52.「部員のあかし」
終わらない昼休憩。
パンダ研究部の部員である証、パンダのストラップ。
まるまる太ったパンダを2頭を手に、禁断の花園へと俺は向かう。
『昨日あなたも部費使ったでしょ?』
『部費って、あのポテトとメリーゴーランドですか?』
『ちゃんと楓ちゃんたちに渡してきてね~』
先に餌を食べてしまった以上、南先輩には逆らえない。
校庭の中庭に続く渡り廊下からの白い石畳。
噴水の向こう側で今は見えないが、今日も木陰でお茶会が開かれているはず。
この渡り廊下の向こうは1年生にとって、もはや外国に等しい別世界。
俺はS2クラスの生徒にかかわらず、実力テストに続いて中間テストでも全科目満点連発したお尋ね者。
すでに校舎内を歩き回るだけでヒソヒソ話をされている状況。
幽霊部員の2人にパンダを引き渡し、即刻その場を脱出する事にする。
楓先輩や真弓姉さんに捕まれば最後だ。
……噴水が間近に迫る。
……木陰にシートを広げて。
……絵に書いたような昼下がりの談笑をする美女3人の姿。
「あっ、シュドウ君だ」
「本当だ。高木、今あんたの話してたからちょっと来なさいよ」
「いえ結構です。ちょっとだけ用事があっただけで」
「いいからこっち」
俺の天敵、成瀬真弓にあっさり拘束される。
優雅なお茶会に無理やり参加させられる。
いや……まだだ。
ここからもがいてみせる。
このままでは先輩たちのオモチャにされてしまう。
用件を済ませて早めにこの場から脱出する。
「これをお届けに上がりました」
「まあ」
「嘘でしょ高木。あんたまさか私たちにプレゼントでもするつもり?」
「違いますよ真弓姉さん。今年度のパン研部員共通ストラップですって」
「何だ夕子か……あんたが調子に乗って迫ってきたのかと思ったわ」
「真弓姉さんの中で僕どんな扱いですそれ?」
「ふふふ」
先手必勝で無事に用件を済ませる。
何やら最初誤解されたが、無事にパン研の儀式は果たせた。
「神宮寺も付けてるだろ?」
「そだよ。お姉ちゃんこれ」
「あら、葵ちゃんとお揃いなのね」
「夕子ったら……ブレないわねあの子」
「では僕はこの辺で」
「ちょっと待て高木。何でそんな頭良くなったのか、さっさと白状しなさい」
「知りませんって姉さん、放して下さいよ」
「もう~ウブなんだから」
真弓姉さんに拘束され、無理やりお茶会が再開されてしまう。
「シュドウ君昨日待ってる時もずっと勉強してたよ」
「まあ」
「神宮寺それ話すなって。気づいたらおまえ消えてて大変だったんだからな」
「守道君ごめんなさいね。葵ちゃんすぐに何処かへ消えちゃうの」
「楓先輩もそれ知ってて僕に迷子預けないで下さいよ」
「葵ちゃん、め」
「だって~」
妹に甘過ぎる姉。
この2人の世界観にまったくついていけない。
「ほら高木、クッキーあるから食べな」
「ああ、どうも。これ姉さんの作ったやつですか?」
「結衣ちゃんよ~この幸せもの~」
「それなら安心していただきます」
「ちょっとそれどういう意味よ」
「ふふふ」
結局お茶会に巻き込まれた俺。
いま高木守道という1年生が、テストで満点連発して校内で噂の的になっているらしい。
もはや俺ではない他人事のように聞こえる。
「ふ~ん、そうなんですね」
「リアクション低く。おい高木、あんたは今凄い事してんだよ、分かってる?」
「何がです?」
「私も3年生だけど、2年生だって3年生だって特別進学部があるの。当然S1とS2に分かれてる。S2の生徒が実力テストはおろか、中間テストで1番取る事なんてまず無かったの」
「普通に取れましたよ1番」
「だからそれがおかしいって言ってんの。しかもあんた満点でしょ?私が知る限り満点取った男なんて今まで1人もいないわよ」
「ふふふ」
ついに真弓姉さんまで俺の事を褒め始めた。
未来ノートを使った幻想の俺はこのままどこへ行くのだろうか?
