ダブル・ロス・アンド・ディサピアリング・オブ・ライト・サイド
ゲームは俺が天使側に立つと同時に開始された。
俺が天使側に立ち、B3の小天使をC3へと動かす。同時に各小盤の駒が動き始める。
開始わずか一分足らずで、盤面は最初の形態から大きく変わり、すでに俺の持ち駒からは小天使二体と、狂天使が一体消えた。
むこうも似たようなもので、すでに自分に近い方の小盤が危機的状況に陥っていた。しかし、それでも眉一つ動かさず、着々と防御陣形を組んでいく。
今、イービス先輩が組もうとしてるのは、『天使と悪魔』において、最も強固、と言われる陣形で、悪魔王を狂悪魔のあった位置に移動させ、その周辺を上位堕悪魔二体と弓悪魔一体で固めるというものだ。
その前列を小悪魔で固めることによって、そう安々とは崩せない防御を作り出す。
が、それをするということは、もう片方の狂悪魔サイドがお留守になる、ということだ。
なら、そっちを重点的に攻める。
天使側はまだ敗北した小盤はない。対して、悪魔側は自陣に近い方の小盤の一つが危機的状況だ。もうあと少しすれば詰むことになるだろう。
「第三戦場、E5からA5へ」
はい?
突然イービス先輩が自分の小盤に命令を下した。その場所にあった駒は守護悪魔。その先にあるのは、俺の聖天使だ。何故か聖天使へ至る道が空いていた。
急いで俺は防御指令を出す。
これも、『天使と悪魔』における重要なファクターで、相手の進行方向を妨害する目的で、駒を奔らせることができるのだ。
結果として聖天使の防衛に成功し、相手の守護悪魔と盗ることができたが、第三戦場の防御陣形が崩れた。
しかし、それだけではこっちの損失は終わらない。
流れるようにイービス先輩は小盤に命令を下していく。お陰で俺が後手に回る形なった。次々とこっちに強気の一撃を撃ってくるイービス先輩の攻めはいなすのに苦労する。
わずか四分の攻防で、第二戦場が俺の敗北で終わった。俺が至高天を出せる条件に近づいたが、これでは至高天を召喚する前に他の小盤が崩れてしまう。
大盤の上位聖天使を天上天使の前に移動させ、残った小天使でイービス先輩の陣地に集中攻撃をかける。所詮は小天使だ。消えようが生きようがどうでもいい。
将棋では歩は重要な駒だが、『天使と悪魔』においてはただの捨て駒でしかない。せいぜい強い駒の為の生贄になってくれ。
小盤の状況にも時々注意を向けつつ、イービス先輩の陣の俺から見て右半分が飲み込まれる。その間にイービス先輩に近い第七戦場が俺の勝利になった。
それは嬉しいことだが、油断はできない。
さっきのように複数の小盤で同時に負けるかもしれない、という事態をつくる訳にはいかない。いや……違うな。
そうじゃない。
誘導している?
「第八戦場、F4をE5に。続けて残った全小悪魔は前進を繰り返せ」
「総力戦!?」
イービス先輩は堕悪魔の前にいた守護悪魔を動かすと同時に、残った小悪魔に総攻撃を命じた。
まさに総攻撃だ。しかし、そんな無謀な賭けをするわけがない。今の第八戦場は俺に有利な戦場の形だ。イービス先輩側に残っている強い駒は守護悪魔が一体と、弓悪魔が二体。しかも、内一体は完全に身動きが取れない状態だ。前進を命じられた小悪魔は三体。圧倒的に数が少ない。
転じて俺は狂天使をすべてと弓天使を一体失っているが、それ以外は小天使二体程度の損害で済んでいる。それ以外のほとんどの駒は聖天使を守るために固まっているため、取られる可能性は低い。しかも、守護天使の一体を二体の小天使と共に相手の陣地を食い荒らすために向かわせている。
結果として、あと一手で弓悪魔を盗れるのだ。
だというのに、総攻撃?
おちょっくているのか?
「E2からE1へ。同時に守護天使は即時自陣に帰還せよ」
「さて、それで間に合うかな?G2からF1へ。そして、F1からD3へ」
イービス先輩は温存していたのであろう、弓悪魔を容赦なく動かしてくる。突っ込んでくる小悪魔への対応でこっちの小天使が一体減った。軽微だ。
食い込んできた小悪魔を守護天使で盗り、俺の守護天使はC4へ……。あ、すぐ回避を……!
「D3からC4へ」
冷徹な言葉が告げられるのと同時に、俺の守護天使が弓悪魔に取られた。そして、俺の弓天使は自己意思でそれの討伐に当たろうとするが、弓悪魔はすぐに逃げ、動きが停止したところを狙い撃つ。
失念していた。駒に対して、俺たちプレイヤーは絶対的な命令権を持つが、自由意志で駒が動くことがある、ということを。
その結果として、俺はほぼ同時に要となる駒を二つも失った。
「第五戦場、C7からC4へ」
第八戦場の決着を見るまでもなく、イービス先輩は次の小盤に視線を向ける。そしてそこでも名指揮官ぶりを発揮するのであった。
やけくそになった俺は、せめて大盤を片付けようと、右側からイービス先輩を攻める。が、即座に反応したイービス先輩によって、右側から差し向けた攻撃の手が止まってしまう。
このために狂悪魔を温存していたのか?
俺の攻撃を止めたのは、イービス先輩が陣形成立のためにどけた狂悪魔だ。妙にあの狂悪魔を温存するな、と思っていたが、そのためだったのか?
その他、本来なら攻撃に使われるであろう双刃悪魔が防御を担っていた。
本来なら、双刃悪魔は防御向きではない。
それを防御として使う時点で面倒だ。
「じゃぁ、こんなのはどうだい?」
残忍な笑みとともに、イービス先輩は俺の最後の攻撃の手を潰した。結果、俺がこの攻撃で失ったのは狂天使一体、弓天使一体、双槍天使一体、小天使三体だ。
俺が右半分を失った。




