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11.「源氏の少女」

 図書館への単身上陸を全力で邪魔しにきた成瀬を、ようやく振り払う事に成功した俺。


 目指す先は作新高校の図書館。

 学生証をピッとタッチしてゲートを通過。

 未来ノートに仕掛かるための舞台にようやく立つ事が出来た。




 ……なっ。



 ……ななっ。

 


 何なんだこの図書館は!?


 ホテルか?


 美術館か?


 俺の通ってた超古い開設40周年の中央図書館とは雲泥の差。

 新築のような木の匂いがプンプン漂う。


 入り口ゲートなにやら貼り紙。


 この図書館、今年リニューアルオープンだったのか。

 あと1年早く生まれていたら、俺はこのゲートをくぐる事なく中央図書館へ直行するところだった。


 何から何まで新しいのはそのせいか……。


 俺は馬鹿みたいに高い学費をこの高校に納入している。

 この図書館は利用出来て当然。

 何様かと自分自身にツッコミつつ、ざっと図書館の中を見て回る。

 そこら中に自習するための机や椅子が備え付けられている。


 この図書館には総合普通科に通う多くの生徒も利用している。

 

 多くの生徒が陣取る最新の雑誌や漫画も置かれたコーナー。

 最新映画から名作映画のDVDをカップル2人で視聴してる奴らまでいる。


 何をしてるんだあいつらは?

 俺にはタイタニックを鑑賞している時間は1秒もない。

 俺だって本当は成瀬と一緒に映画を見たい……いかん、いかん。


 馬鹿、馬鹿、俺の大馬鹿野郎。

 残り時間はあと13時間と45分。

 この図書館の閉館時間に限れば夜7時の7時間ちょっとしか時間は残されていない。


 成瀬の事はとにかく忘れろ。

 お前に明日第1問の習ってもいない古典の問題が解けると思っているのか?


 タイタニックと共に俺も沈む。

 成瀬と一緒に港を出港はNG。

 明日の氷山衝突と共に成瀬だけ助かり、俺だけ沈む。


 探せ、俺だけの自習ポジション。

 通路側の単身お一人様はまずい。

 俺が未来ノートの古文問題に四苦八苦している姿を、なぜクラスメイトにさらす必要がある?


 何処か無いか?

 今の俺にピッタリの自習ポジショニング。


 ん?

 ここは……。

 集団自習スペースか……。


 上級生も混じって程よく席も埋まってる。

 この集団に混ざり混んで自習してれば、俺だけ全力で未来ノートの予習をしていても分かりはしない。


 自習という大自然に溶け込む。

 この作新高校というジャングルの中で、息を潜めて猛獣たちが過ぎ去るのを待つ。


 おっ……何だ英語の辞書まであるじゃないか……馬鹿な!?中央図書館の古いジーニアスじゃない。

 最新版のジーニアス!?


 馬鹿な……共用ではあるがインターネットまで?電子辞書はおろか、作新高校の入学要項に購入推薦されていたパソコンすら高額で買えなかった貧乏学生の俺。


 待てよ……パソコンが使える……未来ノートの未来問題を必死に中央図書館の書籍を使って解いてきた俺。


 どうしても分からない入試問題を解くために、好きな女の子に頭を下げてまで解いてもらった惨め俺。


 インターネット……これがあれば何とかなる。


 これでテスト出題範囲をピンポイントで予想する事が出来る。

 俺の未来ノートライフに革命を起こす大発見だ。


 あれだけ未来ノートの不正行為に自責の念を抱いていた俺。

 作新高校から届いた30万円の請求書によって、俺のその清らかな心はとうの昔に砕け散った。


 2月に合格が決まって卒業まで。

 あれだけ毎日遊びに行こうと誘ってくれた成瀬を、俺に断らさせ続けた恥辱の日々を俺は決して忘れない。


 ここに来て実力テスト一発目で、毎月学費が発生する総合普通科に降格してたまるか。


 ……あれ?

 俺……何でこの高校入ったんだっけ?


 まあ今はそんな事はどうでも良い。

 何で私、うちの主人と結婚したのかしら?などと考えている専業主婦だって、この日本に5万といるはず。


 今は小さな事は気にしない。

 自習席にポジショニング終了。

 未来ノートを持って共用パソコンに着席。


 インターネットにログイン。

 早速検索開始だ。



 第1問……古文の語群選択問題……訳の分からない平安時代の古典からの出題。



 2・3百文字程度の文章、5箇所ほど穴抜けになっている。

 一つ一つ正しいと思われる文章を選ばなければいけない……。


 慌てる事は無い。

 俺にはインターネットが目の前にある。


 正答にたどり着く方法を考える。

 ……これだ。


 かろうじてこの設問のキーになりそうな単語、『紫の上』と『光源氏』がキーワードになりそうだ。


 これをインターネットで同時に入力して検索を開始する。

 

 ……ウィキペディア?

 何だこれ……募金のお願い?知らないよ……。




 ――『源氏物語』――




 ……出題が判明した。



 いける……やるなウィキペ……なるほど。

 母さんが早く死んだから、この光源氏が母親そっくりの女子をナンパしまくる話……みたいな。


 『紫の上』と言うのは母親そっくりの幼女……自分の家で育てて結婚!?コメントに困るだろこの話……さすがに原文まではインターネットに載ってないか……だが手はある。


 ここはどこだ?

 俺は今どこにいる?

