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38.「紫穂」

 家の扉を開けて驚愕する。

 あり得ない訪問者、神宮司姉妹。

 その姉妹と付き添うように、成瀬の姉さん、成瀬真弓の姿もあった。



「シュドウ君いた」

「守道君、ごめんなさいね押しかけたりして」

「いえ、別に……」



 俺の視線の先に成瀬の姉さんの姿があった。

 無言だが口パクで『ごめ~ん』と両手を合わせてごめんなさいジェスチャー。

 この2人を俺のアパートに導いたのは、この場所を知っている成瀬の姉さんで犯人は確定だ。


 俺に一体何の用だろうかこの2人……。

 俺はそのまま玄関の先で神宮司姉妹と話す。

 家の中にいる太陽と紫穂は、訪問者が誰なのか気づいていない。



「あのねシュドウ君。明日テストが終わったらうちに来ない?」

「行くわけないだろ神宮司」



 再び神宮司姉妹の後ろに退避している成瀬真弓。

 顔を大きく縦に振り、『うんうん』とジェスチャーする。

 

 まさかの遊びに来ないかの誘い。

 どうしてわざわざ家まで来る必要があった?



「お時間は少しだけでも結構ですので」

「楓先輩、少しと言われても……」

「うち学校から近いよ」

「だろうな」



 神宮司の家は学校から徒歩0分。

 いけない理由が行きたくないからだけでは通用しそうにない。



「あっ、お姉ちゃんたち……」

「お兄ちゃん、この人たち誰?」

「結衣ちゃん。それに……」



 買い物を終わらせた成瀬と妹の紫穂が帰って来た。

 俺の家の玄関前で鉢合わせになる。


 妹の紫穂があまりに美人の女子生徒に目が先にいったのか、驚いた表情を浮かべている。

 俺の自宅にこんな女子が来る事はまずない。

 目をパチクリさせて視線を変えた先に、成瀬真弓の姿を見つける。



「あっ、真弓先輩だ」

「あら紫穂ちゃん~来てたんだ~」



 女子2人が両手を繋ぎながら顔を合わせる。

 成瀬の姉さんと紫穂も顔見知り。

 はしゃぎながら成瀬の姉さんが、楓先輩と妹の神宮司に紫穂の紹介を始めてしまった。



「凄い、『紫の上』、いたんだシュドウ君のおうち」

「ちょっと待て」

「なにお兄ちゃん、紫のうえって?」

「紫穂、お前はまだ子供だから知らなくて良い」

「何それ、ちょっと嫌なんですけど」

「大好きだもんねシュドウ君、『紫の上』」

「神宮司、お前話がややこしくなるからちょっとだけ黙っててくれ」



 『源氏物語』大好き女子が俺の妹の名前に反応してしまった。

 ご丁寧に妹の名前の漢字まで説明した成瀬の姉さんが悪い。



「シュドウ、知り合いか?……あっ先輩!?お疲れ様です」

「朝日君も居たのね」

「うっす。真弓先輩もお疲れ様っす」

「もう、真面目ね太陽君」



 すでに楓先輩に想いを告げている太陽が、いきなり現れた先輩たちの姿を見て恐縮している。

 その様子を見て、楓先輩が話し始める。



「お伝えしたい事はお伝えしました。守道君」

「はい」

「また明日お伺いします。考えてみていただけますか?」

「……分かりました」



 玄関先にいた神宮司姉妹と成瀬の姉さんたち。

 言いたい事を言い終えたのか、楓先輩もお辞儀をしてその場を後にする。



「シュドウ君、明日ね」

「お、おう」

「バイバイ」



 いつものように胸の前で小さく手を振る可愛い仕草。

 成瀬や太陽、しかも今日は妹の紫穂がいる前で、嫌なところを見られてしまった。



「ちょっとお兄ちゃん。誰?あの人たち。紫のうえって何?オレンジのうえもあるわけ?」

「声が怖いぞ紫穂。オレンジの上とか、そういう意味じゃないんだよ」

「とりあえず中で聞く」



 突然俺をジト目で見始めた妹の紫穂。

 成瀬と太陽も家の中にふたたび戻り、取り調べ室に連行された俺に妹からの尋問が開始される。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「久しぶりに来てみれば、作新高校入ってるし、女ったらしなってたし」

