62.第8章<生徒会の長>「互いの事情」
誰かが持つ第2の未来ノート。
いくつかの可能性を目の当たりにし。
行き着いた第1の所持者。
その人の名は神宮寺楓。
座り込んだままだった先輩。
落ち着きを取り戻したのか、こちらに顔を向ける。
楓先輩はただでさえ大きな瞳をパチクリさせて俺を直視する。
「おかしいわ……どうして守道君が全国模試の問題を知ってるの?」
先輩の言う通り。
全国模試が行われるのはまだ2週間も先の話。
俺が楓先輩に全国模試、現代文の第1問の正答「憂鬱」を論じている時点でおかしな話。
俺はこの話を切り出す事を考え始めた時から、すでに覚悟を決めていた。
話を切り出す事……それは俺も未来の問題を知っていると明かす行為。
普段の俺なら、これが赤の他人であったなら、絶対にこんな事はしなかっただろう。
それだけ昨日神宮寺姉妹の部屋で見たノートに衝撃を受けた。
実在した2冊目の未来ノート。
まさかこの人が俺と同じ境遇にあるなんて、2冊目のノートを見た時は本当に信じられなかった。
その存在を知り……その人の真実を知りたくなった。
俺はこれまでの楓先輩の人となりを見てきた。
妹の神宮寺を思いやる優しい姉としての顔。
親友の南先輩を助けるために生徒会室の矢おもてに立ってまで弁護した姿を。
―――俺はこの屋上に来た時点で。
―――こうする事を決めていた。
―――楓先輩に俺が持つ。
―――未来ノートを開いて見せる。
「嘘、守道君……」
「すいません先輩、泣かせるつもりはありませんでした」
「守道君もなの?」
「そういう……事です」
俺たち2人は同じ穴のむじな。
誰もが抱いているであろう成績優秀の2人の姿こそ幻想に過ぎない。
俺はこの世界にいる他の人間に、初めて未来ノートの所持者である事を明かした。
「はは……」
「守道君?」
「見せちゃいました。誰にも秘密にしようと思ってたのに……」
(ドサッ)
「守道君!」
「痛てて……はは、なんか腰抜けちゃいました」
「大丈夫?」
「すいませんでした先輩。さっき先輩も僕と同じくらいビックリしたんですよね……」
俺は昨日、楓先輩のノートを見た時。
楓先輩が間違いなく存在した2冊目の所持者だと確信してから。
同じ境遇の人間と、どうしても話がしたいと感じた。
身近な存在だったからこそ、そう感じたのかも知れない。
たとえそれが、お互いのノートの存在をさらす事になったとしても……。
風が吹き抜ける校舎の屋上。
腰が抜けた俺の隣に、楓先輩が隣に座ってくる。
先輩は体育座りをして、下を向いていた俺の顔を覗き込んでくる。
打ち明けて、どうなるか分からなかった。
先輩がもう話をしてくれないかとも覚悟していた。
それでも楓先輩は俺のそばに残ってくれた。
黙っていた俺に、先輩が話しかけてくる。
「私たち……本当はいけない事……してるよね」
「そう……ですね。でも僕、やめられないんです。ノート使って、答えを探し続けて……」
「そうね……わたしもそう……」
お互い悪い事だと認識していた。
真面目に勉強している生徒からしたら、俺と先輩の行為は許されるものではない。
再び黙り込んでしまう楓先輩。
先輩はどんな思いでこのノートを使っていたんだろう?
「私ね……本当は頭が悪いの」
ふいに先輩が話し始める。
楓先輩が頭が悪い……イメージが湧かない。
そんな先輩は、楓先輩では無いと俺も思ってしまった。
勝手な他人のイメージ。
幻想にとりつかれているのは俺も同じという事か……。
「俺もですよ。その……葵はこの事知ってるんですか?」
「葵ちゃんには言えない。絶対に言えない」
「そう……ですよね」
少し前までまったく想像していなかった状況。
神宮司楓は俺と同じ平均点の女子。
本来は特別進学部S1クラスに在籍する事はあり得ないレベルの生徒。
そう。
俺と……同じ……。
俺はどうしても理由が聞きたかった。
どうして先輩が未来ノートを使ったのか。
「――葵の憧れでいたかった?」
「昔は簡単だった。ただあの子のそばにいてあげるだけでその願いは叶えられてた。でもね、年を重ねて、段々と現実がついていけなくなって……そんな時、偶然」
妹の葵に対して、常に輝いているお姉ちゃんを演じていたかった。
周囲からの羨望のまなざしは、楓先輩にとっての必要悪だったのかも知れない。
「葵のためにそのノート、使い続けたんですね」
「うん。馬鹿みたいな理由でしょ?」
「はは、だったら俺も一緒ですよ」
「そうなの守道君?」
俺はこの黄色いノートを使って、作新高校の特別進学部に入学した動機。
太陽や成瀬と同じ高校に通いたかった動機を話した。
「素敵な目的だと思うわ」
「おかしくないですか?こんな事してまで今この高校にいるの」
「私にはそれ責められないわ」
「そう言ってもらえるのは……この世界で楓先輩だけですねきっと。僕も楓先輩に対して同じ気持ちですよ」
「でも本当は使いたくないなってずっと考えてて……」
「ですね……それ凄く分かります」
俺たち2人はこのノートを偶然発見し、その力に偶然気づいた世界で唯一の存在かも知れない。
今まで感じていた苦しみを共感できて、俺は何か見えない呪縛から解放された気持ちさえしている。
「葵、毎日とても嬉しそうに学校来てますよね」
「そうなの。それは守道君、あなたのおかげ」
「俺毎日あの子に絡まれて困ってるんですからね」
「ふふふ、私は見ててとても楽しいのよ」
「迷惑してるんですってば先輩」
「ふふっ」
先輩の顔にようやく笑顔が見えた。
やはり楓先輩は……妹を第一に考えて行動している。
俺がノートを使う先輩を責める事はできない。
それはお互い同じ気持ち。
休憩時間が大分過ぎてしまった。
葵と真弓姉さんが、いつもの噴水前で待ってるはず。
まだ食事もしていない。
お互い戻るべき場所に帰るため、一度別れる事にした。
あっ……。
思い出した。
そういえばあれ……楓先輩に言っておかないと。
俺が第2の所持者を探し始めたきっかけ……。
「楓先輩」
「なに守道君?」
「図書館のパソコンで問題検索するとか止めた方が良いですよ。履歴残ってるの見て、先輩がノート持ってるのに気づいて……」
「それ……わたし知らないわよ」
「えっ?先月末に全国模試の問題出た初日の話しですよ?」
「図書館のパソコンなんて、わたし使った事一度も無いわよ」
……検索してない?
……嘘だろ。
じゃあ……あの日……
誰が一体問題を……検索したって言うんだよ……
一つの真実にたどり着いた矢先、新たな謎が生まれてしまった……。
未来ノートの所持者の影……。
その存在は、まだ。
終わりではなかった。
 




