55.「会計監査」
(ピコピコ~)
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいました」
「成瀬……」
「高木君……私、来ちゃダメだった?」
「ボーっとしてないで、なにか喋れし」
「うるさいぞ岬」
ローソン中央通り店。
今日から6月に入る。
平日の8時前、もうすぐ登校時間。
作新高校の制服を着る女の子。
黒いサラサラとした髪をなびかせ、店内の少し離れたところからレジに立つ俺に笑顔を見せる。
「だらしないツラ」
「うるせえよ」
「久しぶりのお迎え……あんたたち、昨日なにかあったっしょ」
「なにもないよ」
「ふ~ん、どうだか」
(ピコピコ~)
「いらっしゃいませ~」
「おはようさんシュドウ」
「どうした太陽も成瀬も。野球部は?」
「今日は監督休みで強制休養日」
「それで成瀬も朝から来たのか……」
「だからこの前スケジュール合わせしたんだろ。結衣も来てたか、おはようさん」
「おはよう朝日君」
8時少し前。
7時50分を過ぎたところで、店長のはからいでいつも早めに店を出させてもらっている。
コンビニは基本夫婦で経営している。
夫の店長が夜、オーナーである妻は朝から店に出勤する。
この8時前後は、お互い時間が合わない店長夫婦が顔を合わせる貴重な時間。
店長夫婦に送られて、4人でコンビニを後にする。
「コンビニも大変だなシュドウ」
「ああ、24時間働くとか考えられない」
「こいつ最近店長から発注任されてる」
「そうなの高木君?」
「普通だよ普通。弁当以外はほとんどバイトに在庫管理任せるんだって」
「時給も上がったっしょ」
「それバラすなって岬」
「なんだシュドウ、それ良い事じゃねえかよ。お祝いに今日は4人でマックだな」
「もはや正社員ね」
「うるさいぞ岬。俺もちょっとそれ思ってたんだから気にするだろ」
「ふふっ」
俺の生活は確実に良くなっている。
生活水準も向上し、スマホも手に入れて高校生らしい生活が出来るようになってきた。
食生活も他力本願ではあるが改善しつつある。
これに関しては俺の周りにいる女子たちに本当に感謝している。
自炊か……全力予習で自宅にいる時はそんな事までとても考えられない。
「高木君、今日も眼が赤いよ?また無理して勉強してたんでしょ」
「そんなんじゃないよ」
「シュドウ、休息も必要だぞ?」
「メリハリだろ?分かってるって」
「本当、このアホヅラでどうして満点取れるんだか」
「俺の血のにじむような努力を知らないだろ」
「それは……凄いと思う」
「やったなシュドウ。岬がついにお前の事を認めたぞ」
「明日になったら忘れてるだろそれ?」
「そうね」
「そうなのかよ」
「ふふっ」
昨日の夜は成瀬が持っていたノートが気になり寝つきが悪かったのが本当のところ。
今の俺は眼が赤い事その1つだけで、夜中まで勉強しているものと勘違いされる存在。
朝日太陽、成瀬結衣、岬れな。
俺を含めて4人で作新高校へ登校する。
今日は良い天気だが、俺の心は昨日の成瀬の一件で曇り空。
未来ノートの第2の所持者。
「憂鬱」を検索した間違いなく1人は必ずいる生徒の存在。
毎日高校に通う度、その存在に徐々に近づきつつある気配を感じる。
それは意外に、俺の身近にいる人間なのかも知れない……。
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学校に登校。
午前中の授業が終わる。
S2クラスで上位2人、かつS1クラスの下位2位とクラス替えが発生する実力主義の特別進学部。
S2クラスの現在の上位は、公表されたテスト結果から俺が1番、岬が2番の位置につけているはず。
その他にも小テストや、今月控える全国模試。
そして来月7月の期末テストを含めた総合成績で争われる狭き門。
S1クラスで不正が発覚した生徒の処遇を俺は知らない。
クラス替えのルールに何か影響があるのだろうか?
