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66.「妹想い 姉想い」

 日曜日。

 朝、自宅で目を覚ます。


 6月の梅雨時。

 昨日1日中振り続けた雨だったが、今日は曇り空と幾分天候は回復した。

 

 太陽が試合で投げる大事な日。

 試合開始は午前10時。

 この分ならなんとか天気も持ってくれそうだ。


 昨日土曜日は日中バイトを頑張った。

 岬も同じ時間にシフトを入れている事もあり、傷跡が痛々しい俺に変わり、半日レジに立ち続けてくれた。



『あんたは発注と補充。レジはうちがサバくから。あんたその顔で客ビックリするっしょ』

『了解……』



 2日前の金曜日はパン研の部室で珍しく岬と長い時間を過ごした。

 いつになく神妙だった岬。

 打ち解けて会話をしてから、彼女とのお互いの理解も深まったように感じる。


 ひらたく言えば優しくなった岬。

 まああいつ、しゃべり方あれだから……個性があって俺は良いと勝手に思ってる。


 とにもかくにも色々あり、ここ2日夜遅くまで全力予習で全国模試の対策勉強。

 とにかく範囲も分量も半端なく多い。

 

 全国模試まで残り10日。

 テストまでもう2週間を切っている。

 もっとペースをあげないとな……。


 先週は楓先輩が未来ノートを持っていた事

 岬のお兄さんにボコられた事。

 様々なアクシデントに見舞われた。


 楓先輩とは同じ境遇を持つ同士のような関係になってしまった。

 全国模試の英語の長文問題に苦戦していると話していた楓先輩に、英語の翻訳アプリを教えてあげた金曜日。

 

 あの日。

 先輩からお願いされて、スマホのラインIDを交換してしまった……。

 太陽がいるのに、良いのかなこれ……。



(ブルブル)



 ん?

 俺のスマホが震えている。

 手紙とポケベルしか連絡手段が無かった以前の俺。

 スマホは一方的に用件だけ瞬時に伝えてくるようになった。


 ラインだ。

 誰だろ?






『おはよう守道君。まだおねむのお姫様を起こしてこれから球場へ向かいます。昨日葵ちゃんが守道君に会えるのを楽しみにしていました。今日時間があれば一緒にお話してあげてね』







 朝から楓先輩のラインとかヤバ過ぎる。





(ブルブル)




 ん?

 また楓先輩からライン……。


 ええ!?

 なんで姫の寝顔写メ送ってきてんだよ!?


 ヤバ過ぎるこれ、ヤバ過ぎるこれ……。

 はぁはぁ……心臓止まるかと思った。

 天使過ぎる。


 削除か?

 いやちょっと待て俺。


 そもそもラインの写真ってどうやって消す?

 これ紫穂にバレたらなんて言い訳すればいいんだ?


 痛てて……まだ傷口痛いって……。

 今ので一瞬で目が覚めたよ。

 何考えてんだあの姉さんはまったく。


 神宮司は姉妹で同じ部屋に寝ている。

 お姉さんも妹も自由過ぎる。


 未来ノートの所持者である事を明かし、嫌われるとも覚悟していたが、どうやらそうはならなかった。

 神宮司姉妹との仲はそこまで悪くないと、俺は勝手にそう思っている。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







「おはよ」

「おう、おはようさん岬」

「……下手くそ」

「えっ?」

「はよ出せ」

「不良かよ……痛ててて!?ハガすなよシップ」

「下手くそ」



 岬と待ち合わせをしていた中央通りのバス停。

 今日野球部の試合がある球場まで行くバスを待つ岬と俺。


 まだ岬の兄さんにボコられた傷が癒えない。

 いい加減な俺の処置を見かねたのか、バスを待つ間に処置を始める岬看護師。



「痛てててて!?染みる、染みますってシスター」

「ほれ、後は自分でやんな」

「ヒドいってそれ」



 最初は俺たち2人だけだったバス停に人が並び始めると、岬シスターは治療をすぐに止めてしまう。


 しばらくするとバスが到着する。

 岬と一緒にバスに乗り込む。


 以前球場行きのバスに岬と乗り合わせた際は別々に座った。

 岬と自然に後ろの方の2人掛けの席に同席する。

 

