19.第3章<覚めない夢>「実力テストの結果」
実力テストが行われた翌日。
この日の朝は珍しく成瀬と会う事が無かった。
バイト先のコンビニ、学校の入口、廊下、教室に入ってからも。
中学3年の時は、俺と太陽、そして成瀬は同じクラス。
たとえ喧嘩した翌日でも、どんな事があった翌日でも、俺たち3人は必ず顔を合わせていた。
太陽に野球部の入団テストの結果を聞きに行った夜。
太陽の家に成瀬も駆けつけていた。
無言で走り去った成瀬の事が気になっていた。
俺は太陽から、俺が来る前に成瀬と何を話していたのか最後まで聞けなかった。
太陽から楓先輩への想いを聞き、俺は今まで過ごしてきた時間が何だったのか分からなくなっていた。
成瀬が太陽に告白してからのこれまでの時間、俺は一体何を勘違いして生きてきたのだろうか?
それでも迫りくるテストにおびえ、2人の事を考えないように未来ノートに視線を注いだ。
S2クラス。
今日から本格的な授業が始まる。
朝のクラス内は和やかな雰囲気が漂っていた。
「昨日楽しかったね~」
「また行こう~」
カラオケ組は昨日相当楽しんで来た様子。
クラス内ではいくつもの小集団が形成されている。
特に女子はすぐに群れをつくる。
当然、俺は蚊帳の外。
教室の一番後ろの席、中央に座る俺。
俺の背中から女の声がする。
「あっ馬鹿みっけ」
「俺はウォーリーをさがせじゃないんだよ」
「あほくさ」
昨日図書館の前で偶然会ったクラスメイト。
彼女だけは群れる事無く、1人で窓側の席に座る。
完全に俺の事を馬鹿にしている。
アウトオブ眼中どころか、この分だと毎日捨てゼリフを浴びそうな勢い。
妙な女に目を付けられてしまった。
あれでいて彼女もこのS2クラスの狭き門を突破してきた1人。
名前もまだ知らない彼女。
ツンとした表情だが、彼女はあれでいて相当女子力が高い。
高1で化粧とか個性あり過ぎだろ。
茶髪の彼女とは俺は住む世界が違う。
可愛ければ何をやっても良いわけじゃない。
何事も無ければお互いこのまま、この高校を卒業するのは間違いなさそうだ。
S2クラスの朝のホームルーム。
S2担任の女の先生。
この人、サバサバした感じでいつもアッサリと残酷な事を言ってくる。
おととい、さも知ってますよね的に実力テストの実施を宣告。
成瀬の話ではS1クラスの担任はもっと個性が強いと聞く。
うちのS2以上の個性の先生なんて、一体どんな人なんだ?
ホームルームの時間が終わり、今日の授業の1限目がそのまま始まる。
現代文の授業。
高校ではそれぞれの授業にその分野担当の先生が授業を行う。
先生の自己紹介が終わるなり、現代文の先生の宣告に多くの生徒から悲鳴が上がる。
―――小テストの実施。
―――知っていた。
―――人は事前に情報があると、こうも落ち着いて行動できるものなのかと驚かされる。
―――俺は知っていた。
―――この授業で小テストが実施される未来を。
俺の事を馬鹿にする茶髪のあの子。
一見校則破りの奇抜なあの子も、俺から言わせたら真面目に努力する模範的な学生だ。
昨日図書館前で鉢合わせになった時、カラオケに行かない理由を彼女はさもあっさりと答えた。
俺は彼女の考えに共感した。
そして彼女の方が普通の人間であり、俺のやっている事の方が異常な行動だと自覚する。
未来の問題を予知できない彼女が、どんな勉強をしているのか俺には想像もつかない。
未来の問題を未来ノートによって知る事が出来る俺は、ただ作業として模範解答を図書館で調べる続ける。
俺の方が異常。
彼女が普通。
外見なんか関係ない。
俺と言う人間こそ、このS2クラスの中で異質な存在だ。
未来ノートが俺に見せた未来は、ものの見事にすべて的中した。
6限目までのすべての授業で、高校生活をスタートさせる特別進学部の生徒たちに嵐のようなテストが襲い掛かる。
これは学校の策略なのかとすら感じる。
お前たちには安息の時は無い。
準備していたものだけが安心してこの時を迎えられる。
嫌ならサボれば良い。
