56.「生徒会長」
14時30分。
生徒会室への出頭時間まで残り30分。
1階の旧図書館に集まるパンダ研究部のメンバー。
疑惑の総合商社、南夕子部長。
幽霊部員、成瀬真弓と神宮司楓。
無理矢理入部させられた俺と、自ら入部した岬れな。
最後にパン研存続のため名義貸し部員に名を連ねた神宮司葵の6人。
この後計画的マックに行く予定だった朝日太陽と成瀬結衣も合流する。
「うわ~ん。真弓ちゃん楓ちゃんどうしよ~」
「落ち着きなさい夕子。嘘なんか付かなくていいから、ありのまま話してくれば良いだけでしょ?」
「私たちも一緒に行くから」
「2人ともありがと~」
3年生の仲良し3人組で生徒会室に弁明に行くらしい。
動物園のフリーパスにパンダストラップ。
部費の怪しい使い道は多岐に渡る。
いくら真弓姉さんや楓先輩が行ったところで、何がどう覆るとも思えない。
生徒会室に呼び出すあたり、一応こちらの話を聞く気はあるようだ。
パン研の消滅はマスト。
十中八九、有罪確定だがいくらか情状酌量の余地が出るか出ないかといったところ。
「高木君も一緒に来てよぉ~」
「なに言ってるんですか部長。入部1カ月の僕がなに話せば良いんですか?」
「私が真面目に部活動してるの知ってるでしょ?」
「まあシャンシャンへの愛は知ってますが……」
「高木、あんたも付いてきて。頭良いでしょあんた?」
「こいつ昼間、生徒会の味方してました」
「それチクるなよ岬」
岬の余計な一言。
テストの点が良いという理由だけで先輩たちと一緒に連れて行かれる事が決まってしまう。
「太陽、お前らどうする?」
「俺は今日フリーだから、お前が帰って来るまでここで待つぜ。どうする結衣?」
「私も待ってる」
「じゃあ私も」
「おい岬。お前はパン研の部員だろ?一緒に俺と来て先輩の弁護しろって」
「生徒会とかマジめんどいし」
「お前のパンダに対する情熱はそんなものだったのか?」
「うるさいし」
校則に茶髪を禁止する文言は無い。
ただ作新高校生徒としての振る舞いというオブラートな表記に、茶髪が相応しいと言えるか一般常識が問われてくる。
世間の目は意外に厳しい。
個性も大事だが、県下随一の進学校としての振る舞いを求められれば岬の髪の色は生徒会として許される限度を超えているかも知れない。
だから岬は一緒に行こうとしない。
昼間来た女子……あの一ノ瀬と言う女子とはとてもソリが合う感じではなかった。
「シュドウ君、私も行く」
「神宮司、大事な話がある。よく聞くんだ」
「うん……なに?」
「お前はここに残ってポッキーを食べながら待っていてくれ」
「ポッキー?」
「そうだ。ほら、そこに南部長が部費を使い込んで用意したお菓子がたくさんあるだろ」
「うわ~」
「それを岬や成瀬と一緒に食べながらここで待ってるんだ」
「う~ん……そうする」
この子が来ればこの後の生徒会室は間違いなく荒れる。
余計な事は全部話すし、日曜日のポテトやメリーゴーランドの件もすべて白状してしまうだろう。
下手をすれば生徒会室に向かう途中に迷子にもなりかねない。
百害あって一利なし。
太陽と成瀬、岬と神宮司は旧図書館のこの場でお菓子を囲んでお茶会を開始する。
パン研消滅間近とはとても思えない和やかな雰囲気。
一方俺と3年生の3人。
南部長、真弓姉さん、楓先輩の4人でこの後に備えて作戦会議を始める。
議題は当然これまで南先輩が使い込んでいた部費の使途について。
「夕子~あんた部費どんだけ使い込んでた?」
「う~ん……上野動物園のフリーパスでしょ……それから……」
「このパソコンは?」