 バスの席って意外に狭いんだよな……。

 窓側に先に座った俺の隣。

 岬はお構いなしに俺に肩をくっつけながらグイグイ座ってくる。


 日曜日で私服の岬。

 6月にしてすでにクールビズがスタートしている日本社会。

 彼女の吐息も感じる距離で、地球温暖化の影響をヒシヒシと肌で感じる。



「この前は本当ごめん……」

「いいよ別に。俺もたいした事なかったし」

「たいした事っしょ。アホヅラの顔面崩壊してるし」

「崩壊したところで元々アホヅラなんだから、たいした事ないんだよ」

「兄貴……今日試合出られるの、あんたのおかげって言ってた」

「俺が守りたかったのは野球部だよ。兄さんもお前を守るためにああしたんだろ?事故だってこれ」



 正直岬の兄さんとは面識も無かったし、野球部の先輩だって事しか知らない程度の関係。

 俺が本当に守りたかったのは太陽や成瀬がいる野球部。

 暴力事件で出場辞退した高校の話はさすがに俺も聞いた事がある。


 それが甲子園の常連校、作新高校の3年生レギュラーともなれば……。

 昨日病院で目を覚ました時、すぐに想像がついた。


 岬は下を向いて何やら黙り込んでしまった。

 

 しばらくバス停をいくつか通過する。

 もうすぐ球場につきそうだ。



「ねえ」

「どうした?」

「……なんでもない」

「なんだよそれ」



 吐息が感じられる距離から、岬が俺と視線を合わせてくる。

 眼がなんだかうるうるしてるし……黙って見つめられるとこっちがドキドキしてくる。


 なんだよこいつ。

 いつもツンツンしてるくせに、たまにメチャメチャ女の子してくる。




(ピンポ~ン 次停まります~)




「あっ」

「着くな岬、じゃあ降りるか」

「う~~この根性無しが!」

「なに言ってんだよお前。さっさと行くぞ」

「死ね」



 岬のやつ、なに怒ってんだ?

 まあいつも通りと言えば、いつも通りの岬だな。


 球場入口。

 学校関係者を中心にたくさんの人が集まっていた。

 1年生と思われる野球部員が、入口や駐車場周辺の交通整理を手伝っている。


 球場内に直接入れる、グラウンドへの大きな門が開いている。

 ベンチに入る両校のレギュラー選手たちが、その大きな門から球場内へ入っている。


 作新高校側の選手たちの中に……いた。

 背番号10番。

 太陽の姿を見つけた。


 太陽も俺を見つけてこちらに手を振る。

 なにやら大きな体をした選手と話をしている……一緒にこちらへ近づいてくる。



「ここにいたかシュドウ。岬さんも一緒か」

「太陽。それに……」

「こっちは岬先輩、うちのチームの主将だ。もう知り合いなんだろ?話は岬先輩から聞いてる」



 1年生の太陽と3年生の岬の兄さん。

 作新高校の4番を打ってるのは知ってたけど、まさかチームのキャプテン、主将だったなんて聞いてなかった。



「この前はすまなかった」

「いえ、全然。たいした事ありませんって」

「たいした事あるっしょ」

「いいんだよ岬。お兄さん、俺太陽と親友なんで野球部凄い応援してます。今日も頑張って下さい」

「そう言ってもらえて本当ありがたいよ。れなが世話になってるのも聞いてる。今度うちに寄ってくれ」



 試合がもうすぐ始まる時間になる。

 試合の前に話ができて良かった。

 岬の兄さんと太陽たち選手は球場の中へと消えて行った。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 作新高校と県内の甲子園地区予選でもぶつかる可能性のある強豪校との練習試合。

