白夜来日
雫李の訓練をした五日間、俺はエリスにも氷空のことを話した。エリスはあまり氷空のことを気にはしていないようだった。
ただ、俺が呪術についての話をした時は少しばかり興味を示していた。
彼女にとって、呪術とは未知の概念だ。その概念について詳しく知りたい、というのは当然だろう。
一応、雫李にしたのと同じ説明をしたが、それを聞くなりすぐに興味は失せたらしい。何せ、その獲得法が難易だ。
楽な手段で魔法を手に入れた俺が言うのも何だが、やっぱり呪術は上級者向けの人外の法だね。
*
泉さんから呼び出しを食らって、五日後の昼。その日は日曜日で、学園は休みだった。にも関わらず、俺は学園の南端にある『転移魔法陣設置所』に泉さんや学園の委員会重役総出の出迎え会に参加していた。
留学生の噂はすでに学園中に広まっていて、委員会とはまるで関係のない学生も何人かいた。いわゆる野次馬だ。
『転移魔法陣設置所』は、転移魔法陣の上に簡易的な審査所を設けただけの、掘っ立て小屋に等しい場所だ。円形で石造りの建物の中に魔法陣が設置され、たったひとつしかない出入り口から漏れる光で転移が実行されたかを確認できる。中には常時戦闘に長けた魔導師が常駐していて、もし転移してきた魔導師が敵対行動を取った場合、即座に排除できるようなっている。
俺は執行委員長であるイリアの隣に、副委員長である九条燕燕先輩と共に立つ。その他にも、泉さんの隣に統括委員会書記である、アリア・フェーネル先輩が立っていた。
まさに学園総出での出迎えだ。
ここに集まった学生や教師陣は、留学生が来るのが今か今か、と待っているのだ。五月の終わり頃であるため、太陽の日差しが強い。冷却系統の魔法で涼んでいても、太陽の直接の光まではどうにもならない。
いっそ、雲でも発生させてやるか、と考えたぐらいだ。
俺がこっそり雲を発生させようとしたときだ。
出入り口の方から光が漏れていた。一瞬だけ、集まった学生や教師陣からどよめきの声が上がった。
そして、数分後。
白い制服を着た女性が出入り口から現れた。彼女が来ているのは私立ミラノ魔導師学園の制服、白を基調としそれは、ブレザーとミディアムスカート、というものだった。
彼女は黒いトランクケースを引き、入り口で出迎えていた泉さんの前で歩を止めた。そして、泉さんに体を向けると、手を差し出した。
「はじめまして、暁泉会長。茨木氷空、と言います。これから新学期までの間、御校に留学させていただきます。よろしくお願いします」
俺の妹、氷空は写真と違う髪型で、左右二束ほど結んでいて、耳の裏に回している。それ以外の髪は全て背中に回され、背中の半分ほどまで伸ばしてある。
俺とは違う白髪は白い彼女の肌とマッチングしていて、とても似合っていた。
氷空が覗かせた藍色の瞳は、泉さんを捉え、品定めをしてるようだった。その、まるで作られたかのような容姿は、雫李と同じく人間離れした美貌だった。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。本校で学べることがあるといいです」
泉さんは少しだけ間を置き、氷空の手を握った。
泉さんは氷空の双眸に気圧されたのか、首筋に汗が見えていた。それに、いつもの泉さんのように言葉に圧がない。いつも俺にロイヤル級の命令を下す泉さんとは少し違う。
泉さんのそんな現状を知るわけもない氷空は、不思議そうな目で泉さんを見つめていた。
両者は手を握ったまま動かない。緊張しているわけではなく、この後の段取りを泉さんが忘れているのだ。何をするかわからないから、泉さんは手を握っているしかできないのだ。
このままじゃマズイな、と思ったので、俺が割って入ろうとすると、イリアが先に動いた。
「ねぇ、泉。そろそろ手を離したら?それともそんなにその子の手が柔らかかった?」
言葉の選択は最悪だけど、結果として泉さんが段取りを思い出したみたいで結果オーライ!いやー、さすが俺の上司。
そのKYさには敬服しますわー。
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その後講堂で、氷空に対して彼女の配属クラスと、入寮する寮が告げられた。彼女が入るのは高等部一年のA組。入寮するのは俺と同じ『暗夜荘』だ。
その時に泉さんから、俺が彼女にこの学園のことを説明してやれ、と公式に言われた。
「ああ、兄上ですか。やっぱり、高位序列者になっていたんですか」
久しぶりです、とかもなく、第一声がそれだった。そこはちゃんと挨拶しなさいよ。あと、俺が氷空の兄だと知った時、その場にいた人間の多くが驚いたような声を上げた。
この場で説教してやりたかったが、体面上は笑って済ますしかない。ああ、つれー。早くベッドに潜りてー。
「氷空の方も元気そうで。何年振りだっけ?」
「そうですね、二年でしょうか?」
俺は笑顔を崩さず、氷空の言葉に適当に受け答えをする。正直しんどい。向こうが遠海に来た目的がわからないから、言葉選びが難しい。
こっちの情報をあまり与えずに喋るのだから、骨が折れる。もうこれ兄弟の会話じゃなくて、首相同士の会話でしょ。
「へー、それで兄上が私の案内役ですか。兄上、暇なんですね」
「ほっとけ。俺は仕事が嫌いなんだよ」
「それなのに執行委員をやってるんですから、世の中って面白いですよね」
あはははははははははは。
互いに笑ったが、それはから笑いで、実際に笑っているわけでも何でもなかった。講堂にいた人間の殆どが、この兄弟仲悪いなー、と思ったことだろう。
ええ、そうですよ。仲悪いんですよ俺たちは。
だって、茨木の家じゃ俺の方がこいつよりも優秀だったからね。
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