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29.「新しい目標」

 一人で買い物に出かけてしまった成瀬。

 家には俺と成瀬の姉さんだけが残る。


 真剣な表情に変わる成瀬真弓の顔を見て、さすがに俺も真面目な話だとすぐに察する。



「あの子と……学校では最近お話してる?」

「ええ、まあそれなりに」

「どんな感じ?普通?」

「普通かどうかは分かりませんけど……」

「そう……」



 姉さんは聞きたい事をストレートに話してこない。

 お姉さんなりに何か気を使っている印象も受ける。

 俺に対しても、成瀬に対しても。



「あの子さ、君に申し訳ない気持ちで一杯なの」

「なんでです?まあ……最近やたら優しくしてくれるような気はしないでもないですけど……」

「あの子太陽君に告白したの、高木君も知ってるでしょ?」

「やっぱそれ知ってます?」

「まあね」


 

 成瀬と姉さんは仲の良い姉妹。

 お互いすべてでは無いにしても、相談し合ったり話はするはず。

 太陽と妹の事だって、知っていて当然なのかも知れない。



「これは内緒にして欲しいんだけど」

「だったら言わないで下さいよ姉さん」

「なんで?度胸無いわね、男のくせに」

「俺メンタル弱いんですから」

「でしょうね~でもそれはうちの結衣ちゃんも一緒」

「知ってますよ」



 姉さんは少し迷ったようなそぶりを見せ、分かりやすい表情で、意を決したように俺に話し始める。



「やっぱり言っとく」

「言うのかよ……なんすか」

「太陽君に告白する時、結衣ちゃん君に太陽君を呼んでもらうようお願いしたでしょ」

「あ……ええ……そんな事も……ありましたね」

「あれすっごく後悔してるの結衣ちゃん。あの日からしばらく食事食べて無かったし」



 もう大分以前のように感じてしまう。

 あの日。

 成瀬にお願いされて。

 太陽を俺たちの小学校の裏庭に呼び出した日の出来事。


 俺たち3人にとって、今までの関係が変わるターニングポイントのような日。



「君に言うのは申し訳ないと思ってる。でも今まで結衣ちゃんをイジメてきた分聞いて欲しい」

「なんすかその借金みたいな言い方……ちょっとそれは俺も反省してます。とりあえず聞きます」

「よし偉い。でね、暗かったあの子がある日突然元気になった」

「元気になった?」

「そう。見違えるほど良くなって、決まって話すのが君のテストの結果」

「そ、そう……ですか」



 俺はコーヒーテーブルの机の上に置いた未来ノートに目をやる。

 姉さんの話を聞いて、作新高校入試前の俺の行動を思い出す。


 この黄色いノートを偶然書店で購入し、1ページ目に印字された謎の問題を偶然発見した俺。

 その問題を予習して臨んだテストの結果は満点。

 この黄色いノートが、未来で俺が解く事になる問題を示している事に気づいた頃。


 あの頃の壊れかけた3人の関係を、この未来ノートは紡いでくれた。

 俺が突然テストで満点取るようになり、その結果に3人は再び集った。



「最初は私も聞いてて1日・2日の奇跡だと思ってた」

「なんすかそれ。実際そうですけど」

「そしたら作新高校の特別進学部、本当に合格しちゃうんだもん。もうビックリ。あの子じゃ無くても、私も驚いた、うん」

「それ絶対落ちると思ってたでしょ姉さん」

「うん、無理だと思ってた」

「全然美談でも何でもないですよそれ」



 太陽が以前、俺に話した事と同じ事を言ってる。

 実際俺の身近にいた人だからこそ、俺の中学時代の成績は知っている。

 作新高校の特進部に合格した俺という人間への反応……太陽や姉さんのような反応が自然なのかも知れない。



「褒めてるんですか?馬鹿にしてるんですか姉さん?」

「褒めてる褒めてる。君、凄く偉いよ」

「遅いですよそれ言うの……で、話終わりでしょ?俺、今無理して進学したせいでメチャメチャ苦労してるんですから」

「そんな苦労してるとこ悪いんだけど、あの子の事、気にかけて上げて欲しいの」

「成瀬ですか?」

「そう」



 成瀬の姉さんらしい妹への気遣い。

 今日俺をわざわざ家に呼んだのも、それを言いたかったからだろうか?



