42.「部活への興味」
2日間の中間テストは終了した。
大きな山場を乗り越えた俺に、さらに次の山が迫る。
次に控える大きな試験、未来ノートの見せる未来は6月に行われる全国模試の難問。
昨日未来ノートの問題が気になって、さっそくスマホを使って全力予習を開始した。
俺の調べ方も悪いのだろうが、科目によっては図書館の書籍に頼る問題も多い。
作新高校の図書館の蔵書が豊富という事もある。
進学校らしく、各大学入試問題の赤本も充実している。
問題集だって全科目豊富に揃っており、塾に頼れない今の俺には数学などの問題集に付属する模範解答が正答へ辿り着くための唯一の道しるべと言える。
図書館の共用パソコンはもう使わないように注意したい。
誰かがどこかで俺の事を監視しているかも知れない……。
どこか誰にも邪魔されない自習室があれば良いのだが、自宅以上のそんな都合の良い場所は簡単には見つからない。
監視……付きまとい。
見えない他者に怯える恐怖。
岬もそんな誰かの見えない視線に、俺と同じように恐怖していたのかも知れない。
「おはよ」
「あ、ああ。おはよう」
S2クラスで朝、岬からの挨拶。
彼女から声をかけられるのは、今になっても慣れる事がない。
彼女の制服姿はモデルとさえ思わせる可憐な美しさが光る。
事実彼女の登場に熱い視線を送るクラスメイトの男子たちの姿が視界に見える。
未来ノートが無ければこのS2クラスにくる事も無かった。
当然岬と出会う事も無かった。
俺は今その偶然の中にいる。
俺とは正反対な性格。
茶髪は個性の証。
野球部のお兄さんはそうは思っていないようだが……。
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「部活?」
「うん。成瀬も太陽も野球部だろ?」
「どこか入るのかシュドウ?」
「興味はあるけど……みたいな」
「シュドウ、野球部入るか?まだ入部募集してるぞ」
「俺に今から甲子園目指せって言うのかお前は?」
「ふふ」
昼休憩。
いつものように太陽と成瀬が俺のいるS2クラスにやってくる。
朝は早朝から練習が始まる野球部。
真弓姉さんと一緒に登校している成瀬。
今日も朝から野球部のマネージャーを頑張ってきたようだ。
「神宮司が体験入部……言ってたなそういえば」
「知ってたの高木君?」
「知ってたも何も、昨日俺の目の前で成瀬の姉さんが勧誘してんの見たからだよ」
「やっぱうちのお姉ちゃんだよね……楓先輩と一緒に来たからビックリしちゃった」
突然の楓先輩の妹登場に、昨日野球部の男子たちが沸き立ったのは想像に難くない。
部活の話を聞けば聞くほど、どこにも所属していない俺には部活というもの活動がとても魅力的に映ってしまう。
学校活動の華、部活。
さすがに太陽と成瀬の2人を追ってこの高校に来たとはいえ、畑違いの野球部は選択肢に入らない。
勉強も大変だし、テストもあるし、このまま帰宅部で終わりそうかな。
「おいシュドウ。もしかしてそれスマホか?」
「えっ?ああ、そうだった、契約したんだよ、端末代無料だったから」
「高木君がスマホ……良かった本当に」
「なんでそこで泣くんだよ成瀬」
「ははは」
俺のスマホ所有に感極まった成瀬の瞳が潤む。
それを笑う太陽。
生活水準が昭和から令和まで一気に進む。
「そんな高木君に、はい」
「お弁当……なんかやっぱ申し訳ないよ」
「廃棄のパン食べるくらいならこれを食べて下さい」
「言われてるぞシュドウ」
「じゃあ、遠慮なく。ありがとう成瀬」
成瀬の作ってくれた弁当と成瀬に向かって合掌する。
賞味期限切れのバイト先のパンを食べさせないため、S1クラスへ上がるために勉強をしている俺への応援の意味も込められているこのありがたいお弁当。
最初単純に嬉しく感じていたが、5月の連休をはさんで1カ月も続くと申し訳ないのと合わせ、段々恥ずかしさを感じるようになっていた。
太陽は笑っているが、これを食べたら廃棄のパンを食べるわけにもいかないし、テストの勉強を頑張らないわけにもいかなくなる。
成瀬の弁当にはそれだけの意味がある。
今俺の体の半分は成瀬の弁当でできている。
「シュドウ、成瀬のとこで飯ご馳走になってるんだってな」
「お姉ちゃんが無理矢理高木君誘ってるだけだよ」
「真弓先輩に誘われたら断れねえよな」
「行かないと何言われるか分かんないからなあの姉さん……正直ありがたいとは思ってる」
「中間テスト終わったし、今週金曜日誘おうかなってお姉ちゃん言ってたよ」
「マジか……。俺フランス行くって言っといて成瀬」
「シュドウ、お前いつパスポート手に入れた?」
高校に入学してから成瀬姉妹からの気遣いをとても感じる。
真弓姉さんも成瀬も、俺の事を気遣ってくれるのは昔のお詫びをしているつもりなのだろうか?
