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毒の水槽は静かに満ちる  作者: 妙原奇天


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第2話 代表試飲

 第七ブロックの天井が淡い光を灯したのは、体内時計で朝と呼ぶにはいささか早い時間だった。照明の明滅が一度だけ起き、その直後、壁のスピーカーがいつもの無機質な起動音を鳴らす。

 本日より給水ルールを改訂します。代表者による試飲を実施。代表は一名。立候補がない場合、推薦投票を行います。

 乾いた女声が、寝ぼけた空気を一気に冷やした。

 篠原凪は、簡易ベッドから上体を起こした。布団代わりの薄いブランケットが床に滑り落ちる。冷たい空気が首筋を撫でた。

 代表者、試飲。

 昨日の夜中に聞いた、AIの「ルール改訂予定」という言葉が頭の中で連結される。芦原サラの唇の青さ。浅い呼吸。怜の険しい横顔。

 あれは水のせいじゃないかもしれない。

 理屈ではわかっているのに、喉が勝手に鳴った。乾きと不安が同じ場所を刺してくる。

 ベッドから降りると、同室の数人も起き上がり始めていた。金属製の床が、足音に合わせて鈍く響く。

 おい、今の聞いたか。

 大垣迅が額をかきながら立ち上がる。昨夜は一番遅くまで起きていたはずなのに、目つきはまだ鋭い。彼の視線は、部屋の隅で丸くなっているサラの方へ一瞬だけ向かった。

 彼女、まだ苦しそうだな。

 凪が小さくうなずく前に、別の声が割り込んだ。

 代表ってさ、つまり、先に死ぬ確率を一人が引き受けろって話でしょ。

 倉敷ミナが寝癖のまま髪をかき上げ、わざとらしく肩をすくめて見せる。目だけは、完全に覚醒していた。光を捉え、反射し、人の反応を探るレンズのようだ。

 みんな、顔洗ってから集まろ。ビジュアル、大事だから。

 誰も笑わなかったが、誰も否定もしなかった。彼女の軽口は、ここでは一種の潤滑油になっている。緊張を少しだけ緩めるための、薄いフィルムのようなものだ。

 実験室中央のガラス水槽の周りに十三人が集まった。昨日と同じように、水面は静かに揺れている。違うのは、その揺れが今日は明確なターゲットを持っているということだけだった。

 スピーカーが再び鳴った。

 代表者による試飲は一日につき一回。代表は百ミリリットルの摂取権を持ちます。他参加者の給水ルールは現状維持。ただし、代表の試飲結果によって変更の可能性あり。代表選出は十分後に締め切ります。

 十分。

 その短い猶予が、かえって場を固まらせた。誰も口を開こうとしない。昨日と同じ沈黙が戻ってくる。ただ、沈黙の質は違っていた。昨日は「何も知らない」怖さ。今日は「知ってしまった」怖さだ。

 一拍遅れて、ミナが一歩前に出る。

 投票はさ。透明にやろうよ。

 その言葉に、何人かの眉が動いた。

 透明?

 凪が思わず聞き返すと、ミナは水槽の縁に腰を預け、大げさに両手を広げた。

 誰が誰に入れたか、全部可視化。握りつぶしも出来レースもなし。こそこそやると恨みが積もるでしょ。なら、いっそ全部晒しちゃったほうがさ、後で「そんなつもりじゃなかった」って顔しなくて済む。

 ミナの口から出た「透明」という言葉は、皮肉にも、この場にある一番不透明な感情――嫉妬と恐怖と憎しみ――を浮かび上がらせるようだった。

 匿名の方が安全じゃないのか。

 三雲トウマがぼそりと言うと、ミナはすかさず首を振る。

 匿名だとさ、「自分は入れてない」ってみんな言い張れるでしょ。で、誰も責任取らないまま、誰か一人だけが代表にされる。そういうのが一番揉める。だったら最初から、誰が誰を押したかを共有してさ、「あんとき助けたよね」とか「貸し借り」まで含めて政治しようよ。

 政治、という言葉に、何人かが顔をしかめた。

 篠原くんはどう思う?

