26.「土日の予定は?」
「ようシュドウ、おはようさん」
「もう昼だぞ太陽」
「ふふ」
さも自然にSAとS1の生徒が俺のいるS2クラスに入ってくる。
昨日と同じくいなくなった隣席の生徒のイスを拝借。
借りている席の生徒が戻ってくる前に食事を手早く頂く事にする。
教室一番後ろ中央の俺の席。
狭い机に太陽と成瀬は自分たちのお弁当やパンを並べ始めた。
俺も今朝バイト先から持ってきた賞味期限切れのパンを取り出す。
「高木君今日も売れ残りのパン?」
「今日はラッキーだったよ、2つも残ってた」
「……高木君。私、そういうのあんまり体に良くないと思うの」
「朝廃棄になったばかりだから大丈夫だよ。フードロスって社会問題になってるだろ?」
「値引き販売や適正な在庫管理で解決すべき問題です。高木君が食べて解決すべき問題じゃありません」
「言われてるぞシュドウ」
成瀬が何だか怒ってる。
正論で言い返せないが、食費は浮いて一石二鳥。
俺の体の半分はローソンでできている。
こればかりは簡単にやめられない。
「食費浮かせたいだけでしょ?」
「そうだけど、無料だし」
「う~……私、お弁当作ろうか?」
「良かったなシュドウ、そうしてもらえよ」
「成瀬に毎日そんな事させられないだろ?」
成瀬の申し出は嬉しいが、幼馴染という理由だけでそこまでさせるのは気が引ける。
今日も小さなお弁当箱を机に出し始める成瀬。
お弁当のフタを開けようとした成瀬の手が止まる。
「高木君、呼んでるよ」
「えっ?」
教室の前を向いて座る俺に対して、教室の廊下側を向いて座っていた成瀬が誰か呼んでいると教えてくれる。
一体誰が呼んでるって……。
「げ!?光源氏」
「高木君、光源氏じゃなくて神宮司さんでしょ?」
小動物のように教室の入口から首だけのぞかせる神宮司。
俺たちと同級生で楓先輩の妹。
その顔に俺が気づいてお互い目が合うと、満面の笑みで教室に入ってきた。
「シュドウ君これ」
「え?なにこれ……」
開口一番、神宮司は手に持っていた手さげ袋を俺に渡してくる。
「これ昨日のお礼。お姉ちゃんと私から」
「昨日のお礼?」
「お姉ちゃんお話楽しかったって、私も楽しかった」
「あんな世界征服の話がか?」
「おいシュドウ、何だよ世界征服って?」
受け取った手提げ袋の中身をすぐに確認する。
これって……サンドイッチ?
「成瀬さん」
「神宮司さん……」
「昨日は教えてくれてありがとう」
神宮司が何か成瀬と話しているような口ぶり。
2人は同じS1クラスのクラスメイト。
面識もあるだろうし、会話をするのは自然な事ではあるが……。
この2人、昨日一体何を話したんだ?
「今日はお父様とお食事するの」
「またパパかよ」
「お姉ちゃんも一緒。シュドウ君も来る?」
「いかないよ。お前の作ったサンドイッチ食べないといけないだろ?」
「そっか、そうだね」
用事を済ませて満足したのか、神宮司は振り返り教室の出口へ向かう。
廊下と教室の境目。
再びこちらを振り向く神宮司は、いつものように胸の前で小さく手を振る。
「じゃあねシュドウ君、バイバイ」
「ああ……」
可愛い女の子は何をやっても可愛い。
って、ちょっと待て。
何で俺サンドイッチ持ってる?
たまごサンドにハムサンド。
理想的な男子飯。
男心の分かっているサンドは楓先輩のセンスを感じる。
しかも手作り。
何が一体起こってる?