特別進学部から、総合普通科に転落するだけ。
S2クラスに一般入試で入れるレベルの学力なら、総合普通科では上位の成績でいられるはず。
嫌ならサボれば良い。
それは家庭環境が許す学生だけが得られるセーフライン。
そんな親の経済力に頼れない、俺の家庭事情が総合普通科への転落を許さない。
俺は全力で予習してテストに臨み続けなければいけない。
未来ノートの1ページ目を見る度に、自然と俺は図書館へと歩を進めてしまう。
今日の授業終了と共に、未来のテスト発生を予見する未来ノートの確認を済ませ、昨日と同じく図書館へと向かう。
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大きな力には必ず副作用が存在する。
力が強ければ強いほど、毒にもなりまた薬にもなる。
翌日。
バイトを終わらせて学校へ向かう。
野球部の1軍に抜擢された太陽は、楓先輩への想いを胸に今日も朝から全力で練習をこなしているはず。
バイト先に毎日顔を出していた成瀬。
昨日に続いて今日も姿を見せる事は無かった。
少し前、太陽から言われた事が俺の頭の片隅に残っていた。
気になる一言。
『今の俺たち3人の中心は、俺でも成瀬でもない。お前なんだよシュドウ』
あの成瀬の告白の一件以来、ギクシャクしていた3人を結びつけるもの。
それは俺の成功であり、テストの成績が良かったという事実。
太陽も成瀬も、まるで自分の事のように喜んでくれる。
俺はそれが嬉しかった。
だから未来ノートを使い続けた。
大きな力には副作用が存在する。
未来ノートという名の大きな、大きな力の副作用。
使い方を間違った俺は今日、その副作用を実感する事になる。
「おはよう~何あれ?」
「見て見て、特別進学部でこの前あった実力テストの結果」
作新高校。
その門をくぐり、校舎の前に掲げられた大きなボード。
完全実力主義。
作新高校の特別進学部。
ボードには、特別進学部に所属するすべての生徒の実力テストの結果が掲げられていた。
登校時、総合普通科の生徒も混ざる。
そのボードを目にした学生たちから、どよめきと驚きの声が学校中に響き渡る。
「実力テスト、これ特進の人全員の成績?」
「ちょっと見て、なにあれ、嘘でしょ!?」
驚愕の結果に目を疑う生徒たち。
その悲鳴にも聞こえるどよめきの中へ向かう、早朝バイト終わりのS2生徒。
……
……
……はぁ~眠い。
朝のバイト減らそうかな……無理か、金無いし。
なんか最近成瀬を見てない気がする。
今日くらいちょっとS1寄ってみるかな……。
「いた」
「ん?」
作新高校の正門をくぐるなり、つぶやくような女の声が聞こえる。
どこから声がするのか分からず、辺りをキョロキョロと見渡す。
「守道君おはよう」
「……お、おはよう。久しぶり……だな神宮司」
「ふふ」
神宮司葵……なぜこの子がここにいる?
姉さんである楓先輩と一緒に俺に謝りにきて、俺がボロ泣きさせた日以来会っていなかった。
勝手にこの子の中で『源氏物語』の読み友達にされていたが、あの一件以来さすがにもう会いに来る事は無いと思っていた。
というか正直この子の存在を忘れていた。
この子……なんか大事な事があったような気がするけど忘れちゃった。
この子について一つ気づいた事がある。
いつも無表情の神宮司。
この子は自分が興味がある事が起こると、顔が突然ニヤついてくる。
今のこの子がまさにそうだ。
何を考えてる?
『源氏物語』の最新刊でも発売されたのか?
「やっぱり読めてた」
「は?お前なに言ってんだ」
「お姉ちゃんが間違えてた。やっぱり守道君、30分で全部読めてた」
「言ってる意味全然分かんないよ」
「こっち」
「おいお前、うわっ!?」
S1クラスの神宮司が意味不明な事を言い出したと思った瞬間。
突然俺の手を握り、無理矢理視界に見える群衆に向かって引っ張られる。
手が冷たくて、とてもか細い。
この子ちゃんとご飯食べてるのか?
女の子の手って、なんでこんなに柔らかいんだ?
