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27.第3章最終話「覚めない夢」

(ピコピコ~)



「ありがとうございました~」

「ありがとうございました……はぁ~」

「バイト終わりに彼女の家とか最低」

「え!?お、お前なんでそれ」

「昨日の大声。聞きたくなくても聞こえるし」

「彼女じゃないよ」



 土曜日。

 朝から同じシフトで働くクラスメイトの岬れな。

 俺の話を聞いてか聞かずか、夜のシフトを避けて早朝から同じ時間に働いている。

 

 図書館に行く時もよく彼女とすれ違う。

 バイトに来るという事は、お金を必要としているのは間違いない。


 他のクラスメイトみたいに塾とか通ってるのかこの子?

 昼と夜で性格が変わる個性的な彼女。

 この子の真意は不明だ。


 昨日金曜日の昼間。

 S2クラスに乱入してきた成瀬の姉さんとの会話を、いっさいがっさい全部聞かれてしまっていた。


 俺の事をジト目で見るのは相変わらず。

 お客様に笑顔を振りまく彼女は、レジの内側にいる先輩の俺に対して反抗的な態度を取り続ける。



「今日廃棄の弁当、はい」

「今日に限ってよこすなよそんなに」



 岬が死んだ目をしながら俺に賞味期限切れのコンビニ弁当を渡してくる。

 いつもなら大喜びでお持ち帰りだが、この弁当を食べさせないために今日成瀬の姉さんが今頃俺に食事の準備をしてくれているに違いない。


 今まで色んな仕打ちを受けてきたが、俺の体を心配して食事まで作ってくれるのはこれが初めて。

 これが作新高校特別進学部生徒になったブランドの力なのか?

 学校の名前という肩書を得て、本当は平均男子高木の名前だけが輝きを増している。


 そうでなければ説明がつかない。

 太陽は楓先輩の事が好き。

 でも成瀬は太陽の事が……でも今の成瀬フリーだよな?俺勝手に太陽も成瀬が好きだと思い込んでて……ああ、もう頭グチャグチャで分かんなくなってきた。



「すいませ~ん、コピー用紙無くなりました~」

「あ、は、はい。ただいま参ります!」



 忙しい俺のお店。

 土日祝日ともなれば店内は常にコンビニを利用する人で一杯。


 絶えず仕事に追われる俺。

 バイトをしていると、あっという間に時間が過ぎていく。


 昨日金曜日で学校の図書館が開いているうちに、未来ノートに記された直近の問題の模範解答作りは完成させている。


 土曜日と明日の日曜日。


 今日の成瀬家と明日の太陽の試合、俺はとりあえずこの2日プライベートを優先する事にした。


 今週1週間、勉強ばかりでは高校生活3年間耐えられないと太陽と成瀬に言われた忠告を受け止める事にしたからだ。


 実は心の中では焦っていた。


 昨日金曜日、図書館で未来ノートを確認して愕然とした。


 高校入試に匹敵するほどの恐ろしい分量の問題が突然ノートの半分あたりまで出現したからだ。


 日次で更新されていく未来ノートの1ページ目。


 直近に迫る日の問題からノートに表示されるのは経験上明らか。


 俺は学校の年間スケジュールを確認し、ノートの5ページ目以降からノートの半分に至るまで印字された問題を見て1つの結論に達した。






  ―――この問題量は1学期最初の登竜門、5月に実施される中間テストの問題―――




  


 問題のレベルも分量も小テストに比べて桁違い。

 出題される問題を事前に調べる行為。

 

 罪悪感が消えたわけではない。

 だがその問題を見てこう感じる。






  ―――今の俺の実力だと、確実に沈む―――

 




 今すぐにでも模範解答作りに取り掛かりたいほどの恐怖心が、事前に問題を調べる罪悪感を一瞬で上回った。


 俺は恐怖した。


 



 ―――この問題、何の予習も無く迎えれば、確実に赤点を取って今の生活は消えてなくなる―――




 

 この一週間、太陽そして成瀬と過ごした時間。

 毎日が夢の中にいるような時間。

 楽しかった中学時代の3人の関係を維持したい。


 楽しい思いにいつまでも浸っていたい。

 俺のそのわがままは、見えない不正行為に手を染めさせ続ける。


 じゃあ手放す事が出来るのか?

 この未来ノートという悪魔のノートを?


 赤点を連発し、俺の元から去っていく2人の顔を想像した時、俺は心底恐怖し、捨てる選択をすぐに諦めた。



「あんた……」

「ん?なんだ岬」

「たまにその深刻な顔してんの何?」

「……気のせいだよ」



 不安は顔になって出るようだ。

 岬にも分かるほど、昨日の夕方から俺はテストの事ばかり考えていた。


 中間テストという1カ月先の恐怖に、俺は今から恐れおののいている。

 こんな気持ちになるのは、高校の入試の時以来。


 だからあえてこの土日は、未来ノートの5ページ目以降には手を付けない事にした。

 時間はまだある。

 ここから先のページは一度調べ始めたらもう止まらなくなるに違いない。


 昨日は4ページ目までの小テストの問題だけ調べて、図書館を後にした。



「優等生様は何考えてんだか」

「優等生?劣等生の間違えだろ」

「嫌味?」

「実力、無いんだよ本当は」

「嫌味じゃんそれ」



 俺の言ってる事は矛盾だらけ。

 テストで満点取る男が、解答できない恐怖におびえている。


 俺は本当の俺を言っている。

 本当の俺はこの学校を通い続ける実力など持ち合わせてはいない。


 隣にいる岬の事が羨ましくも感じる。

 俺と違って実力で入試を突破したその学力に、俺は嫉妬すら感じていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 



