違和感がありますね
それまでやや表情に乏しかったウォーレンであるが、アンナのささやかな申し出に対してはにかむような笑みを浮かべた。
「善処する」
爽やかな笑顔がまた、目にまぶしかった。
(本当にこの方が女癖の悪い「冷徹侯爵」? ずいぶん事前情報とはイメージが違うわ)
むしろ、どことなく女性慣れしていない様子である。アンナの受けた印象として、彼の興味関心は女性との恋の駆け引きではなく、ダントツでマンドラゴラをはじめとした薬草関連だ。
隣国の研究所にいた薬草オタクの研究員たちに通じるものがある。
アンナの知る男性で言えば、アンドレイにも少し似ていた。六歳児である。薬草だけではなく、クワガタも好きかもしれない。二人は話が合いそうだと直感した。
ふと、アンナは自分をエスコートするウォーレンの腕が固くて逞しいことに気づいた。見た目は細身であったが、おそらくかなり体を使う武芸をたしなんでいるのではないだろうか。奔放で享楽的な生活を送っているとしても、ストイックな面もあるらしい。ますます人物像が定まらない。違和感がある。
廊下を進みながら、アンナはウォーレンに言葉を選びながら話しかけた。
「私が知る限り、あなたはその功績が称えられる一方で、女性関係ではあまりよろしくない意味で名高い男性のはずなんです」
ちらっとウォーレンが視線を流してきた。表情は固く、その目には哀愁が漂っており、アンナはまたもや六歳児のアンドレイを連想してしまった。
もしくは数年前お腹を空かせて公爵邸の裏庭に迷い込んできた子犬の寄る辺ない目だ。なおその犬は、今では皆に可愛がられて立派な番犬となっている。
「マンドラ……いや、あなたが耳にしたであろう噂には心当たりがある」
ウォーレンはアンナに対してマンドラゴラと言いかけたが、途中で気づいた。さすがやり手の男だという噂は伊達ではないですね、と褒めそうになったがアンナは自重した。日頃公爵邸の子どもたちに厳しく躾をし、褒めて伸ばすという教育を実践している身として良いところがあればすぐに褒めたくなるのであるが、相手は初対面成人男性である。話の腰を折っている場合でもない。
「心当たり? 身に覚えではなく?」
見るからにほっとしたように表情のこわばりを解き、ウォーレンは頷いた。
「あなたのプロポーズを受け入れて結婚してしまおうと思った理由はそれだ」
「あっ」
思わず声が出た。プロポーズをしたことをすっかり失念していた。ウォーレンが、くすりと笑う。
「恨みも憎しみも怒りもなく、あんなに淡々と結婚を迫られたのは初めてで『あ、良いな』と思った」
恐ろしく理解が難しいことを言われた。
「緊張と恥じらいと期待ではなく?」
「だいたい、俺に迫ってくる女性は『地獄に落ちる覚悟はできているか』『あなたを殺して私も死んでやる』『おとなしく首を差し出せ、これが末期の水だ』みたいな勢いで、初手でそのへんのワインを掴んでぶちまけてくる」
「何をしたらそこまで人間を怒らせられるんですか?」
「しかも何人もだ。ひとを怒らせる才能がありすぎる」
褒めてません、呆れているんですと言いかけてアンナは口をつぐんだ。
(なんでしょう、この他人事のような話しぶり。まるで自分の話をしているご様子ではないわ)
少なくとも、今日初めて出会ってからのウォーレンの振る舞いの中に、アンナはそこまで怒りを覚えるようなものはなかったと思う。
それとも、自分が鈍いだけだろうか? とアンナは考えてみた。しかし、マンドラゴラ扱いを受けただけで地獄に落ちろなんて思わないし、思う女性がいたらマンドラゴラに対して冷たすぎる。だとすると、その線は外して良いだろう。
悩むアンナに対し、眉をひそめたウォーレンが「実は」と切り出してきた。
そのとき、空気をつんざくような女性の声が響き渡った。
「ウォーレン・ミッドフォード! 今日も女連れでいいご身分ですこと! ここで会ったが百年目ですわ、お覚悟はよろしくて?」