「いつから俺が女ったらしだよ紫穂」

「明日の件も気になるし、これからちょくちょくチェックしに来ます」

「来なくていいよ」

「ははは」



 夕日で空が赤く染まる。

 妹の紫穂も交えて、4人ですっかり話し込んでしまった。


 中間テストは明日最終日。

 テスト期間中である事を知らなかった紫穂は、気をつかったのかすぐに帰ると言い始めた。



「太陽、成瀬。今日はありがと、おかげで大分スッキリした」

「おう」

「良かった、そう言ってもらえて」



 俺たち3人がピンチの時は、お互いこうして助け合ってきた。

 壊れそうで壊れない、腐れ縁の3人の関係は今の俺にとって大切な繋がりの1つ。

 

 以前この3人の中に自分がいる事に、自責の念すら語っていた成瀬。

 未来ノートという不正な行為に手を染めてまでこの3人の関係を維持しているのは他でもない俺自身。



「お兄ちゃん、成瀬先輩ずっと見てるし」

「うるさいぞ紫穂。俺の株を落とすな、もっと兄を褒め称えろ」

「スケベ」

「ははは」



 妹の紫穂。

 別れて暮らすのが普通になってしまってからも、紫穂は度々ここを訪れては俺の事を気にかけてくれた。


 血の繋がりは兄が隣町の公立高校に通っていても変わりようがない繋がり。

 作新高校に通っていなければ、俺と太陽、成瀬の関係を維持する事が出来ていたのだろうか?

 

 未来ノートの力によって、今のこの関係が維持されている。

 入試の前、成瀬が太陽に告白したあの日から、俺はずっとそう感じ、ノートを手放す事が出来なくなっていた。



「お兄ちゃんさ、いい加減格安スマホで良いから買いなよ。生きてるか死んでるかいつも分かんない」

「スマホな……ちょっと考えてる。ポケベルならあるぞ紫穂」

「何それ、ゲーム?」



 中学2年生に俺のポケベルという言葉は通用しなかった。

 格安スマホ……昼間の一件もあったし、本気でちょっと悩んでる。


 スマホを持ちたい動機が俺の中で大きくなったのが、図書館で行っていた共用パソコンでの未来ノートの問題検索。

 全国模試の第一問の解答。

 俺の頭の片隅にこびりつく「憂鬱」という漢字が検索されていた事実。


 逆に俺が問題の答えを検索していて、先生や検査官に質問されても言い訳のしようが無い。

 昼間の抜き打ち検査、不正が発覚して連れて行かれたS1の生徒の姿が頭をよぎる。

 いずれ俺もその立場になるかも知れない……。



「じゃあなシュドウ。俺、紫穂ちゃんと結衣途中まで送ってく」

「ああ、頼むよ太陽」

「ありがとうございます朝日先輩」

「じゃあね高木君。また明日ね」



 夕方の時間帯。

 太陽は女子2人を家の途中まで送ってくれる。

 こういうところ凄く気が利く。

 体育会系男子の鏡のような対応。


 神宮司姉妹の来訪というイレギュラーはあったものの、昼間の中間テストで不快な思いをしていた俺の心はすっかり晴れやかになっていた。


 太陽と成瀬がいる。

 俺はこの関係を維持したい。


 昼間の抜き打ち検査があったばかりの今日この時にも関わらず、力を求めてカバンの中から未来ノートを取り出す。


 びっしりと書き込まれた、俺が何十時間も使って書いた問題の模範解答。

 過去の自分がテストで点数を取れない事への恐怖におののき、表示された未来の問題を必死に調べた跡。


 俺は天秤にかける。

 今からでもこのノートを捨てて独力で今後のテストに臨む事。

 このノートを開き、今の人間関係を維持する事。


 明日の中間テストが終われば、来月6月に全国模試も控える。

 そして7月には期末テスト。

 息つく暇もないテストの連続。


 俺は天秤にかける。

 ノートを捨てるか。

 ノートを開くか。


 自責の念を抱きつつ、太陽と成瀬への裏切りの気持ちも抱きながら。


 昼間抜き打ち検査で連れて行かれたS1クラスの生徒の姿を自分に重ねながら。



 ――結局俺はノートのページを開く。



 俺は心の弱い人間。


 開いても開かなくても、心のわだかまりが消える事はないと思った。


 ただ今の状況を天秤にかけて、俺はノートを開く決断をした。



 

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