「あの子の友達、美術部の子もそう。ほとんど隣町の公立高校行っちゃって、S1クラスに知り合いいないみたいだし」

「美術部の子がいないって言ってましたね。なんで部活美術部入らないのか不思議で聞いた事があります」

「作新高校に決めたのも、色々想いはあっただろうし。勧めた私も責任感じてるし」

「進学先決めるのは本人ですよ。姉さんが責任感じる必要無くないですか?」

「言うようになったなこのイタズラ坊主め」

「そりゃどうも」



 成瀬は太陽の告白の時に、俺に太陽を呼び出させた事を後悔しているらしい。

 姉さんの話は少し違う気が俺はする。

 姉妹とはいえ、すべてを姉に話す事は出来ない。


 俺は涙ながらに成瀬から謝られた事を覚えている。

 成瀬が本当に後悔したのは、俺たち3人の関係を一度壊してしまった事だと思う。


 あの告白の日、太陽が怒った翌日。

 俺と太陽はバツが悪くなり、朝同じクラスの成瀬を無視して自分の席に座った。


 成瀬本人がどう考えているのか分からないが、あの時の事はもう昔の事。

 俺は取り戻せた3人の関係に、今とても満足している。


 作新高校の入試。

 中央図書館でしか問題を調べるすべを知らなかったあの頃の俺。

 未来ノートに表示された、作新高校の入試問題模範解答作りを、俺は密かに成瀬に手伝わせてしまった負い目を感じている。


 あの時、あの頃。

 太陽と成瀬、2人の力が無ければ、入試問題が分かったところで、俺は解答を導き出す事は出来なかった。


 この高校に勧めたのを、周りは俺の実力だと勘違いしている。


 作新高校に入学できたのは、間違い無く太陽と成瀬のおかげ。



「ただいま~」

「あっ結衣ちゃんお帰り~」

「お帰り成瀬」

「ただいま高木君」



 成瀬は家に帰ると手を洗って台所へ向かう。

 姉妹はしばらく台所で何やら2人で会話をしている。


 成瀬の姉さんが俺の作新高校合格をあんな風に思っているのを初めて聞いた。

 成瀬がまだあの1月の出来事を引きずっている事も気づかされた。


 そして俺はあの時思っていた事を思い出す。

 彼女に入試問題の模範解答作りを手伝わせてしまった罪悪感。

 それでも俺はその罪ある行動と引き換えに、今こうして作新の生徒として彼女と同じ高校に通う。



「あら、いっけな~い」

「なにお姉ちゃん?」

「いるでしょ、福神漬け」

「いいよそれ今度で」

「じゃあ……行ってきま~す」

「ちょっと嘘でしょ?お姉ちゃん」



 ん?

 気づいたら成瀬の姉さんが家を出て行った。



「も~お姉ちゃんったら……」



 台所に1人でいる成瀬と目が合う。

 もしかして今、2人きり?



