メモリア
翌日の午前中、昨夜の出来事について、泉さんとイリアから詳しい説明が求められた。どうやら俺が行使した魔法が学園の近くの森林に結構な影響を与えたらしく、樹齢五十年以上の木が幾つか折れたらしい。
その中には瘴素を取り込んだ珍しいものが多くあり、折れたせいで中に蓄えられていた瘴素が逃げてしまったとか。
被害報告をしているアリア先輩はもとより、普段は柔和な笑みを浮かべている泉さんや、やる気のないイリアですら苦笑を隠し得ていなかった。
全員、怒りを通り越して呆れているらしく、ここまでのことを俺がするとは考えていなかったらしい。アリア先輩においては、ちょくちょく俺の変に凹んだ脇腹に視線がいっていた。
「以上の報告から、被害総額は茨木二年生の臓器をすべて売っても催促がくる額になると考えています」
意地悪なアリア先輩の物言いに空笑いをせずにはいられなかった。ていうか、俺の臓器を売るって何?ここ日本だよね、そうだよね!
「まぁ、臓器を売る云々はさておき、随分と派手にやってくれましたね。茨木君」
穏やかだが、心の奥底に怒気を押し殺しているような声音で、泉さんは俺に話しかける。加えて表情がすごく明るいから超がつくレベルに明るいから尚怖い。
「えっと……あれは襲撃者をぶち殺すためのものであって、別に森林を傷つけようなんて気持ちはこれっぽちも……」
「昨日私の執務室まで聞こえてきた貴方の笑い声を全校放送しましょうか?」
そう言って泉さんはリーサル・ウェポン、録音機を引き出しから取り出す。
すぐに泉さんの机の前にド・ゲ・ザ!調子に乗ってすいませんしたー!
「うわっ、だっさ……」
ソファーに座ってるイリアから軽蔑の目線を感じた。ついでを言えば、アリア先輩からもだ。なんか、俺の扱い最近ひどくない?
少しは擁護してよ。俺泣いちゃうよ?どうでもいいだろうけどさ。
「それでも、仕留められなければただの破壊行為、なんですよ。そもそも本当にいたんです、その襲撃者とやらは」
アリア先輩は完全に俺を疑っているようだった。残滓くらいは検出できたはずだろ。俺と襲撃者の!
「アリア、昨日私は十二時頃まで学園にいましたが、確かに激しい瘴素の動きを感知しました。彼のものともう一人の。嘘ではないと思いますよ」
「しかし、現に破壊された森林からは何も検出されていません。会長の証言だけでは証拠とは言えません」
予想以上のアリア先輩の堅物振りに泉さんは目を丸くした。普段アリア先輩が自分に反論なんてしないから、予想外だったのだろう。
イリアも俺のことよりもそっちに興味があるのか、目を輝かせていた。嫌な女だ。
「それでは……茨木君」
「なんすか?」
顔を上げて泉さんを見上げる。
「許可しますので、記憶開示魔法を……」
行って下さい、と泉さんが言う前に待ったをかける。
「ちょっと冗談を……。アレって俺の恥部が顕になるじゃないですか!」
「ですから?」
「いや、ですからではなく!」
俺がなんで慌ててるのかわからないのか、アリア先輩が首をかしげる。
記憶開示魔法とは、他人の記憶を映像として閲覧できる、という魔法だ。あんまり好感がもてる魔法ではなく、基本無許可でいくらでも閲覧できる。
加えてこれを自分に使う場合、俺個人が自由に記憶を制御できなくなる。そのため、泉さんのさじ加減一つで、俺の恥部が顕になるのだ。
自分で誰かに使う分にはいいけど、こっちが使われるのはマズイ。ちなみに泉さんが俺にそれを使わないのは、彼女に行使権限がないからである。
「早くしないさい」
こうも強く出られてはどうしようもない。このままこの部屋もろとも泉さんの首を飛ばすことは容易いが、それは今後の沽券に関わるので、しないことにする。
「Lectio・ou・memoria・to・eGo」
自己に対して記憶開示魔法を使うのは偲ばれるが、疑いを晴らすためだ。仕方がない。記憶の開示が始まると、途端に意識が遠のいていく。
開示されている人間はみぃぃぃぃぃんな、白目を剥いて、ヨダレ垂らして、ぶっ倒れる。そして記憶の開示を終了されるまで、この状態が続く。
*
意識が戻ると、ソファーの上で寝ていた。高級家具の柔らかとした質感が、非常に心地いい。ここは天国だろうか……
「そろそろ起きてくんない?」
向かいのソファーに座るイリアが冷たい声で刺してくる。ここで彼女が膝枕でもしていたら、甘美だったのだが、そんなご褒美あるわけもなかった。
「で、俺の疑いは晴れましたか、泉さん?」
ソファーから起き上がり、泉さんに向き直る。
彼女は大層面白いものを見たご様子で、耳を赤くして笑いをこらえているように見えた。しかし、ついに笑いを堪えられなくなったのか、口元に手を当て、体を小刻みに震わせた。
隣にいるアリア先輩も同様なのか、俺から目をそむけ、体を震わせている。しかも彼女に至っては、笑い声が漏れていた。
「あの……茨木君……おかげん……いかがです……か……、あははあはははははは、もう無理です!もう堪えられません」
糸でも切れたように、泉さんは大笑いを始めた。おおよそ普段の彼女とは似ても似つかなかったので、ギャップがすごかった。
「あの……泉さん?そろそろ返答を……」
未だ笑い転げている泉さんに俺は渋い顔で迫る。しばらく笑い転げる泉さんを尻目に、俺は視線をイリアに向けた。
こいつが笑い転げていない、ということは泉さんが閲覧した俺の記憶はこいつの知る、俺の恥部か。なんだろ。
「泉がああだからあたしが言っとくけど、一応あんたの言ってることは証明されたから。つっても、それで正当化されるわけじゃないけどね」
「言い方酷いなー」
ま、実際そうなんだけど。
「あ、そうそう。これわたしとく」
何かを思い出したのか、イリアはポケットから小瓶を取り出した。中には灰色の液体がうごめいている。残滓であることはすぐに理解できた。
「これ、破壊された森林近くから検出されてさー、言うかどうか迷ってたんだよねー」
「これが襲撃者の?」
「どっちかっていうと協力者のじゃない?あんたの報告じゃぁ、昨日の襲撃者はそこまで強い魔法を使ってこなかったみたいだしね」
ふーん。
イリアの言ってることには別になんも文句はなかったけど、腑に落ちない点があった。
「イリアなら学園に記録されている全学生の残滓から身元わかるんじゃないの?俺に渡す必要なくない?」
「いや、それをしようとしたらさー、燕ちゃんが珍しく反論してきてさー。めんどくさくなったから、あんたに追尾してもらおうと思ってねー」
ふーん、と適当に相槌を打ちながら、灰色の液体を見つめる。つか、アリア先輩が破壊後からは何も見つからなかった、て言ってなかったっけ?