「パンダ見るためのこのパソコンは、2年前に桜井先輩が溜まってた部費使って買ったやつ。私じゃないの」
「2年前ですか?その時の会計報告書とか残ってます?」
「そんなの見てどうするの高木君」
「いえ、ちょっと気になりまして」
バイト先で発注を任されるようになってから、店の収支に関しても店長から教えてもらうようになっていた。
簿記に関して資格は無いが、多少の知識は鍛えられている。
1年に1回、南先輩が1年生の時から2年間報告してきた前年度、前々年度の2年分の会計報告書を確認する。
「細目も交通費や通信費に分かれて報告してますし、帳簿上は割としっかりしてたんですね……」
「なにその帳簿上って言い方?私なにか悪い事した?」
パンダに目がくらみ、会計担当者本人に罪の認識が無いのが最大の問題という気がしてきた……。
まあ交通費が何に支出したのか後で根掘り葉掘り聞かれるはず。
一体こんなとんでも会計、今まで誰かチェックする人いなかったのかな……。
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間もなく15時。
3年生の入る校舎の3階を目指して移動を開始する。
「高木、あんた葵ちゃんの扱い上手いわね」
「なんです真弓姉さんその言い方?あの子ここに来てたら間違いなく荒れてましたよ」
「どうして?」
「南部長……大切な部費でメリーゴーランドまで乗ってたの、バレたらこの後生徒会室でどう言い訳するつもりですか?」
「ふみ~ん。それ内緒にしててよ~」
この部長では早番この部は消滅するだろう。
パン研最後の雄姿をこの目に焼き付けるべく、生徒会室前に到着する。
なんだここ……入口前からカーペットがひかれてる……。
漆に塗られたテカテカの板に「作新高校生徒会」とか立派に掲げられている。
生徒会室への入室を拒んでいた南部長を連れて、成瀬真弓と神宮司楓が生徒会室の扉を開ける。
「失礼します」
「あら楓、あなたも一緒だったのね」
「お久しぶりです美香さん」
「どう?今からでも生徒会に復帰しない?あなたのイスも用意するわよ」
「お約束通りに」
「あらあら……相変わらず頑固ねあなた」
生徒会室に入るなり、中央の執務机に座る女が楓先輩に話しかけてきた。
しかも生徒会に復帰とか……まるで今まで生徒会に楓先輩が在籍していたような言い方。
生徒会だから当然生徒会長だっているはず。
あの重厚な執務机に座る女が生徒会長なのか?
取り巻きの生徒会のメンバーと思われる生徒が立ってこちらに視線を送る。
その中には先日俺に生徒会への勧誘をしてきた北条と名乗った男子もいる。
その傍には昼間、旧図書館を尋ねに来た一ノ瀬と桐生と名乗った女子の姿もあった。
パン研の入部希望者じゃなかった。
この3人は生徒会のメンバーだ。
執務机に座る女が話し始める。
制服を着ているので作新高校の生徒には違いないだろうが、楓先輩に引けをとらない美貌と大人の女性の様相を漂わせている。
とても同世代には見えない。
「時間ね……郁人、始めて頂戴」
「かしこまりました会長。これより校則第17条に基づき、生徒会による部活動の公正な運営管理を目的とした会計監査を実施致します」
生徒会室の扉は閉められた。
手続きも根拠も正当なもの。
もう逃げ場はない。
「立会人は作新高校生徒会、生徒会長 叶美香」
「宜しくてよ。進めて頂戴」
「はい。生徒会 会計担当 一ノ瀬より報告があります」
「発言を許可します」
まるで裁判でも始まるような雰囲気。
手続きに乗っ取った形で次々と話が進んで行く。
矢おもてに立つ南部長はすでに虫の息。
大丈夫かうちの部長?
