表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/92

13.「衝撃的な再会」

「ちょっと高木君、目真っ赤だよ!?」

「大丈夫だって、体は動くし問題ない」

「問題あるよ、無理しちゃダメだよ」

「お前はいいから自分のクラスに早く戻れって成瀬」


 

 あと少しで実力テストが始まる時間。

 昨日図書館で謎の美少女の襲撃を受けたものの、知らないおじさんの助けもあり何とか未来ノートの模範解答作成を完了できた。


 当然だが次の作業として、模範解答が実力テストで解答できるように答えや解法を覚える時間が必要。


 加えて朝5時からコンビニで3時間バイトをこなしてきた。

 フラフラの俺の異変を察知したのか、朝からS1クラスの幼馴染がS2クラスに乱入してくる……成瀬だ。


 お前は俺の保護者か?


 俺とお前の関係に興味津々なクラスの連中から好奇のまなざしが注がれている。


 俺はテストが終わったらちゃんと休むと成瀬に伝える。

 ようやく成瀬はS1クラスに戻っていった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 


「はい、テスト終了です」

「なにあれ~」

「何で古文まで問題出るの~」



 戦いは終わった。

 S2クラスから悲鳴が上がる。

 中学で習ってもない古文に加えて、難解な数学問題まで全範囲の難しいテストだった。


 S2クラスの一番後ろの席に座る俺。

 テスト終了と共に机という名のリングに崩れ落ちる。



「おいシュドウ、大丈夫なのか?」

「太陽か……もう無理、限界」



 机に崩れ落ちていると、太陽がさも自然に隣のSAクラスから勝手に入ってくる。



「あっ太陽、昨日の入部テストどうだった?」

「まあボチボチだな。1軍2軍のレギュラー発表は今日分かる」

「今日もう決まるのか!?厳しい世界だなそっちも……」

「お前のS2はどうなんだ?」

「地獄だよ地獄」



 太陽は青春してるようだが、俺はまだこの高校に入って良かったと思える場面が一つもない。



「今回の実力テスト難しかったな」

「えっ?SAも実力テストやったのか?」

「あったあった。いきなり古文問題とかマジ勘弁だぜ」

「古文だって!?という事は……同じ問題……」

「お前はどうだったシュドウ?」

「ああ……適当に選んだ」

「だよな~」



 こういう会話の時には太陽たちに対して罪悪感を覚えてくる。

 俺はすべての問題を事前に知っていた。

 口が裂けても未来ノートの件は太陽には話せない。


 ん?

 何やら騒がしい。

 SAクラスのニューホース、太陽の登場にすでにガリ勉女子たちがお祭り騒ぎではある。


 そのざわつきをさらに塗り潰していくクラスメイトたちの不穏な声。



「おいシュドウ。お前また凄いやつと知り合いになっただろ」

「凄いやつ?俺の知り合いはお前と成瀬の2人だけ……」



 クラス中央、窓口一番後ろが俺の席。

 教室の前方に向く太陽の視線。

 太陽が見ている方を向く。


 ……昨日のあの子。

 クラスで際立つ白い肌と黒い髪の美少女。

 無表情で近づいくる彼女が、俺と視線を合わせた途端表情を緩ませながら近づいくる。



(かえで)先輩の妹か」

(かえで)先輩?誰だよそれ」

「見つけた」



 俺と太陽が話をするのを無視して話に割り込んでくる。

 彼女の事を太陽は知っているような印象だ。

 端正な顔立ちに似合わない子供のような物言い。

 こんなタイプの女の子に、俺は今まで出会った事がない。



「ねえ」

「どっちに聞いてる?」

「こっち」

「シュドウご指名だぞ。お前らいつ知り合いになったんだ?」

「知らないよ……何だよ」

「良かったね、昨日読んだところがテストに出て」





 ―――昨日読んだところ





 ―――絶対に





 ―――絶対に絶対に





 誰にも知られてはいけない―――





 ―――俺だけの秘密





「キャ」

「おいシュドウ!神宮寺連れてどこ行くつもりだよ!」



 無意識に俺は彼女の手を握り、教室の外に連れ出していた。

 俺とこの子との会話を、太陽に聞かれたくなかったからだ。



「痛い」

「わ、悪かった」



 教室の外の廊下に出る。

 彼女の手を握っていた事に気づき、とっさに手を放す。

 彼女の表情はあまり変わらない。

 俺は未来ノートであらかじめ予見していた『源氏物語』を、かなり不自然に彼女にお願いして第3巻を拝借した。



―――不用意だった。



 頭がすでにパニックになっている。

 全身から血の気が引いていく。

 問題が分かっていた事がバレてる?