 地区予選は来月7月から開始される。


 地区予選に向けた最終調整の試合とも言えるだろう。


 今日も太陽が先発で1回からマウンドに立つ。

 3年生のエースピッチャーを温存する狙いもあるのだろう。

 1年生ではズバ抜けた実力を持つ太陽は、ここ最近の試合で先発を任される機会も多いらしい。


 試合は進み5回表。

 3-0で作新高校の3点リード。

 岬の兄さんが先制のスリーランホームラン。

 以前成瀬に聞いた話では、プロのスカウトから声がかかっていると言っていた。


 本当にプロに行ければ、契約金だけで1億円とかもらえる夢のような話。

 S1、S2クラスと違い、SAクラスの生徒たちはスポーツ推薦の実力者たち。

 その実力で夢を叶える舞台が、こうして今、目の前に用意されている。


 スポーツにはまったく無縁の俺。

 そんな俺とは違う世界に進路を進める生徒たちの姿は憧れすら感じてしまう。


 1回から投げ続けている太陽は相手チームの攻撃を0点に抑えるナイスピッチング。


 3塁側のアルプススタンドから、1年生エースの太陽への声援が鳴りやまない。

 俺も見ていたマジでカッコいいあいつ。



 バックネット裏から岬と一緒に試合を見守っていると声をかけられる。

 今日はベンチ入りしていない成瀬の姉さん、成瀬真弓だ。



「やっほ~高木。あら、あらあら」

「なんすか真弓姉さん?良いんですかこんなとこホッつき歩いてて?」

「結衣ちゃんと葵ちゃんがちゃんとお仕事してくれてます。ほら、あそこ」



 3塁側のアルプススタンド。

 作新高校の応援団や吹奏楽部のブラスバンドがひしめいているところ。


 いた。

 なんか手を振ってる女子とピョンピョン跳ねてる女の子。

 成瀬と神宮司、あそこにいたのか。



「ちょうど良かった。ちょっと高木、あんたわたしに付き合いなさいよ」

「仕事どうするつもりですか姉さん?」

「わたしは3年だしベンチにお色気担当の楓いるでしょ?」

「それで今日3-0で勝ってるって言いたいんですか?」

「そういう事そういう事、みんな頑張ってるし安心安心。どうせ岬の妹さんとデート中で暇なんでしょ?れなちゃん、ちょっとこいつ借りてくね」

「ついでにこいつ捨ててきて下さい先輩」

「了解~」

「俺は粗大ごみじゃないって」



 岬からついでにドリンク買ってこいと言われる始末。

 真弓姉さんに連れられて、バックネット裏の階段を上へ上へと上がっていく。


 座っている人が段々と少なくなってきた。

 人が少ないのを確認したのか、真弓姉さんから球場のベンチに並んで座るように促される。



「わざわざこんなとこで話さなくても」

「応援も出来るし、学校のみんなにデートしてますってアピールできるでしょ?」

「まずもって俺が真弓姉さんの彼氏だと思う人間は1人もいませんよ」

「だね~分かってる~」

「俺を粗大ごみに出しにきたんですか?」

「違う違う。昨日楓からあんたの話を聞いてね。わたし凄く感心したから褒めに来たってわけ」

「楓先輩から?」



 真弓姉さんは、病気で手術が必要だと言っていた神宮司葵の話を言い出した。

 葵が手術を嫌っていたのを知らないうちに、この前抹茶を飲みに神宮司の家に行った時、成り行きで葵は俺の話を真に受けて手術する事を決断した。


 楓先輩からも言われてそれを知ったが、当然楓先輩の親友である真弓姉さんにもこの話が伝わっていたようだ。



「でも姉さん。俺、結構いい加減な事言ったなった反省してまして」

「なんで?」

「だって……葵の命に関わる事かも知れないんですよね?そんな大事な手術、もっとよく考えて」

「あはは、なにそれ?」

「笑い話じゃありませんって姉さん」

「楓から聞いたんでしょ葵ちゃんの話?」

「そうですよ」



 俺が葵の命に関わる深刻な話をしている時に、真弓姉さんは突然笑い始める。

 不謹慎な女だ。



「楓が言ってたの、葵ちゃんの病気の事でしょ?」

「知りませんでしたよ、葵がそんな事になってたなんて……」

「この前の血液検査も良性だったんでしょ?腫瘍なら調べれば誰にでもあるって」

「は?良性?なんです腫瘍って?」

「えっ?高木知らないの?」

「知りませんよ葵がどうなってるのかなんて」



 やけに詳しい情報。

 なんの病気かも知らなかった俺。

 真弓姉さん詳しく知っているのか?



「悪性腫瘍だとガンだけど、良性なら手術して取るだけだし」

「……楓先輩まるで死んじゃうような言い方してましたけど」

「楓ったら葵ちゃんラブでしょ?お母さん小さい時にガンで亡くなられてるの本当の話だけど、楓の心配性が爆発してるだけだし大丈夫だよ」

「……遺伝がなんとかって言ってましたけど」

「統計取ったらガンって遺伝するみたいだよね。でも1%とかそんなの誤差でしょ?何十万人に1人の割合気にしててもしょうがないじゃんね~」



 ん?