俺は女の子に手を握られ、胸が激しく鼓動する。
神宮司は群集を無理矢理掻き分け、俺を何かのボードのすぐ見えるところまで連れて来る。
この前この子をボロ泣きさせた俺が、満面の笑みでその子に手を引かれてボードの前に立つ。
神宮司は楓先輩の妹。
その妹を泣かせた俺は、作新高校のお尋ね者かつ大罪人。
その2人が並んで現れ、学校の生徒たちから視線が注がれる。
「あっ高木君……」
「ようシュドウ……ってお前、なんで神宮司さんと一緒にいるんだよ?しかも手なんか繋ぎやがって。この裏切り者」
「知らないよ。お前いい加減、手放せって」
成瀬と太陽が並んでボードを見ていた。
2人とも何やら驚いた様子。
神宮司の満面の笑みは変わらない。
ニコニコした表情でボードに指を指す。
「ほら証拠。守道君私より凄い」
「何これ?何かの選挙か?」
「ちょっと高木君、ちゃんと見てよ。選挙じゃなくてこの前やった実力テストの結果だよ」
「ああ、あれね……えっ!?あのテストの結果、こんなデカデカとさらされるのか!?」
段々と状況を理解してきた。
このボードは選挙ボードじゃなくて、この前俺も受けた全範囲超難問だった実力テストの結果を公表するボードだった。
1年生の特別進学部だけ。
S1、S2、SAの各30名前後。
ちゃんと全力予習したし、大丈夫だよな俺……。
俺は何のボードなのか認識し、成績順に名前が書かれたボードの一番下から自分の名前を探す。
81位…… 302点――――― S1クラス
――――――――― S2クラス
――――――――― S2クラス
――――――――― SAクラス
――――――――― S2クラス
――――――――― S2クラス
87位…… 236点――――― SAクラス
88位…… 232点――――― S2クラス
89位…… 230点――――― SAクラス
90位…… 228点――――― S2クラス
無いな俺の名前……。
どこへ行った俺……。
……それにしてもS2クラスの名前がボードの下の方にほとんど固まって表示されてる。
以前茶髪のクラスメイトが、S1クラスとS2クラスには絶対の差があると言ってた。
このボード……。
学力という名の実力の差を残酷なほど、まざまざと見せつけてくる。
S1、S2、SAともに、このボードを見る限り先日のテストはまったく同じ問題が出題されていた事を意味する。
SAクラスの生徒はスポーツ推薦で特別進学部に入学した生徒。
元々勉強時間が限られる太陽たちのような生徒でも、S2はおろか中にはS1クラスの生徒を超える点数を叩き出している生徒もいる。
S2クラスの生徒にとって、この結果は残酷過ぎる、
俺達には勉強しかない。
テストの結果がすべてだ。
S1はおろか、SAにすら負けていては、もはや存在そのものを全否定されてしまう。
……おかしい。
……おかしいぞ。
……俺の名前。
……いくら探しても見当たらない。
「高木君、下じゃないよ、上だよ上」
「何言ってんだよ成瀬。俺だぞ俺。下から探した方が早いだろ」
「シュドウ上だ、上を見ろ」
「守道君、守道君」
「お前も何だよ神宮司」
神宮司が指を指して、あっちあっちとジェスチャーしている。
しかも満面の笑み。
この子は俺の成績を笑いにきたのか?
成瀬や太陽も何を言ってる?
上なんか見たところで、どうせお前たちの名前しか載っていないはず……。
1位…… 500点 高木守道 S2クラス(満点)
2位…… 432点 神宮司葵 S1クラス
3位…… 430点 成瀬結衣 S1クラス
4位…… ―――――――― S1クラス
5位…… ―――――――― S1クラス
6位…… ―――――――― S1クラス
7位…… ―――――――― S1クラス
8位…… 402点 朝日太陽 SAクラス
9位…… 398点 岬れな S2クラス
……
………
……………やっちまった。
俺はとんでもないミスを犯した……。
この実力テスト、まだ習ってもいない古文や三角比の余弦定理まで難問奇問の全範囲出題だった……。
元々満点なんて取れないテスト。
絶対に満点なんて取れるはずが無いテスト。
神宮司は最初の古文の問題、まず間違いなく全問正解しているはず。
英語が得意な成瀬。古文は出来なくても英語は全問正解しているはず。
元々満点なんて取れないテスト。
このボードの2位以下が本来の生徒の実力を如実に表すテスト結果が出ていたはず。
例年通りの実力テストであれば……。
今年度……。
実力を無視して高得点を叩き出す謎の生徒が出現した……。
事前に実力テストの問題を知り、全力予習で1問も間違えない生徒がたった1人だけ現れた……。
「やっぱり守道君『源氏物語』読めてた、凄い!」
俺は実力者たちが高得点を叩き出し、総合普通科への転落に恐怖するあまり、未来ノートの問題を、全身全霊全力で予習して実力テストに臨んでしまった。
「高木君……いつの間にそんなに偉くなっちゃったの……」
「凄いぞシュドウ!また奇跡を起こしやがって。俺はお前が親友で誇りに思うぞ」
……どうする?
言い訳できない……。
驚きを通り越して、夢の中にいる気分。
夢なら早く覚めてくれ。
俺を知る人すべてが、このボードを見て俺の実力だと勘違いしている。
夢なら早く覚めてくれ。
大きな力には必ず副作用が存在する。
俺……とんでもない大馬鹿野郎だ……。
未来ノートの副作用が引き起こす未来を、俺はまったく予知する事が出来ていなかった……。




