エクストリーム気遣い不要
まず目を引いたのは、真紅のドレスを着こなすメリハリのある迫力ボディである。
黄金の髪、メイクばっちりの派手顔。「強めの美」を具現化したようなその見た目に、アンナはいたく感心してしまった。
(これだけ堂々たる美女でしたら、目が痛くなるような美形と並んでも互いの良さを引き出すことができますね! 二人揃って視覚攻撃力が高い!)
アンナの主人にあたるモリス公爵夫妻も大変な美形であり、美形耐性はあるものと思っていたが、やはり社交界にはいろんなひとがいるものである。遠目に見ているだけならわくわくしそうだ。
ただし真っ向から向かって来られると、とっさにどう対応すれば良いのかわからない。
なにしろ、美女の目はウォーレンではなく明らかにアンナに向けられている。壁紙や調度品ではなく、登場人物として認識されていることに緊張せずにはいられなかった。
「あらぁ、今日はどうしたの? 色男のミッドフォード侯爵とも思えない地味な女連れね。たまには変わった味が恋しくなったのかしら。そうね……着ているものは派手ではないわりに品物は悪くないじゃない。髪型やメイクは未婚の乙女の初々しさがまったくないけど、人妻の色気があるわけでもないから、どこか高貴な家柄のお屋敷で子育てメイドでもしていそうな見た目だわ」
ひゅっとアンナは息を呑んだ。自分に対する美女の言葉の数々に血が昂るのを感じた。
的を射た大正解の指摘過ぎる。
「どちらのお嬢様か存じ上げませんか百点満点ですわ! 人を見る目と言語化する能力が圧巻です! その若さで素晴らしくたしかな人生を歩んで来られたんですね!」
アンナは心の底から褒めちぎった。
ゴージャスな金髪美女はぴくりと眉を動かし、鋭いまなざしでアンナを睨みつけてくる。
「何よあなた。ずいぶんわたくしのことを褒めるじゃない!?」
「ええ! 名探偵が裸足で逃げ出す名推理で感動いたしました! どのような経験を積まれるとその若さでそのスキルが手に入るのでしょう? 私も仕事にぜひ取り入れたいものです」
目に入れても痛くない、公爵家の子どもたちを思い浮かべてアンナは力説した。
(シャンテル様によく似たニコルお嬢様はすでに大変お可愛らしいですが、年頃になればこんな美女になって社交界でぶいぶい言わせるでしょうからね! どんな相手が近づいてきても即座に見抜く眼力を鍛えて欲しいものです!)
ぐっと前のめりになったアンナを訝しむような目で見てから、美女はウォーレンに視線を向けた。
「あなたにしては趣味の悪くない女を連れているわね。いつもあなたが連れているのって、その無駄に良い顔にぽーっとなった中身のない『ワンナイトカモン』の女ばかりでしょう? そのくせねちっこくて捨てられるとわかった途端に追い回すし、他の女の噂を聞きつけようものなら場外乱闘よろしく自分の方がよりあなたに愛されていると所構わず大喧嘩始めるような女ばかりで」
「……ああ」
ウォーレンが、暗い表情と暗い声で相槌を打った。美女はさらに追い打ちをかけるようにウォーレンをびしりと扇で指し示して言う。
「ついたあだ名が『キャットファイトの元ネタの神様よ』。ちなみに私がいまつけたのだけど」
暗澹たる溜め息をつき、ウォーレンが独り言のように呟いた。
「本物の猫たちにネタや噂にされるなら大歓迎なんだが」
思わずその光景を思い浮かべてアンナはぽろりと本音を言ってしまう。
「猫たちに噂される存在なんて、なんだかすごく憧れてしまいますね! まず噂をするために集まる猫たちが可愛い」
即座に、ウォーレンはキリッとした暴力的な美貌でアンナを見下ろしてきた。
「エクストリーム気遣いはやめてくれ。いまは猫の話をしていない。そんなすごく楽しい光景なら俺だって見たいが現実はそうじゃない」
え、猫の話していましたよね……? と思いつつアンナはひとまず口をつぐんだ。
ふう、と聞こえよがしな美女の溜め息が耳に届く。
「なんだか妙ね。あなた本当にウォーレン・ミッドフォード?」
「そうだな。俺は本物なんだが……」
ウォーレンは何やら含みのある言い方をした。そのとき、遠くで女性の悲鳴が上がりガラスの割れるような音が響いた。
何かしら? と耳を澄ませたアンナをよそに、美女とウォーレンの顔が強張る。
先に反応したのは美女で、余裕のある笑みを取り戻すと肩をすくめた。
「ほら、始まったわよ。会場には顔を出さないほうが良いのではないかしら。今度こそ刺されるわ」
溜め息をつきながら、ウォーレンは遠く見るまなざしになる。
「少なくとも、妻となる女性と一緒というのは危ないな。妻の身が」
美女とアンナは、同時に狐につままれたような顔となり思わず顔を見合わせた。
「妻!」「妻!?」
目を見開いた美女がアンナを見て叫び、アンナはアンナであまりにも予想外の一撃を受けてやはり叫んでいた。
あら~……という美女の何やら感心したような声を聞きながら、アンナは頬を紅潮させてウォーレンを見上げる。
「つ、妻、妻ってなにを飛躍してくれているんです?」
「お? 結婚したら俺が夫で君は妻じゃないのか。なんでそんなに驚くんだ」
「結婚……!? あなたと私がですか!?」
「プロポーズしたよな?」
した。アンナから。
しかし冷静さを欠いていたアンナはそれどころではなく、焦りのままに叫んでいた。
「プロポーズしただけで結婚したつもりになるなんて、気が早すぎるじゃないですか!」
美女は「そうねえ」と顎に手をあてて考える仕草をする。ウォーレンも「たしかにそうだな」と納得したように頷いてから、アンナに問いかけてきた。
「段階を踏もう。まず何からが良い?」
アンナは居た堪れない思いから、よろよろと後ずさる。
すかさず美女に「とりあえず本当にここにいたら危ないわよ、退避して」と声をかけられたのをきっかけに、まるで捨て台詞のように叫びながら背を向けた。
「何からも何も、私とあなたは何も始まってないんですっ!」
「その通りだ。プロポーズしかしていないからな。今日はここまでとしても、今度会いに行くよ」
背中にウォーレンの声を聞き視線を感じながら、アンナはその場から逃げ出したのだった。
「で? 本当になんだったの? プロポーズしたの?」
アンナの姿がすっかり見えなくなってから美女に問われ、ウォーレンはアンナの背を見たまま固まっていたことに気づき、呟いた。
「アンナ・ギボンズ。モリス公爵邸……だ」
は? という美女の声を聞き流し、ウォーレンはガラスの靴も落とさずに去ったばかりのアンナの姿を目裏に思い描く。
マンドラゴラの女――
モノローグ間違え過ぎの男――




