40.「見られてる」
学校から徒歩0分の神宮寺家でお昼をご馳走になる。
スマホを持っていない俺。
どんなものがあるかだけでも見ようかと、ぼんやりと考えながら駅へと向かう。
少し気になる事があった。
さっき神宮司の家で食事をしていた時の話。
―――読んでたところ。『源氏物語』の第4巻。
俺が未来ノートを使って調べていた箇所。
テスト範囲にちょうど出てくる『源氏物語』。
マイナーな徒然草など、古典文学から出題されるのは古文の科目では当然と言えば当然。
いくら『源氏物語』が大好きな神宮司とはいえ、出題箇所を2度も連続して言い当てるほど古典書を読み込む事なんて出来ているのだろうか?
もし本当の話なら、よほどの読み込み量。
だがあの『源氏物語』は現代語で書かれた普通の書物では無い。
俺が内容を理解できているのはパソコンで調べただけで、原文から拾えるニュアンスはほんの僅か。
―――読んでたところ。『源氏物語』の第4巻。
もしかして……神宮司が言いたい事は違っていたのか?
もしかして……神宮司も未来ノートを持っているとしたら……。
未来ノートで問題を読んでたところ……『源氏物語』の第4巻……。
馬鹿馬鹿しい、考え過ぎだな。
部活に入っていない妹の神宮寺。
楓先輩と真弓姉さんに連れられて、今日はお姉さんたちと共に野球部の手伝いに向かったようだ。
最後は真弓姉さんが部活終わったらおやつタイムと誘い文句。
あっさりお姉さんたちについて行く事を決めた妹の思考パターンは、俺には一生理解できないだろう。
勉強ばかりが高校生活じゃない。
いつか太陽が言っていた話を思い出す。
テストの嵐は続いているが、バイトは一段落したし、テスト明けから密なスケジュールを見直す事も考えていた。
太陽も成瀬もうるさいし……。
『高木、あんたも野球部入る?』
『真弓姉さん、俺にグラウンドの草むしりさせるつもりですか?』
真弓姉さんにああは言ったが、部活に入る事に多少の憧れもある。
選ぶなら当然文化系。
インドア派の俺がやった事もない野球部に入れば、毎日草むしりとグラウンド整備の補欠要員確定だ。
憧れも良いが、最も余裕が無いのが迫りくる次のテスト。
今日やっと中間テストを終わらせたが、さっそく次のテストも控える。
突然予期しないテストが印字されていないか毎日確認しておく。
抜き打ちテストはもはや作新高校特別進学部において日常茶飯事。
未来ノートをカバンから取り出す。
確認したノートの1ページ目。
次のテストは来月の全国模試。
小テストの類いは表示されていない。
仮に直近の小テストが発生した場合、未来で俺が解く予定の問題は到来する順番にノートの1ページ目から表示される。
中間テストが終了し、次に控える全国模試まで幾分時間の余裕はありそうだ。
先にスマホか……。
見るだけ見てみよいかな。
将来パソコンによる検索が必要になった場合、さすがに図書館の共用パソコンはもう使いたくない。
人目に触れずに検索するには、パソコンかスマホが必須アイテム。
検査官にも嫌みを言われたが、高校生でスマホ持ってない俺は間違いなく少数派。
あんな検査があった後で図書館には向かいづらい。
駅前にスマホ売ってる店がたくさんあったはず。
今日はバイトも入れてないし、スマホのショップに向かう事にする。
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スマホのショップに到着。
所持品はポケベルしかない俺。
当然スマートフォンの知識はない。
店員も少ないし、適当に並べられた機種を眺める事にする。
「あっ原始人見っけ」
「誰がキム・テヒョンだって?」
「死ねし」
俺の事を初手から馬鹿にしてくるのは、後にも先にもあの子しかいない。
最近このやり取りも段々と慣れてきた。
クラスメイトの岬れな。
制服姿で1人でいる。
「岬か?何でこんなとこいるんだよ?」
「それうちのセリフっしょ」
まさかの遭遇。
スマホショップなのでお互いスマホを探しに来たのだろう。
バイト先も同じ。
当然だが進学先も同じ場所を選んで集っている。