成瀬の事を気にかけて欲しいと真弓姉さんから言われた事もある。
むしろ逆。
気にかけてもらってるのは俺の方だと激しく感じる。
「高木君のスマホ見ていい?」
「おういいぞ」
「へ~もうアプリ色々入れてるんだ」
「まあな」
「シュドウ、ようやく時代に追いついたな」
「どういう意味だよ太陽」
スマホの操作を教えてくれようとした太陽と成瀬。
すでにスマホの操作を慣れている事を感心している様子。
「凄い、ラインもう入ってる」
「マジかシュドウ。俺と登録しようぜ」
「どうすれば良い?」
「QRコード、ここだ、よしじゃあ登録な」
「私も良い?」
「良かったなシュドウ。これで結衣といつでもライン出来るぞ」
「いつでもしないよ~はいオッケー」
念願だったスマホを手に入れ、太陽と成瀬とラインで繋がる。
スマホを手に入れて本当に良かった。
思いがけず成瀬ともラインを登録できた……。
今日はツイてる。
「高木君……この人……だれ?」
「えっ、なに?」
「シュドウ、何だよこのパンダ。知り合いか?岬れなって」
「あっ」
雲行きは一転。
成瀬がジト目で俺の事を見始める。
俺のスマホのラインに、パンダのバナーが特徴的な岬れながグループに登録されているのを成瀬に発見されてしまう。
「それ私」
「岬!?」
「この人が……岬さん?」
「ああ、そう。バイト先も一緒の岬」
S2クラスで太陽たちと3人で話をしていると、話題を聞きつけたのか教室で1人でいた岬れなが俺たちのいる席に来て話に割り込む。
「あんた高木の彼女でしょ?悪かったわねライン先に登録しちゃって」
「か、彼女……」
「お前、岬先輩の妹だよな?俺、野球部1年の朝日」
「この前うちの兄貴がエラーして負けたよね」
「あれはイレギュラーだったからしょうがないさ。シュドウのクラスメイトだったか、よろしくな」
「うん」
成瀬が何やら絶句しているが、太陽と岬が構わず話をしている。
爽やかな太陽が岬の名前を聞いてすぐに先輩選手の妹だと気づく。
できる男は女子とすぐに打ち解ける、さすが太陽。
俺がハリネズミの彼女と打ち解けるのに1カ月以上かかったのとは雲泥の差だ。
「あの岬さん。私と高木君は彼女とかそういう仲じゃ……」
「そうなの?ごめん、ちょっと勘違い」
「う、うん」
「弁当毎日作ってるとか、彼女ぶっ飛んで嫁かと思ってた」
成瀬が顔を真っ赤にさせ、両手で顔を隠す。
聞いててさすがの俺も恥ずかしくなってきた。
周りから見ててやっぱり弁当とかやり過ぎだし、俺ももっと早く断るべきだった。
「ははは、まあそう言うなって岬さん。結衣はシュドウの体を心配して作ってやってたんだって」
「それって、こいつが毎日廃棄の弁当食ってるやつ?毎日嬉しそうに持って帰ってたし」
「それバラすなって岬。それ以上俺の株を落とすなよ」
「本当バイト先一緒だったんだなお前ら」
「だからそう言ってるだろ?ライン登録したのもバイト先一緒だし便利だと思ったからだよ」
岬の事を2人にちゃんと紹介していなかった俺が悪い。
あらためて太陽と成瀬に紹介する頃には、成瀬もようやく落ち着きを取り戻していた。
岬が成瀬に話しかける。
「ごめん、真に受けると思わなくて」
「俺も悪かった成瀬。周りにどう思われてるとか気にしてなくて、やっぱ弁当明日からもう良いからさ」
