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愛しい君を、この腕に抱いて

 あれから半年。ふたりが婚姻を結んでから、一年と少しが経過した日。



 いくつかの事件の影響で限定的だった国民の交流。その状況を先に進めるため、両国が使節団を派遣することになった。

 初回の人数は、互いに10名。そこから少しずつそれぞれの在り方を学ばせ、やがては一般国民も行き来させる。その足掛かりとしていくのが狙いだ。


 そして、その中のひとりには、ロヴィオンが含まれていた。本人の希望によるものだ。

 当然、彼の背景を知る周囲からは、心配の声も上がった。それでも彼は、しっかりと決意した上で、己の意志をソフィアに告げた。


『おれはまだ、人間を受け入れきれてはいません。もしかすると、一生このわだかまりは残るのかもしれない。ですが……あなたの信じた夢ならば、信じることができます。それを実現するための力に、なりたいのです』


 他の護衛も育ち、ソフィアの安全も確保されつつある。だからこそ、彼は己の成長を望んだ。彼女と、これから向き合っていくためにも。

 そして、人間に月獣が理解されれば、それは反抗する人々を減らす一因になるかもしれない。当然、その逆もだ。ならば、間接的にソフィアを守ることに繋がる。


 簡単に上手く行くとは思っていない。もしかすると、より深く人間に絶望する結果となるかもしれない。それでも、ソフィアへの信頼だけは、もう決して揺るがない。それだけは、胸を張って言えることだ。



 見送りと受け入れの当日。ロヴィオンは、使節団に相応しい装いとして、月獣の正装を身に纏っている。本人は服に疎いため、ソフィアが見繕ったものだ。白を貴重とした礼服は、彼の黒い毛並みによく映える。


「ロヴくん、よく似合っているわね!」


「このような服は慣れませんが……そう言ってもらえると、安心します。忙しい中で見送りにまで来てくれてありがとうございます、エルマさん」


「ふふ、大丈夫よ。大族長の仕事にも、もう慣れてきたもの」


「ゼルニスさんも、色々とご迷惑をかけますが……後のことは、よろしくお願いします」


「心配はしないでくれ。君は、思うがままに学んでくるといい」


 彼は、次代を担う若い世代だ。彼の成長は、ルナグレアに大きな意味をもたらすだろう。順番に挨拶をしてから、ロヴィオンはソフィアの前へと歩む。


「何年かかるかは分かりませんが……いつか、この国に戻ってくる時には、あなたの従者に相応しい存在に成長していることを約束します。ですから、少しだけ待っていただけるでしょうか?」


「ええ! ずっと、待っています。私も、あなたが仕えるに相応しい王妃として成長することを約束します。お互いに頑張りましょう、ロヴ!」


 そう言って差し出した手を、ロヴィオンは微笑んで握り返した。そんな様子を見て、バルザークが高らかに笑い始める。


「がっはっは! まるで愛の告白だな。良いのか、グレン? お前の妻が口説かれているぞ?」


「なっ……父上、誤解を招くようなことは言わないでくれ! おれはソフィア様に、そんな無礼な感情は全く抱いていない」


「全く抱いておらぬと断言する方がむしろ無礼であろう。しかし、本当にお前はそういう話に縁が無いな。オレがお前の歳の時にはもうお前が生まれていたと言うのに、この朴念仁が」


「いや、話が逸れているんだが……」


「どうなのだ。ソフィアから見て、何かこいつの周りで良い話などは聞こえてこないのか?」


「実際、ロヴに想いを寄せる子は多いと噂されていますよ。ですが、彼自身は何もありませんね。ふふ、ですが仕方ありません、ロヴですから」


「そ……ソフィア様まで何を!? どういう意味ですかそれは!」


「やれやれ。ソフィアはそういう男と相性が良いのかな?」


「いや、本当にどういう意味だ、それは……?」


「日頃の行いよねぇ?」


 巻き添えを喰らったグレイヴァルトが大きく咳払いをすると、一同に賑やかな笑いが起こるのだった。

 どうやらロヴィオンは恋愛ごとに疎いようだが、もしかすると彼も、ソルファリアで価値観の変わる出逢いをするかもしれない。などと考えるのは、少し飛躍しているかもしれないが。


