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74.「私の一番好きな歌」

 楓先輩の衝撃的な話。

 未来ノートの底知れぬ力。

 英検や資格試験まで問題が分かるとなると、進学・就職・社会的地位もある程度得られはず。


 ブラックなやり方で手に入れる行為。

 使用者の倫理観は当然問われる。

 本当の実力が無い勲章に、一体どれだけの価値があるのだろうか?


 当然実力が無い分、問題の模範解答作りには相当な労力を割く事になる。

 解答は分からない未来ノートの欠点。

 一定の努力も必要。



「お姉ちゃんの着物手伝ってくるね」

「ああ、行ってこい」



 楓先輩も夕シャン中。

 神宮寺姉妹は自由過ぎる。


 先ほどの葵の登場。

 一瞬キモを冷やしたが、着物を着るための薄着と判明。


 着物姿で今度はお姉ちゃんのお着替えを手伝いに向かう。

 どうせ俺は人畜無害の高木守道。

 もうお前たちの好きにしてくれ。



「守道君、お待たせしました」

「お待たせ~」



 神宮寺家の和室に通される。

 ここは叶生徒会長にしばきを受けた因縁の場所。

 良い思い出はまったく無い。



「では始めましょう」

「始めましょう~」



 何が始まる?

 





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 

「よをこめて~」

「はい!」



 突然始まる百人一首。

 俺はいま、何をしている?



「すみのえの~」

「ほい」

「あっ、シュドウ君早い」

「お、おう」



 俺の向かいに着物の葵。

 読み手は楓先輩。


 誰がどう見ても百人一首。

 もうどうにでもなれ。



「はなのいろは~」

「ほい」

「あ~また取られた~」

「守道君お上手ね」

「え、ええ、はは。なんでだろ……」



 百人一首。

 以前小テストの関係でほぼ全て暗記した事がある。


 古文のおかしな先生の小テスト。

 なにを狂ったのか、事前予告で百人一首を全てテストに出された。


 もはや未来ノートは関係無い、ただの暗記。

 クラスメイトと同じ条件で、夜通し先生の配布したプリントを焼き切れるまで目を通した。




「ゆふ」

「ほい」

「はい」

「あっ……」

「えへへ」 



 俺の手の上に神宮寺の手が重なる。

 超絶着物美少女、笑顔の至近距離。

 もう死にそう。


 ……俺の疑問点はそこじゃなかった。

 なんで俺……学年実力トップの神宮司より早く札が取れてる?

 

 死に物狂いで読み込んだ百人一首。

 もしかして俺……いや、気のせいか。


 百人一首の枚数が少なくなるにつれて、神宮寺との距離がどんどん狭まる。


 最初神宮寺を上回り好調だった俺も、次第に調子を落とし、状況は僅差。



「シュドウ君、最後の1枚」

「それお前にやるよ」

「本当?わ~い」



 百人一首の最後の札。

 その一枚を挟んだ目の前に座る真剣そうな彼女の顔を見て、俺は最後の勝負を放棄する。



「シュドウ君。この歌読んで良い?」

「好きにしろよ」

「めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな」

「お前その歌……」

「これ、わたしの一番好きな歌」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







「もう帰っちゃうの?」

「俺が3回勝ったら帰るからって約束だろ?」

「ぶ~」

「ぶ~じゃないよ。勝ちは勝ち」

「お泊まりはしないの?」

「泊まるわけないだろ!女の子誘えよ、女の子を」

「ふふっ」



 この子がやりたかったのはお友達とのお泊り会らしい。

 それ男と女がしたらおかしいからと、俺は全力で断り正門前までたどり着く。


 今日パパが出張でいないらしい。

 パパの不在に俺が泊まれば血祭り必死。

 さすがの俺もその程度の未来は予想できる。



「先輩、先輩」

「なに守道君?」



 俺はどうしても気になった事を楓先輩に聞く事にした。



「なんで数ある国家資格で気象予報士選んだんですか?」

「……誰にも言わない?」

「もちろんです。墓場まで持っていきます」



 先輩は凄く悩んだ末、俺の耳元に顔を近づけ、小声でつぶやく。



「……そういう小説があったの。感動しちゃって、魔がさして……」

「素敵じゃないですかそれ」

「……秘密」

「分かってます」

「お姉ちゃん、シュドウ君と何お話してるの?」

「世界征服の話。なんでもないよ神宮寺」

「う~ん……そっか」



 5秒で終わる世界征服。

 神宮寺姉妹と別れる。


 英検に資格試験‥‥考えた事も無かった発想だな。





(プルプル)