「おいシュドウ、どういう事だ?」
「私のお弁当は断っておいて、さっきの今でそれはないと思う」
「いやいやいや、俺にも全然、全然意味分かんないから」
週末の金曜日。
この1週間だけで随分たくさんの人と出会った気がする。
お茶会でお話しただけで、サンドイッチが女子生徒から届けられた。
神宮司は楽しい友達が出来たと、ただ無邪気に喜んでいるだけに違いない。
本当に子供のような女の子。
それでいて実質学年トップの秀才、もう意味が分からなくなってくる。
俺は太陽と成瀬から白い目で見られながら、サンドイッチを遠慮なく頂く事にする。
「シュドウ、この裏切り者」
「何がだよ太陽、お前も一口食べるか?」
「高木君、そういう人だったんだ」
「それこそフードロスだろ?たまごサンド腐らせてどうするんだよ。食べるからな俺は」
早めに胃袋へしまうべく、たまごサンドを豪快に1口。
ヤバ、うまい……。
「シュドウ、どんな味だ?」
「塩分控えめ、味最高、素材の味を感じる。うちのローソンと違って間違いなく手作りだ」
「良かったね高木君」
「声が怖いぞ成瀬」
お腹も空いていたので店から持ってきたパンも含めてすべて完食する。
人間頭を使うとお腹が空くようだ。
最近とてもそう思う。
こんな事は去年まで無かった。
今年に入ってから頭をとても使うようになった。
使い方は間違っていると正直思う。
太陽と成瀬も食事を終わらせる。
昨日と同じように手書きのスケジュール表を取り出す。
最近2人の日課が俺のスケジュールチェックになりつつある。
行動を監視されているようだが、2人と遊ぶ時間の捻出を昨日まで怠ってきた俺。
入試終了以来、合格したら3人で遊びに行くという約束を果たせず入学に至った。
昨日はそのお詫び程度に、少しだけ中学時代に通い詰めたマックに再び3人で訪れる事が出来た。
3人とも、前向きな理由で忙しい。
俺のスケジュール表は、3人の行動を決める中心になっていると感じる。
「日曜日の試合で太陽は先発なんだな」
「まあな。1軍で生き残りをかけたテスト登板ってやつだな」
「時間は何時から?」
「試合開始は昼の14時から」
「よし、じゃあ応援いけるようにその時間まででバイト終わらせる」
太陽は日曜日、野球の練習試合がある。
昨日のマックで俺は2人に気づかされた。
勉強よりも大切な事があると。
目の前にいる2人との時間は今の俺にとってそれとイコール。
俺が行ったところで何かできるわけではないが、太陽が投げる日は俺も応援に行きたい。
「お前が打たれるところをこの目で見てやるよ」
「うるせえよ。まあ試合までバイトで後はオフか……夜勉強して、月曜に備えて早く寝ろ」
「お前は俺の母さんかよ」
「ふふ」
太陽は自分の練習スケジュールを作る要領で俺のスケジュールを見てくれる。
日曜日の予定はすぐに決まった。
成瀬も姉さんに付き添って日曜日は試合に顔を出すらしい。
太陽の応援……当然成瀬も行くよな。
太陽の本心を知っている俺は複雑な気持ちになる。
「高木君、土曜日は一日バイトなんだ」
「稼ぎどころだし、奨学金が入る5月になるまで土日はどっちか埋めとかないと」
「朝からバイトだろ?いつ終わる」
「昼の3時終了。家帰って自習して弁当食って自習、土曜日も完成っと」
「またコンビニ弁当?塩分取り過ぎ」
「また塩分の話かよ」
俺の1週間スケジュールのチェックと共に、成瀬が俺の食生活まで指摘し始めた。
「シュドウ、お前昨日の晩何食べた?」
「昨日一緒に食べただろ?」
「嘘でしょ高木君、昨日のフライドポテトが晩御飯?」
「うん」
成瀬が悲鳴を上げ始める。
俺の1日のスケジュールに続いて、今度は食生活にケチをつけ始める2人。
「高木君今日は何食べるつもり?」
「カップラーメン」
「ダメだよそれ」
「大丈夫だって」
「シュドウ、俺もそれはちょっとどうかと思うぞ」
スポーツマンとして栄養学に興味を示していた太陽。
タンパク質やビタミンなど、自分の体作りに科学的な食事療法を取り入れている事を話していた。
将来大学に進学する場合、スポーツ栄養学の道に進みたい。
文武両道の太陽。
将来の自分の進路を真剣に考えている尊敬すべき親友。
