表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/92

50.「幻想の独り歩き」

 月曜日。

 昨日俺を含めたパン研部員4人は部長の計画によりまさかの動物園行き。


 今日は早朝からバイト。

 5時からシフトに入れている。

 来月の全国模試直前にはシフトを減らす計画。


 奨学金に加えて、アルバイトのお金も少しづつだが貯金している。

 気持ちばかりだが貯金が貯まると人の心にゆとりが生まれる。

 8時少し前にバイト先のコンビニから直接登校する。

 コンビニを出て俺の隣には岬の姿があった。



「旅行費用か?」

「まあね。この前散財したし」

「宵越しの金は持たないやつか、俺と一緒だな」

「あんたと同じにするなし」



 岬は中学校時代の友達とまた夏休みに海外旅行へ行く目標を持ってお金を貯めるらしい。

 海外ともなるとそれなりにお金もかかるだろう。

 岬の目標はとても大きい。



「フランスとか行くだけで金かかるだろ?」

「往復5万もあれば行ける」

「マジか。5万あったらカップラーメンどれだけ買えるんだよ」

「その物差しやめろし」


 

 5万円で往復となると、格安航空券でも使っているのだろうか?

 パスポートの無い俺には無縁の話。

 海外旅行か……想像すらした事もない。

 誰か一緒に行く相手がいるわけでもないからな。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 学校に登校する。

 正門から校舎までは石畳がひかれた一直線の道。

 遠く校舎の前に人だかりができている。



「なんかやってる」

「そう……だな」



 正門まで到着すると、その群衆のざわつきがこちらまで響いてくる。



「シュドウ君」

「うわ!?脅かすなよ神宮司」

「えへへ。おはよう岬さん」

「おはよ葵さん」



 昨日の日曜日、1日を過ごしたパン研の部員である俺たち3人。

 岬と神宮司もすでに打ち解けている……と俺は勝手に思っている。



「おい神宮司。なんでみんな集まってるのか知ってるか?」

「うん、もう見てきたよ。シュドウ君また一番だった」

「えっ?何が?」

「シュドウ君こっち」

「うお!?引っ張るなって」

「早く早く」

 


 神宮司に引っ張られて、生徒たちが集まる群集を掻き分けて進む。

 一番……何言ってるんだこの子?


 生徒たちを掻き分け、先頭に出てくる。

 周りが俺の事を見てヒソヒソ話を始める。



『また高木君よ』

『凄い。一体どんな勉強してるんだろ』



「来たかシュドウ」

「太陽と成瀬ここに居たのか。おはようさん」

「おはようじゃないよ高木君。早くあれ見てあれ」

「あれって……何これ?生徒会の選挙って今月だっけ?」

「選挙じゃないよ、この前の中間テストの結果だよ。高木君一番だよ」

「嘘だろ……最下位か……」

「下じゃないよ高木君」

「シュドウ、上だ、上を見ろ」

「上?」



 神宮司も指を指して、あれあれと満面の笑みでジェスチャーしている。

 たしかにテストの結果らしきボードの掲示。

 心の準備がまったくできていない。

 中間テストの結果……どうなった俺?
















 1位…… 800点 高木守道   S2クラス(満点)

 2位…… 756点 神宮司葵   S1クラス 

 3位…… 742点 北条郁人   S1クラス 

 4位…… 740点 成瀬結衣   S1クラス 

 5位…… 738点 一ノ瀬美雪  S1クラス 

 6位…… 726点 桐生沙羅   S1クラス 

 7位…… 720点 結城数馬   S1クラス

 8位…… 708点 朝日太陽   SAクラス

 9位…… 698点 岬れな    S2クラス

       ―――――――――  S1クラス 

       ―――――――――  S1クラス 

       ―――――――――  SAクラス 

       ―――――――――  S1クラス 









 ……





 