 なんか俺の思ってた超深刻な話と随分違う話になってきたぞ……。



「……もしかして手術の時期が決まってなかったのって」

「葵ちゃんが怖いからでしょ手術?嫌がってたし、当分無理かな~って私も思ってたんだけどね~」

「……神宮司、俺が聞いたら頑張るとか言ってましたけど」

「でしょ?だから高木が説得したと思ってこうしてわざわざ褒めに来たの。高木やる~、ただの腫瘍なんだから、手術して早く取っちゃえば良いんだよ……どした?」


 

 ……あのシスコンの姉にすっかり騙されてしまった。

 なんか抗がん剤治療とか凄い治療してて、ずっとず~~~っと家で療養してて、朝も起きれないくらいツラい状態なのかと勝手に想像してた。


 否。

 ぜっっっっっんぜん違う。


 葵が朝起きれないのはタダの寝坊。

 単に夜更かしして姉妹で遊んでいるのが原因に違いない。


 母さんがガンで他界……俺と一緒の境遇ただその1点のみは同情する。

 無いもの探してもしょうがないし、本人たちも別にこれまで口にした事も無かった。

 俺と一緒で、気にしてもしょうがない話。


 良性腫瘍?

 お金あるから人間ドックだの健康診断だの毎年やってるんだろう。

 血液検査でガンでもないただの腫瘍発見。


 その一大事にパパとお姉ちゃんが大騒ぎしているだけのお話でした。

 ふざけるな。


 ローソンの廃棄弁当ばかり食べていた俺の体中、調べれば至る所に腫瘍なんてありそうなもんだ。



「あっ、でも腫瘍って実際取ってみて解剖しないと悪性だって事もあるらしいよ」

「詳しいですね真弓姉さん……」

「まあね~そういう系の大学行きたいと思ってるし」

「真弓姉さんがお医者さんですか?患者が殺到しますよその病院」

「あんたは馬鹿な事言ってないで、少しは食生活改善しろ」

「かしこまりました」



 医者や看護師。

 理想の職業に就くために、医療系の大学に進む夢まで話し始めた真弓姉さん。


 は~~なんか神宮司の心配してて損した。

 もっと早く医者を目指す正しい良識を持った真弓姉さんの話を聞けば良かった。


 真弓姉さんはしっかりと自分の進路に目を向けている。

 そういうところは尊敬できる。


 真弓姉さんとの話が終わり、姉さんは3塁側のアルプススタンド。

 俺はバックネット裏の岬のいる席に戻る事にする。


 今日は曇り空で日差しも無い。

 野球観戦にはちょうどいい。


 おっと。

 岬様にドリンクをお届けに上がらないと。

 席に戻る前に買って戻る事にしよう。


 野球部では無いパンダ研究部の俺と岬。

 この野球場の上の階から広い野球場内がよく見渡せる。


 作新高校の選手たちに交じって、今日は楓先輩が記録員としてベンチ入りしている。

 楓先輩がいるだけで太陽には大きな力になっているのは間違いない。


 未来ノートは存在そのものが所持者にアドバンテージを与えるこの世界に存在してはいけない禁断のノート。

 その力の大きさは、この高校に入学出来た俺自身が一番よく分かっている。


 そしてその力の代償として、真面目に勉強している他の生徒たちへの自責の念を抱き続ける。


 みんなについていこうと、努力すればするほど。

 ノートの力を使い続けるほどに、その自責の念はさらにさらに大きく強くなっていく。


 ただ代償から得られるものも計り知れない。

 俺は今、社会的な立場や見るはずがなかったであろう光景をこうして目の前で見る事ができている。


 それは楓先輩も感じているはず。

 作新高校のベンチから選手たちを見守る楓先輩の笑顔に、太陽を始めたくさんの選手が支えられているのもまた事実に違いない。


 人生は1度しかない。

 ノートを捨てて違う道を選ぶ事も出来たはずの俺と楓先輩。

 俺たち2人はノートの力を使って、今一番時を過ごしたい人と一緒にいられる道を選択した。


 代償と共に得られるこの幸せな時間。

 この幸せな時間に、いつまでも浸っていたいとすら感じるようになっていた。

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