(それでも……それが当たり前の世界になれば、良いだろうな)


 強制されるでもなく、己の望むように選べる世界。どのような選択をしても、それが特別扱いされることもない世界。それは、ひとつの種族の中であろうと困難な理想かもしれない。

 だが、だからこそ追う価値がある。たとえ、それが叶うのが遥か未来であろうと――自分たちの歩む道が、その一部でも切り開けることを信じて。












 それから、さらに少しだけ時は流れ――。


「なあ……ソフィ」


「はい?」


 執務の合間の休憩、茶を準備していたソフィアに向かい、グレイヴァルトは何故か少し渋い顔をしている。その視線は、彼女の()()()()()()()()に向けられていた。


「あまり無理をするな。身体に負担をかけてはいけない」


「もう。さすがにそれは過保護ですよ。今からその調子では、数ヶ月後にはベッドの上から動くなとでも言われそうです」


「いや、しかしだな……」


「私とて、無理をするつもりはありませんよ。頼るべき時には頼らせてもらいますから、どっしりと構えていてください、旦那様?」


 ぐ、と言葉を詰まらせたグレイヴァルト。不安ゆえ過保護になっている自覚はあるらしい。ソフィアもからかい半分であったのか、そんな夫の様子に愉快そうに笑う。


 結婚から一年と数ヶ月。いま、ソフィアの中には、次代の命が宿っていた。

 夫となった後、「彼女に受け入れられるだろうか」などと尻込みして、一年間も全く手を出さなかったことが発覚したグレイヴァルトが、周囲から「ウブすぎる」「甲斐性なし」「据え膳ぐらい食え」「こじらせ童貞」と散々な酷評を喰らったことについては、ここでは割愛することとする。


「ふふ。でも、ありがとう。あなたは優しいお父さんになってくれるでしょうから、安心しています」


「……それこそ、過保護になりすぎないよう気を付けなければな」


 月獣と人間のハーフ、その前例は極めて少ない。王獣ともなればなおさらだ。どのような姿で生まれてくるのか、どのような特徴を持つのかも分からない。

 それでも、ふたつの種族の架け橋、その象徴となるのは間違いない。ただ、二人には、子供を象徴として扱うつもりはなかった。


「この子に重荷を背負わせぬよう、頑張らないといけませんね」


「そうだな。種族も、立場も関係なく……望むように、自分として生きられる世界。それを作るのは、俺たちの仕事だ」


 自分たちが望むものを、子供に押し付けたくはない。立場に関係なく、産まれてくるのは自分たちの大事な子供なのだから、何よりも幸せに生きてほしい。


「ねえ、グレン」


「どうした?」


「いえ。たまには、はっきりと言葉にしておこうかと思いまして」


 くすりと、ソフィアは笑った。当たり前になったからこそ言っておきたい言葉がある、と。

 ――少しずつ、世界は変わっている。彼はきっと最後まで止まらないだろうし、彼女も共に進んでいくつもりだ。だが、それはひとつも重荷などではない。


「私はいま、とても幸せです。これからもずっと私の側にいてくださいね、グレン?」


 暖かい笑顔で、ソフィアは告げる。かつてグレイヴァルトが心を奪われた、太陽の笑み。それは今も変わらず、彼の心を照らしてくれる。

 王は、それに応えるようにそっとソフィアを抱き寄せ、柔らかな表情で笑った。淡く輝く満月のように、優しく。


「俺もさ。お前がいてくれるという幸せを……俺はもう、手離せはしない。だから、これからも俺の隣で笑っていてくれ、ソフィ」




 ――どのような未来が待とうとも、お前と。

 ――どのような世界であろうとも、あなたと。



 ――共に、生きていこう。

 何よりも愛しい君を、この腕に抱いて――

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