「本日我が校パンダ研究部におきまして臨時の会計監査を実施致しました」
「結果は?」
「会計帳簿の存在が無く、部費の資金使途を証明する資料が一切ありませんでした」
「会計報告の適切性は?」
「不適切と判断致します」
もうすでにこの結果は用意されていたものだろう。
さようならパンダ研究部。
また新しい自習室を探しに行かないとな。
「ちょっと宜しいでしょうか?」
「証言を許します。楓、何か意見でもあるかしら?」
「会計報告に不備があるのは認めます。指摘があれば改善をする用意があります」
楓先輩の口頭弁論。
悪い事は認めて、これからちゃんと帳簿を付けますと言っている。
消滅しかけたパン研に再び脈が出てきた。
「失礼ですが、前年度会計報告にもありましたこの交通費とは一体どういった支出なのでしょうか?」
やっぱり脈消滅。
パン研も消滅目前。
「この作新高校から最も近隣かつパンダが飼育されている動物園は上野動物園しかありません。うちはパンダ研究部ですから、当然パンダの観察に行くための交通費です」
生徒会室にいる生徒会のメンバーから失笑が漏れる。
俺は南先輩がどれだけシャンシャンの事を愛しているか知っている。
だが。
申し訳ない。
100歩譲っても南先輩の行動が俺にもまったく理解できない。
「交通費だけで年間3万円を超えています」
「毎週通っているとそれくらい余裕でいきます」
毎週パンダを見に行くこの熱い情熱。
生徒会メンバーの笑いが止まらない。
だが俺は南先輩のパンダ愛を知っている。
ここで笑うわけにはいかない。
「最近はいつ行かれましたか?」
「この前の日曜日です」
「毎週行く必要があるんですか?」
「本当はわたし毎日行きたいんです。でも学校あるから土日だけで我慢してるの」
ここで俺が笑うわけにはいかない。
こらえろ……。
こらえるんだ俺。
絶対に笑ってはいけない会計監査。
「部費の使用に関しては各部活の自由裁量となっています。南さんの行動に非はありません」
楓先輩も真面目な顔をして弁護を続けている。
だが生徒会メンバーの失笑は止まらない。
南先輩のあまりにも熱いパンダ愛。
1周回ってようやく俺も落ち着いてきた。
真弓姉さんや楓先輩が言うように、本当に南部長はパンダが大好き。
そしてパンダ研究部として夏に予定される国主催のコンクールへの論文提出を控えている。
こんなに真面目な生徒をイジメて、こんな生徒会室で馬鹿にしている方がよっぽどおかしいと感じてきた。
「――はい、それでは一通り話はおしまいね。パンダ研究部の皆さん、最後に何か言いたい事は?」
「高木君」
「えっ?なんです部長」
「そうよ高木、あなたも何か言いなさいよ」
終始3年生の先輩、3人の後ろにいた俺。
最後の最後に突然発言を求められる。
「あらあなた、たしか1年生の高木君ね」
「俺の名前……」
「発言を許可します。あなたの意見、ぜひ聞いてみたいわ。なんでも言って頂戴」
「じゃあ……遠慮なく」
先輩たちの前に歩み出る。
横目に南先輩と視線が合う。
すでに半泣きになっていた先輩。
臨時の会計監査はもっともだが、先輩を責め立てている生徒会に良い感情など湧かない。
「叶生徒会長……でしたっけ」
「そうよ」
「あなた2年前の1年生の時、生徒会の会計担当されてましたよね?」
「あら、懐かしい事聞くじゃない……よく知ってたわね。そうよ、そこにいる楓と2人で一緒に」
「そうだったんですね……」
「ちょっとあなた。今は会計監査の最中です」
「あら一ノ瀬さんいいじゃない。彼の好きに言わせてあげて」
「会長……どうして彼に甘いんですか?」
「こら一ノ瀬。会長は今、彼の発言時間だと言ってる」
「郁人……申し訳ございません」
生徒会の中でのパワーバランスを感じる。
この叶生徒会長という人。
生徒会の中で絶対の権限を持っているように感じる。
今はそんな事はどうでも良かった。