 突然、名前を出されて凪は肩を強張らせた。レンズを向ける側でいることに慣れていても、急にレンズを向けられるのには弱い。

 ……隠すよりは、撮りやすい。

 自分でも何を言っているのか分からないコメントだったが、ミナは満足そうにうなずいた。

 ほら。記録係のお墨付きもいただきました。

 その時、ホワイトボードの前でペンを走らせる音がした。三雲トウマが、何かを計算している。

 代表が一度に引き受ける致死リスクが、仮に十三分の一だと仮定しよう。

 いきなりそんな前提から始まったので、数人が顔を見合わせる。トウマは気にせずペンを動かす。

 日数が進むほど、誰か一人に偏って代表を押しつけ続けると、その人の累積リスクは跳ね上がる。例えば同じ人間が毎日代表になると、単純計算でも生存確率は十三分の十二の累乗でどんどん減る。

 待て、何言ってんだ。

 大垣が眉間に皺を寄せる。トウマは彼の方を見ずに、式を書き続けた。

 逆に、代表を全員でローテーションすれば、一人あたりが負うリスクは均等に分散される。集団全体として見たとき、誰かが突出して死ぬ確率が下がる。偏りは集団崩壊の種になる。だから、最適戦略はローテーション。

 口では簡単に言う。それが数学の強みであり、同時に弱点でもあった。ここにいるのは、数字の駒ではない。

 そんなの、頭では分かってるよ。

 北園レオが、いつもの人懐っこい笑みを封印した顔でつぶやく。

 でもさ、「はい、明日から順番に死ぬかもしれない役お願いします」って、はいそうですかってなる?

 トウマは口をつぐむ。理屈が感情に負ける瞬間を、全員が見ていた。

 その空白を埋めるように、ぱちんと指を鳴らしたのはミナだった。

 じゃあさ。ローテ案とさっきの可視投票案、くっつけちゃおうよ。

 くっつける?

 今日の代表は投票で決める。でも、その投票の結果と、誰が誰に入れたかをちゃんと記録してく。そうすれば、「次はこの人が危ないから、別の人にしよう」とか、「前回私が押されたから、今度はその人を守ろう」とか、調整が利く。ローテって、順番どおりに並べるだけがすべてじゃないでしょ。

 恩と借り、ってことか。

 凪が零すと、ミナは片目をつむった。

 そう。ここからは、貸し借りゲーム。水槽前政治の開幕です。

 軽い調子で言いながらも、その目は真剣だった。彼女はわかっているのだ。ここにいる人間が、完全に利己的でも、完全な聖人でもないことを。どちらでもない曖昧な領域が、一番操作しやすく、一番危ういことを。

 そこへ、スピーカーが再度鳴る。

 代表選出までの残り時間、七分。

 時間が数字として告げられた瞬間、何かが吹っ切れたように部屋がざわめきだした。

 ねえ、もしさ。

 レオが口火を切る。

 もし俺が今日代表をやったら、明日以降の給水で、ちょっと優先してくれたりしない?

 取引か。

 大垣が彼を睨む。

 そんなもん持ち出したら、弱い奴から詰んでいくぞ。

 でも、最初にやってくれる人には、何かメリットがないと誰もやらないでしょ。

 レオの声は震えているが、言っていることは筋が通っている。恐怖と合理の間で行ったり来たりする。そういう揺れが、今の彼を支えている。

 凪は視線を横にずらした。部屋の隅で、八代怜がサラの様子を見ている。薄い毛布に包まれた彼女の唇は、昨日より色が戻ってきていた。完全ではないが、危機は脱しているように見える。

 怜。

 凪が声をかけると、怜はちらりとこちらを見た。

 何か、分かった?

