39.「偉い人」
2日間の日程で行われた中間テストが終了した。
中間テスト2日目は午前中に全テストが終了する。
今日はこれで授業は終了。
事前の全力予習で把握していたが、英語の長文問題や現代文の筆記問題。
いわゆる記述式の問題に関しては満点を取る事は不可能だろう。
語群問題に関しても覚えきれずに忘れてしまった解答は、すべて勘で埋めてしまった。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
午前中で授業終了という事もあり、終了と同時に太陽と成瀬がS2クラスに合流してくる。
昨日は手荷物検査の一件があり、2人と一緒に食事をする事はなかった。
2人の話では、上級生も含めて中間テストの日程は2年生も3年生も同じ日程で行われる。
今日から部活も再開。
さっそく野球部も夏の甲子園、県内で行われる地区予選に向けて猛練習が開始されるそうだ。
それ以外に雑談は他の話題に移る。
「スマホ?うん、結構考えてる」
「格安スマホなら負担も少ないぞシュドウ。お前でもいけるだろ?」
「奨学金がおりたから本気で考える。今月からバイトも減らせるぐらい余裕出てきたし」
「それ良かった~。高木君の体心配だったんだよ」
「成瀬もこれまでの勉強に加えて野球部だろ?それに1日中練習と勉強もこなしてる太陽の方がずっと凄いよ」
お互いに1日を充実して過ごしている。
制度の不備か、待ちに待った奨学金の支給。
この2カ月ほど作新高校に通うために、かなり無理してバイトをこなしてきたのは事実。
疎遠になった父親には頼れないと考え、自分で決めた進路を実現させるためにかなり無理をしてしまっていたのかも知れない。
2人を支えにここまで頑張る事が出来た。
太陽と成瀬には本当に感謝してもしきれない。
「成瀬、中間テストも一段落したし、お弁当申し訳ないから明日からはもういいよ」
「私は平気だよ?S1クラスに上がるのも応援したいし」
「しかしだな……」
「何だシュドウ。今になって恥ずかしくなってきたのか?」
「うるさいな太陽。俺はそういうわけじゃ……」
「高木君。お客様です」
「お客様?げっ!?光源氏」
「誰よ光源氏って?神宮司さんでしょ、もう。早く行ってあげたら?」
妹の神宮司。
S2クラスの教室の後ろからこちらを覗き込んでいる。
小動物のような行動が激しく可愛い。
ただ俺には今日、彼女に会いたくない理由がある……。
無視するわけにもいかず、とりあえず廊下へ出る。
俺の顔を見ると無表情だった顔が一変する。
視線が合うと顔が笑顔に変わる。
どうやら俺の顔がよほど面白いらしい。
「テスト終わったね」
「そ、そうだな……」
「これから帰り?」
「おう」
「うち、くる?」
俺の理性が一瞬で吹き飛びそうになる殺人的な言葉を発する。
もちろんこの子に他意はない。
ただ単純に友達として誘ってくれているつもりに違いない。
大きな瞳でこれ以上俺を凝視しないでくれ。
近くで見ている成瀬の視線も痛い。
今日は午前中までの授業。
ここ2カ月間のハードスケジュールを支え続けてくれた成瀬の弁当は今日は無い。
「今日ね、お姉ちゃんと朝からサンドイッチの準備してたの」
「マジか。もう作っちゃったのか?」
「うん。あと切るだけ」
「そんな準備してないで、中間テストの勉強しろよ」
「う~ん、まあ大丈夫かなって」
この子は実質実力テスト、学年トップの成績を叩き出した才女。
口では子供みたいに軽く言ってるが、俺より何倍も頭が良い。
3年生の楓先輩も朝から余裕で妹と俺のサンドイッチを作っていたらしい。
全力予習で余裕ゼロ男の俺とは雲泥の差だ。
「俺の他に誰かいるのか?」
「お姉ちゃんと~成瀬さんのお姉さんも一緒」
「そ、そうか」
さすがに俺だけだとハードルが高すぎる。
前回この子の家に行った時は、まさかのお部屋直行でテラス席まで足を踏み入れてしまった。
昨日俺の家にまで来て誘ってくれた神宮司姉妹。
時間は少しで良いとか楓先輩が言っていたが、俺から言わせれば彼女の家に行く理由は皆無。
「じゃあなシュドウ。俺と結衣は野球部行くから」
「ちょっと待って2人とも。成瀬、真弓姉さん一緒らしいからお前も」
「じゃあね高木君」
太陽と成瀬。
楓先輩の存在を察知したのか、2人は逃げるよう去っていく。
いつも不思議に思うが、太陽はなぜ楓先輩に近づくチャンスをいつも避ける行動をとるのか?