楓先輩と2人で会計担当を2年前にやっていた……それですべてハッキリした。
「部費を支給するだけ支給して、後は自由にやって下さい。それって無責任だと思いませんか?」
「あら、どういう事かしら?」
「こらお前」
「郁人」
「……失礼しました」
「続けて高木君」
この人は生徒会の会長というイスに座り、ある種の高みに登り詰めたに違いない。
俺も未来ノートを使ってテストで満点を取り、平均男子が達成できない高みに今立っているのかも知れない。
もしそうだとしたら……周りがペコペコするような権力なんか、俺は絶対に否定する。
生徒会なんて、クソくらえだ。
「俺は逆に生徒会の会計監査に対する問題を提起します」
「あら、それはまた大きく出たわね」
生徒会のメンバーから驚きの声が上がる。
生徒会長の目の前で、生徒会批判をする生徒はいないだろう。
「ちょっと高木、言い過ぎ」
「ちょっと黙ってて下さいよ真弓姉さん。おかしいでしょ?南先輩ばっかりイジメられてるの」
「守道君……」
南先輩のドンブリ勘定は決して良い事では無い。
それ以上に、先輩を泣かせる生徒会に、俺は言いたい事を全部言ってしまった。
「先ほど南先輩の話を全部聞きました。ここに2年前のパンダ研究部の会計報告書があります」
「あら……」
旧図書館の部室に保存されていた2年前の会計報告書を全員に見えるように掲げる。
全員が固唾を飲んで見守る。
「少なくとも2年前からこのパンダ研究部のズサンな会計は始まっていました。その部活から出された会計報告書を適正だとした生徒会の証跡がここに記録されています。ここにいる神宮司楓、そして叶美香。当時会計担当だったあなたたち2人は適正意見を出しています」
生徒会室が静まり返る。
生徒会メンバーの誰からも反論意見が出ない。
「確かに南先輩の部費の使用には問題点が多いと僕も感じていました。それは部費を支給した後の使用を正しく監査してこなかった生徒会にも責任があると思います」
「あなた……よくも言いたい事を言ってくれたわね」
「おい一ノ瀬」
「一ノ瀬さん……でしたっけ?」
「ええ……なに?」
「あなたはここにいる生徒会長と楓先輩が発見できなかった不備を見事に指摘したわけですから、2年前の先輩たちよりもかなり優秀な会計担当だと僕は思いますよ」
「なに言ってるのあなた……」
「ふふ……ふふふふ」
「会長?」
生徒会側のメンバー、一ノ瀬と話をしていると、突然笑い始める叶生徒会長。
「おーほほほほ、本当面白い子。わたしの思っていた以上の子だったわ」
「会長、笑っている場合じゃありません。部費が不正に使用された疑いがまだ……」
「はいはい、もうそこまで。この子の言う通り、この問題は生徒会の非を認めるべきだと私は思うの」
「会長……」
「なんだ、話の分かる生徒会長じゃないですかあなた」
「ちょっとあなた、会長に向かってなんて口聞いてるの!」
「ふふ、一ノ瀬さんがこんなに怒るところ初めて見るかしらね」
「会長……」
「楓、2年前のあなたとわたし。ちょっとボロが出ちゃったみたいね」
叶生徒会長は今度は楓先輩に視線を移して話始める。
楓先輩との2人だけの関係を感じさせる。
誰も2人の会話に話をはさめなくなる。
「美香。このお話、余計な事をしたのはそっちの方かしら?」
「あら、あなたには敵わないわね。今度お茶会一緒にどうかしら?」
「この後にでも」
「ではさっそく」
「えっ?ちょっと楓先輩どこ行くつもりですか?」
「いけない子……楓はわたしとデートなの」
「え!?」
執務机から立ち上がった生徒会長。
突然俺に近づき、耳元で小さくデートに行くとササやいてくる。
「あら、意外にウブね。楓、この子の話よく聞かせて頂戴」
「ほどほどに」
「それでは皆さんご機嫌よう。アデュー」
生徒会のメンバーと残りのパン研部員を置き去りにして、叶生徒会長と楓先輩は2人だけで生徒会室から出て行ってしまった。




