88.「再び追う友の背中」
「ようシュドウ」
「太陽お疲れさん」
夜。
太陽の家の近くにある公園。
夏に入り、夜も気温は高いまま。
公園に一つだけある照明。
暗い夜を照らす。
太陽からラインで連絡があった。
甲子園の地方大会直前。
太陽の練習の邪魔はしないようにと思っていた。
何かあったのか?
「3年生が怪我?」
「ああ」
明日7月4日から、トーナメント方式で行われる地方大会。
高校をあげて応援する作新高校。
吹奏学部や応援団は第一試合から球場へ足を運ぶ。
地方大会決勝戦は7月、期末テスト前後の日程。
例年全校生徒のほとんどが応援に向かうらしい。
太陽と楓先輩との約束の甲子園。
その夢の第一歩。
その前日の今日。
2年生の部員と、3年生エースピッチャーの練習中の接触事故。
怪我の具合はヒドイらしい。
真剣に練習していた結果。
誰も責められない。
「太陽が?投げるのか明日」
「ああ。当面2年生の先輩と俺で回すって監督から言われてる」
「マジか」
「だが打線は好調だ。4番の岬先輩を中心に、3年生が頑張るって言ってくれてる」
ピッチャーの良し悪しが試合に大きく影響する高校野球。
太陽は1年生にして大事な試合の先発を任されるようだ。
来年に向けたチーム作り。
監督の方針でピッチャーを各学年で選抜していたチーム事情が裏目に出たようだ。
特に怪我をした3年生のピッチャーは、プロからスカウトが度々訪れていた実力の持ち主。
作新高校の甲子園出場に黄色信号がともる。
「深刻だなそれ」
「まあな。だが怪我した先輩2人いる前でよ。今日ミーティングで岬先輩、何かあったら最後は俺が投げるってよ」
「投げれるのかあの岬先輩?」
「球だけなら俺より早い」
「マジか」
3年生。
岬れなのお兄ちゃん。
たしか野球の主将だったよな。
怪我をした本人たちも試合に出られないどころか、野球部にとっても戦力ダウン。
怪我した選手、怪我をさせた後輩を責めない。
まるで‥‥叶美香みたいな話だな。
「シュドウ、お前もなんかあるんだろ?」
「え?なんか太陽の話聞いてたら、俺の話どうでもよくなってきた」
「ははは、なんだよそれ。結局なんの話だ?」
「小テストが上手くいかなかったって話」
「ははは、本当どうでもいいなそれ」
「いいのかよ」
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太陽と別れて自宅アパートに帰ってくる。
太陽は明日、地方大会で初戦に先発する。
『怪我をした先輩たちには悪いが、俺はこれをチャンスだと思ってる』
『チャンス?』
『地方大会の本番だぞシュドウ?1年生が投げられる事は滅多にない事だ。俺の今できる事をやりきるだけ。結果は二の次だ』
本気で話す太陽の口から、楓先輩の話は出てこない。
野球部の大ピンチ。
3年生エースピッチャーの負傷離脱。
太陽は燃えていた。
チームの危機を救うのは自分自身だと。
前だけを見ている。
太陽らしい前向きな発言。
部屋の電気を付ける。
未来ノートを取り出し、机の上に置く。
今日はチェックをしなかったしっぺ返し。
抜き打ちの小テストに冷や汗をかいた。
手応えは多少あった。
あくまで直近の授業範囲からの出題に絞られる小テスト。
体感で6割。
良くて7割。
クラスメイトの岬れな。
あいつなら余裕で9割以上の得点を取る事が出来るだろう。
特別進学部。
S2クラス。
一般入試を勝ち抜いた、本来秀才だけが集うはずのクラス。
そこに紛れ込んだ、実力をかさ増しした、未来ノート所持者である俺。
塾通いのクラスメイトたち。
平均8割は全員取れているはず。
6割ラインはS2クラスの平均以下。
総合普通科への転落が現実味を帯びる点数。
野球部の不遇。
エースの離脱を受け止め、明日の試合に立ち向かう親友の姿に憧れを抱く。
朝日太陽はいつも俺の道しるべ。
どんなに困った時も。
未来ノートを手にしたばかりのあの日々も、太陽は変わらず俺の進むべき道を示してくれた。
机の上に置かれた未来ノート。
1ページ目を開く手を止める。
太陽の挑戦。
見知らぬ未来に挑戦する。
冒険と言ってもいい。
冒険と無謀は常に隣り合わせ。
挑戦はその人の意志。
見知らぬ未来に挑戦する太陽の背中。
俺には輝いて見える。
とてもまぶしくて。
とても大きくて。
1年生ピッチャーとして地方大会に明日臨む太陽の大きな背中。
『明日打たれたら俺の実力不足。ダメ元で全力でやってやる。後悔のないようにな』
追いかけたい。
自分の力で試合に挑む、太陽の大きな背中を。
『やってはダメ。あれは絶対やってはダメよ』
黄色ノートを机の棚にしまう。
何やってるんだ俺は?
楓先輩から、第1所持者からあれだけ警告されたのに。
どうせノートを見ても見なくても。
俺が未来ノートを使って、未来の出題問題調べてたなんて誰も気づきはしない。
誰にも分かりはしない。
それなのに。
なぜ俺はノートをしまう?
黄色いノートをしまい、代わりに問題集を取り出す。
学校指定で購入した、数学のシグマブック。
『太陽、明日頑張れよ。学校で応援してる』
『シュドウも勉強頑張れ。球場で応援してる』
『お前は試合に集中しろ。背負ってるもんデカ過ぎるだろ』
『ははは、そうさせてもらうよ』
太陽の挑戦。
先が分からない未来への挑戦。
先が見えないチャレンジ。
友の挑戦に触発される。
過去の経験則が無かった楓先輩。
一度は中間テストにチャレンジしている。
そしてそれを失敗談として、俺が向かえる未来を暗示してくれた。
――未来ノートからの卒業――
誇りを持って、胸を張って頑張ったと言える自分を取り戻したい。
楓先輩が語った通り。
失敗する可能性が高いとしても。
挑戦してみたい。
俺の新しい可能性に。