気になる女の子に近づかない……成瀬の理由は分からないが、俺と太陽は違う動機で同じように気になる女の子を避けているのかも知れない。
同じ野球部の太陽と成瀬はそのまま部活へ行ってしまった。
サンドイッチが俺に食べられるためにすでにこの子の家で待機している。
もうこの状況でいけませんとはとても言えない。
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「ははは、娘たちが無理して誘ってすまなかったね」
「あの時のおじさん……」
「ちょっと高木君、おじさんじゃないでしょ。作新高校の理事長だよ、一番偉い人」
「本当ですかそれ?」
妹の神宮司に腕を掴まれ学校の校舎から引きずり出された俺。
学校の正門で待っていたのは、真弓姉さんと楓先輩の2人だった。
今日は学校から徒歩0分の神宮司家で昼食を取り、そのまま先輩たち2人は部活に顔を出すらしい。
下級生と違って、上級生は後から合流。
野球部内での慣習と事情、部活内の事は俺にはよく分からない。
理事長……神宮司姉妹のお父さん?
最初にこの人に会ったのは、図書館で調べものをしていて閉館時間の迫った時。
2度目に会ったのはつい先日。
俺が検査官2人から手荷物検査を受けている時だった。
今日は神宮司姉妹が作ってくれたサンドイッチを1階の食卓で囲む。
神宮司姉妹のお父さんでもある理事長のおじさん。
姉妹がどう俺の事を紹介しているのか知らないが、一度俺と話をしてみたかったと話す。
理路整然とした言葉遣いにとても威厳を感じる。
「昨日はすまなかったね」
「いえ、僕は何とも思ってませんから大丈夫です。規則ですし、学校側の対応は当然の事だと思います」
「そう言ってもらえると助かる。君のように真面目に勉強している生徒が報われねばならんからな」
グサリと心にトゲが刺さる。
真面目に勉強……学校を代表する人の前で、俺自身不正行為に手を染めている。
背信行為に胸が痛くなる。
これも未来ノートの力の代償……。
話をしていて神宮司の父親は、俺の事を作新高校の一学生という立場からここに呼んだフシがある。
俺と神宮司姉妹が会っている事を、特にとがめるような事は口にしない。
「経済的な理由で必要な教材購入を諦める事があってはならんな。何か学校に意見があれば、すべてとはいかないが改善できるよう努力しよう」
「それでしたら1つだけ思ってた事がありまして」
「なんだね?」
「高木、あんまり出しゃばらない」
「ははは、遠慮はいらんよ。言ってみなさい」
特別進学部に入れば、元々国の制度で無償化されているもの以外に毎月かかる施設費などは免除されるが、一番お金がかかったのが3月末に払い込み期日を迎える入学金。
無償支給型の奨学金は俺のような家庭事情がある経済的に豊かではない家庭には本当にありがたい制度。
教材購入費や生活費の一部にも充てられる貴重な奨学金制度。
俺は作新高校に2月下旬に合格してからの話をこの学校の偉い人に話をした。
「アルバイトをして工面したのかね?」
「そうなんです。片親はいるんですが、そこまで頼れなくて……」
「なるほど……5月支給では制度の不備と言われても致し方ない。合格発表後に各家庭の世帯収入を調査のうえ支給を決定しておるからして……君のような特別な事情がある生徒に対しては、みなし支給の制度を考えねばなるまいな」
「本当ですか?ぜひ検討して下さい」
「高木、あんた結衣ちゃんたちと遊ばずにそんなにバイト頑張ってたのね」
「え、ええ。まあ……」
思いがけず高校の偉い人に自分の思っていた意見を述べる機会に恵まれた。
俺が入学金を工面するためにアルバイトをしていた事に、楓先輩や神宮司も初めて聞いて驚いている様子だ。
「すまなかったね。楓と葵から君の話はよく聞いている。これからも仲良くしてやってくれ」
そう言い残し、神宮司のお父さんは足早に席を立ち部屋から出て行った。
それを見届けて、姉妹が食卓にサンドイッチを並べ始める。
「ごめんなさいね守道君、こんなものしか用意できなくて」
「いえ、とんでもないですよ先輩。それじゃあ遠慮なくいただきます」
最近とても感じる。
本当に夢の中にいるような気持ちなる。
ただこの夢は、楽しい事ばかりを見せてくれる夢では無い。
「ちょっと高木、行儀悪いぞ」
「はにはです?」
「口の中の物、ちゃんと飲み込んでから喋る。結衣ちゃんに言うわよ」
「そんな密告しないで下さいよ先輩」
「ふふふ」
未来ノート発覚の恐怖に怯えながら、楽しい時間も同時に俺に与えてくれる夢の時間。
この体験する事の無かった時を、俺はあとどれくらいの時間過ごす事が出来るのだろうか?
