構わないさ。作戦はどうする?」
《相手の方が数が多いからね。乱戦に持ち込んで数的有利を消そう。》
「了解。」
まずは索敵からだ。俺とクリストフは少し離れた距離を保ちながら同じ方向へ飛んでいる。距離を離すのは誘爆などに巻き込まれないためだ。しばらく進むとレーダーに反応があった。距離はあるが砲撃が始まった。俺とクリストフは左右に分かれてお互いの射線を減らす作戦に出た。
「クリストフ君。狙われているぞ。」
クリストフの方に射線が集中している。先に1機落としてしまう気らしい。俺はこの隙に相手に近付いていく。しかしそれが裏目に出た。
《すまない。被弾した。》
「大丈夫?」
《いや。無理だな。しばらくは粘ってみる。》
クリストフに夢中になっている1機に向かい射撃を開始した。相手はこちらに気づいて撃ち返そうとしたが、大分近づいていた俺はなんなく射撃を命中させて1機を落とした。まずは1機。しかしこのタイミングでクリストフも撃墜されてしまった。これで3対1だ。
3機はこちらに狙いを定めて撃ってくる。ここはしばらく逃げて相手の弾と推進剤を減らすか。俺はキム先生の動きを思い出しながら省エネで相手の攻撃をいなすことにした。クリストフを作戦通りに沈めたことで士気が上がっているのだろう。アルベルトチームは積極的に攻撃を仕掛けてくる。こちらはのらりくらりと避けていく。
ヴァレリーたちとのシミュレーションの5対1に比べれば3対1なんて攻撃のプレッシャーは無いに等しい。それにこちらはまだグレード10の学生が相手だ。正直練度が違いすぎる。動きが2次元的過ぎるし鈍い。
相手も異変に気付き始めた。クリストフの時から1機減ったとは言え、未だ3対1で手数が多いのに相手に被弾の気配すらないからだ。
「そろそろ良いかな?」
俺は撃ち疲れていたであろう相手を見て一気に距離を詰める。相手は対応できずあっさりと撃墜された。
これであと2体。撃墜されたせいで焦ったのか連携までも悪くなる。
「悪く思わないでくれよ。」
俺はその隙を見逃さず、推進剤が残り少なくなってきたであろう相手に全力で襲い掛かる。こっちはまだまだ推進剤に余裕がある。相手は距離を取ろうとしたがあっさりと追いつき、冷静に引き金を引いて1機を撃墜した。あと1体。最後は逃げきれずに推進剤が切れた1機を難なく撃墜した。ふう、これでデザートは俺のものだ。
「やるじゃないか。グレン君。」
コックピットから出たところでアルベルトと会った。負けたのにアルベルトのテンションが高い。なんでだ?
「はぁ、どうも。」
「見事な操縦技術だったよ。滑るように動くし、まるでエースパイロットようだ。。」
アルベルトは大層感心している。
「いやー。本当にね。噂に違わなかったよ。」
クリストフもコックピットから出てきた。そんな噂が立っていたのか。
「これでグレン君が何故転校してきたか分かったね。」
「そうだな。」
「じゃあ俺は課題が残っているから失礼するよ。」
「次は負けないように鍛えておくからな。」
「ではまた明日。」
こうしていまいち学校に馴染めていなかった俺にも知り合いらしきものができた。




