16.「天敵姉さん」
「よしよし、ちゃんと言えたわね葵ちゃん。偉かったわよ」
「うう……」
ようやく妹の葵は落ち着きを取り戻す。
頭の良い才女は等しくメンタルがガラス細工のようにもろい。
俺の勝手な思い込み。
泣かせておいてなんだが、俺は最低の人間だ。
「ちょっと高木君言い過ぎだよ」
「ああ……ごめん。ちょっと俺も言い過ぎた」
「ごめんなさいね2人とも。もう連れて行くから、成瀬さんもありがとう」
「楓先輩。高木君がごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ」
楓先輩は妹を連れてその場を立ち去ろうとする。
突然歩みと止め、何かを思い出したように俺の方を再び振り向いてきた。
「そうそう高木君。葵ちゃんの話を聞いて、私あなたに驚いてたの」
「何がです先輩?」
「葵ちゃんほどじゃないけど、私も『源氏物語』今でもよく読むの」
「そうなんですね。俺は昨日読んだのが初めてですよ先輩」
「あらそう……私『源氏物語』を最初に読んだ時、一冊読むのに1週間かかったもの」
「なっ……」
「それを30分で読めちゃうなんて……ふふ、ちょっと不思議だなって。ごめんなさいね呼び止めたりして」
……楓先輩の大きな瞳。
その瞳にすべてを見透かされているような恐怖を感じた。
別に大した話じゃない。
大した話じゃ……。
「ちょっと高木君」
「あ、ああ。どうした成瀬?」
「どうしたじゃないよ。恥ずかしいからちょっとあっちで話そう?」
楓先輩と俺が泣かした妹がいなくなったものの、周囲を取り巻くギャラリーはまだこちらを見ていた。
別にここで話して良いと俺は言ったが、成瀬は嫌がり場所を移動。
とりあえず校舎を出て、渡り廊下で話を再開する。
「『源氏物語』がどうとか、私それ知らないんですけど」
「大した話じゃないんだって」
「大した話じゃないのに、楓先輩がわざわざ1年のクラスに来たりしないでしょ?」
「先輩何年生なの?」
「もう、そんな事も知らないで……3年生」
俺たちより2つも上の先輩。
通りで大人びた女性だと思った。
そう言えば……成瀬は楓先輩の事知ってるようなそぶりだったな。
「成瀬は楓先輩と知り合いなのか?」
「う、うん……それはそうなんだけど」
「結衣、ここにいたんだ」
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃん?げ!?」
「あ~うちの結衣ちゃん毎日いじめてる悪~い男の子、見・つ・け・た~」
出た。
いた。
俺の天敵。
成瀬の姉さん。
「俺何もしてませ……痛ててててて!?」
「ああ、ちょっとお姉ちゃん!」
「ほら白状しろ、言え、今日も結衣ちゃんいじめてたでしょ?」
「はにも、はにもしてはせ痛たたたたた!?」
ほっぺを両手で力いっぱいツネられる。
最近ほとんど会わなかった成瀬の姉さん。
最後に会ったのはたしか何年か前の町内会の夏祭り。
成瀬が超可愛い浴衣着てたあの夏の日。
イタズラしようと……じゃない、近づこうとしたその瞬間、今と同じ状況となった。
「な、なにしてんすか姉さん!?」
「ふふふ、あのイタズラ坊主の高木君が本当に作新高校来たのね。うちの結衣ちゃんが理由ね」
「そうですよ」
「高木君なんて事言うのよ!?」
「俺が今ここにいるのはお前と太陽がそそのかしたのが原因だろ?」
「ふふふ」
思い出した。
成瀬の姉さん、成瀬真弓だ。
作新高校の生徒だったの、すっかり忘れていた。
たしか俺と成瀬より2つ上だったはず。
「お久しぶりです姉さん」
「なんだ、礼儀正しくもなってるし、結衣ちゃんの報告と大分違うようね」
「おい成瀬。お前毎日俺の事なんて報告してんだよ」
「ほら、私に対して全然優しくないんだから」
「あはは」
どうやら成瀬は俺に毎日いじめられていると姉さんに報告しているようだ。
もう好きにしてくれ。
俺は姉妹と名の付く生き物から、しばらく距離を保って生きていたい。
「結衣ちゃんも野球部来る?これから練習あるし、まだ入らなくて良いからちょっとうちの部手伝ってよ」
「え~でも……」
「野球部の手伝い?姉さん野球部で何かしてるんですか?」
「あら結衣ちゃん。私の事何にもお話してないの?」
「だって高木君。全然一緒にお話してくれないし」
「あら~高木君~」
「ちょっと成瀬。なに姉さんにチクってるんだよ」
姉さんが俺のほっぺをチクろうと両手でジェスチャーをしている。
昔から知ってる姉さん。
俺にだけ容赦がない。
「野球部のマネージャー?……って事は、太陽と同じ野球部」
「そうそう。太陽君もう球も早いし、カッコ良いし」
「お姉ちゃんいつもどこ見てるのよ」
「ふふふ。今日は練習終わりにレギュラー発表があるからみんな気が張ってるし。結衣ちゃん来てくれたら少しは辞める子減るかもだし」
「どうしてそうなるのよ!」
そうだった。
今日はこの前あった野球部の入部テストの結果が分かる日。
太陽が1軍2軍に別れるって言ってた日。
今日は太陽に会っとかないとな。
ちょっと無理するか。
「なあ成瀬」
「だからお姉ちゃんは……なに高木君?」
「俺、太陽が1軍でも2軍でも、今晩太陽の家にバイト終わりに寄るわ。野球部行くなら太陽にそれ伝えといてくれよ」
「本当?」
「あいつ最近ローソンのからあげ君にハマってるから。売れ残りがあったら届けに行くよ、無料だしな」
今日は夕方から夜までバイトのシフトを入れてる。
まだお昼だし、未来ノートの抜け打ちテストの分量なら夕方までには調べはつくはず。
「高木君はまた図書館で自習?」
「そうだよ。俺はお前の何倍も勉強しないとこの学校でついていけないからな」
「ふ~ん……君変わったわね」
「高い金払ってるんですから、ついていけるように勉強してるだけですよ姉さん。じゃあな成瀬、太陽の事頼んだぞ」
「勝手に頼まないでよ」
俺は成瀬姉妹と別れ、ようやく図書館へと歩き始める。
「結衣ちゃん、一緒に行く?」
「……うん」
「渡せた?」
「……」
成瀬結衣は黙って首を左右に振る。
姉は妹の手を握り、野球部の練習が始まるグラウンドへと向かう。




