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59.「葵の秘密」

 今日1日の授業が終了する。

 野球部の太陽と成瀬は部活に青春を注ぐ。


 青春を未来ノートに注ぐ俺。

 少しばかりの回り道に迷い込んでいる。

 迷い込んだ先は猛獣のうろつく死の世界。


 今俺がいる場所は神宮寺家。

 昼間真弓姉さんの策略によりお茶会に招待された。

 危険人物が近寄る前に脱出するつもりが、あえなく脱出に失敗。

 ものの見事に猛獣のえじきになったのが3時間前の話。



『おーほほほ。あなたも一緒にいらっしゃい』

『何言ってるんですか生徒会長。会長なんですから生徒会の仕事して下さい仕事』



 突然現れた生徒会長、叶美香の毒牙にかかり俺の自由は宇宙の彼方へと消えて行った。


 そして今、神宮寺家で開かれている謎のお茶会に席を連ねる。



「おいしゅうございます」

「それほどでも」



 パンダが何頭も飼えそうな広い広い畳が敷かれた和室。

 なんで俺は今ここにいる?



「はい守道君。こうしてこうするの」

「は、はぁ……」



 お座敷向かいに座る楓先輩に差し出された陶器の器。

 先輩がシャカシャカして入れてくれた緑色の液体が入っている。

 ちなみに楓先輩、着物着てて超美人。

 この場にいる粗大ゴミの俺は完全に場違い。

 


「シュドウ君、こうだよ、こう」

「分かった、分かったから」



 俺の右隣、妹の神宮寺。

 この子も着物着てて超美人。

 粗大ゴミの俺が生まれて初めてお茶の作法を学ぶ。


 陶器の器をクルクル回す。

 テストに出ない事はまったく興味が湧かない高木君。

 とにかく早くこの場を脱出して全力予習を始めたい。

 美女3人に囲まれて、もはやそれどころでは無い状況。


 そもそもなんでこんなお茶会に巻き込まれた?

 戦国時代、下剋上の危険な時代。

 お茶会の抹茶に毒を盛り、面倒な輩は次々と毒殺されたらしい。


 生徒会長にタテついた罪状満載の高木守道。

 この緑色の液体には毒が入っているに違いない。



「全部一度に飲まない」

「かしこまりました」



 俺の左隣に危険人物1名。

 着物を着た生徒会長。

 俺をこの場に無理やり同席させた張本人。


 生徒会の仕事はどうした?

 うちの生徒会は一体何をしている?


 野獣にニラまれる俺。

 あわてて視線を反らす。


 目の前には国宝級の美女、神宮寺楓。

 差し出された緑色の液体、飲まないわけにはいかない。


 神宮寺姉妹揃って着物を着ている。

 黙っていれば最強美少女、妹の神宮寺葵も右隣から俺に視線を送る。


 なんなんだこの姉妹……。

 美人過ぎて昼間の同一人物とは思えない。


 今まで慣れ親しんできた成瀬姉妹が俺のものさし。

 パンダのように見てるだけで癒やされる、そんなモフモフな感じの姉妹じゃない。

 どちらも見ているだけで胸が苦しくなるほど綺麗な女子。

 なんだか緊張して手が動かないよ……。



(ビシッ!)


「痛たッ!?」


 

 左隣にいる野獣から強烈な一撃。

 俺の左太ももに突き刺さる旋律。

 太ももが痛い痛いになる。

 左を振り向く、野獣の顔を確認。

 


(「早く飲め」)



 女王様からキツイ催促。

 口パクでぶっ殺す……じゃなくて「早く飲め」とおっしゃられている。


 妹の神宮寺に教えてもらった通り、陶器の器をクルクルする。

 

 ムチで打たれて逆に落ち着いてきた。

 とりあえず飲むか……何やってんだろうな俺……。

 クルクルが終わり緑色の液体を一口。



「苦い!?」


(ビシッ!)


「痛たッ!?」



 隣にいる野獣から再びの強烈な一撃。

 左太ももにクリーンヒット。

 パーで叩かれた、パーで。

 俺の太もも重症。



(「おいしゅうございました」)



 小声で野獣が口パクする。

 この呪文を唱えるしかなさそうだ。



「……お、美味しゅうございました」

「それほどでも」



 この緑色の液体、お抹茶だろこれ?

 苦い……全然分からないけど、絶対お値段だけは高い飲み物に違いない。


 俺が不快な顔をするので、心配して着物を着た楓先輩が俺に話しかけてくる。



「お口に合わなかったかしら?」

「い、いえ。これはこれで美味しいです、はは」

「守道君はいつも何を飲まれてるの?」

「ネクターですね楓先輩」

「ネクター?」



(ビシッ!)


「痛たッ!?」



 生徒会長の一撃が左太ももの肉に激しく食い込む。




(「下品」)




 野獣が口パクで俺を下品だとののしる。

 ネクターが下品だと?

 愛好家の俺には理解できない。


 左太ももが凄く痛い痛いになる。

 正座もキツイ。

 平成生まれの俺には耐えられない。



「ねえねえシュドウ君、ネクターってなに?」

「ネクター知らないのか神宮寺?人生半分損して……」



(ビシビシ!)