 いや待て、落ち着け。


 俺は昨日たまたま『源氏物語』を読もうと思い立った。


 その証拠に当然、第1巻と第2巻にも目を通した。


 何もこの子が先に借りようとしていた第3巻をピンポイントで狙って探していた訳じゃない。


 ……たまたま偶然。


 いや無理があり過ぎる理由。


 だが第1巻と第2巻を見て、第3巻までどうしても続きを読みたくなった。


 もうこれで……押し通すしかない。



「君はできた?」

「……何がだよ」

「テスト」



 ぐっ……。

 いきなり核心に迫る事を聞いてくる。

 まるで犯罪を犯して警察官に尋問を受けている気分だ。


 やましい事をやっているから、どうしてもこんな気持ちになる……。


 どうする……。

 何て答える……。

 

 昨日この子の意地悪で、第3巻はたったの30分しか見ていない。


 普通の生徒は何時間もかけて、現代語で書かれていない古典の『源氏物語』を堪能するはず。


 運動会じゃないんだから、たったの30分で普通第3巻の末尾まで見られるはずが……これが答えだ。



「正直分かんなかった」

「ふ~ん。私は分かったのに」

「分かったのか!?あの最初の古文の問題が」



 総合普通科では実力テストは無いはず。

 特別進学部限定で実力テストが行われると先生は言っていた。


 少なくともSAクラスとS2クラスは同じ問題が出ている可能性が高い。

 この華奢でスラっとした白い肌の女の子が、スポーツ推薦で太陽と同じSAクラスの生徒なのか?

 太陽がこの子の事を知ってる感じだったから、もしかするとそうかも知れない。



「どこに載ってたか教えてあげる」

「な、何で教えてくれる?」

「同じ『源氏物語』の読み友達だから」

「読み友達?」



 昨日から何を言ってるんだこの子?

 いつの間にかこの子の中で、俺は『紫の上』をこよなく愛する『源氏物語』の読み友達になっている。


 そんな事……激しく言った。


 だからか……この子、ひょっとして……。

 今この子を邪険に扱うのはマイナスにしかならない。

 俺がテストの答えを探していたと勘ぐられたらマズい事になる。


 話を合わせるんだ。

 この子が聞きたい事に話を合わせて刺激しないようにしよう。



「……正直気になる」

「でしょ?気になるでしょ?」

「第1巻だった?」

「全然違う、第3巻だよ」



 『源氏物語』の話を続けると、この子は目を輝かせて会話を弾ませる。

 思っていた事が的中している。


 この子……ただのいわゆる不思議ちゃんなのかも知れない。

 俺が問題の答えを探していると気づいているわけじゃない。


 ただ……。

 ただ単に、『源氏物語』が好きな子を発見した喜びで話しかけているだけに違いない。


 ますますそっちに話を持っていくべきだ。

 この子の事はよく分からないが、とにかく話を合わせるんだ。

 


「第1巻昨日たまたま読んでさ、『紫の上』が凄く気になってさ」

「だよね、だよね」



 ごめん。

 日本文学の最高傑作の1つの作品かも知れないけど、正直、正直俺そこまでこの作品が好きなわけでは無い。



「それから?」

「それから……えっと……」



 駄目だ、もう感想もそこまで。

 原本は現代語で書かれていないから、単語単語を拾って読んで何となくしか分かっていない。


 ウィキペでググった内容……ああ、もう1人いたな。

 1000年前の俺と同じやつが。



「『光源氏』……あの人……さ」

「うん、うん」



 何か言わないと。

 この子ますます俺が何を言うのか目を輝かせてる。


 今さら何も感想ないと言って、興味も無いのになんであんなに第3巻読もうとしていたのかと言われるのがオチだ。

 俺がテストのためだけに『源氏物語』を手にした動機がバレてしまう……。

 何でもいい、何か感想を言わないと……。



「……俺と一緒なんだよ」

「何が?」

「『光源氏』は、なんで『紫の上』を探していた?」

「お母さんが早く死んじゃったから」

「そういう事だよ」

「……」




(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)




「神宮司さん、神宮司さんってば。早く教室戻らないとだよ」



 女子生徒がこの子の事を神宮司(じんぐうじ)と呼んでいる。


 実力テストは終了した。

 この後ホームルームを消化すれば今日の授業はすべて終わりだ。

 本格的な授業は明日から始まる。 



「早く行けよ、呼んでるぞ」

「……バイバイ」



 弾ける笑顔で『源氏物語』の話をしていたあの子。

 神宮司という名前らしい。


 最後に何でも良いからと、本当にシラける感想を言ってしまった。

 俺もすぐに教室に戻る。


 制服のスカートをなびかせて、胸の前で小さくバイバイをしている神宮司の姿は、太陽と同じスポーツ推薦組がいるSAクラスではなく、成績優秀推薦組がいる成瀬と同じ、S1クラスへと消えて行った。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