「シュドウ君、良かったね」
「何が?」
「また出たね、読んでたところ」
―――読んでたところ。『源氏物語』の第4巻。
「あら、そうなの葵ちゃん?」
「うん、そうだよねシュドウ君。この前読んでた『葵の上』の出てくるところ」
「えっと……そうかな?良く分からなかった」
「ふ~ん……そっか」
俺は言葉を濁す。
事前に問題を把握していたなんて、当然言えるわけも無い。
成瀬の姉さんは俺が『源氏物語』を読んでいた事を始めて聞いた様子。
「高木、あなた古典文学なんて読むようになったの?」
「ただの興味本位というか……」
「本当変わったわねあなた。人は変われるものね」
「それどういう意味ですか姉さん」
読むきっかけはテストに出るから。
あまりに不純で、あまりに身勝手な動機。
それでも動機はどうあれ、俺が『源氏物語』を読んだ事実には変わりが無かった。
「シュドウ君、妹さんいるんだね」
「ああ」
「『紫の上』、だから好きだったんだ」
「どういう意味だよ」
「う~ん……小さいから」
「その俺が小さい子好きみたいな偏見はやめてくれ」
「だってまだ4巻でしょ?6歳だよ『紫の上』」
「その設定まで理解出来てないんだよ俺は」
楓先輩と真弓姉さんは、俺と妹の神宮司の話を聞いて笑っている。
動機は不純だが、たしかに『源氏物語』の世界に足を突っ込んでいる俺。
テストの解答を探し求めて好きだと言った『紫の上』。
妹の神宮司は俺が『源氏物語』を好きで好きでしょうがないものだと勘違いをしてしまっている。
「高木君、どうせテスト範囲だったから読み始めただけでしょ?」
「身もふたもない言い方しますね姉さん。ぶっちゃけそうですけど」
「どうせそんな事だろうと思ったわよ。良いんじゃない、キッカケなんてそんなもんだし」
成瀬の姉さんの言う事がほぼほぼ俺の正解に近かった。
今日ここに俺を連れてきたのは、神宮司のお父さんが抜き打ち検査の一件でワビを入れたかったのが主目的のような1日だった。
「見て見てシュドウ君」
「スマホ?なにその画面、光源氏の待ち受け?」
「良いでしょ?」
スマホの待ち受け画面には、『源氏物語』の登場人物、光源氏のものと思われる絵がトップ画面に表示される。
「今度あげる」
「いいよ、俺スマホ無いから」
「う~ん、そっか。じゃあスマホ買ったらあげるね」
「頼むよ」
スマホか……やっぱり必要だよな。
これ以上図書館で検索行為もしたくないし、太陽たちと連絡取り合えるのも魅力的に感じる。
「葵ちゃんもお姉ちゃんたちと一緒にどう?」
「う~ん……」
「葵ちゃんならいつでも大歓迎。うちの結衣ちゃんもいるから、楽しいよきっと」
食事中に妹の神宮司が、これから先輩2人が向かう野球部のマネージャーに誘っていた。
妹の反応は鈍い。
そう言えば1年生の女子マネージャーがいなくて、今は成瀬1人だったと姉さんが言ってたな。
この子が野球部のマネージャーとか俺にとっては想像できないが、これだけの美少女がいれば男子球児のやる気は最大値まで上がりそうだ。
神宮司家で食事をご馳走になり、家を後にする。
学校に戻り、図書館へ向かう事に拒否反応を感じた俺。
ここのパソコンでの検索行為は、いずれ問題発覚の要因になる。
まるで犯罪を隠しているような後ろめたい気持ちを抱えたまま、図書館では無く駅前の方向へと1人で歩を進める。