「ご飯まで……お勉強しよっか」

「あ、ああ……そ、そうだな……」



 無音と無言の時が過ぎる。

 ふたたびコーヒーテーブルに座る俺と成瀬。


 成瀬の姉さんにハメられた気が猛烈にするが、姉さんが帰ってくるまでに、俺は成瀬にどうしても言っておきたい事があった。


 ペンを止め、成瀬を見る。



「あのさ成瀬」

「あのね高木君」



 同時……お互いバツが悪い。



「ごめん、どうぞ」

「いや、レディーファースト」

「そういうレディーファースト、ちょっとズルい……私ね」

「おう」

「高木君に謝りたいと思ってたの」



 成瀬が下を向き、弱い口調で話しを続ける。



「無いだろ別に?謝る事なんて何も」

「あるよ、いっぱい」



 成瀬の口調は力を増した。

 俺は黙って彼女の言葉を待つ事にする。



「私ね、嫌な人間なの。誰にも頼れなくて、今でも高木君を頼ってる」

「好きなだけ頼れよ。友達だろ俺たち?」

「高木君、私にずっと優しいんだね」

「そんな事無いだろ……」

「ふふ、ちょっとそうかも。意地悪するし」

「根に持ってるじゃないかよ」



 成瀬は下を向いては何か悩みながら言葉を選んでいる。

 俺はゆっくり待つ事にした。

 彼女が言いたい事を、全部言って欲しかったからだ。



「あの時も……小学校に呼ぶのお願いした事……本当にごめんね」

「良いよそんな昔の話」

「太陽君と3人で集まる関係も……私1人で壊しちゃったし」

「ただの喧嘩みたいなもんだって。もう俺も太陽も何も思っちゃいないし、すっかり元に戻っただろ?」

「それは高木君のおかげだよ」



 成瀬はやはり責任を感じていた。

 3人の関係を一度壊してしまった事を。



「私太陽君に振られちゃったし……おかしいと思ってるんだ。何で私、まだ3人の中にいられるのかな……なんて」

「成瀬、お前……」



 成瀬の悩んでいた事に今初めて気が付いた。

 男と女、普段会わない関係の人間なら、告白して振られたらもう会う事は無いかも知れない。


 だけど俺たち3人は違った。

 長い間時を過ごしてきた友達であり仲間だったから。



「俺も太陽も、お前の事ノケものにするわけないだろ?」

「……えへへ」

「泣くなよお前」

「だって……うっ……高校入って……お友達いなくなって1人ぼっちだったし……高木君たちと一緒にいられるの、私、嬉しくて」

「嬉しいならずっと居ようぜ。3人で」

「だって……」



 泣き虫の成瀬がまたすぐ泣き始めた。


 涙で崩れる顔を隠そうとする成瀬。


 一度3人の関係を壊した事を、成瀬は罪悪感を抱いている。


 だから遠慮し、だから我慢する。


 俺は成瀬の話を聞いてそう感じた。


 そのまま話を最後まで聞こうと、成瀬と向かい合ったまま彼女が落ち着くのを待った。



「えへへ……ごめんね」

「いつもの事だろ?お前が泣くのは」

「そうだね」



 落ち着きを取り戻した成瀬。

 ティッシュを1枚とり、顔に当てる。



「私ね。高木君にそれが言いたくて、謝りたくて、今週ずっと高木君と2人になれないかなって思ってて」

「あっ、お前今週全力で俺の勉強邪魔してきただろ」

「ほら、やっぱり邪魔だと思ってる」

「時と場合だよ。俺最近ずっとテストに追われて非常事態だったんだからさ」

「ごめん……」



 やたらと図書館で一緒に自習を誘ってきたのも、成瀬なりに伝えたい事がある裏返しだったようだ。

 