 15時。

 バイトが終了し、コンビニの従業員待機スペースで深い深いため息をつく。


 本来経験する事が無かった時間を俺は今、現在進行形で過ごしている。


 未来ノートがもたらす夢の中にいるような時間そのものが俺を苦しめる。


 今日の俺の手書きのスケジュール表には、成瀬真弓が勝手に書き込んだ『土曜日 15時~成瀬家 ♡(ハート)』が記録されていた。


 忘れてましたなんて言えないよな……。



「今日は泊まり?」

「うお!?お、お前まだ帰ってなかったのかよ」

「動揺し過ぎだし」



 今日成瀬の家に行くのはこいつに全部バレてる。

 俺は手書きのスケジュール表をすぐカバンに隠し、帰る準備を始める。


 土曜日、今日学校はお休み。

 私服で来た岬れな。


 この子女子力高すぎ。

 スタイルがモデルみたいな女の子だ。

 バイトに来るだけなのに、これから彼氏とデートするかのようなミニスカート姿。

 

 ちょっと待てよ。

 今日俺、早朝からバイトだったし、頭ボサボサだし、おまけにこの格好……。



「あんた……まさかその恰好で女の家行く気?ダサすぎ」

「お前一言いつも多いだろ!俺は成瀬じゃなくて姉さんに呼ばれて行くんだよ」

「いい歳こいて馬鹿じゃん」



 今日もハリネズミのトゲがビシビシと俺の心に刺さりまくる。

 容赦ない岬の口撃。

 早く店を出てしまおう。


 立ち去ろうとする俺の進路をさえぎり、立ちふさがった岬がイタズラっぽく笑みを浮かべる。



「頭は良いのに鈍感のあんたに一つ教えてあげる」

「俺に嘘を吹き込むな」

「女が好きでもない男を家に呼ぶわけないでしょ?」

「それはお前の価値観だ。友達に好きもクソもないだろ」

「男と女がずっと友達なんて、そんな事あるわけないっしょ」

「それは……」



 否定できなかった。

 俺はつい数か月前、成瀬の太陽への想いを目の前で聞いた。


 太陽の楓先輩への想いは、すでにもう何年にもまたがっている。

 

 俺はとにかくガキだった。

 愛とか恋とかそんな大人みたいな事を考えたことが無かった。

 可愛い成瀬を、ただただ可愛いとだけ思って過ごしてきた。


 俺の心が子供のまま、俺たち3人の中で太陽と成瀬だけがいつの間にか大人になっていたのかも知れない。



「俺はお前の言うように、鈍感だしガキなんだよ」

「また暗い事言ってるし」

「悪かったないつもネガティブで。俺は女子の家にお呼ばれされて、今最高にハッピーだよ」

「全然嬉しそうじゃないし」



 俺は夢を見続けている。

 作新高校の生徒という夢のような舞台に立ち続けている。


 その舞台に立ち続けるためには、努力を続けなければいけない。




『シュドウ、お前頑張り過ぎだぞ』

『体壊れちゃうよ高木君』




 2人の言葉がなければ、俺は図書館にこもり続けていたはず。


 正解のない世界。


 だが俺の未来には正解と不正解が存在するテストが立ちはだかる。


 夢のような舞台、作新高校の学生生活という名の夢の舞台は、俺の想像していた楽しいばかりの未来では無かった。


 問題が解けない恐怖に常に襲われる毎日。


 本当は終わっていたはずの、俺の夢のような時間。

 覚めない夢はいつまで続く?


 覚めない夢をいつまで見続けられる?


 岬と別れ、成瀬の家に向かう。


 ズボらでガサツ。

 本当は平均男子の冴えない俺。


 本当の実力の俺に気づいた時、太陽と成瀬は俺と今のように会話をしてくれるだろうか?


 本当の俺では無い、成績優秀な学生、高木守道が夢の中で独り歩きを始めてしまった。


 夢から覚める恐怖におびえ、夢の中で必死にもがきながら、子供のままの本当の俺が、大人になっていく太陽と成瀬の背中を必死に追い続けていた。

 



第3章<覚めない夢> ~完~


【登場人物】


《主人公 高木守道かたぎもりみち

 平均以下で生きる平凡な高校男子。あだ名はシュドウ。ある事がきっかけで未来に出題される問題が表示される不思議なノートを手に入れる。県下随一の進学校、作新高校特別進学部S2クラスへの入学を果たす。


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。スポーツ万能、成績優秀。活発で明るい性格の好青年。作新高校1年生、特別進学部SAクラスに所属。甲子園常連の名門野球部に1年生として唯一1軍に抜擢される実力者。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。作新高校1年生、特別進学部S1クラスに所属。


岬れな(みさきれな)

 作新高校1年生、特別進学部S2クラスに所属する。主人公のクラスメイトかつバイト先の同僚。



成瀬真弓なるせまゆみ

 成瀬結衣の姉。作新高校3年生。野球部のマネージャー。幼い頃から主人公の天敵。神宮司楓の親友。


神宮司葵じんぐうじあおい

 主人公と図書館で偶然知り合う。作新高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。


神宮司楓じんぐうじかえで

 現代に現れた大和撫子。作新高校3年生。野球部のマネージャー。誰もが憧れる絶対的美少女。神宮司葵の姉。



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