アンエクスペクテッド・プルーフ
俺が現在見ている情報、それは今年の二月に起きた事件についての詳細だ。
当時、学園内では下校中の学生が闇討ちに会う、という事件が起きていた。それ自体は五度目の犯行で現場確保できたのだが、問題はその実行犯が何も証拠を残さなかったことにあった。
自分の魔法の残滓を回収、とでも言えば良いのだろうか。それをしているかのように、襲われた学生にも、その周辺にも残滓の痕跡がなかったのだ。
残滓を回収することは少しの技術があれば可能だ。残滓の回収は執行委員がよくやっているし、他にもできる学生はいるだろう。しかし、それは単に少しの、という意味であって魔法を行使して、発生するすべての残滓など回収できるわけはないのだ。
魔法によって生じる残滓の量は、行使した魔法によってまちまちだが、最低でも牛乳パック三個分はある。それだけ聞けば、それくらい簡単に回収できるだろ、と思うだろうが、ことはそう簡単ではない。例え、胸ポケットに入るサイズの小瓶に残滓を詰めるだけでも二十分はかかる。
いわんや牛乳パック三個分なんて時間がかかりすぎる。時間でも支配しない限り、そんな芸当は不可能なのだ。ので、実行犯を捕まえた際は、その方法についてかなり厳しく尋問したものだ。もし、短い時間で残滓を回収できる、なんていう方法があれば打開策を考えなかればだし、何よりもその技術をものにしたい、と俺もイリアも思っていたからだ。
しかし、聞かされたのは流言の類。実行犯はまるで精神支配でも受けているかのように、嘘だとわかるような言葉を紡ぐばかりだった。
念のため、その精神支配をかけている人間にたどり着こうともしたが、実行犯の脳内にはそれらしき魔法の痕跡はなかった。
正確にいえば、よくわからない魔法式が脳内に植え付けられていたので、それ以上探るのを止めたのだ。トラップであることは明らかだし、もし俺の脳みそに似たような魔法が植え付けられても困ったからだ。
その後、その実行犯である学生は退学になったが、俺とイリアはその事件のことが妙に頭に引っかかったままだった。
そんな事件に今日、この場で出会うとは、なんという幸運!早速、詳細を聞こう!
「ねぇ、えっと……渭水でいいかな?」
「雫李でいいよ、先輩。ほら、先輩も3位とか4位のことをファーストネームで読んでるじゃん」
雫李のリクエストにお答えしようと思う。
「じゃぁ、雫李。この事件はどうやってイービス先輩と関係してるんだ?」
「ああ、それ?それ読めばわかると思うけど、その事件の犯人の学生をイービスが操ったんだよ。調べてわかったけど、その実行犯が襲った五人の学生の一人がイービスにとってマズイ情報を持っていたらしくてさ。その記憶を消す目的で実行犯を操ったっぽい」
そういえば、闇討ちにあった学生の何人かは襲撃時に記憶を失っていたっけ。ひょっとしたらその中の誰かが?とはいえ、ないものねだりをしても仕方ない。話を進めよう。
「あの事件の担当俺だったんだけど、かなり難航してさ。残滓が現場から全く検出されなかったんだよねー」
「ああ、それなら……」
かなり端の方に浮かんでいた情報を雫李は手繰り寄せると、俺に見せた。
「そいつは王、アーサー、それとイービス先輩の契約神器、『41』の能力ですね」
へー、契約神器……はい?
「あの、顔色悪いですよ?」
横から適切なツッコミを入れてくれる雫李に、哀れみを込めた視線を向けて、俺はため息をついた。雫李は多少憤慨したらしく、俺を睨んできたがそれは問題ではない。
問題は契約神器だ。
契約神器は魔法と同じく、ダンテが持ち込んだ破格の品だ。一般的に知られている聖剣だったり、聖槍だったりがそれに当てはまる。
もっとも、これは神とは全く関係のない品だ。契約神器の元となるものは二つ。伝承と世界の雫。伝承は言わずもがな、世界の雫は世界の一部という意味だ。
これは世界の機能の一部、と言ってもいいかもしれない。伝承とうまく噛み合う世界の機能を、一つの器に押さえ込んだものが契約神器だ。
契約と名が付くだけあって、無論契約しなければ使えない。ただし、契約可能なのは最低でも第七層魔導師以上の階位の存在だ。
それ以下の存在が触れば、はじけ飛ぶか神器の養分になるのが関の山だ。
そんな危ないものをあの先輩が?しかも、『41』って……。
「契約神器の恐ろしさは雫李も知ってるよな?」
「ああ、持てば世界の機能の一部を行使できる破格の品。神器とは名ばかりの、神の域を超えたものだと認識してるけど」
「イエース。それをあの先輩が持つってどんな結果になると思う?」
察しがついたのか、雫李は微妙な顔をする。
問題、世界征服をしようとしている王様と、それを手助けする佞臣の組み合わせ。これが合わさればどういう結果になるでしょうか?
答え、カオス。
イービス先輩と契約神器『41』はそういう類の組み合わせだ。ああ、嫌だ嫌だ。
「そんなものを使われたらそりゃ残滓も消えるわ。『41』の効果を考えれば、ね」
そもそも『41』の効果が恐ろしすぎる。俺の知る契約神器の中で一番怖い。
「完成された死を与える。それが『41』の能力。生物、概念問わずに完成された死を与えるアレは、数少ない地獄への切符を奪う方法だ」
「その完成された死というのは普通の死と何が違うの?」
聞かれたので、少しだけ考える。まぁ、大まかな説明でいいか。
「普通の死っていうのは死ねば輪廻の輪に入る、とか地獄に墜ちる、みたいなもんだよ。あとは神は不滅である、とかかな。
『41』が与える死はそれらを許さない。全てに等しく死を与えるんだ。つまり、転生を許さない、不死者も死ね、神も死ね、宇宙も死ね、世界も死ね」
「ああ、よくある『神すらも俺の前では無力だ』みたいなものか。でも、そいつを使われたらボクたちは簡単に死ぬね」
明後日の方向を見るような雫李の声は、言い表せない怯えがにじみ出ていた。自分の隣にそんな恐ろしいものを持った音がいると知ったのだ。怯えないほうがおかしい。
「つってもね、そんだけの破格の品だ。制約みたいなものある」
「制約?」
「『41』の制約は半年に一回しか使えないと、一つの存在にしか使えない、だったかな?」
「つまり?」
「少なくとも八月まではあいつは『41』を使えない。しかも、俺や雫李を消す、という目的で使う可能性はない」
「それも制約が、か」
肯定するように、俺は頷いた。一つの存在にしか使えない、ということは、俺か雫李のどちらかに使えばもう片方に使えない、という意味だ。それは俺たちにとって大きなメリットだ。
「そういえば、王とアーサーの魔法と併用した、とか言ってたけどあれはどういう意味?」
「あれかい?イービスが魔法を使う際に王とアーサーが残滓変換魔法を『41』に使った、という意味だよ。契約神器と言っても魔導師が起動するんだから残滓は発生する。そいつを残滓でなく、周囲の瘴素に変換したんだよ」
そういう使い方もあるんだー。単に誰かの残滓を別の残滓に帰るだけじゃないんだなー。一応あの魔法って錬金術の類に入るから可能なんだろうけど。
「とにかく、これでイービス先輩を潰せるネタの裏が一つ取れた。この調子で粗を探すか」