「うん……明日はやめとく……でもでも、食生活は大切。この前行った時、高木君のおうち冷蔵庫空っぽだったし」
「俺んちの冷蔵庫なんて今どうでもいいだろ?」
「あんたたち、家通う仲?」
「幼馴染だよ幼馴染。変な誤解するなって」
「ふ~ん」
まだ何か言いたそうな岬だが、さすがに遠慮してるのかそれ以上話そうとはしなかった。
その後俺の食生活改善に関して3人があ~だこ~だと散々文句を言う始末。
解決案の1つに自炊という名の料理の腕向上案。
お湯を温める事しか出来ない今の高木君では料理の選択肢は限られる
話題が変わりつつ、3人だろうが4人だろうが常にいじられキャラの俺。
いつも行われている俺のスケジュールチェックに岬も顔を突っ込み話に加わる。
先週まで手書きで紙に書いていた1週間のスケジュール。
スマホに初めから付いているスケジュールアプリを使って簡単に管理する事が出来るようになった。
奨学金が入るからとはいえ、バイトはある程度続けないといけない。
つい先日の話もあり、スマホを見せ合いながら岬とバイトのシフトを同じ日に入れる打ち合わせをする。
太陽と成瀬がどうして同じ時間に働く必要があるのか疑問に思ったのか岬に理由を聞いている。
岬は俺に話してくれたように、最近始まったという付きまといの話を正直に2人にも話した。
付きまといという行為に対して、同じ女性の成瀬も岬の事を心配する。
「怖いそれ……私も経験あるし」
「そうなのか結衣?今まで知らなかったなそれ」
「私も分かるし、朝日君も高木君もよく家まで私の事送ってくれてたでしょ?あれ凄く安心するの。そういう話なら高木君クラスメイトだし一緒に行動してあげた方が良いよ」
「成瀬もそう思うか。どうだ岬?」
「うん……バイトはしばらく続けたいし、お願いしたいかも」
「それから岬さん、高木君が廃棄のお弁当食べてないか合わせてチェックお願いします」
「了解」
「なんだよそれ、おかしいだろ?」
「ははは」
俺たち3人の中に岬もすっかり溶け込む。
元々お兄さんが野球部の選手という繋がりもあった。
最後に話はそれぞれの部活におよぶ。
「岬さんは部活入らないの?」
「とりあえず入学してからバイトだけしてたし……ちょっと考えてるかも」
「野球部どうだ、お兄さんもいるだろ?結衣もいるし楽しいぞ、なあ結衣」
「みんな仲良いし、監督さんも女の子に優しいよ。私は割とおススメかな」
「そっか……あんたは?」
「へ?俺?」
「アホ面、何も考えてないし」
「お前、なんで俺にだけ毒吐くんだよ」
「知らないし」
「ははは。面白いなお前ら」
偶然が重なりS2クラスに集まった4人。
俺が考えていた高校生活とは大分違うが、これはこれで楽しいと感じる毎日。
部活……か。
未来ノートの問題ばかり解く事に集中していた毎日。
ガッツリ時間を取られるのは俺のライフサイクルには合わない。
最近の成瀬は部活も始めて忙しいはずなのに、部活の横のつながりが出来てとても充実しているように見える。
甲子園と楓先輩という目標に向かう太陽。
何か目標を持って行動するのは、勉強だろうが部活だろうが悪い事では無いと思う。
部活というものに段々と憧れを抱くようになった。
探すだけ……探してみるのも、悪くないのかも知れないな。
 