 俺のスマホプルプル。

 プルプルは電話だな。

 あっ、太陽からだ。



『ようシュドウ、まだ楓先輩の家か?』

『どこからその情報漏れた?あっ、岬そこにいるだろ?』

『お前が先輩の家に泊まりに行ったの本当か?』

『んなわけあるかよ。もう帰るとこ』

『俺たちマックいるけど来るか?』

『マジか』



 全国模試終了日。

 さすがにすべての部活が今日はお休み。


 太陽たちと合流する事にした。

 学校から徒歩0分の神宮寺家から、駅前にあるマックを目指す。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「おっす」

「違うぞシュドウ。うっすだ、うっす」

「うっーす」

「ははは、それ流行り?」

「げ!?数馬。なんでそこにいるんだよ」



 いつものマクドナルドの2階。

 いつもの窓側の席。


 4人がけの席。

 太陽と成瀬。

 向かいに岬と数馬が並んで座っていた。


 結城数馬。

 すっかり俺たちの輪に溶け込んでいる。



「俺の席ないじゃん」

「あんたはそこに立ってろし」

「今日は機嫌悪いな岬」

「うるさいし」

「高木君、いままで神宮司さんの家でなにしてたの?」

「百人一首」

「はは、面白いね守道君」

「面白くないよ数馬」



 全国模試が終わってからここでずっと俺の話で盛り上がっていたようだ。

 神宮司家ではまさかの百人一首大会に参加。



「お前ら知らないだろ。神宮司の家の門、吉田沙保里が守ってるんだぜ」

「さおり?」

「知らないのかよ成瀬。オリンピック3連覇、霊長類最強女子だって」

「アルソックが守ってるって言いたいんでしょあんた?」

「そうそう、それそれ」

「凄いね岬さん、今の話でよくそれが分かるね」

「こいつのアホな話、まともに聞いてられないっしょ」

「ははは」


 

 3回戦まで戦った百人一首の話も伝える。

 みんな予想外の俺の回答に失笑。

 

 この数時間を神宮司姉妹と過ごしていた。

 一体どんな想像してたんだこいつら?



「シュドウ、お前飯は?」

「まだ」

「高木君一緒に買いに行こう?わたし高木君とポテト買ってくるね。岬さん飲み物は?」

「アイスティーがいいかも……」

「はい。朝日君と結城君は?」

「ジンジャエール」

「同じく」

「集金で~す」



 成瀬が慣れた手つきで先にお金を集める。

 手際も良いし頭も良い。 


 成瀬と一緒に1階のレジまで向かう。

 夜の帰宅時間。

 駅前のマックはたくさんの人で混んでいた。


 成瀬と列に並んで順番を待つ。



「高木君さ……」

「おう、どうした?」

「最近、神宮司さん達と仲良いよね」

「もて遊ばれてるだけだって」

「ふ~ん」



 列が徐々に前へ前へと進んで行く。

 


「あのね」

「おう」

「楓先輩」

「楓先輩がどうした?」

「……最近学校の屋上で、会ってるでしょ?」



 成瀬から楓先輩と屋上で会っていた事を聞かれてしまった。


 作新高校の華。

 神宮司楓と屋上で何度も2人で会っているのは少し不用心だった。



「生徒会に入っただろ俺?学校の事とか、色々聞いてる」

「そっか……そうだよね」



 先輩との話は決まって未来ノートの話。

 誰にも聞かれたくない話なので、話す場所はおのずと限られる。

 何を話しているのかは、当然成瀬には話せない。



「そうそう、紫穂ちゃん『作新祭』凄く楽しみにしてるよ」

「『作新祭』ね~。あれって結局なんなの?」

「生徒会の高木君がどうしてそれ詳しく知らないんですか?」

「知らないよ」



 『作新祭』に関しては文化祭という事しか分からない。

 成瀬情報によると、各部活単位で様々な企画を立ててブースを出店する。


 野球部も例外では無いらしい。



「野球部が物販?なに売るんだよ」

「綿あめでしょ~フランクフルトとかポテトとか」

「凄い本格的じゃん」



 体育会系の野球部は発表するものが無いので、当日球児たちは地域のボランティアも兼ねて食事の提供を主にするのが伝統らしい。


 