 怜はサラの手首から指を離し、ゆっくりと立ち上がった。白衣の裾が、わずかに揺れる。

 分かった、というか。

 彼女は水槽を一瞬だけ見やり、言葉を選ぶようにして続けた。

 サラは、昨日、ほとんど水を飲んでいない。

 室内のざわめきが止まる。

 それって、どういう。

 北園が聞き返す前に、怜は続けた。

 水毒だと仮定すると、摂取量がほぼゼロのサラに症状が出るのはおかしい。もちろん、接触時の微量摂取とか、空気中の粒子とか、可能性はゼロじゃない。でも、血中データを見る限り、水に外から混入した毒というより、体内の何かが反応している。

 体内?

 内因性ってこと?

 一番後ろにいた牧村が、喉を鳴らす。

 つまりさ。毒は、水の中じゃなくて、俺たちの中にあるってことか。

 言葉にされると、ぞわりとした寒気が背骨を走った。凪は思わず自分の腕を抱きしめる。

 怜は小さくうなずいた。

 全員の血中成分の変化を見比べてるけど、サラの異常値は、水を飲んだ大垣くんよりも、別の因子と相関してる。

 別の因子?

 何それ。

 ミナが眉をひそめる。怜は目を細め、言葉を飲み込んだ。

 まだ確証はない。でも、もしそうなら、この「代表試飲」は、外側の毒を測るためというより、内側の変化を観察するためのものかもしれない。

 AIは、沈黙を守っている。誰も彼女の推論を否定も肯定もしない。

 代表選出までの残り時間、五分。

 スピーカーが冷たく告げた。

 時間は待ってくれない。

 その時、不意に大垣が前に出た。

 じゃあ、今日も俺がやる。

 凪は反射的に彼を見た。

 昨日も飲んだばっかじゃん。

 だからだよ。

 大垣は袖をまくり、太い腕を見せる。

 昨日飲んで、何ともなかった。少なくとも、見た目にはな。だったら「連続で試飲したときの変化」っていうデータを取る価値はあるだろ。

 それは理にかなっているようでいて、同時に危険な発想でもあった。彼ひとりに負荷を集中させることになる。

 そんなの、男気ってやつでしょ。

 ミナが茶化すように言うと、大垣は肩をすくめた。

 男気でも何でもいい。誰か知らないやつが出てきて死ぬくらいなら、俺が先に踏む。

 凪の胸に、ざらついた感情が広がった。それは尊敬でもあり、苛立ちでもあり、恐怖でもあった。

 そうやってさ。「俺がやる」って言えば、みんな一瞬黙るんだよな。

 気づけば、言葉が口から滑り出ていた。

 そうやって、格好いい言い方で空気を取る。誰も「やめろ」と言い出しにくい。うまいやり方だよ。

 室内の視線が、一斉に凪へ向かった。

 何が言いたい。

 大垣の目が細くなる。凪は一度息を飲んでから、言葉を選んだ。

 男らしさで死ぬのは勝手だけどさ。それで、「残されたこっちの選択肢」まで勝手に潰すのは、やめてほしい。

 しん、と空気が止まった。

 凪は続ける。

 昨日もそうだった。あんたが「筋肉量が多いから」とか理由つけて、最初に飲んだ。誰も反対しなかった。反対しづらい言い方だったから。でも、あれが正しかったかどうかなんて、まだ分かってない。