「本当にあんたは……まあ別におごらないのも、あんたらしいわね」
「また僕らしいですか。さっき成瀬や太陽からも言われましたよ」
「それはとても良い事です」
「楓先輩?」
「自分の事を自慢しない守道君はとても偉いわ。私もファンになっちゃいそう」
「ちょっと楓~」
「そうですよ先輩。太陽本気なんですから、ちゃんと約束守って下さいよ」
「その話……」
「ほら楓~この子も知ってるくらいだから、もうみんなバレちゃってるって」
「どうしましょう……」
お昼休憩が間もなく終了する。
パンダを渡しに来ただけなのに、俺はパンダと同じくたくさんのエサを与えられる。
美人の先輩たちにもてあそばれるのも慣れてきた。
先輩2人の話では、S2クラスの生徒が超える事の出来ない壁を越え、S1クラスの生徒を抜いて成績1番になる事が面白いらしい。
たしかにハタから見ていて気持ちが良いくらいのサクセスストーリーなのかも知れない。
やってるこっちはそれどころでは無い努力をしている。
それも人に褒められたものではないやり方。
謙虚に生きていきたくもなる……。
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夕方。
今日はバイトに行く前に一度家に帰る事にした。
荷物を置いて時間になったらバイトに行く。
悪い話、予習のやり方に慣れてきた。
俺の言う予習とは当然未来ノートで分かる未来の問題の模範解答を調べる事。
スマホの力もそうだが、図書館に置かれた問題集の類似問題から正答を導く行為のコツを掴んできた事が大きい。
全力予習時間が明らかに短くなっている……。
慌てて寝る時間も削り、模範解答を作っては暗記していたせわしいあの日々を思い返す。
あの頃の俺……マジで焦ってたな……。
満点取っておいてなんだが、周りの視線以外に特に俺自身に変化はない。
だからもうこのままのスタイルで行く事に決めている。
後悔の無いように全力を尽くす。
結果が満点であれば、それはそれで受け入れる事にする。
S1クラスへ行く目標も変わりはない。
実は今日、同じS2クラスの岬と話してその意識も高まった。
『私も行けるかな……S1』
『マジか岬。良いぞそれ、一緒に行こうぜS1』
『じゃあ……勉強教えてよ』
『勉強は俺に聞くな。俺は色々間違ってるから』
『意味分かんないし』
今のところ俺と岬がS2で上位2位までの位置にいる。
あるいはこのままいけば……結果はどうなるか分からない。
太陽と一緒だが、目標が出来ると人間やるべき事がハッキリする。
このまま岬と一緒に成瀬のいるS1クラスに上がれる未来を目指して勉強したい。
……あれ?
……俺の家の電気付いてる……消し忘れたか?
まさか泥棒!?いや、入っても何も無い……。
あっ、もしかしてあいつか?
急いで自宅アパートの2階に駆け上がり玄関のドアを開ける。
「紫穂」
「お帰りお兄ちゃん~」
「お帰りじゃないよ……何してる?」
「ご飯作ってあげてるの」
「嘘だろ」
妹の紫穂。
俺の家の合鍵を渡している。
どうやら晩御飯を作りに来てくれた様子。
台所から普段感じる事のない美味しそうな匂いが漂ってくる。
「お兄ちゃん今日もバイト?」
「まあな」
「時間まだある?」
「少しなら平気」
「じゃあ仕上げるから食べてく?」
「もち。サンキュー紫穂」
妹は俺と違って優秀。
美味しい晩御飯を作って兄に貴重な野菜を摂取させてくれる。
「たくさん作ったから、適当に食べてね」
「肉じゃがとかヤバすぎだろお前」
「作新入ったご褒美だぞ」
少し腹ごしらえをしてバイトに行ける。
バイト終わって帰ったらまた食べる事にする。
俺が肉じゃがを頬張っていると、勝手に紫穂が俺のスマホをいじっている。
ストラップのパンダを気にする紫穂。
「ふふ、なにこのパンダ?」
「部員のあかし」
「あはは、これが?なに部?」
「聞いて驚け、パンダ研究部」
「作新高校入ってわざわざそこ?」
「お前絶対馬鹿にしてるだろ?」
「だっておかしいでしょそれ?」
「俺もそう思う」
食事を食べながら紫穂と話を弾ませる。
引き続きスマホをいじり続ける。
そういえばスマホ買ったの紫穂に言ってなかったな。
「お兄ちゃんスマホ買ったの?」
「ああ、そうなんだよ。奨学金入ってちょっと余裕あったし」
「ライン登録するね~誰これ……彼女!?」
「紫穂、お前なに見てる?」
「送ってくれてありがと!?ヤバ過ぎ、嘘、信じらんない」
「お前勝手にそれ見るんじゃねえよ!返せ、今すぐ返せそれ!」
過去のメッセージどうやって消すんだこれ?
こんなの誰にも見せられないよ。