 ………







 ……………嘘だろ。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 昼休憩の時間になる。

 今日の俺は午前中一杯、とてもとても憂鬱な時間を過ごした。

 ストップ高となった俺の株は天井を突き抜ける。


 俺の中ではあり得ない結果。

 とにかく長文問題、記述式問題の自信が無かった。

 自信が無いから全力で予習した……。


 ……だからやっちまった。

 周囲も俺も驚きの実力テストに続く中間テスト満点男の登場。

 しかもS1生徒全員ぶっちぎっての1位。

 本当アホ過ぎるよ俺、一問くらい間違えって……。


 普段話をしないクラスメイトからも声がかかる。



『高木君凄いよね、尊敬しちゃう』

『塾はどこ行ってるの?』

『嘘でしょ独学!?』

『みんな聞いてよ、高木君塾行ってないって』

『嘘でしょ~』



 ……幻想、そう、俺ではない幻想をみんな見ている。


 独学で満点取れちゃう優等生だとみんな幻想の俺を見て尊敬のまなざしを向けている。


 昼休憩をクラスで過ごすわけにはいかない。

 岬が声をかけてくる。



「優等生様、今日のお昼は?」

「……パンダに行く」

「あんたさ。もっと自慢とかしないわけ?」

「え?俺だぞ俺、高木だぞ?本当は大したことない男なんだよ」

「昨日も待ってる時あんたずっと勉強してたっしょ」

「あ、ああ……あれはちょっとした調べもの」

「このアホヅラで満点とか……」

「なんだよ……」

「もういい。行く?」

「お、おう」



 岬に声をかけられクラスを出る事にする。

 本当の実力は岬の方が遥かに上。


 彼女は中間テストでS2クラスの俺を除いてトップの得点を叩き出している。

 実質S2クラスで最も学力がある生徒。

 本当はお前の方が偉いんだと心の中では叫んでいる。


 だがそれを実際に言えば本人を馬鹿にしているようにしか聞こえないはず。

 なんせ俺が満点取っておいて、あなたも偉いですねなんて馬鹿にしているのと同じ。


 S2クラスの生徒はおろか、S1クラスから廊下に出てくる生徒たちも俺の顔をジロジロ見ている。


 あの中間テストのランキングボードで、ほぼ上位を占めているのがS1クラスの生徒。

 S2の岬に加えて、そのさらに上をいくスポーツ推薦SAクラス太陽の存在は群を抜いている。



「君たち、ちょっと良いかな?」

「えっ?俺です?」

「あんたしかいないっしょ」

「うるさいな岬」

「はは、高木君に岬さんだね?初めまして。僕はS1クラスの北条郁人(ほうじょういくと)。こちらにいるのが一ノ瀬(いちのせ)さんに桐生(きりゅう)さん」

「一ノ瀬です」

「桐生です」



 3人ともS1クラスの生徒……俺たちに何か用だろうか?



「君たちは部活、もう入ってるのかな?」

「うちら、もう入ってるし」

「やめましょう郁人。こんな茶髪の人が生徒会に来たら風紀が乱れます」

「うるさいし」

「ははは、まあまあ。まずはお互いを認め合ってから話そうじゃないか」



 生徒会?

 朝のボードを見て生徒会の選挙だと一瞬勘違いしてしまった。

 掲示板に近々、生徒会の選挙があるって貼ってあったな……。


 岬は隣にいる女に邪険に言われている。

 風紀がどうとか気にするやつもいるんだな……。


 北条と名乗った男。

 俺と同じ学年。

 いかにも賢そうな生徒。

 それでいて話し方は相手も尊重するような言い方をする。

 


「高木君、良いかな?」

「え、ええ。なんです?」

「生徒会に興味は無いかな?この間の実力テストといい、S2クラスの生徒が満点を連続で取るなんて本当に凄い事だよ」

「不正でもして無ければいいのですが」

「一ノ瀬さん、それは彼に対して失礼だよ」



 やたらと食ってかかる物言いをする女子2人。

 生徒会への勧誘にも聞こえる話ぶり。

 北条は続けて俺に生徒会への興味を聞いてくるが、俺にはメリットがあまり感じられない。



「作新高校の生徒会ともなれば、それなりのネームバリューもある。特別進学部、各学年のS1クラスに所属する生徒が集まってる。君にとって悪い話じゃないよ」

「誰でも入れるわけじゃないわ。特に茶髪に染めてるような人は絶対に」

「ほら一ノ瀬さんも今は落ち着いて」



 生徒会らしい発言と言えばそう聞こえる。

 県下随一の進学校。

 その生徒会ともなれば、所属するだけで進学に有利になるとか見えないメリットがあるのだろう。



「あなたはそこの子と違って真面目そうよね。どう?生徒会に入ってみない?」



 どうやらそういう事らしい。

 成績優秀な未来ノートを手に入れた俺という幻想に声をかけている。

 まるで他人事のようにさえ聞こえる。



「すぐに返事を決めなくていい。選挙も近いから、また君にはきっと声をかけるよ」



 そう言って生徒会への勧誘をちらつかせ、3人はその場を離れて行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