アンテリグ・トゥルース
俺の呆れ顔を見て、エリスは鼻で笑った。
この女潰してやる、と思いかけたが、寸でのところで思いとどまった。ここでエリスを消してもデメリットしかない。落ち着け、落ち着くんだ俺。
「へー、お二人は仲がいいんですね」
不意に頭上から声がした。しかし、そんなはずはない。この場所は寮の屋上にある。ここより高い場所と言えば、お空のお月さまかお星様ぐらいだろう。
「何の用だよ、氷空」
俺は頭上の主に声をかけた。たっぷりと怒気を込めて。
「そうですね、深夜私が御空の散歩を楽しんでいたら、とある美男美女が二人で密会。それを見て、気にならない乙女がいるでしょうか?いえ、いません。そしてその話が終わったとなれば、茶化しに登場するのは至極当然でしょう?」
つらつらと氷空の口から苛つく言葉が並べられていく。当然そんなわけがないだろう。多分、氷空はずっと俺のことを尾けていた。
で、なんか面白そうなことを俺とエリスが話してるな、と感じたので、ちょっかい掛けてやろう、とか考えたのだろう。余計なことをする奴だ。
「でも、聞いていて驚きました。まさか、兄上が『星夜祭』に参加するだなんて。昔のこと、いやあのことを忘れたんですか?あのときのことを忘れる、なんていう愚行は兄上は侵さないでしょうが、それでも『星夜祭』に参加するんですか?笑えます。ええ、笑えますとも。ああ、これはここ一年で一番笑えますね!あははははははははははははははは!!!」
狂ったように空中で氷空は笑った。彼女は今、氷空に浮かんでいる。月がバックに写っているので、その光景は見るものが見れば、妖精に見えただろう。
彼女が浮かんでいる理由は、魔法ではなく呪術を用いているからだ。呪術によって自分の周りの空間の有り方を変えているのだ。
空間の有り方を変えているため、魔法で落とそうとしても魔法が届くことはない。つまり、あの状態の氷空は呪術を用いてでしかはたき落とせない。
で、それを俺が使える。
「下跌」
俺は氷空を見据えると、左手人指し指を降ろした。途端に糸が切れたように氷空はバランスを崩して、屋上に落ちてきた。
「十三転」
落ちてきた氷空にさらに呪術をかける。これは氷空が有り様を変えた空間の質を解除するものだ。十三回死ねば神も生きれまい、という意味だ。
完全に無防備になった氷空の胸ぐらを、俺は掴み上げる。
氷空は少しだけ苦しそうに、俺の腕を掴む。力が徐々にこもっていくが、その程度で俺の腕が粉砕できるわけがない。所詮は非力な女の力だ。おっと、こういうのは女性に失礼かな?俺はフェミじゃないから何言ってもいいんだけどさ。
「随分な呪術を使いますね、兄上。あれほど荒っぽい方法があるとは知りませんでした」
氷空は抵抗を止めると、淡々と感想を語り始めた。その様子から俺が氷空を殺す気がないことは、もうわかっているようだった。
チッと舌打ちをして俺は振り投げるようにして、氷空から手を離した。ちなみに振り投げられた氷空は、すぐに空中で体勢を立て直し、優雅に着地した。
こんなことなら足でも縛って投げればよかった。そうすれば無様に顔面を地べたに擦りつけただろうに。それなら作り物の顔も少しは味が出るだろうに。
「で、一人置いてきぼりになっている私はどういう反応をすればいいのだろうか?」
あ、という反応は些かありきたりだろうが、ここはあえて、あ、という反応をしよう。真実を言えば、もうほんと完全に忘れていた。
「えっと、ごめんなさい?」
疑問形でいいよね?俺は悪くないし。ていうか、場の空気を読んで文字通り空気になっていたんじゃないの?
「いや、謝る必要性はないが、少しの気配りはしてくれても良かったんじゃないか?」
「はいはい、次からはそうしますよ」
「言葉が適当過ぎる、というのはこの際放っておこう。一つ聞きたいことがある」
ん、という唸ると、エリスはそれを肯定と受け取り、言葉を続けた。
「貴様はかつて『星夜祭』に参加していたのか?」
少しだけ俺は思考を停止する。そして数秒の時を経て、また思考を動かし始める。
クソ、氷空め。お前が余計なことを言うから、これまで誤魔化してきたことを言わなきゃいけないじゃん。過去話ってそんなに好きじゃないんだよ。
「どうなんだ?こう言うのは卑怯かもしれないが、隠し事はタッグの連携を乱すことになるぞ」
ほんとに卑怯だな。
つーか、俺と出会った時に卑怯な手で掴んだ勝利に意味はない、とか言ってたくせに性格変わりすぎでしょ。いや、違うな。
ずる賢くなったんだな。
「そうだね。うーん、それに関してはまた今度、ということにしない?」
俺は答えをあやふやにして、いつかまた今度、と答えておいた。こうすることで、もうこんな話はしたくありません、というアピールができる。
「そうか、貴様がそう言うなら私にも考えがある」
「へー、どんな?言っとくけど俺には精神支配は通じないぜ?俺を精神支配しようと思えば、第九層魔導師にでもなんないと」
「馬鹿言え、そんな端ない真似をこの私がするわけないだろう。ただ単にこの問いを今日の借りの代金としようと思ってな」
うん、それは全然足んないよね。
いいとこの出のお嬢様がそうやって他人の秘密を聞こう、なんてちょいと酷すぎやしませんかね?悪の貴族ですかー?
「さぁ、どうする?男なら借りは早めに返したほうがいいだろう?」
滅茶苦茶悪徳貴族みたいな笑みを、エリスは浮かべながら、俺に迫ってきた。