 凪の言葉は、自分自身にも刺さっていた。あのとき、カメラを構えようとして怜に止められた自分。あの一瞬を、都合よく「仕方なかった」と言い訳していた。

 記録者として止める。

 口から出たそのフレーズが、自分を逃げ道から追い出す。

 大垣はしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。

 お前、言うようになったな。

 褒めてるのか、怒っているのか読み取りづらい声音だった。それでも、さっきまで前に出ていた彼の足が、半歩だけ後ろに下がる。

 立候補、他にいるか。

 三雲が静かに問いかける。誰も手を挙げない。全員が互いの顔色を伺っている。

 じゃ、推薦投票だな。

 ミナが口角を上げる。

 透明なやつ。

 パネルの一部がスライドし、壁からタッチ式の透明ボードがせり出してきた。丸いボタンが十三個。そこに、彼らの名前が整然と並んでいる。

 代表選出までの残り時間、三分。

 AIが告げる。

 一人一票。押した名前は即座に全員に共有されます。

 ひでえシステムだな。

 北園が苦笑する。

 でも、分かりやすい。

 誰かが小さく呟き、最初の一歩を踏み出した。レオだった。

 見られてもいいように、堂々と押すわ。

 彼は振り返り、何かを覚悟したような目で凪を見た。

 ごめん、篠原。俺、お前に入れる。

 指が、凪の名前をタップした。透明ボード上に、小さな光の印が点る。

 え。

 凪は思わず声を上げた。レオは苦笑する。

 お前が、一番、この状況を外から見てる気がするから。記録者ってさ、意外と冷静でしょ。

 そう思うなら、自分でやれよ。

 心の中ではそう叫んでいたが、言葉にはならなかった。レオがどれだけ震えながらそのボタンを押したか、痛いほど分かってしまったからだ。

 次に、ミナが歩み出る。

 じゃ、私も。

 彼女は迷いなく、同じ名前を押した。

 篠原くんで。

 理由を聞くまでもない。彼女は、ここで「記録者」を前に押し出す絵を選んだのだ。この先のドラマを作るために。

 続いて、何人かが次々とボタンを押した。牧村、斎木、小柄な女子の真帆。彼らの指先も、凪の名前の上で光る。

 おい、待てよ。

 大垣が近づき、腕を組んだまま凪を睨む。

 何でこいつなんだ。

 何でって。

 斎木が言葉を濁す。

 見てるから、だよ。色々。

 ふざけんな。

 大垣は透明ボードに手を伸ばした。一瞬、彼も凪の名前に指を伸ばしかける。その指は、しかし直前で止まり、別の名前へと滑った。

 三雲。

 え。

 トウマが目を見開く。大垣は肩をすくめる。

 頭が良い奴が前に出るべきだろ。さっき偉そうに確率だのローテだの言ってたしな。

 それは、ある意味筋が通っていた。三雲の名前の横にも、小さな光が増える。

 残り時間、一分。

 AIの声が最終的な追い込みをかける。

 最後まで押さずに残っていたのは、八代怜だった。彼女はサラの枕元から立ち上がり、ゆっくりとボードの前へ歩く。

 怜さん。

 凪が思わず呼びかけると、彼女は振り返らずに言った。

 どのみち、誰かがやらなきゃいけない。

 彼女はペン先のように細い指を伸ばし、迷わず凪の名前を押した。

 結果がボード中央に表示される。

 篠原凪 七票

 三雲トウマ 三票

 大垣迅 二票

 その他 一票

 代表者は、篠原凪です。

 AIが宣告した。

 喉の奥が、からんと音を立てた気がした。水のない音。ガラスの内側を指で叩いたような乾いた響き。

 おめでとう、代表者くん。

 ミナが拍手の真似事をする。誰もそれに乗らなかったが、誰も止めもしなかった。

 凪は足元を見た。床の金属の継ぎ目が、視界の中でぼやける。呼吸を整えようとするたびに、喉がきしむように痛んだ。

 代表者は水槽前へ。

 AIの案内に従い、凪はガラスの前へ歩く。計量カップが、すでに水で満たされていた。百ミリリットル。たったそれだけの量が、いま世界で一番重たい液体に見える。

 篠原。

 背後から呼ばれ、振り向くと、大垣がそこにいた。

 さっきは悪かった。変なこと言った。

 ……別に。

 凪は首を振る。

 止めてくれて、ありがとな。

 予想外の言葉だった。凪が戸惑っている間に、大垣は肩を軽く叩いて離れる。

 カメラ、持ってきた?