「成瀬も売り子?」

「なによその言い方」

「行列できそうだな成瀬のブース」

「おかしな事言わないで下さい」



 野球部のマネージャーは華がある。

 神宮司姉妹に成瀬姉妹の最強タッグ。

 あの黙ってれば美人の成瀬真弓が当然旗を振る。


 なかなかの売上が期待できそうだ。



「高木君は生徒会?」

「俺は生徒会の監査人だから、生徒会の活動はしないんじゃない?」

「なにそれ?」

「ごめん、実は俺もよく分かってない」



 俺は何をすれば良いのかまったく分かっていない生徒会監査人。

 後で結城数馬に詳しく聞こう。

 きっと訳分かってない俺より理解しているはず。


 

 レジの前まであと2・3組。

 もうすぐ注文できる順番になりそうだ。



「高木君、パンダ研究部はどうするの?」

「そういえば南部長から何も聞いてない。さすがに文化系の部活だし、展示とかやらないとヤバいよな」

「活動報告ができる年に1回の舞台だもんね」



 その年に1回の舞台に向けた準備など、何も感じられなかったパン研。

 明日部長に聞いてみるかな。

 まあ……なにも考えてないだろあの部長。



「うちの中学も、もうすぐ文化祭だよね」

「そうそう、紫穂のやつに誘われてたんだった。成瀬と同じ美術部だしな、あいつ」

「紫穂ちゃん、絵上手よ。知ってる?」

「この前スマホで見せてもらった。さすが俺の妹」

「高木君に似なくて良かったです」

「うるさいよ。そういえば中学の時の成瀬の作品も毎年見に行ったな……」

「う~~」



 余計な事を言ってしまった。

 中学時代3年間、成瀬は妹の紫穂と同じ美術部。

 毎年成瀬の展示作品を酷評してきた俺。

 成瀬の怨根は根深い。



「お待たせしました~ご注文をどうぞ~」

「助かった。成瀬ほら、俺お腹空いたから早く頼もうぜ」

「誤魔化さないの、もう~。先に高木君からどうぞ」

「ハッピーセット」

「1番からお選び下さい」

「プチパンケーキ。ポテトと、ドリンクはマックシェイクのストロベリーで」

「かしこまりました」

「ちょっと待ちなさい」

「なんだよ成瀬」



 俺の黄金チョイスに待ったがかかる。



「そもそもハッピーセットは無いでしょ?」

「良いだろ別に。後ろ並んでるから早く決めようぜ」

「もう~ポテトをサイドサラダに変更して下さい」

「かしこまりました~」

「おい成瀬」

「ポテトはわたしたちのあげるから、ちゃんと野菜食べて下さい」



 俺のポテトがサラダに変わる。



「おもちゃをどちらかお選び下さい。Aが『集まれどうぶつの森』、Bが『幼女戦記(プリキュア)』です」

「じゃあBで」

「あっ、申し訳ございません。人気のため『幼女戦記(プリキュア)』は終わってしまいました」

「マジっすか」

「ちょっと高木君。そんなの選ばないの」

「じゃあ……Aで」

「かしこまりました~」



 人気のオモチャは早く無くなるらしい。

 成瀬も太陽たちのポテトとドリンクを注文。

 注文した品を受け取り、2階の席へ戻る。



「お待たせ~」

「おいシュドウ、お前ハッピーセットかよ」

「これが一番コスパが良いんだって」

「はは」

「馬鹿じゃん」



 4人席にイスをくっつけ、5人で宴を始める。



「それじゃあ」

「全国模試」

「お疲れ様でした~」



 ついさっきまで百人一首をしていたのが嘘のようだ。

 俺の周り、随分とにぎやかになってきた。



「おいシュドウ。ハッピーセットの景品なんだ?」

「欲しいやつ無くてよ。なにかの動物が入ってるっぽい」

「なんだろうねそれ」



 中が見えないように濃い色の赤いビニールで覆われる動物のオモチャ。



「シュドウ、ちょっと俺に触らせろ……2足歩行かこいつ?」

「ビックフッドか?」

「アホ」

「2足歩行の動物なんていたかしら」



 全員がなんの動物かおのおの予想する。

 赤いビニールをちぎって開ける。

 全員で答え合わせ。



「ああ~」

「パンダか~」



 結局、中の動物はパンダだった。

 2足で立ち上がりファイティングポーズ。

 ずいぶんとヤル気のあるパンダだな。

 これはこれで面白い。



「ほら、岬」

「はっ?」

「好きだろお前、パンダ」

「良かったわね岬さん。高木君からのプレゼントなんて珍しいよ」

「それヒドイだろ成瀬」

「とりあえず……もらっとく」

「ほれ、可愛がってやれよ岬」

「死ねし」

「ははは」



 機嫌が悪そうな顔をしていた岬れな。

 俺のささやかなプレゼント。

 

 岬が差し出す手のひらに、俺のパンダをそっと乗せる。

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