昼休憩。
昼はパンダ研究部の部室で昼ご飯を食べる事にしている。
今日の昼は野球部員で食事をすると話していた太陽と成瀬。
監督が休みで練習が無い分、お昼を部員全員で取るらしい。
S2のクラスメイトかつ同じ部活の岬と一緒に、南先輩がいるであろう1階の旧図書館へと向かう。
「お疲れ様です部長」
「あ~お疲れ~適当にしてって」
「はい、そうします」
先輩は今、全国模試どころでは無い。
年に1度のパンダの発情期は間もなく終了する。
岬と一緒に空いている机で食事を取る。
「また店長からパンもらってるし」
「パン研だろここ?ローソンのパンだけで人は生きていけるのか俺が証明してみせる」
「馬鹿じゃん」
岬のトゲがビシビシと俺に刺さる。
食事が終わる頃、旧図書館に誰か入ってくる足音が聞こえる。
太陽たちが来たのかな?
「失礼します」
「失礼」
南先輩は来訪者に一向に気づかずパソコンに映るシャンシャンに夢中。
知らない人……。
やむなく俺が応対する。
「えっと……入部希望者ですか?」
「ふふ」
「桐生さん不謹慎です」
「ごめん美雪。突然の訪問失礼します、私たち一度会ってますよね高木君」
「えっ、そうでしたっけ?」
「この前あんたも会ってるっしょ」
「岬、俺こんな美人の知り合いいないって」
「ふふ、美人だって。良かったね美雪」
「桐生さん」
「ごめんなさい。この子おかしくって」
来訪者は制服を着た女子2人。
どこかで会ったか?
「ほら、生徒会の勧誘してた」
「ああ~なんか思い出してきた。そういえばこの子、お前が校則違反の茶髪だからこの前怒ってたよな」
「校則違反とか言うなし」
「ふふふ」
「桐生さん」
「だっておかしいんだもん」
俺の話に笑いが止まらない桐生と呼ばれる女の子。
そしてその隣……。
凛とした表情の女子。
毅然とした態度、透き通るような声に品を感じる。
たしか名前は……。
「えっと……誰でしたっけ?」
「……一ノ瀬です」
「名前くらい覚えろし」
「覚えてたところで、こんな可愛い子と今後接点無いだろ?」
「ふふふ」
「桐生さん。それにあなた、少しは真面目に喋れないの?」
「しゃべってるだろ?ここパンダ研究部だけど何か用か?」
そういえば生徒会の勧誘とか言って、この前北条とかいう男子が俺を尋ねに来たことがある。
その時にこの2人、いたような、いなかったような……。
「大切な部費が正しく使われているか確認させていただきに来ました」
「失礼ですが、どんな権限でこちらに?」
「私たち2人、生徒会の会計担当をしております。これより校則に基づきこの研究部の会計監査を実施致します」
「南部長、お願いします」
「ギクッ」
なるほど。
この女子2人は生徒会で会計を担当しているらしい。
疑惑だらけの我がパンダ研究部の会計帳簿にメスを入れに来たようだ。
シャンシャンに夢中だった南先輩の表情がどんどん曇ってくる。
それはそうだろう。
まだこのパン研に入って1カ月そこらだが、ここの部の会計は相当怪しい。
南先輩が会計監査員の2人に取り囲まれた。
すぐに尋問が開始される。
「領収書は?」
「ありません」
「帳簿は?」
「そんなものあるわけ無いわよ」
南夕子は間違いなく黒だ。
「これまでどのような管理をされていたのですか?」
「何に使ったか全部私が覚えてるの。年に1回の報告書は毎年ちゃんと生徒会に出してるでしょ?」
「それでは、これまで使った部費の使途を証明するものは何も無いと?」
「あるわけないわよ」
俺と岬が白い目でその様子を見守る。
俺の知る限る、直近のパン研から支出された部費の内訳は、南先輩の上野動物園往復交通費、からの南先輩の動物園年間フリーパス、からのパンダストラップ6つ、からのポテトとメリーゴーランドエトセトラ。
南先輩が涙目で俺の顔を見ている。
(高木君助けて)
と言っているように見えなくもない。
その視線を察知して、会計監査員2名も俺の方を向き意見を求めてきた。
南先輩が諸悪の根源。
これでパンダ研究部もおしまいだな。
「高木さん、あなた何か意見でも?」
「俺もずっとおかしいと思ってたんですよ。お2人の意見はもっともだと思います」
「ちょっとあなた、どっちの味方よ?」
「ふふ」
「桐生さん不謹慎です」
疑惑の部活、パンダ研究部。
授業終了後、本日15時。
生徒会室まで出頭せよ。