 思っている事を聞けて、俺も気持ちが楽になる。


 成瀬の姉さんが帰ってくる前に、俺も成瀬に伝えておきたい事を今話す事にした。



「成瀬、俺の話も聞いてくれるか?」

「うん、もちろんだよ」

「あのさ……」

「うん」





 ……ヤバい。



 ……レディーファーストとか言っといて。



 ……見つめられるとメチャメチャ恥ずかしい。



 さっきまで泣いていた成瀬が、クシャクシャに丸めたティッシュを片手に握り、時折目の涙を拭う。


 今言わないと、もう伝えられない気がした。


 俺が作新高校に入れたのは成瀬のおかげ。


 やり方も、未来ノートの話は口が裂けても言えない。


 机の上に置かれた黄色いノートを見て、今の俺を導いてくれた彼女に、どうしても伝えたい事があった。



「成瀬」

「はい」

「俺が作新高校に合格できたのはお前のおかげなんだ」

「……え?」



 何を言っているのか伝わっていない様子。

 成瀬はポカンとして首をかしげる。



「私、何もしてないよ?」

「とても俺は助かったんだよ。お前が入試問題、一緒に解いてくれた事が」

「えっ?えっと……ああっ……あれの事?あんなの何でもないよ、私なにも」



 俺にとって未来ノートの模範解答を完成させてくれた成瀬の存在は、作新高校合格へ導いてくれた天使以外何者でもない存在。


 自力であの英語の長文問題を解く事は不可能。

 太陽の答えも間違っていた。

 正しい模範解答を完成させたのは、他でもない成瀬だ。


 自分が俺の受験する問題の解答を手伝っていたと知らない成瀬。

 本当の事を知らない彼女は、感謝される理由が分かっていないはず。

 その証拠に、不思議そうに俺の顔を見ている。


 俺は彼女に自分の夢の手伝いをさせた。

 それが最低の行動だと知っていて、どうしても2人の後を追いたかった。



「何でもなく無い。あれのおかげで今の俺がある」

「大げさだよそれ高木君」

「全然大げさじゃない。成瀬、お前は俺を合格に導いてくれた恩人だ」

「高木君……」



 お互い過去のわだかまりが少し解けた気がする。

 成瀬はずっとあの日の事を引きずって、俺と太陽の輪の中に入る事に罪悪感を抱いていた。

 それを知り、逆に俺の方は彼女に高校合格のお礼を今初めて伝える事ができた。



 ――俺の中で吹っ切れた事が1つある。



 太陽と成瀬。

 2人がいなければ、俺はこの高校に合格できなかった。


 太陽と成瀬。

 2人がいなければ、俺はこの高校を選ぶ事はなかった。



 ――俺の中で吹っ切れた事が1つある。



 未来ノートの力を自分自身のためだけじゃない。

 この力は俺たち3人を繋ぐための大事な力。


 太陽と成瀬が笑顔になるために。

 たとえそれが間違った使い方だったとしても、それを目的に使い続けたい。




「成瀬」

「うん」

「お前と太陽がいなかったら、俺は作新高校には来なかったし入れなかった」

「なんかそれ恥ずかしいよ」

「真面目に聞けって」

「うん……」



 困ったような顔をする成瀬。

 成瀬の姉さんから話を聞いて、成瀬の話を今聞いて。

 俺の進んでいる道が、俺の周りの人にどんな影響を与えているのか初めて考えた。


 未来ノートには答えがない。


 その問題を解いた先に待つ未来の姿という答えが記されていない。

 直近のテストで満点を取り続け、学内でも不用意に目立ち過ぎたと感じていた自分。

 1問2問解答をせずS2クラスの平均点を目指す小細工すら考えた。


 この高校に入るという目的を達成したにも関わらず、S1クラスで孤独感を抱いていた成瀬の本心に今日初めて触れ気づかされた。


 入試合格の力をくれた彼女が、密かに抱いていた特別進学部内での孤独……。

 S1クラスという特殊な環境がそうさせるのか、S2の俺には様子が分からない。

 ただ1つ分かったのが、とても頭が良く、とても泣き虫な俺の親友の抱いていた孤独……。


 俺には本当の学力という実力はない。


 問題全力で予習して馬鹿やっているだけのただのガキだったな俺は……。

 そしてまた俺……子供みたいな事……考えちゃったよ……成瀬の涙を見て。


 未来ノートが与えてくれる未来の問題を見せてくれる夢のような力。






 ――俺はこの力を。




 ――今この瞬間。




 ――彼女の笑顔のために使いたいと。




 ――そう強く願ってしまった。





「お前が俺をS2まで導いてくれた」

「大げさだよ……」

「成瀬、俺」

「高木君?」

「今度は俺。自分の力で、S1目指して勉強頑張るよ」

「それ本当?」



 未来ノートを使ってこの高校に来れたのは、他でもない太陽と成瀬、2人のおかげ。

 今日ここに、こうして導かれるように成瀬の家に来れたのは、成瀬が入試問題の解答を手伝ってくれたおかげ。



「S1行ったら一緒に遊ぼうぜ成瀬」

「そんな目的のために頑張るの?おかしいよそれ高木君」



 作新高校の特別進学部に入れただけで、俺も成瀬にとっても夢のような話。

 俺は好きな女の子を喜ばせるために、未来ノートの持つ力を使いたいと強く願った。




「嫌なのか成瀬?俺がS1行くの?」

「本当にそうなったら私も嬉しいよ」

「なんで泣くんだよそこで」

「高木君が嬉しい事言うからだよ。え~ん」

「ただいま~結衣ちゃんイジメてないでしょうね~って!?おいこら高木!泣かせたな?何をした?一体結衣ちゃんに何をした?」

「なにもしてないっすよ姉さ、痛たたたたたた!?」


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