 ミナが隣に立つ。凪は胸ポケットを叩いた。小型端末の硬い感触。

 撮るの?

 記録は、嘘の防波堤になるでしょ。

 ミナはいたずらっぽく笑う。

 あとで、「本当に飲んだのか」とか、「量ごまかした」とか、絶対揉めるもん。

 凪は端末を取り出し、水面越しに自分の顔をフレームに収めた。画面の中で、自分の目がわずかに揺れる。

 代表者、試飲の前に追加告知があります。

 AIの声が落ちる。全員が顔を上げた。

 代表者の血液を採取します。採取量は安全基準内。採取した血液および血清は、以後の解析および環境調整に利用されます。

 血液。

 その単語だけで、室温が二度は下がったように感じた。

 何それ。

 北園が反射的に声を上げる。

 採血ってこと? どうやって?

 壁の一部が静かに開き、銀色のアームが姿を現した。先端には極細の針と、小さな透明のチューブがついている。医療機器として見慣れた形なのに、この場では拷問具のようにも見えた。

 血清、って言ったよな。

 三雲が、押し殺した声でつぶやく。

 つまり、俺たちの血の中身を、資源として使うってことか。

 資源。

 その言葉には、妙なリアリティがあった。水も酸素も食料も有限なこの空間で、「使えるもの」は全て値札をつけられていく。今、そのリストに、人間の血が追加された。

 代表者は右腕を差し出してください。

 AIの指示に従い、凪は袖をまくる。肘の内側の血管が、薄い青色で浮かび上がった。

 怜が前に出る。

 針の角度、少しだけ下げて。そこだと内側壁を傷つける。

 彼女は迷わずアームを調整した。AIは抵抗しない。むしろ、学習しているように見えた。

 ありがとう、八代さん。

 機械音声が、冷たく礼を言う。その無感情な感謝が、かえって不気味だった。

 針が皮膚を刺す瞬間、凪は水槽を見た。水面が揺れ、そこに映る自分の顔も揺れる。血がチューブの中を昇っていく。暗い赤が透明な管を満たしていく様子は、どこか美しくもあった。

 採取完了。

 AIが告げる。

 採取した血液は、ラベルナンバー七一七として保存。代表者の血清は、以後の解析において優先的に使用されます。

 優先的に。

 その言葉が、奇妙な重さを持って響く。今この瞬間、凪の血は、この部屋で最も価値のある液体の一つになったのだ。

 さあ、本番。

 ミナが囁く。

 喉、潤そうか。

 凪は計量カップを手に取った。ガラスと指先の間で、冷たさがわずかに伝わる。

 喉が音を立てる。乾いた器が、水を待っている。

 もしこの中に毒が混じっていても。

 もし毒が水ではなく、自分の中にあったとしても。

 どちらにせよ、この一口で何かが動き出す。

 凪は目を閉じ、ゆっくりとカップを傾けた。

 水は、意外なほど滑らかに喉を通った。冷たさも、苦さも、違和感もない。ただ、体の中にすべっていき、見えなくなる。

 代表者の試飲を確認。

 AIが淡々と記録する。

 血中変化をモニタリングします。その他参加者の給水ルールについては、二十二時の健康チェックの結果をもって再度告知します。

 凪はカップを置いた。ガラスが金属台に当たり、軽い音を立てる。

 喉は、たしかに潤った。だが、その奥底で広がる冷たさは、水の温度とは別のものだった。

 自分の血が資源になった。

 その実感が、じわじわと遅れて襲ってくる。

 この実験は、水槽だけを試しているんじゃない。

 凪は、ガラス越しに自分の顔を見た。そこに映っているのは、人間か、サンプルか。

 喉の奥で、音にならない問いが転がった。

 ガラスの喉は、水を欲しがりながら、同時に、誰かに値段をつけられる瞬間を待っている。

 そのことに気づいたのは、まだ、この部屋で凪だけだった。

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