「痛たッ!?痛いっすよ会長」

「口、少しお黙りなさい」

「かしこまりました」



 ついに口パクでは無く直接指導のムチが入る。

 生徒会長のムチがビシビシ俺の太ももに打ち込まれ続ける。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「ごめんなさいね守道君」

「別にいいですよ楓先輩……いいんですけど、ちょっと妹に甘すぎませんか?」

「そうかしら?」

「そうですよ」



 今日俺を家に呼んだ理由をそれとなく楓先輩に聞いてみる。

 またしても返ってきたのが妹がおしゃべりしたいと言っていたから。

 まるで妹の葵のやりたい事の願いを叶えるかのような行動をする楓先輩。


 畳の和室での儀式が終わり、ようやく解放されるかと思いきや今度は別室に連れて来られる。

 楓先輩と生徒会長。

 先に口を開いたのは生徒会長の方だった。



「楓、この子に事情……話してないの?」

「今日はそのつもりで」

「そう……少しなら時間があるわ。葵ちゃんは私が見てるから、さっさと話してしまいなさい」

「お願いします」



 叶生徒会長はこの後学校に戻って生徒会の仕事をするつもりなのか?

 少しなら時間って……まるで本当は忙しいのに時間でも作っているような感じにも聞こえる。


 部屋から妹の葵を連れ出す生徒会長。

 楓先輩と2人きりになる。

 事情を話すって……意味がまるで分からない。



「守道君」

「はい」

「葵ちゃんといつも仲良くしてくれてありがとう」

「あれで仲良いのか分かりませんけど、まあ楽しくやってますよ」

「ふふっ。それが本当にありがたくて。姉として守道君には大変感謝しております」


 

 着物を着た楓先輩。

 和室の窓から外を向く。

 俺には背中を見せたまま、信じられない事を話し始める。



「守道君には葵ちゃん、部屋に閉じこもりがちだったって言ったかしら」

「それは聞いてます、昔の話ですよねそれ?どう見てもインドア派ですよあの子」

「……病気なの……葵ちゃん」

「病気?」



 病気?神宮司が……それは初耳。



「今度大きな手術が控えてるの」

「そんな大きな病気なんですか?」

「ええ……葵ちゃんも私も小さい時に、お母様も同じ病気で早く亡くなられてしまって……」

「いなかったんですかお母さん?」

「そうなの」



 知らなかった……。

 楓先輩と葵の母親がもう亡くなってたなんて。

 俺、あの子を1回怒って泣かせた事があるし……。

 もうどんな理由かも覚えちゃいないけど、何かこんな事と関係あった気がする。



「遺伝かも知れないってお医者様から言われて……どうして私じゃなくって、葵ちゃんなのかなって」

「楓先輩……」



 立ったまま窓の外を向いていた楓先輩。

 俺の方を振り向くと、目から涙が溢れていた。


 どんな病気か分からないけど、状況の深刻さだけは十分俺にも伝わってくる。



「守道君」

「はい」

「私、2年生まで生徒会に入ってたの」

「言ってましたね生徒会長。1年生の時は会計担当2人でされてましたもんね」

「美香とね、約束してたの。同じ高校に葵ちゃんと通えたら……少しでも長く葵ちゃんと一緒に居たいと思ったの」



 生徒会長と楓先輩。

 先ほど2人は2年間生徒会を一緒に過ごした親友だと話していた。

 

 叶会長が言っていた妹の葵の事情。

 それを知る生徒会長は、楓先輩が妹との時間を過ごす事に理解を示していたのだろう。


 妹の葵は間違いなく楓お姉さんが大好きだ。

 いつも常に一緒に行動しているところしか見た事が無い。


 それでいて、葵の自由にやりたい事をやらせていたのも、ここにきて何だか理解できるような、できないような……。



「あ、あのお姉さん」

「なに守道君?」

「妹の好きにやらせてやりたいのは分かりますが、僕いります?」

「葵ちゃん、守道君の事大好きなの」

「そんな風に言わないで下さいよ。あの子の場合、単に僕『源氏物語』の読み友達ですよね?」

「そうなの……そこで守道君には色々お願いしたくて」

「それで今日も呼んだんですか?あっ、この話真弓姉さんも知ってるんですよね?」

「するどい。さすが守道君、頭良いわ」



 成瀬真弓も葵の病気の事情は把握していた。

 だから今日もあんな汚い手を使って無理矢理お話相手を呼び出したな……。


 葵の病気……命に関わるような大きな事なのだろうか?

 母親も実際亡くなられているとなると、嘘の話とは思えない。



「……それで僕がオモチャにされてるの、あんなに楽しそうに見てたんですね先輩」

「守道君面白いから、私もファンになっちゃいました」

「全然嬉しくありませんよ……葵の手術はいつなんですか?」

「まだハッキリ決まってなくて……」

「そうなんですね……こんな話聞いたからって、僕はこれまでと変わらず接しますからね先輩」

「それで良いの」

「京都とか絶対無理ですからね」

「お父様が守道君に何するか分からないから、行かない方が良いわねそれ」

「そんな真顔で言わないで下さいよ」



 葵の死期が迫る前に俺が消される。

 話が終わる頃には、楓先輩の涙も止まる。


 つらい事情の中でも、前向きに生きていこうとする姿勢を感じる。

 事情は違っても、そういう生き方は俺も共感できる。


 オモチャにされるのは勘弁だが、悪い人たちでは無い楓先輩と神宮司葵。

 俺に出来る事は限られるだろうが、つらい手術を控える葵には、少し優しくしてやろうと感じる楓先輩からの話だった。


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