 作新高校の図書館だ。


 インターネットをログアウト。

 続いて書籍を探しにいく。


 古典コーナーに到着。

 あいうえお順。

 『源氏物語』、見つかった。


 この図書館は模範解答の塊。

 日本にあるどんな学習塾よりも優秀。

 


――試し読みは2冊まで、たくさん持ち歩かない事――



 不正行為に手を染めながら、校則だけは厳守する矛盾の塊である俺。


 じゃあ自力で解くのか?

 そんなの無理だ。

 この古文の問題を早く終わらせて、次の数学、余弦定理の解法に早く取りかかる。


 自習席に『源氏物語』の第1巻・第2巻を持ってくる。

 ウィキペをググって幼い『紫の上』が光源氏に育てられるのは、第3巻までとおおよその見当までついている。


 設問がこの本の片面4行程度にピッタリと一致すればそこが模範解答となる。


 次の作業も控えている。

 予習開始だ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 第1巻・第2巻を2時間程度で駆け抜けた。


 肝心の設問該当部分を見つけられず、正直焦っている。


 だが1つだけ……この『源氏物語』……結構良い話なんだよ。


 古文は現代文と違って今風の感覚で感じ取れない表現があまりにも多い。


 ただ断片的ではあるが、ストーリーをパソコンて調べていた事もあり、この話が何を言っているのかある程度は分かる。


 『光源氏』が幼い頃に母さんを無くした事。


 これは俺と境遇が重なり、全部では無いがその苦しみを共感できるところは少なからず感じる。


 幼い頃に拾われた『紫の上』。


 母親に似ていたという理由はともかく、食に困らず身分の高い男に拾われ愛される事が当時としては幸せな境遇だったとも言える。


 おっと。

 

 1000年前の古典の世界に浸っている暇は無い。


 自習室で古典文学にいそしむ俺は、はた目には秀才のガリ勉男子。


 やっている事は最低の予習行為。


 そんな事より第3巻を借りに行かないと……あれ?


 古典コーナーの『源氏物語』が置いてある付近に誰かいる――。




 ――透き通るような白い肌――



 ――サラサラとした黒い髪がその白肌をより際立たせている――



 ――凛とした上品な振る舞いの女の子が本に手を伸ばす――



 邪魔をしないように、1冊だけ取って立ち去ろう……。



「あっ」

「はい?」



 嘘だろ。


 この子が俺の取ろうと考えていた『源氏物語』の第3巻を先に手に取り、両手で胸にヒシと抱きしめていた。



「あ、あの」

「なに?」

「いや、だってそれ……」

「それの……続き?」

「うん、うん」



 成瀬とは違う美しさを感じる。

 上品過ぎて美人過ぎる。

 透き通るような彼女の声が、俺の耳をスゥーっと突き抜けていく。


 俺とは違う感覚の世界の女の子。

 今最も関わり合いたくないタイプの女の子。

 関わりたくないんだけど……。



「お、お願いします」

「えっ?」

「この本の続きが読みたいんだ」



 俺は持っていた『源氏物語』の第1巻と第2巻を彼女に見せる。

 読んだ動機はあまりにも不純過ぎる。

 それでも俺は、どうしても俺は、彼女の胸に抱く第3巻に目を通さなければいけない。



「これ面白いでしょ?」

「えっ?う、うん。じゃあ良いのか?」

「ふふっ……ダメ」

「え?」



 彼女は何を言ってる?

 無表情だった顔が急にほころぶ。

 

 駄目だと笑いながらほくそ笑む。

 今の俺にとっては……笑い事じゃない。



「今日はもうこれ読む事に決めてる」

「決めてるって……そこを何とか」

「明日には返す」

「明日って……」



 明日じゃダメだ。

 もう実力テストが終了する日。

 俺は今日この時、この時間、彼女の持つ本に目を通す必要がある。


 学校を出て、中央図書館で借りる手もある。

 だがあの中央図書館にはネット環境はおろか、『源氏物語』が全巻揃っているのか怪しい。

 いざ行ってみて第3巻だけ無ければ、それこそ無駄な行動になってしまう。



「意地悪するなって。これ見てよ、1巻2巻もう見終わって、次の3巻を見ない手は無いだろ?」

「ふふっ」

「頼む、この通り」



 俺は拝むように頭を下げた。

 俺が頭を下げてその第3巻を見せてもらえるなら、いくらでも下げてやる。



「これはもう私の」

「頼む、ちょっとだけ」

「もう借りるの」

「本当にちょっとだけ。見終わったらすぐにお前に返す」

「そんなに待てない」

「1時間……いや30分で構わない」



 この子……。

 譲歩している俺を見ながら、ますますニヤニヤしながら意地悪してくる。


 何だこの子は?

 いや、こらえろ。

 今はこの子の機嫌を損ねたら俺は総合普通科に向かって真っ逆さまに転落する。

 大事な交渉……。


 えっ?

 この子……胸に抱いていた『源氏物語』の第3巻を片手で差し出してくる。


 じゃあ遠慮なく……スマホ?


 タイマー……30分……何やってんだこの子?



「よーい」

「……は?」

「どん」



 左手で差し出してきた『源氏物語』はそのまま。

 右手でスマホのボタンを押すと、カウントダウンが進んでいく。



「お前まさか……」

「見ないの?」

「……見るに決まってるだろ!」


 

 なんなんだ。


 なんなんだ。


 あの子は一体何なんだ?


 ニヤニヤ笑ってあの源氏の女。


 俺は彼女の差し出した『源氏物語』を受け取ると、すぐに自習席に向かって走り出した。

 

 




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