対して自分の将来と体の事を一切考えていない俺。
動脈硬化や心筋梗塞。
俺が恐怖するような言葉の数々を発し、カップラーメンの危険性を説く2人。
「うちのお姉ちゃん、高木君毎日なに食べてるのか凄く心配してたよ」
「なんで成瀬の姉さんがそんな事心配するんだよ」
「昨日も言ってた。マックの話したらポテトが晩御飯じゃないかって心配してたよ」
「俺の話題を家で出すなって」
俺の天敵、成瀬の姉さん。
小学校の時から学校はおろか、町内会の夏祭りに至るまで、会う度何かとちょっかいをかけてくる。
「いいか成瀬。俺の話題は家では内緒に……」
「何が内緒だって?」
「うわ、出た!?」
「なに話してた高木~」
「痛たたたたた!?いはい、いひゃいっスよ姉さん」
「ちょっとお姉ちゃん、高木君つねらないの」
きた。
出た。
俺の天敵、成瀬真弓。
いきなりS2クラスに現れた上級生の成瀬の姉さん。
俺が悪い事をしている時に決まってほっぺたをつまんでくる。
「真弓先輩、お疲れ様です」
「あらたまらなくって良いって朝日君。ここじゃ先輩後輩一個無しだよ」
「うっす」
野球部の太陽にとって上級生の女子マネージャー。
3年生に絶対服従する1年生の鏡のような対応。
「結衣ちゃん会いにきたらS1クラスにいなかったから、もしかしたらこっちかな~って来てみたらやっぱり」
「もうお姉ちゃん、恥ずかしいから余計な事言わないでよ」
「はいはい、もう可愛いんだから」
たしかさっき、神宮司は楓先輩と一緒にパパと食事とか言ってたな。
1人浮いた野獣が檻の中から飛び出し、獲物を求めてこのS2クラスに襲い掛かってきた。
黙ってれば絶世の美女。
成瀬真弓姉さんに俺は頭が上がらない。
急に無口になる俺を尻目に、成瀬姉妹が俺の悪口を連発する。
太陽は上級生である成瀬真弓側に完全に寝返り、俺の最近の食生活をこと細かに先輩に説明し始める。
「それちょっとヒド過ぎ。ほら結衣ちゃん、私が昨日言った通りじゃない」
「ここまでヒドいと思わなくて……」
俺は成瀬姉妹から好き放題悪口を言われる。
太陽も寝返り、味方が1人もいなくなる。
ついにはオーバーワーク、オーバースタディー解消を目的とした俺のスケジュール表を勝手に見始める成瀬の姉さん。
「うわ、なにこのスケジュール!?高木、バイトと勉強ばっかじゃん」
「うるさいですって姉さん」
「しかも食生活もジャンクフードばっかり……結衣ちゃんが心配するのも無理ないわよまったく」
まるで本当の姉に叱られているような感覚になる。
成瀬の姉さんは昔からこうだ。
「明日の昼から唯一空いてる感じね~」
「もうそれ返して下さいよ姉さん」
「おい高木」
「なんすか姉さん」
「明日バイト終わったらうちに来い」
「ちょっとお姉ちゃん~」
何を言い出すんだこの人。
土日はようやく学校生活から解放される貴重な時間。
未来ノートはまだチェックしていないが、新しいテスト問題が表示されているのはめに見えている。
全力で予習したい俺。
早く家に帰って勉強しないと、未来は真っ黒、解答用紙は真っ白になってしまう。
「今日楓のサンドイッチ食べたんでしょ?」
「なんでそれ知ってるんですか!?おかしいですよ」
「私には全部お見通し。ご飯作ってあげるから来なさい。バックれたら昨日の昼間の話、全部結衣ちゃんにバラすわよ」
「嘘ですよそれ、勘弁して下さいって先輩」
とんでもない事を姉さんが言ってきた。
俺の食生活を知る太陽も俺では無く先輩の味方をする。
「さすが先輩、聞いたかシュドウ?行ってこい」
「お前も来てくれるんだよな?」
「俺は次の日投げるから一日トレーニングと相手チーム打者の分析」
「太陽、お前の実力なら1日くらいサボっても抑えられるって」
「野球はそうはいかねえんだよ」
太陽は翌日試合を理由に逃げるつもり。
親友を目の前で見捨てるとは、なんてヒドイやつなんだ。
「じゃあ決まり~。結衣ちゃん、高木君うちに来るの久しぶりだね」
「お姉ちゃん本気?」
「嬉しいくせに~」
「信じられないよも~」
成瀬の姉さんは嬉しそうに俺の手書きスケジュール表を取り上げたまま、『土曜日 15時~成瀬家 ♡(ハート)』を勝手に書き込み、満足した顔で教室から消えて行った。