容姿も性格も正反対の俺たちだが、不思議と似た行動を選んでいるように思える。
「スマホ?」
「ああ、検索とか便利そうだし」
「なに調べるわけ?」
「それはテストの……」
「テスト?」
ヤバ。
思ってる事そのまま言ってしまいそうになった。
最近打ち解けてきたせいで、太陽や成瀬と同じ感覚で何でも話してしまいそうになる。
「……旅行とか行った時も便利そう」
「無いと死ぬし」
「この前の旅行、地球の歩き方とか持ってったのか?」
「デジタル版をスマホに入れてる」
「そんな事も出来るのか?」
何も知らない俺が質問しても、最近の彼女は嫌がらずに何でも答えてくれる。
「小説も見れるのか……そりゃそうだよなスマホだし」
「小説サイトはたくさんあるし」
「このEってなんだ?」
「エブリスタ」
スマホ知識ゼロの俺に色々なアプリや機能をレクチャーしてくれる。
「こっちは電池長持ち」
「そうか」
「こっちは防水」
「それ良いな」
会ったのは偶然だが、あれこれ教えてくれて本当に助かる。
格安スマホショップの店員は塩対応。
岬の優しさが見に染みる。
「英語翻訳!?不正行為だろそれ!」
「海外行ったら必須。不正行為ってなに?」
「いや、別に……」
最近なんでも不正行為に感じる。
辞書で調べるものだと思っていた英語の長文問題も、スマホのアプリがあれば一瞬で翻訳される。
(カシャッ!)
「写メして、ほら」
「すげ、一瞬で英語が日本語に……翻訳は結構いい加減だな」
「フランス行った時、ルーヴル美術館とかの英語の説明もこれで何となく分かった」
「頭良いな岬」
「あんたが言うなし」
時代の最先端をいくデジタル女子に指導を受け続ける。
「結局どんな使い方がメインなわけ?」
「俺は友達少ないし、検索メインで、動画もそこそこみたい」
「ヒッキー用ね了解」
今日もハリネズミのトゲがビシビシと刺さり続ける。
毒も吐きつつ、店員の代わりにスマホを選び始める岬。
「やっぱこれっしょ。月1980(いちきゅっぱ)」
「端末代は?」
「無料」
「嘘だろ岬。俺、無料大好き」
「うるさいし」
今日は見るだけと思っていたスマホ。
バイトも最近頑張ったし、テストの余裕は無いが経済的には余裕が出てきた。
無料の誘惑に引き込まれ、スマホを契約してしまう事にする。
「すげえな、スマホか」
「子供かあんたは。ラインとか分かってる?」
「なにラインって?」
「原始時代かっつーの」
スマホの契約はあっさり終了する。
立ち話が面倒だと言う岬と一緒に駅前のマクドナルドに入る。
2階席に上がり、ポテトだけ買って並んで座る。
スマホを手にいれてハイテンションの俺に、岬はラインのアプリについて教えてくれる。
「はい、これこう」
「お、おう。俺、今どうなった?」
「既読ついたっしょ」
「おう。グループ?なんだこれ」
「バイト休むとか、連絡取れるっしょ」
「もうポケベル使わなく良いのか俺?」
「だから何それ?公衆電話無いと死ぬし」
「たしかに。下手したら手紙の方が早いかも知れない」
ラインというアプリを教えてもらい、俺と岬のグループが作られたらしい。
これでバイト関係の連絡が取り合えるので、いちいち相手に電話で話す必要が無くなった。
グループラインの岬のバナーにパンダの顔が表示される。
「パンダ好きなのか岬?」
「うるさいし」
「そういえばそのストラップも」
「死ねし」
岬のトゲがビシビシ刺さる。
ハリネズミじゃなくてパンダがもしかして好きなのかこの子?
あまりツッコまれたく無い話題のようだ。
「……」
「どうした岬?」
「ちょっと彼氏のフリして」
「はっ?」
突然岬がポテトを1つ取ると、俺の口に入れようとしてくる。
「嘘だろお前」
「良いから」
「わ、分かった」
どういうつもりだ?
言われた通り、岬が運んでくれるポテトをそのまま口で受け取る。
俺の人生であり得ないシチューション。
何度かそれを繰り返す岬。
岬が今度はスマホをいじり始める。
しばらくして俺のスマホのラインにメッセージ。
隣に座る岬からのラインメッセージだった。
『見られてる』
 




